蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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休日投稿。

地震に遭われた皆様は大丈夫でしょうか?


第85番 蛍丸と圧切長谷部

 -ドカッ!-

 

 両者、頭を肩口にぶつけて止まる。正中線にそってかかる力が吊り合い、土俵上で膠着する。

「ゼッ・・・ゼェ、ゼイッ!」

「かっ、かはっ、はぁああっ・・・」

 押し合ったまま息を荒げる両者。ここまでの激戦に肺と心臓が悲鳴を上げている。

蛍に至ってはそればかりではなく、手も足も限界が近く、血を流した額が痛みを訴える。

それでも軽量の彼に余裕などない、その目を輝かせながら、相手の出方に集中する。

 

 黒田にしてもこの硬直は願ったりだった。自身の呼吸を整えるのもそうだが、

組み止めている間は三ツ橋の姿を見失わなくて済む。

「(ここからどう動く、どうすれば逃さずに仕留められる・・・?)」

思考が加速する。雑念を払い、この蛍火の様な捉えどころのない相手をいかにして

土俵から叩き出すか、その方法を。

 

「舟木戦と同じ展開だな・・・。」

「ああ、だがまだ『潜る相撲』の体勢にはなってない。それが出来れば!」

桐仁の言葉に陽川が返す。この黒田に対しては今だ懐に潜ることが出来ていない。

鉄壁のかち上げ『棚斬り』の前に阻まれ続けていたから。

 

 蛍も黒田もそれはよく分かっている。前傾でぶちかます押し相撲の黒田にとって

懐に潜られるのは致命傷になりかねない、また彼は体の割に腕が短く、頭を付け合った状態で

マワシを探るのに向いていない。だからこそその手を下に構え、潜ろうとした相手を

かち上げるために待機させる。

 

「ぬんっ!」

 先に動いたのは黒田だ。なんと自らの体をねじり、蛍の姿勢を崩しにかかる。

「頭捻り、だと・・・!?」

 桐仁が絶句する。本来引きながら相手を引き込みつつ決めるこの技を、逆に押しながら出して

蛍の姿勢を崩しにかかる。

「くっ!」

 意外性も手伝って効果は絶大だった。思わず片足立ちになった蛍に、今度こそ『圧切長谷部』が

その名の如く圧殺せんと押し込む。

 

「んんーっ!」

 蛍はここで半身のまま体を沈める、姿勢の不利は承知のうえで、突進の勢いを逆に利用して

潜り込もうとする・・・が。

 -ガコォッ!-

 かち上げ『棚斬り』がそれを許さない。潜ろうとした蛍の頭が跳ね上げられ、顔面を大きく

のけ反らせる。

 

 そのためにわずかな隙間が両者の間に出来る、黒田は無論ここで左右に動く相手を警戒する。

だが蛍は頭をはね上げられたまま、それでも黒田の下に体を沈める、首筋に当たった顔面を

黒田の胸に、腹にこすりつけながら、頭を下に抜く。額の傷の血が黒田の正中線に

一本のラインを描く。

「いよっしゃあ、ついに潜ったぁっ!」

「部長のターン来たぜぇっ!」

 

 蛍はかつて火ノ丸に憧れ、頭から突っ込むガッツある相撲を志していた。桐仁に変化を

教わってからも、石高の間宮戦まではそれを隠すため、常に頭からぶちかまし続けた。

 主力が去ってからは火ノ丸や冴ノ山の『ぶちかましから軌道をずらす』技術を習得せんと

稽古を重ね、やがてそれは『蛍火の如し』という技に生かされる。

 その経歴を経て蛍の首周りはとても柔らかくなっていたのだ、その柔軟性がここで生きた。

下手すれば頸椎を痛めかねないその潜り込み方で、ついに必殺の形を完成させる蛍。

 

 両下手をしっかりと引き、上からの重量に正中線を固める、蛍の相撲の柱ともいえる

姿勢を取り、最後の攻防に力を振り絞る、行くぞ!

 

 寄り立てる蛍、黒田の全体重を押すのは不可能でも、潜ってしまえば押すのは下半身だけだ、

黒田は上から体重を浴びせながら足を引き、こらえる。

 蛍はその足に右足でけたぐりを仕掛ける。威力はさほどないが、黒田にはそれが見えていない、

下にいる相手のさらに下の足技など見えるはずも無いのだから。

足に感触を感じた黒田が反射的に右足をさらに引く。

 

「ここだ!」

 そう叫んだのは石高の荒木、この連携を彼は良く知っていた。柔道で言う小内狩りから

背負い投げへの連携、その先の技を俺は知っている、食らっている!

 瞬時に体を反転させ、黒田の股下を腰に乗せて担ぎ上げる蛍。蹴繰りからの流れを利用し

担ぐ投げに繋いでいく。

 

「百千夜叉落とし!」

 赤池が叫ぶ。厳密に言うとそれは火ノ丸のそれとは少し違う、横に揺さぶり横に投げる

本家とは違い、相手の前のめりの腰に潜り込み、シーソーのように相手を前方に倒す

縦回転の技。

 

「お”お”お”お”お”っ!!」

蛍丸が吼える。もう余力は一切残っていない、まさに乾坤一擲の投げで勝負を決めにかかる。

「こあぁぁぁぁぁっ!”!」

圧切長谷部が吼える、蛍の頭を上から抑え込み、自ら前に出て相手の投げの重心を崩し

地面に叩き潰しに行く!

 

 二人の頭が、同時に土俵に突き刺さる。

 

 暗転する意識。

 

 -ドサァッ-

 

 折り重なって倒れる両名。下になった蛍に覆い被さるように黒田がいた。ただ落ちた瞬間は

蛍の体は弧を描き、頭以外は地面に付いていない。どうだ・・・?

 

「西、黒田の勝ち!」

 

 その判定と共に副審が手を上げる、物言いだ。両者を東西に分けて審議に入る。

ダチ高の面々も、立花寺の一同も、祈るような気持ちで裁定を待つ。

 

 やがて審判団が分かれ、主審の行司が中央に位置し、高らかにこう宣言する。

「同体、取り直し!」

 

 おおおっ!と沸く会場。この熱戦は未だ終わらない、その興奮に場内は自然と両名を

たたえるコールに包まれる。

 

 -ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!-

 -へっしきりっ!へっしきりっ!へっしきりっ!-

 

 鬼丸も、五條姉妹も、清心道も、白楼や青葉の面々も、沙田、荒木、菅、内山、朝倉ほか会場内の

全てのライバル達も皆、思い思いに声を上げる。

やや劣勢な圧切コールを埋めようと、立花寺の面々が声を張り上げる。

 

 そんな中、ダチ高の一同だけが顔を青ざめさせて固まっていた。

仕切り線まで進む両者を見上げ、呆然とした表情で桐仁が一言、こう嘆く。

 

「三ツ橋・・・お前、意識が飛んで・・・」

 

 その目に輝きは無く、まるでゾンビのように歩き、ふらつきながら蹲踞の姿勢を取る。

消えた蛍火の輝きが今の彼の状況を物語っていた、それでも繰り返した来た習慣が

土俵にその手を下ろさせる。

 

「マネージャー!」

 諸岡顧問が千鶴子に向き直り、指示を出す。彼女はひとつ頷くと、足元の救急箱を拾い上げる。

その横では柚子香が両手をかみ合わせて、祈るような姿勢で土俵を見守る。

 

 

 -ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!-

 -へっしきりっ!へっしきりっ!へっしきりっ!-

 

 蛍はその合唱を、どこか遠い世界の音の様に聞いていた。

ふと前を見ると、そこにはもう一人の自分がいた。ああ、さっきは悪かったね、と自分に謝る。

 

 その蛍ももう何も言わない。フルートを抱え、むしろ何かを言ってほしそうに、佇む。

 

 

 

 

 -バッチィィン!-

 

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