蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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IH編最終話


第90番 正道、堀柚子香

 -手をついて-

 

 インターハイ女子相撲、軽中量級準決勝。中瀬杏と堀柚子香の一番。

低く腰を割って仕切りに入る柚子香に対し、中瀬はやや腰高な中腰の姿勢で、手だけを

スッ、と降ろす独特の構え。

 

 -はっきよい-

 

 中瀬は立つと同時に低い姿勢で突進してくる。柚子香は肩でその突進を受け止めるが、

相手は次の瞬間、左へ体を躱して後ろに回り込もうとする。

 柚子香は冷静に相手の手首を掴むと、体を回しつつ取った腕を引っ張り込んで、

回り込もうとする相手を止める。

「(やっぱり・・・諸岡先生の言ったとおりだった!)」

 

「中瀬選手、やはりレスリング出身のようだね。」

 試合を腕組みしながら諸岡顧問がそうこぼす。ここまでの試合を見ていた彼にとって

中瀬の相撲がレスリングの動きを踏襲していることは明白だった。

「確かにあの動き・・・僕も覚えがありますよ。」

 蛍が続く。日頃からダチ高レスリング部の胸を借りて稽古することもある蛍にとっても

その動きや足運び、そして戦略はよく理解できた。

 

 そして柚子香もまた、その戦法は体験済みだ。

「(栄大付属のレスリング部とも稽古してるのよ、通用させないっ!)」

 昨年の秋合宿、彼女は栄大の女子レスリング部の胸を借りる機会があった、その際に

何度も後ろを取られ、またタックルで押し倒され、あるいは上から覆い被され投げられた。

その経験がここで生きている、相手の姿勢に反応して次に来る技を先読みし、主導権を握らせない。

 

「くっ・・・」

 やりにくい、中瀬はそう心で毒づいた。後ろに回ろうにも懐に潜ろうにも、腰を割った

柚子香の対応が早く、鉄壁ともいえるガードを崩せない。

「だったら!」

 中瀬は相手を軽く叩き込むと、そこから覆い被さるように相手を捕まえる。上から覆い被さって

体重をかけて相手の疲労を狙う策だ。

 

 が、柚子香にそれは通じない。何せ普段からダチ高の男子相手に稽古しているのだ。

身長差がある相手との稽古で、この体勢になる事などしょっちゅうなのだから。

「フッ!」

 軽く相手にゆざぶりをかけ、相手の腹に押し当てた頭を横に抜くと、そのまま脇から胸を

すりぬけて相手のあごの下に頭を持っていく。マワシを引きつけ、相手の上体を起こす。

 

 この時点で勝敗は決していた。いわゆる『胸を合わせた状態』で、明らかに柚子香の方が

腰が低い、相撲と言う競技の性格上、これで柚子香が負ける要素は無かった。

電車道で一気に寄り切って勝負をつけてみせる。

 

 -西、堀の勝ち!-

 

 大いに沸くダチ高応援団、これで柚子香の全国2位以上が確定した、今年の全国の成績では

彼女がこの時点でダチ高ナンバーワンになったのだ!

 

 が、土俵を降りた柚子香はどこか不機嫌そうにむくれていた。

「おめでとう・・・って、どうしたの?」

 マネージャーでもある姉、千鶴子に彼女は小声でこう返す。

「胸でっかー、何よアレ。勝ったのにすっごく負けた気分。」

 がくっ、と体を傾ける千鶴子と小林。何の勝負してんのよ、とツッコみたい所だが、

確かに中瀬のその胸はバストガードの下からでも自己主張が激しかった、確かに羨ましい限り。

 

 一方、悲観にくれる中瀬。自分の胸をさすりつつ仲間にごちる。

「うう、潰れるかと思った。まな板の堀選手が羨ましい・・・」

「いつか刺されるわよアンタ。」

 辛辣にツッコむ仲間だが、中瀬にとっては別に嫌味の類ではない。彼女はその胸が

大きくなりたせいでレスリングの寝技に耐えられなくなり、相撲に転向したという経歴がある。

地面にこすれて痛い思いをするのが嫌だったのに、洗濯板に押しつぶされて負けるなんて・・・

 

 

「やっぱり『相撲』の方が来たてや、蜜柑。」

 愛媛古田高校の相撲部陣営、決勝進出を果たした宮本蜜柑に、仲間がそう話す。

「ん。」

 柔軟をしながら、そう一言だけ返す宮本。先の準決勝であわやの際どい勝負だった彼女は

未だその緊張から抜け出せないでいた。そんな自分を沈めるように、深々と体を折り曲げる。

「相変わらずやらかいねー、さすが元体操選手。」

「2連覇期待しとるけん、勝ってな!」

 

 宮本 蜜柑。

小学校から体操を習ってきた彼女だったが、高校に入学したタイミングでそこの体操部が

廃部になってしまったのだ。上級生が鉄棒の練習中に転落事故を起こし、そこからの調査で

その部のスパルタな指導が問題視され、部は解体の憂き目に合ってしまった。

 

 宙ぶらりんの立場だった彼女に、当時の女子相撲部が声をかけた。また体操に戻るまでの

繋ぎの運動にと入部したその競技は、彼女の肌にドンピシャ合った。

 バランスの崩し合いという競技の性質上、宮本の体の柔らかさとバランス感覚は最高の

アドバンテージだった。相手の渾身の投げを余裕で残し、こちらが重心を保ったまま大きく動けば

相手はたちまちバランスを崩す、相手をコロコロと投げ倒すうちに、彼女は相撲にどっぷり

ハマって行った。

 

 相手の堀選手は正統派の相撲選手と言っていい。まるで男子の相撲の様な、しっかりと

腰を割る安定した姿勢で、前さばきを制して万全の体制を作り勝負を決める。

異端な相撲を取る者が多い女子相撲に合って、ある意味教科書の様な王道の選手。

 だが宮本は自らの体操相撲で、彼女のような相手を何度も破って来た。奇をてらわない分

やりやすい相手ともいえる。

 負けられない、必ず勝つ!と意を決し、腰を下ろした状態から逆立ちに移行し、しなやかな

ブリッジから立ち上がると、そのまま前方転回からなんと月面宙返りを決めてみせた。

 

「おおおっ、すっげぇ!」

「見た?今の、ムーンサルトしたぞ!」

 会場からどよめきが起こる。ダチ高の面々も、無論柚子香もその動きに驚く。

が、蛍だけはそんな柚子香の肩を叩いて、一言こう激励する。

「大丈夫、いつもの相撲を取れば勝てるよ。」

「ハイ!」

 軽く言ってくれるわねぇ、と思いつつもそう言ってくれるのは嬉しくもある。自分が積み重ねて

来たものが、あの相手にも通用すると言ってくれるのだから。

 

 3位決定戦は池西が中瀬を制し、ついに決勝戦を迎える。

 

 -東、愛媛県代表、宮本。西、千葉県代表、堀!-

 

 両校の応援合戦が響く中、土俵に上がる両選手。例えマイナー競技であっても、小さな

体育館の中でもささやかな大会であっても、これに勝てば、日本一!

 

 -はっきよい-

 

 両者が立ち、肩で押し合う体制になる。素早くマワシを探る柚子香に対し、宮本は付き合わず

柚子香の両肩に手を添える。

 両下手を引いた柚子香が、ぐいっ!と相手を引き付ける。だが宮本はなんと腰を

引き寄せられるまま大きく体を逸らせ、まるでバレリーナのように弓なりに反ると、

そこから体を反転させて相手を自分ごと捻りつつ、右上手を取って投げに繋げる、

空いた左手で頭を押さえつけながら・・・これは!

 

「変形の・・・鬼車!?」

 桐仁が思わず嘆く。上手下手の違いはあるが、相手の頭を押さえて投げるその技はまさにそれだ。

が、腰の低い柚子香は足を踏み出してこらえる。しかし宮本の次の行動は更に想定外だった。

なんと回転の勢いを利用して、柚子香の背中におんぶされるように乗っかって見せたのだ。

 

 マズい、ここで相手を下ろせば完全に後ろを取られる、だったら!

柚子香は瞬時に反応して、そのまま背負い投げに持っていく。だが宮本はふわりと体を浮かすと

平然と身をひるがえして着地してみせた、なんという身体能力。

 

 再度組み合う両者。今度は柚子香も不用意にマワシを取りに行かない。下手に取れば

腰ごと腕を引き込まれてこっちが崩される。ならばと肩に添えられた手を払いのけ、

相手の懐に潜り込みに行き、密着したまま両下手を掴む、これならいける。

 

 すかさず足技で攻める柚子香。大きく踏み出して内掛けを仕掛ける、しっかりと足がフックし

完璧な形で捕らえることが出来た、勝てる!

 

 -スッ-

 

 呆気なく外される柚子香の内掛け。なんと宮本は刈られたその足を大きく上にあげ、

残る片足で平然と立って見せた。テコンドーかカポエラかと思うくらい高々と上げた足を

弧を描いて降ろすと、両肩に添えた手を大きくひねって柚子香の体勢を崩す。

「(なによ、それぇっ!)」

 蛍部長どころではない、まさにサーカス相撲。しかもここまで全くそういう相撲を見せずに

ここまで勝ち上がってきた宮本が、ここにきて初めて見せるスタイル。

 どんっ、と辛うじて踏みとどまる柚子香、続く叩きからの出し投げも耐え凌ぎ、再び

肩で押し合う体勢になる両者。

 

「くっ、しぶといてや!」

「アレ残すって、どんな足腰しとんねや。」

 愛媛古田の面々も驚きを隠せない。宮本の相手の技を躱しつつ決める返し技は、

相手の乾坤一擲を空振りさせるだけに効果絶大のはず、それをああまで残すとは!

 

「ハァッ、ハァッ・・・」

 肩で息をしながら柚子香は思う。どうする、どうすればこの相手に勝てる?

攻めても攻めてもすり抜けられる、まるでウナギを相手に相撲を取ってるような感覚。

「(ウナギ、か。蛍の技をウナギの如しって呼んでたけど、そんなレベルじゃ・・・)」

 

「(・・・蛍?)」

 あ、という顔をする柚子香。そう、蛍のあの技なら、このウナギを掴めるかも。

よし、迷っててもしょうがない、県大会の決勝のように様子見して負けるのは御免だ、

この技にかけるしかないと意を決し、呼吸を止める。

 

「いやぁっ!」

 下から相手を突き上げ、素早く懐に潜り込むと両下手を取る。宮本は先ほどと同じ展開に

慌てず冷静に対処の姿勢を取る。

 と、柚子香は反り返りながら後ろに相手を投げに行く。宮本は優雅な動きで足を前に出し

投げの先に回り込んで着地する。

「(ここっ!)」

 着地した宮本の足に、柚子香の足が絡みつく、内掛けがまたも深々とフックする。

宮本はムダよ、とその足を持ち上げて抜こうとする・・・が、抜けない。

 

「根太起こし!」

 蛍が叫ぶ。そう、柚子香は刈った左足首を左手で掴み、手と足で輪を作って宮本の右足を

捕らえていたのだ。上に抜こうとした宮本の足は、柚子香の脇に当たって止められた。

 反射的に足を後ろに抜こうとする宮本だが、一瞬だけ遅かった、柚子香は自分の足首を放すと

脇を絞って相手の足首を抱え込み、捕らえる。

 

「行っけえぇぇぇぇっ!」

 ダチ高の一同が、九十九里や佐倉女子の面々が叫ぶ。行け、千葉の代表、堀柚子香!

相手の片足首を脇に挟んだ、これ以上ない絶好の体勢。こうなればバランス感覚も

体の柔らかさも何もない、まさに決定的状況!

 

「せやあぁぁぁぁぁっ!」

 電車道で寄り立てる柚子香、苦悶の表情で抵抗する宮本。すでに決した明暗は

最後まで懸命な両者に彩られ、そして終わる。

 

 -寄り切って、優勝、堀柚子香!-

 

「いやっほぉぉぉっ!」

「おおおっしいぃぃっ!」

「日本一だーーーーっ!」

 歓喜するダチ高部員。諸岡監督も両拳を握り締め、下を向いて歓喜する。

千鶴子は快挙を成した妹にむしろ呆然とした表情。そこからほろっ、と涙をこぼす。

蛍も感激に涙しながら、大きな音で拍手を打つ。

 

 当の柚子香はまだ信じられなかった。自分が日本一になったことも、この強い相手に

勝てたことも。この小さな体育館でのささやかな大会で、自分が頂点に立った事も。

 土俵を降り、皆に手荒い祝福を受けるもまだ実感がわかない。ただ今まで自分が

積み重ねて来た物、青春を捧げて頑張ってきたこと、それらに『勝たせてもらった』

事だけは実感できた。

 だから、みんなにこう返す。

 

「みんな、ありがとう。」

 

 

 ささやかに表彰式が行われ、今度は選手たちも会場の片づけに精を出す。戦った

ライバル達ととりとめもない話をしながら、感動を惜しみつつ激闘の後始末をしていく。

 

 そして、会場がただの体育館に戻ったその時、柚子香の瞳から涙がこぼれる。

 

 蛍が、千鶴子が、そんな柚子香を心配気に見て声をかけようとする。それを制するように

柚子香は涙声で、しかし大きな声で、こう宣言する。

 

「私、相撲が好き!だから・・・だから・・・もっと女子相撲を有名にする!」

 




次回からいよいよ最終章に突入!
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