「よっ、お疲れさん。」
土俵を後にし、観客席の千葉代表スペースに戻って来たダチ高の面々に、個人戦で出場してた
大河内たちがそう声をかける。試合の余韻を胸にダチ高の皆も、おう、と返す。
ただ蛍だけは目を伏せ、小さく縮こまってこそこそと席に着こうとする・・・のだが。
「カッコよくなりたいんだーっ!」
仰々しく立ち上がって演技する荒木、一息置いてぷっ、と吹き出す面々。
「ギャハハハハハっ!」
「おいおい止めてやれ・・・ぷくくっ。」
大笑いする沙田に、神崎がフォローにならないフォローをする。桐仁に至っては思い出し笑いで
その場にうずくまって苦しそうにのたうつ。
「(あー、こりゃ当分言われるな・・・)」
見ないふり、聞こえないふりをしながら隅っこで頭を抱える蛍、本当にえらいことになったなぁ。
「ま、まぁまぁ三ツ橋部長、旅は恥のかき捨てって言いますし。」
「そうですよ、人の噂も75日です、気にしない気にしない。」
堀姉妹がフォローするが、出来ればスルーしてほしかった・・・のだが。
と、そんな空気に助け舟を出すかのように、場内アナウンスが響き渡る。
-お知らせします、この後、個人戦3位決定戦の予定でしたが、先に団体決勝戦を行います-
それは大会運営側の、個人と団体の両試合に出る二人の選手に対する配慮だった。
黒田と舟木の連戦による不利を無くすべく進行プログラムの変更が提案され、参加選手の
了承を取り付けていたのだ。
団体決勝→個人3位決定戦→個人決勝という流れにすれば、舟木も黒田も連戦を避けられる。
個人3位決定戦を控える福井の朝倉も、控え通路の先にいる鳥取白楼と宮城青葉もこの提案を
快く了承していた、バテきった相手に勝って何の価値があるものか、と。
かくして団体の決勝戦、鳥取白楼高校と宮城青葉高校の対決を迎える。
東の控え通路、白楼の加納監督が選手たちにこう告げる。
「普段の稽古をそのまま出せばいい、それでお前たちが勝つ!」
全員のオッス!の声の後、マネージャーリーダーの咲が手を上げ、こう話す。
「2年前な、当時の主将だった兄貴、天王寺に試合後こう言われたんや。『日本一の相撲部の
マネージャーにしてやれんかったわ』ってな。」
ひと息置いて続ける咲。
「あれから2年、ウチらはインターハイ全国を取れてへん。せやけどな・・・」
同じマネージャーの田中と七瀬の間に移動し、両名の肩を抱いて笑顔でこう告げる。
「こーんなキレイどころ3人にマネージャーやらせといて、優勝できなんだら許さへんで!」
その激に思わず笑みがこぼれる。確かにそうだ、とか、自分でそれ言ってどないすねん、とか
咲を差してボクは大きいほうがスキです、とか言って小突かれる者もいたりする。
さすがのマネージャー。緊張をいい感じでほぐされ、今、白楼の精鋭が出撃する。
「さぁ、お前たちの花道だ、思う存分暴れてこい!」
青葉高校の松田監督が選手たちを鼓舞する。宮城の古豪である青葉だが、未だ全国優勝は無い。
悲願の全国制覇目前ではあるが、あえてそのプレッシャーを与えないように気を遣う名伯楽に
全員がおおおおっ!と猛って答える。
春の覇者、立花寺を準決勝で下したその勢いがチームの背中を後押しする、さぁ、あと一つ!
絶対に勝つ!と皆で目を合わせ、通路に並ぶ。
-東、鳥取県代表、白楼高校。西、宮城県代表、青葉高校-
両チームが花道から姿を現す、大相撲の土俵入りさながらに木槌が打ち鳴らされ、
観客の大歓声がそれをかき消す中、両チームが堂々の入場を見せる。
「演出凝ってますねー。」
感心する沼田に、桐仁が思わずこぼす。
「俺らの時はここまで盛り上げなかったけどな、これも国宝効果か・・・」
「来年はみんながこの舞台に立たないと、ね。」
千鶴子が1、2年に向けてそう語る。そう、ダチ高は団体メンバーで3年は蛍と桐仁の2人だけ。
後輩が全国の舞台を経験したことで、来年は今年以上の活躍が大いに期待できるだろう。
-先鋒戦。東、バトムンフ。西、砂野-
先の準決勝で黒田を破った砂野は、その勢いそのままに土俵を疾走する。
177cm82kgの小さな体は、バトの右へ左への投げに振り回されながらも俊敏な足運びで耐え凌ぐ。
何度目かの投げを凌いだその時、両足が揃ったタイミングでバトが『2枚蹴り』で仕留めに行く、
だがそれは砂野の仕掛けた罠だった。なんと彼はまるで縄跳びの様にそれを飛んで躱すと
刈りに来たバトの足を追いかけるように刈り返す。
「ツバメ返し!」
「うまいっ・・・」
瞬時に横倒しになるバト、まさかの切り返され方に呆然とするしか無かった。
-2陣戦。東、七瀬。西、岩隈-
立ち合いからひたすら張り続ける七瀬。とにかく先手先手を取り、相手に相撲をさせない。
岩隈は何度も体ごと突破を試みるが、その度に体を躱されて組み止められない、
2分にもわたる打撃戦の末、ついに七瀬が押し出して勝利した、息も絶え絶えになりながら。
-中堅戦。東、北谷。西、曽田-
青葉の曽田はここまで出番の無かった控え選手。データ相撲の北谷相手に満を持して登場。
その目論見は当たった、181cm90kgと決して大きくないその体躯で取る相撲は、得意の右四つから
強烈な膂力でがぶり寄る、意外ともいえる正統派のスタイルだったのだ。
変化や投げを想定していた北谷はそれに対応できず、無念の黒星を喫する。
-副将戦。東、久留田。西、木下-
巨漢対決となっらこの一戦は、先の一番とは逆に久留田が差し勝つとそのまま電車道で
決着をつけてみせた。大型選手同士の一番なら、名門高で生き残ってきた久留田に一番の長があった。
これで2-2、決着は大将戦の国宝『備前長船』舟木と、国宝候補『鶯丸』鳥羽に託された。
-はっきよい-
鳥羽は体の割にその長い手でひたすら張ってくるスタイルの力士だ。
『鶯の翼』と言われる彼の突きは多彩で、大振りなモーションにもかかわらず的確に舟木の体の
芯を捕らえる。まるで羽ばたくように突きを繰り出し、舟木に組み付かせることをさせない。
かい潜ろうにも低空の突きが混じっており、手を掴もうにも手の引きの速さは一級品だ。
「お、おい・・・あの舟木が押されてる!」
「連打でもなく、速さでもなく、一発一発の力強さがある、なんて優雅な突きだ。」
剣の連撃ではなく、まるで丸太で城門を突き押すかのように相手を押し込んでいく、
ここにきて国宝『備前長船』が負けるのか?と誰もが思う。
舟木はこの状況をまさかの方法で打開する。なんと体を正対から90度回し、相手に対し
真横を向いて構えたのだ、まるで大相撲の『三段構え』のように!
「なにっ!?」
体を横にして自らの的を細くする、そのあまりに突拍子な対応に驚く鳥羽。立ち合ってから初めて
彼の突きが空振りし、舟木の胸元を通過する、マズい!
国宝『備前長船』の豪快な一本背負いが、鶯の羽根をねじ込んで土俵に叩き伏せる。
-東、舟木の勝ち!-
喜びを爆発させる白楼陣営。かつて7連覇目前にして大太刀に敗れて以来、ついに
覇権奪還に成功した、その喜びに沸きに沸く。
咲は二人のマネージャーと抱き合って涙を流す、過去二年間で流し続けた悔し涙は
ここに来て歓喜の涙に変わったのだ。
肩を落とす青葉、あと一歩、あと1勝のなんと遠い事か。
選手たち以上に無念さを見せていたのは松田監督その人だった、手塩にかけた可愛い弟子たちに
栄光を掴ませてやれなかった無念に涙する。
「熱い監督だな・・・今度合同稽古を申し込んでみるか。」
そう呟く諸岡顧問。涙もろいという点で松田監督には同じ匂いを感じる、彼とも是非一度
語り合ってみたいものだ、と。
「ええ・・・いいですね。」
桐仁がそれに続く。指導者の道、それは選手に負けず劣らずの熱く、そして険しい道。
柏の阿部監督、西上の飯田監督、栄大付属の三木監督、白楼の加納監督、そしてこの
松田監督、何より隣にいる、大太刀をさらに強くしてくれた諸岡さん。
自分もそんな生き方に身を投じてみる、それもいいかもしれない。
-続きまして個人戦、3位決定戦を行います-
-東、福岡代表、黒田。西、福井代表、朝倉-
蛍や桐仁に劣らぬ小兵の朝倉、国宝候補『吉光』。出し投げや引き技を得意とする俊敏な
相撲を得意とする選手。突進の国宝『圧切長谷部』こと黒田と相撲スタイルが噛み合う存在。
「俺と蛍部長のスケールアップ版ですかね。」
そう語る幸田に、蛍はこう返した。
「彼らのスケールアップ版にならなきゃ、ね。」
立ち合いの瞬間、黒田の突進を躱した朝倉はそのまま出し投げに行く、沙田の出し投げに劣らぬ
その速さに誰もが決着を予感する。
が、黒田はすんでの所で踏みとどまると、その投げをすくい投げで返しにかかる。
すくった相手の腕を片閂に決め、体で圧殺しながら投げに巻き込む。
黒田は青葉の砂野、大太刀の三ツ橋と小兵との戦いが続いていた。その『慣れ』が功を奏したと
いえるこの対応に、朝倉の体が土俵から落ちる、勝負あった。
-これより個人戦決勝、『高校横綱決定戦』を行います!-
興奮冷めやらぬ熱戦続きの中、ついに結びの一番を迎える国技館。
-東、鳥取県代表、舟木。西、千葉県代表、沙田!-
最後の、そして最高の殺気がほとばしる土俵上。相対するは国宝『三日月』と『備前長船』。
頂点に立つのは、日本一の栄冠は、どちらの手にー
-はっきよい!-
沙田の出し投げが炸裂する、舟木が足運びでそれに付いて行く、沙田は追いついてきた相手を
のど輪で迎え撃ち、右足でちょん掛けを仕掛けつつ押し倒しにかかる。
-仏壇返し『月蝕』-
呼び戻しと同じ原理、引いておいて逆方向に押し倒すこの技に舟木が背中から倒れたのは
その技術の見事さもさることながら、やはりここまでの試合の疲労があったことは否めないだろう。
荒木が土俵下で歓喜する中、沙田は大きな仕事を成し遂げた満足感と共に、将来に思いを馳せる。
「(俺も行くぞ、大相撲に。待ってろよ、天王子さん、大典太・・・そして、潮君!)」
『団体戦3位、立花寺高校。』
『団体準優勝、青葉高校。』
『個人戦3位、福岡県代表、黒田君。』
『個人戦準優勝、鳥取県代表、舟木君。』
拍手に包まれ、賞状を受け取り、メダルをかけられる選手たち。
今年、大太刀が届かなかったその輝きを、来年こそはという目で見下ろすダチ高の面々。
-そして-
『団体優勝、鳥取県代表、白楼高校!』
『個人戦優勝、高校横綱、千葉県代表、沙田美月君!』
日本一、その栄冠を勝ち取った名が呼ばれ、国技館が大歓声に包まれる。
選手も、記者も、力士も、親方も、そして相撲ファンも、栄冠を勝ち取った彼らに惜しみない
拍手を送る。
勝者がいて、敗者がいる。だが彼らの心は等しく一つ。
相撲が、大好きだ。
-来年も、再来年も、その次の年も、それはずっと続いていく-