蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第8番 呉越同舟

・・・何やってんだ、俺。

北陸新幹線の車内、彼は胸中に渦巻くモヤモヤした感情を抱え、ひとつため息をついた。

 

 荒木 源之助

 石神高校相撲部2年、昨年は先輩を差し置いて1年からレギュラーになり活躍。

だが今はスタメンはおろか控え選手にもなれず、石高が敗北するのを観客席で眺めていただけ。

深刻なスランプの原因は、彼自身が何より一番理解していた。

 

 彼の夢は世界の格闘王になる事、その為にはじめた相撲だった。中学で柔道王者となった彼は

高校では力士となりその強さを取り込む、そして格闘王としての道を上り詰めるというのが

彼の描いた青写真だった。

 

 だが、自分の目標であったそれを成したのは、自分以外の人間だった。

 

 國崎チハル。

ライバル高校の偵察にと大太刀を訪れた時に出会った、自分と同じ青写真を持った男。

団体戦の決勝、二陣戦で源之助は彼に敗れた。そこから二人の道への差は加速度的に開くことになる。

 國崎はその後も勝ち続けた。全国の舞台でもその実力をいかんなく発揮し、やがては

国宝の大典太をも倒す。そればかりか高校No2とまで言われた国宝、大包平すら

仕留めてしまった。しかも相撲の決まり手、寄り切りで。

 彼はレスラーから、完全に『力士』の強さも収めた強者になったのだ。

 

 國崎は止まらない。昨年暮には高校を中退し、自ら目指す格闘王の道を追いかけて

アメリカに渡る。

 

 ライバルだと思っていた相手は、あまりに遠くへ行ってしまった。自分が進む道だった

レールをひた走って。

対して自分はどうだ?格闘の世界に進むどころか、今だ『力士』にすら成れていない。

もし力士になることが出来、格闘の世界に勧めたとしても、もうそれは国崎の二番煎じでしか

無いのではないか、今更アイツの真似をして何の価値があるのか・・・

そんな劣等感と、それを覆す相手がもう相撲の世界にすらいない事に、彼のモチベーションは

下がりに下がってしまった。

 

 何で自分は相撲をやってるのか、倒すべきライバルはもういないのに。

だからと言って国崎のように学校を中退までして格闘界に飛び込む度胸も無い。

自分はまだ力士にすら成っていないのに、その先の道など見えるはずが無かった。

 

 そんな彼に、石高顧問の菅原はひとつの仕事を依頼する。金沢で開催される

春の全国大会の偵察だった。

曰く、石高はインターハイでは絶対に全国に行く!その為には全国のライバル達の情報が

必要だから、というのが表向きの理由だった。が、深い所には別の理由がある。

 今の彼は一度石高相撲部を離れて、ひとりの人間として改めて相撲を、全国の強豪を

目にすることで再び相撲に対する情熱を再燃させるのが良い方法だと思ったのだ。

だが、そんな思いを汲めるほど荒木は賢くはなかった。

 

 -今や、俺はマネージャー扱いかよ-

菅原顧問を尊敬はしていたが、その仕事は本来俺の担当じゃ無いはずだ。

だが、事情を考えたら仕方ないとも思った。春の全国は関東の新人戦と日程が重なるため

石高相撲部、およびマネージャーはそっちの大会で忙しい。昨年この時期に停学になり

高校相撲を始めて一年を過ぎている荒木には出場権利も無い、いわば彼だけが宙ぶらりんの

状態だったから。

 

 そんな悩みに加え、さらに今日、今この場でちょっとイラつくこともあり益々不機嫌な荒木。

とりあえずそっちの不満をぶちけるべく、新幹線車内の通路を挟んで隣に座るカップルに怒鳴る。

 

「何でお前が隣にいるんだよ!しかも女連れで、デートか?俺に対する嫌味かよ!!」

 

「それはこっちのセリフですよ!て言うかデートじゃありません、偵察です!

って言うか何で荒木さんがここにいるんですか!」

怒り顔で返す三ツ橋蛍、その隣には堀柚子香が「まぁまぁ」という表情で蛍をなだめる。

 

 

 春の団体戦で敗れた大太刀相撲部だが、落胆してる暇はなかった。

一か月の間も置かずに開催される関東新人戦。1年が主力の大太刀にとっては大イベントだ。

夏のインターハイで全国を目指すダチ高としては、この新人戦での成績、および経験は

非常に重要となる。1年が主力である以上、目標はもちろん上位独占だ。

 松本、大峰、陽川、そして公式戦デビューである幸田。彼らの試金石ともいえる大会に向けて

意気上がる大太刀高校。

 

 そんな中、蛍と柚子香は顧問の諸岡にある仕事を依頼される。春の全国大会の偵察だ。

新人戦と日程が被るため、行ける人間は限られてくる。

部長のレイナは手続きや進行、マネージャーの千鶴子は選手のケア、そして桐仁は

弟子の幸田を主とする指導に当たらねばならず、手の空いてる二人にその依頼が来たというわけだ。

 無論、諸岡にも他の狙いはある。何でもできる力士を目指す蛍にとって、全国の猛者たちの試合は

戦術の見本市となるはずだ、また初心者の柚子香にとっても、その試合は相撲の良い教科書になる

そんな思いもあって二人に会場と新幹線のチケットを託すことになる。

 

 そしてこの状況。荒木と蛍、そして柚子香の新幹線の座席チケットは見事に続き番になっていた。

 

 相撲会場の席番まで続きになっていたのは、もはや神様のいたずらだろうか・・・

不機嫌そうな顔で隣に座る源之助と蛍。柚子香はやれやれ、という表情で、姉から借りてきた

カメラをセットし、撮影の準備をする。

 

 そして開幕する全国大会。それはまさに蛍にとっての見本市であり、柚子香にとっての

教科書であった。

押し、突き、引き、投げ、そして変化。大型力士から小兵まで、様々な相撲スタイルの選手が

次々にその持ち味を披露していく。全国レベルの相撲の形がそこにあった。

 

 そして準決勝、地元の金沢北高は圧倒的な実力で相手をねじ伏せる。中でも

国宝『大典太』こと日景典馬の強さは際立っていた。

 

 もうひとつの試合、鳥取白楼高校と栄華大付属の準決勝は鎬を削る熱戦となった。

先鋒戦、白楼主将の榎木が栄大のダニエルの長い腕を取ってねじ伏せる、まずは白狼が先制。

「榎木さん、ますます技がキレてる・・・あの巨体を転がすなんて!」

そう感心する蛍に、源之助が反論する。

「それだけじゃねぇよ、見たか、あの腰の割り方、それは合気道じゃねぇ・・・力士のソレだ。」

自分が目指し、今だ敵わない「得意格闘技と相撲の融合」それを既に榎木も身につけていた。

 

 中堅戦、栄大の狩谷は白楼のバトの懐に潜り込み、足技で攻める。対するバトは両上手を取って

右に左に狩谷をふり回すが、両下手の引きつけと足さばきにより、その猛攻を凌ぐ。

ならばと繰り出したバトの櫓投げに狩谷は「待ってたぜ!」とばかりに跳ね上げた足を抱える。

昨年の新人戦で鬼丸に食らった櫓投げ、その対策を負けず嫌いな狩谷がしていないはずが無かったのだ。

バトの足を取り、残った足を狩る。あえなく土俵に背中を付くバト。栄大がイーブンに持っていく。

 

「狙ってやがったな、狩谷の奴。」

バトとどこか似ているスタイルの源之助が、敗戦を自分に重ねて冷や汗を流す。

「凄いな狩谷さん・・・小兵でも変化なしであそこまで戦えるのか。」

蛍は素直に感心する、あるいは自分が目指すべき見本の一つがそこにあった気がした。

 

「大将戦。東、栄大付属、澤井。西、鳥取白楼、舟木。」

そのアナウンスに場内がざわめく。栄大の澤井は現主将でもあり、ここまでずっと大将を

務めてきた。

対する舟木はここまで控えであり、これが初試合である。ライバル高である栄大の大将戦に

無名の選手が出てくることに皆が驚いていた。

「舟木選手は170cmの115kgです、そんなに大きいわけでもないですね。」

柚子香がパンフレットに書かれた選手プロフィールを見て言う。確かに体格は

昨年のダチ高部長の小関と同じくらいだ。

 

 対する澤井はさらに一回り大きな体格、しかもその実力は昨年の全国で立証済みだ。

誰もが栄大の勝ちを想像する中、観客席の一端に陣取る女性相撲記者、名塚だけは

逆の結果を予想していた。

「いよいよ全国デビューね、鳥取白楼の新たな『国宝』・・・」

 

 -はっきよい-

 

 その掛け声とともに、全国の相撲関係者は知る事となる、新たな怪物の誕生を。

舟木はとにかく速かった、立ち合いの突撃速度、体重移動、投げの判断やキレ、

そして技から技への繋ぎの判断。終始後手に回った澤井は、この土俵上を駆け回る

ミサイルのような力士の連続攻撃に、あえなく土俵の外に転げ出される事となる。

 

 決勝は白楼が金沢北を2-1で下す。典馬は榎木を下すも、準決勝の屈辱を晴らすべく

バトがイーブンに持ち込むと、舟木はまたもそのずば抜けた速さで北高の大将を圧倒する。

 その強さ、そしてパンフレットのプロフィールに書かれている舟木のデータが、観客全員に

彼の『国宝』としての異名を刻み込む。

 

 岡山県出身、舟木長一郎

 

 -国宝 備前長船-

 

 

 新たな国宝の誕生の興奮冷めやらぬ中、閉会式の準備が粛々と進む。

そんな中、源之助は下を向いて・・・笑っていた。

「クックク・・・ハッハッハッ!」

顔を上げて大笑いを始める源之助。隣の蛍は何事かと呆れている。

「バッカバカしい!居るじゃねぇか、強者がゴロゴロと・・・国宝までよぉ!」

 自分は何を勘違いしていたのだろう、國崎がいない?童子切が、草薙が、大包平がいない?

それで高校相撲の価値が下がるわけでも無かったのだ。強者など毎年沸いてくるものだ、

いるじゃねぇか、倒すべき猛者が、俺が力士になり、さらに格闘王を目指すにあたって

蹴散らす標的が、全国にはいくらでもいるんだ!

 今まで自分が感じていた虚無感があっさりと晴れていく。

 

「当たり前じゃないですか、全国に強豪がいるなんて・・・」

源之助の内心を知らぬ蛍が、バカじゃないのこの人、という目で彼を見る。

 

 さぁ、帰ろう。この大会で見たこと、試してみたいことがいくらでもある!

予想をはるかに超える収穫を胸に、源之助が、蛍が帰路につく。

 

 後に千葉県代表をかけた死闘を演じることになる両者、それを柚子香はまだ

想像すらできなかった-

 




國崎「俺は千比路(チヒロ)だっての!」

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