-東、千葉代表、沙田。西、福岡代表、黒田!-
団体準決勝第一試合の後、土俵では個人戦の準決勝が行われる。この変則的な進行は
団体、個人の両方で出場する白楼の舟木と立花寺の黒田に配慮して組まれたスケジュール。
両名の個人、団体の出番を出来るだけ空けて、連戦による不利を無くすための配慮だ。
全体の進行としては以下の流れになる。
・団体準決勝第1試合
・個人戦準決勝第1試合(現在ここ)
・団体準決勝第2試合
・個人戦準決勝第2試合
・団体3位決定戦
・個人3位決定戦
・団体戦決勝
・個人戦決勝
先の試合の興奮冷めやらぬまま土俵に上がる国宝二人に、会場のテンションは最高潮だ。
国宝『三日月』vs『圧切長谷部』、今大会初の国宝対決というだけでなく、円の相撲を取る沙田と
直線的に押す相撲の黒田の対決、相撲ファンとしても興味の尽きない一戦だ。
-はっきよい!-
誰もが予想通りの、そして高校生としてのレベルを超えた次元の戦いとなる。
猪突して押す黒田をいなし、躱し、おっつけて円を描き回り込む沙田。黒田もまた想定内だと
回り込んだ方向を瞬時にサーチし、その体格に似合わぬフットワークで追撃する。
「回れ回れ、捕まるなーっ!引き倒せぇ!」
土俵の下で荒木が声を出す、反対側では立花寺のチームメイト達が黒田に檄を飛ばす。
「クローっ!捕(と)まえろ、逃がされんぞ!」
「くっそ!あの体ですばしっこすぎだろ、三日月の奴!」
二人ともすでに大相撲力士と遜色ない『体』を持っている。その二人がまるで少年相撲のような
速度と反応力で土俵上を駆け回るその姿に、見ている全員がレベルの高さを実感する。
それは決して先の一番、三ツ橋と舟木の高速戦の影響がないとは言えないだろう。
あの一番に刺激を受けた二人が、それに負けまいと戦いながら自身を高めていく。
やがて黒田が、ついに沙田の正面から食らいつく。沸き立つ立花寺の陣営。
「いよっしゃー、捕まえた!押し切れーっ!」
その瞬間、沙田はおっつけていた両手を巻き替え、両下手をしっかりと掴む。黒田は
構わず寄り立てる。
土俵中央まで押し進んだ時だった。沙田は両下手を引いたまま体を回して出し投げに
移行する。右手で投げ、左手で捻り、そして足で相手の体を自分ごと回転させる。
「月輪(がちりん)!」
荒木が叫ぶ。キレやタイミングよりもむしろ力づくで投げ切る沙田の両手投げ。
他ならぬ部内での荒木という『削ぎ落す精神』の相手を倒すために編み出した剛の技。
「強引だ、決まるかよ!」
「耐えたら勝ちだ、クロ、凌げーっ!」
土俵上を1回転、2回転・・・そして3回転する両者。円の土俵の中にひとまわり小さい
満月の轍が描かれる、止まらない!
「うおぉぉぉっ!」
「くぅっ、フッ、フッ・・・」
ひたすら引き回す沙田、懸命に足を運んで堪える黒田。そう、この技は一瞬で決める技ではない、
決まるまでひたすら投げ続ける、もし止まれば敗北も覚悟の乾坤一擲の投げ。
4回転した時、ついに黒田の体が崩れる、あとは一気だった。横転した黒田は回転の
勢いそのままに土俵下まで転がり落ちる。歓声に包まれる国技館。お互いの相撲スタイルを
貫いた一番は、辛うじて三日月が制した。
「いよっしゃー!今年こそ優勝だぜ沙田!」
礼をして降りる沙田の頭をハタいて祝福する荒木。昨年は届かなかった高校横綱の地位、
大典太に敗れた個人戦決勝の舞台まで再び辿り着いた、今年こそは!と。
大汗をかきながら土俵を降りる黒田。チームメイト達はよくやったよ、と彼を労う。
昨年の個人戦でも沙田と対戦していたが、その時は瞬時の出し投げに呆気なく土俵を
割っていただけに、今年はより成長した相撲で食らいつくことが出来た。
負けたのは残念だが、まだ団体戦が残っている。お前の相撲を見せる舞台はまだ健在だ、と。
「父さん、僕はもう帰るよ。」
観客席でそう嘆く大男、この会場にいる人なら知らぬ者の無いほどの有名人は、
つまらなさそうにそう嘆いた。
「草介・・・そうか。」
大和国親方はため息と共にそう答えた。息子の気分転換になればと連れて来たが、彼にとって
今日の相撲は何の感慨ももたらさなかったらしい。
「(この分では、今の一番で負けた選手とかつて戦ったことも、覚えてはいまいな・・・)」
大相撲力士、久世草介。四股名『草薙』。
彼は今、壁に当たっていた。相撲人生で最大の、そしておそらく最後の壁に。
横綱『刃皇』。かつて尊敬する父、大和国を引退に追い込んだモンゴル人力士。
押しも押されぬ横綱に成った彼に、幕内入りした草薙は2度挑み、そして惨敗した。
初顔では上手を取れずに、そして先場所は一度右上手を取り、万全の体制を作ったにもかかわらず
あえなくハネ返される。力負け、という表現がぴったりの完敗だった。
今、彼の頭を支配しているのは、どうすれば刃皇に勝てるか、その一点だった。
元々集中力がある反面、視野の狭さが短所としてある草介にとって、高校生の相撲を
刃皇と同列に見ることは出来なかった。これ以上ここにいても刃皇は倒せない、
それなら帰って稽古したほうがマシだ、と。
なら仕方ない、と草介の向こうにいる澤井、四股名『清心道璃音』に目配せする。
褌担ぎ(荷物持ち)として同伴していた彼は残念そうに、ウス、と頷く。
彼は草薙とは反対に、小兵と侮っていた三ツ橋の健闘や、かつて敗れた黒田の戦いを
最後まで見ていたかったのだが。
ダチ高の面々は控室の一角で大慌てで行動していた。試合の間に儲けられた
インターバルの時間、トイレタイムである。
何しろ股間にフンドシをがっちり巻いているせいで、トイレに行くにも一苦労なのだ。
順番をローテーションしながら入れ代わり立ち代わりトイレを往復し、マワシの
締め外しを複数人で行う。
この後は3位決定戦で対戦する相手の試合があるため時間が惜しい。何とか最後の蛍が
ジャージに着替えて用足しを済ませ、皆と合流しようとトイレから出た時、隣の女子トイレから
柚子香がひょっこり顔を出す。
「あ、蛍部長。最後ですか?」
「あ、うん、僕で最後。」
そんな会話、弛緩した空気は、次の瞬間に凍り付く。
「クロ、準決勝行けっか?」
立花寺の面々が通路を歩く中、チームメイトの伴が黒田に問う。黒田は団体でも大将として
出場する予定ではあるが、今しがたの熱戦を終えた後での団体出場はキツくない訳がない。
「おいは大将やっけん、いけるたい。」
ならば先鋒から副将戦までは休める、主力の自分が出ないわけにもいくまい、と。
何しろ相手は宮城の名門、国宝候補『鶯丸』を擁する青葉高校。いかに春の王者の立花寺とはいえ、
戦力を出し惜しみして勝てる相手ではない。
呼吸を整えつつ先頭を歩く黒田のほんの数メートル先、観客席からの降り口から来た3人が
目の前を横切る。
その先頭にいる男の横顔を見た瞬間、黒田の全身に電撃が走る。雷に打たれたようなショックの
後に来たのは、沸騰する血液と全身の逆立つ強烈な怨気!
「く、さ、な、ぎぃぃぃっ!!!!」
-ビリイィィィッ!-
周囲が一斉に凍り付く。目の前にいたのは彼にとって不倶戴天の敵、そして今、自分が
相撲を取る理由そのものの存在。かつての自分の弱さを表す象徴の力士。
その殺気に、何!?という反応をする大和国親方。立花寺の面々と、その先頭にいる
黒田を見つけ、まずいな、と正対する。
「黒田・・・」
璃音もその殺気に反応し、かつて相対した相手に向かう。が、肝心の草薙はその殺気にも
全くの無関心で、ん?という顔を向けただけで、すぐに頭の中で対刃皇のイメトレに戻る。
「清心道、草薙を連れて先に帰っていなさい。」
璃音はその親方の指示に頷き、黒田の視線から草薙をがばうように通路を去っていく。
黒田は歯を軋ませ、拳を握りしめて消えて行く草薙を泡立つ殺気で睨みつける。
「(草薙!草薙!草薙いぃぃぃっ!!!)」
「君が今見るべきは、草介・・・草薙関じゃないはずだ、そうだろう?」
黒田に正対し、烈気を放ってそう返す大和国。最強の日本人横綱だった彼の気に
立花寺の一同が固まる。だが、黒田は意に返さない、視線を小さくなっていく草薙から外さず
黒い怨気を周囲に撒き散らす。
「落ち着けクロ!親方も言っとろう。今そっちに気ぃ向けてどないすっと!」
伴が黒田の体を抱えて万一の事態を抑える。抱える黒田の体は炎のように熱く、ほんの
些細なきっかけで爆発せんばかりに猛っている。
「草薙は、逃げも隠れもせん。大相撲へ来て挑むがいい。」
その親方の言葉にはた、と我に返る黒田。そうか、親方も知っているのか、覚えているのか、
あの一番を。
「あいつは物覚えが悪くてな、多分君の事も覚えてはいまい。悔しければ大相撲で彼に
君の名を刻んで見せろ。」
そう言って黒田の肩にぽん、と手を置く大和国。状況が落ち着いたのを確認し、
背を向けて歩き出す。
後に残った立花寺の面々を、通路の横側から蛍が、柚子香が、その一抹を呆然と眺めていた。
黒田もまた、草薙を見たことでその『心』は留め所を見失っていた。仲間に連れられ、
朦朧としたままその場を後にする。
「黒田さん・・・やっぱり。」
そう嘆く蛍。やはり彼の相撲の根幹は2年前のあの出来事なのか、と。
そんな蛍に柚子香が語りかける。
「蛍部長、実は・・・」
柚子香は話す。一昨日の晩、黒田と出会って話した事。彼が背負う物の重さ、そして彼もまた
蛍の『過去に縛られた相撲』を理解していることを。
「最後に彼はこう言ってました。『三ツ橋君はどうやったらその過去を清算できるんだ?』って。」
ひと呼吸置いて柚子香は蛍に問う。
「三ツ橋蛍、貴方はどうして、相撲を取っているの?」
会場の外、草薙たちと合流した大和国は、彼らにこう告げる。
「やはり、私は残って最後まで見届けるよ。」
「あー、うん。分かりました。僕は帰ります。」
表情無く頷く草薙。と、璃音が口を開く。
「自分も残ってイイっすか?関取の荷物は後で持って帰りますんで。」
その言葉にうん、いいよ。と返す草薙。帰って稽古するのに体があればそれでいい。
親方の荷物と一緒に持ってて下さい、と。
会場に戻り、再び自由席を探す二人。先に座っていた席は埋まっているが、少し上の方に
見知った人間のすぐ下の席が空いている、そこへ向かう親方と璃音。
「おう大和国、来てたのか・・・ってどうした、顔色が優れんぞ?」
柴木山親方が声をかける。隣にいた鬼丸も、珍しく暗い顔をしている親方に心配げな顔をする。
「若者の心はデリケートだ・・・私は、間違えたかもしれんな。」
席に座ってそう嘆く大和国。そう、これから戦う選手の心を激しくかき乱してしまった、
-団体戦準決勝第2試合、東、青葉。西、立花寺-
青葉は国宝候補『鶯丸』鳥羽を先鋒に出して来た、確実に先制するべく変えたそのオーダーは
当たり、寄り切って1勝を挙げる。
2陣戦は立花寺が地力の差で取るも、中堅戦は力相撲の末、先に青葉が王手をかける。
副将戦では国宝候補『五月雨江』こと伴が接戦の末2-2に持ち込む。
-大将戦。東、砂野。西、黒田-
黒田が土俵に上がると同時に会場内が異様な空気に息をのむ。その怨気は今までの黒田に比して
どこか暴走気味な殺気をはらんでいた。
青葉にすればこの大将戦までに決めたかった、砂野はチーム内でもやや実力が劣っていて、
むしろ捨て石として黒田にぶつけたのだが。
それでもいなしの技術は一級品である、突進の『圧切長谷部』に当てるのはそのわずかな可能性を
信じての事でもあった。
-手をついて-
黒田の目に砂野は映っていなかった。彼が見ていたのは2年前、この団体準決勝で相対した
静謐な空気を身に纏った長髪の力士だ。
-はっきよい-
黒田は地面に手を付きながら思う。自分は何をしていた?対戦相手をちゃんと見ていたか?
誰と相撲を取っていた?
土俵の向こうでガッツポーズを決める砂野と青葉の面々を見ながら、土俵に落ちたまま
彼は後ろを、立花寺の仲間たちを見れないでいた。
-2年ぶりの己の愚かさを、再び噛みしめながら-