「いよっし、スタミナ次郎にとうちゃくーっ!」
「うぉー腹減ったー。」
「俺もう倒れそうッス・・・」
大会終了後の夕方、ダチ高がチャーターしたマイクロバスが焼き肉店『スタミナ次郎』に
到着、これから打ち上げの食事会である。
「でも、僕らまでご馳走になっていいんですか?」
諸岡顧問にそう聞いたのは大河内だ。他にも沙田、荒木、そして神崎もその後に続く。
彼らに諸岡はぐっ、と指を立て、目を光らせてOKのサイン。
「ちゃんと君たちの分も予約してあるから、遠慮は要らないよ!」
おおー、と顔をほころばせる一同。実はダチ高相撲部は全国出場を決めた際に、部費の増額の
申請許可が通っていたのだ、それでこの気前の良さである。
「で、俺らまで来たけどいいんスか?」
五條佑真がその後ろからそう問う、傍らにいるレイナは、なんなら私たちは実費でも、と言うが
諸岡は首を振り『まかせときなさい』のジェスチャー。
が、入り口のドアにかかった看板を見て、ええっ!?と固まる諸岡。
{本日貸し切り}
「貸し切り!?そんなバカな、確かに予約を入れておいたはず・・・」
そう狼狽した時、カラン、と店のドアが開き、年配の女性が顔を出す。
「あ、大太刀高校御一行様ですね、どうぞどうぞ、いらっしゃいませ。」
なんとなく冴えない顔で全員を手招きし、店内に誘導する女性店員。
「どゆこと?」
「いくら俺達でも店内全部の食材を食いつくせるワケじゃないし・・・」
「仕入れが滞ってるとか、そういう事かしら・・・?」
彼らの疑問は、入店してほどなく氷解することになる。店内にいたのは20名ほどの客だが、
その全員が例外なく大男、しかも着物に身を包んでいる。そう、力士だ。
「長門部屋の!」
見知った面々に思わず叫ぶ桐仁。と、テーブルに座っていた一人がこちらを見て返す。
「おう、ダチ高やないか、お疲れさんやなぁ!」
「「童子切!!」」
陽川が、大峰が、大河内が、そして神崎がその名を叫ぶ、またとんでもない有名人がいたもんだ。
沙田に至っては、びりっ!と気を張ってかつての天敵を睨めすえる。
「まぁまぁ、そない緊張せんと、今日はプライベートやからな。」
「相撲部屋がこんな庶民の店に来るんですか?」
「今日は母校の白楼が優勝したさかい、お祝いに焼き肉おごるって宣言したんやが、
日曜だけあってどこも満席でなぁ、こういう大型店でないと食えんかったんや。」
ああなるほど、と納得する一同。彼らの胃袋を満たすとなると並大抵の店の在庫では追いつくまい、
この店が今日貸し切りになっているのも彼らが原因だったか。
耳を澄ますと店の奥の事務室から店長の悲鳴が聞こえてくる、他のチェーン店からも
食材をかき集める電話の真っ最中のようだ。
「長門部屋・・・ってことは?」
蛍のその言葉に、そやそや、と食材コーナーに声を飛ばす童子切。
「おーい小関、ダチ高の面々が来たでー!」
その声に反応して、食材をかき集めていた力士の1人が振り向く。蛍と桐仁、佑真にレイナ、
そして千鶴子にとっての懐かしい顔が。
「みんな!」
陽が差すような笑顔になる小関。ダチ高の側も久々に見る、その懐かしい表情に思わず笑顔になる。
「三ツ橋、辻、みんな頑張ったなぁ・・・」
「僕らだけじゃないけどね。」
そう言って後ろの後輩たちを差す蛍、桐仁もそうだな、と頼もしい後輩たちを自慢する。
「部長も元気そうで何より。」
「おいおい、僕はもう部長じゃないよ。」
そう、今は三ツ橋が部長のはずだが、どうもこのメンツが揃うと、彼らの脳内では部長は
どうしても小関になってしまう。
思わぬ懇談会になった夕食INスタミナ次郎。現役で活躍する力士たちの話はダチ高の
面々にとって思わぬ充実した時間になった。
「妹さん・・・咲さんは来てないんですか?」
千鶴子の質問に、思わずむっ、とした顔になる童子切。
「聞いてや!電話で誘ったんやけど、あいつ何て言うたと思う?」
『えー、ス次郎?ウチらは牛神王で祝勝会やでぇ♪』
鳥取の和牛専門高級店の名を出されては黙るしかない、というか童子切が全国制覇した時も
そこまでグレード高くなかったんだが・・・
「今度会ったらデコピンやな。」
関取の冗談に笑いが起こる、親しみ安いキャラクターだこと。
「おーい小関、俺赤身頼む。」
「あ、俺はカレーとサラダな。」
「こっちに豚トロとラーメン、早よ持ってこいや!」
長門部屋の面々が小関他数名の下位力士に指示を出し、食材を取りに走らせる。その遠慮の無さに
少し、むっとした表情を見せるレイナ。
「相撲部屋っていうのはそういう所だから、仕方ないさ。」
「でもせっかく久々に部長に会ったのに、気が利かない連中じゃない?」
佑真のたしなめにも納得がいかないレイナ。折角の再会も食事もパワハラを見ながら食べても
気不味いだけだ。
と、そんな五條兄妹や桐仁をちょいちょい、と手招きする童子切、何すか?何よ!という顔で
そのテーブルに移動する各々。
「小関って学生時代からああなんか?」
「ああ、って?」
「今やって、折角ダチ高来とるんやないか。少しは他の連中に任せてお前らと話してええんちゃうか?」
思わずアンタが言うな!とツッコみそうになるレイナ。が、続く彼の話に少し納得する。
どうも小関はそういった図々しさに欠ける所がある、と。
「アイツは相撲が好きやし稽古も熱心や。ただ何ちゅうか、我が弱くてなぁ、
そんで番付も上がらんのや。」
相撲も一対一で戦う格闘技、単に技術や体だけでは無く、自分が相手より強いという
自惚れともいえる自信が無いとやっていけない、いちいち相手に敬意を使っていては
勝てるものも勝てなくなる、土俵上では俺こそが強者だ、という厚かましさが無ければ。
今もそうだ。部屋頭の童子切に『すいません、後輩と話させて下さい』って言えば誰も
文句を言う気はない、若手中心のこの部屋はそこまで気が利かないワケではない。
だが小関は童子切の付き人として不平を言わず、ろくに食事もせずにせっせと動いている。
上下関係が厳しい世界とはいえ、下っ端根性が身に付いてしまえば上がり目すらなくなる。
そんな話を振られて顔をしかめたのは佑真だ。かつての『ダチ高最強』時代に
小関を散々使いっ走りにしてきた苦い記憶が蘇る。
「スイッチっつーか、キッカケがあれば化けると思うんですけどね、ぶちょ・・・小関は。」
「そう思て結構かわいがっとるんやけどなぁ、どないしたもんか。」
その会話を少し離れて聞いていた千鶴子がぼふっ!と赤面する。隣の柚子香がジト目で
姉にツッコミを入れる。
「かわいがる、って、徹底的にシゴく、って意味知ってるでしょ?」
「う、うん、シゴく、ね。」
さらに赤面し、頬を抑えて俯く千鶴子・・・ダメだこの姉。
「んで鬼切、卒業したらウチ来るんやろ?」
その問いに一瞬表情を固める桐仁、メガネを指で上げると、こう返した。
「正直迷ってますよ、自分の『道』に。」
「なんやなんや、大学とか就職とか後でもええやないけ、まず角界に入ればええんや
通用せなんだらそっち考えたらええねん。」
そんな返しに陽川はうんうんと頷き、大峰と大河内はおお!という表情。それでも桐仁だけは
その言葉に素直には頷けない。
力士と指導者、その進路への天秤は今だ吊り合っている。本音を言えば角界に進みたい、
あの日誓った、いつか火の丸と角界で相撲を取るという夢を諦めてはいない。
だが自分は欠陥の有る選手だ、学生相撲ならともかく大相撲で自分が通用する力士に
成れるのかといえば自信は無い、それに高校相撲を経て、指導者と言う立場に魅力と
やりがいを感じているのもまた事実なのだ。
「そういやバトの奴、柴木山部屋に入門決まったらしいで、つい昨日だそうや。」
その一言に桐仁の思考が中断される。バトムンフ、今日彼が敗北した相手。昨日までとは違う
明るく大きな相撲を取っていた理由はそれか!
「そういやお前さん今日バトに負けたんやったな、こらますます借りを返さんとあかんなぁ。」
ニヤニヤしてそう桐仁に語る、その会話を興味深そうに聞いていたのは意外にも大河内だ。
「(柴木山部屋、か。実は僕の家の近所なんだよなぁ・・・)」
その後も学生の面々と色々話し込む童子切。陽川を名指しで『鉈丸』と評して
まんまじゃないですか!と笑顔で突っ込まれたり、沙田と火花を散らしていたはずが
『夜の話』になった途端に沙田が食いついてきて、お前もスキやなぁ、と意気投合したり
小林さんと腕相撲を勧められ、ファンサービスと侮っていたらマジ負けして『アンタ男やろ』と
返したら赤池に般若のような表情で睨まれたりと、楽しい時間?を過ごす面々。
「おーい小関、アレまだあるやろ、皆に配ってやれや。」
その指示に応えて小関が一度バスに戻り、分厚い封筒を持って来る。彼らに配られたのは
来場所の大相撲観戦チケットだ。
「ま、角界入り迷ってるヤツはソレ見に来たらええわ、ワイからの勧誘やな。」
「蛍丸も角界に来いや、カッコよくなりたいんやろ?」
「貴方まで言わないでください!」
蛍から笑いを取って食事会はお開きとなる。
だが、最後の笑いは彼らと別れた後、童子切のあ・・・という固まった表情の後に沸く。
「ちょ、ちょいまてや・・・俺人気力士やろ?何で誰もサイン要求せぇへんねーん!」
帰りのバスの中、高校生の面々はそれぞれ自分の『進路』に思いを馳せる。
蛍も桐仁も千鶴子ももう3年、将来への選択をする時間のタイムリミットは、すぐそこに迫っていた