それにより原作改変があります、ご了承ください。
「よし、辻、行け。」
「ウス。」
早朝の国技館、役員に促されて控室から花道に向かう桐仁。これから自分は初土俵、
前相撲の対戦に向かう彼は、様々な不安と焦燥に駆られていた。
高校を退学し長門部屋に入門したのはいいが、部屋での彼の立場は当然のように低い。
ましてや肺に疾患がある彼は、ぶつかり稽古でも早々に転がされ続け、ほどなく
立ち上がれなくなり、皆に足蹴にされて(かわいがり)終わる日々。
入門してからこっち、何一つ身になった気がしない。こんなので本当に大相撲で
通用するのか、と。
また今日のデビュー戦の相手は相撲教習所で顔馴染み、190cm125kgの恵まれた
体躯を備えた、大学相撲でも鳴らした選手なのだ。
一刻も早く火ノ丸に追いつくためには初戦でつまずくわけにはいかない。だが
花道を歩く彼に去来するのは『本当に俺が力士に成れるのか』という不安と、これからの
一番に対するプレッシャー。
「(落ち着け。火ノ丸はもとより、小関部長だって初戦は勝ったんだ、俺だって・・・)」
励ましにもならない活を自分に入れる。だが虚勢でプレッシャーが跳ねのけられるなら
誰も苦労はしないのだ。
一体、自分はこの2年間何をやって来たんだろう、小関や鬼丸と同時にデビューしていたら
より彼らに対する対抗心も沸いただろう、同じ時代の国宝としてシンパシーも沸いたかもしれない。
だが、今の彼は孤独だった。大舞台に一人で飛び込んで、そのあまりに遠い道に不安が募る。
救いと言えば、さすがの国技館もこの時間はまだガラガラで、本場所の熱気が未だ感じられない
ことであろう。1月の朝の静謐な空気が桐人を若干落ち着かせる。
花道を歩きながら客席を見回す。こんな時間にいるのは選手の家族くらいのものか、と
周囲を眺めて回る。助かるぜ、今のうちに国技館の空気に馴染んでおかなくては。
「ん?」
桐仁が何かに目を止める。あれ・・・ダチ高の相撲部じゃ?
視力のよくない桐仁は普段メガネをかけている。今は当然外しているため、客席にいる人間は
うっすらとしか見えない。だか、客席の一角にいる集団は、彼がよく知ってる体形の連中だった。
「(あいつら、来てたのか?いくら今日が祭日だからって・・・)」
目を細めて、近眼なりに視点を合わせて確認する。あ、という顔と共に一瞬固まり、後に
ハァ、という息を吐き出す。
その一団は黒いジャケットと貴金属のアクセサリーに身を覆い、顔や肩に派手な色の
ペイントを施している、いわゆるメタル系バンドのフッションをした連中。
うち何人かはギターケースを背負っており、桐仁の認識が切り替わる。
「(なんだ、別人かよ・・・)」
土俵の下、『たまり』に腰を下ろし、誰に言うともなく残念がる桐仁。
ああそうか、と自分を納得させようとする。確かああいうファッションの親玉みたいな
芸能人が大の相撲ファンだったはずだ、確かデーモン大暮、いやサタン小暮だったか?
そんなことはどうでもいい、と座ったまま正面を見据える。今日の対戦相手、太田選手が
すでに向かいに腰を下ろしてこちらを睨んでいる、彼ももちろん一番出世を目論んでおり
初土俵の今日は負けられない一番だろう。
そう、どこの馬の骨とも知れないバンド連中など気にとめている場合じゃ・・・
「って、んなわけあるかっ!!」
ぐるん!と首を回して思わず叫ぶ。出番を待つ他の選手や副審が何事か?と桐仁に注目する。
が、それも構わず観客席の一団を見て固まる桐仁。
相撲、心技体を心得とする格闘技。目で見える相手の『体』は誰もが日々意識している。
桐仁にとってその一団の体つきが、どう取り繕おうとダチ高相撲部のメンバーであることは明白だ。
「(何やってんだ、全く!)」
嘆くと同時に理解する。ああ、そうか。俺がアイツらを振ったみたいな形で退部したから
変装の一つもしないとお互いバツが悪いと思ったんだろう。
「(っていうか松本、アフロは止めろよ、お前がそのカツラ被ると笑いしか無ぇよ。
あと赤池、お前元が凶悪なツラだけにほとんど素じゃねぇか。それにマネージャー、
無理に片足を座席に掛けてワルっぽいポーズしても顔真っ赤だぞ。三ツ橋に幸田は
似合いすぎだし・・・)」
思わず笑いをかみ殺す、ダチ高連中も『気付いた気付いた』とケラケラ笑ってやがる。
これからデビュー戦の俺の緊張を返せよ。
「(やれやれ、ベタベタな連中だぜ全く。)」
あれだけ喧嘩別れみたいな形になって、まだ俺のデビュー戦が気になるのか。
全く信用されてねぇな俺は、と息をつく。同時につい先ほどまでの自分の不甲斐なさに
そりゃあ心配もされるぜ、と改めて思う。
「(よし、見てろよ!)」
-ひが~しぃ~、太田~。にぃ~しぃ~、辻ぃ~-
呼び出しを受け土俵に上がる両者、後に『鬼切』の四股名を得る男の、力士への第一歩。
-手をついて-
腰高に仕切る太田に対し、広いスタンスでぐぐっと身を低くして構える、平蜘蛛型仕切り!
-はっきよい-
頭から突っ込む両者。太田の方もこの仕切りなら変化は無いと踏んでぶちかましに来る。
ゴツン!と衝突した次の瞬間、太田の目の前から桐仁の姿が消える。
「(蛍火の如し!)」
蛍が、ダチ高の面々が思わず心で叫ぶ、蛍の得意としたぶちかましからの高速変化!
「くっ!」
太田もさるもの。足運びで体を残すと、すかさず突進し組み付いて右の下手を取りに来る。
桐仁はその下手を左小手に巻き、スッと一歩後退して間合いを取る、同時に右手で相手のアゴを
カチ上げる。
太田は構わず胸を合わせに来る、体重差で圧倒する算段で。だが桐仁はカチ上げたその腕を
そのまま太田の喉笛にあてがうと、小手に巻いた左手で自分の右手を掴み、腰を引く。
「(鉈か!珍しい技を使う。)」
土俵下の副審が思わず唸る。彼もまた相撲協会の一員だが、大相撲ではここ何年も見ていない技。
それを前相撲のデビュー戦で披露するとはな、と感心する。
体重差で圧殺するつもりだった太田が逆に押されていく。喉笛を責められているために
前に出られない、押す相手に抵抗できない、呼吸が苦しくなり首が痛む。ついに俵に足が掛かる。
「くぁっ!」
空いた左手で桐仁の右ヒジを掴み、なんとか鉈を振りほどく太田、すかさず胸を合わせ、
寄り合戦に入る両者。
先ほどの鉈の攻めで太田の腰が浮いている、しかも土俵際ともなれば、このまま桐仁が
寄り切りを狙っていると思うのは自然な考えだろう、太田も最後の執念を見せ、己の体重を
頼みに懸命の抵抗をする。
それが功を奏したか、桐仁は浴びせていた体をスッと引き、腰を割った姿勢に戻る。
凌いだぞ、という心境で太田も腰を割り、息をつく。
その瞬間だった、桐仁は右足で相手の右足を蹴手繰りにいく。足を払われた太田は思わず
右足を引く。が、桐仁は返す刀で足を逆に飛ばし、相手の左足に『内掛け』を仕掛ける。
予想外の連続攻撃に驚いた太田は慌てて刈られた足を引っこ抜く。
抜いたその時、桐仁はすでに後ろに飛んでいた。相手の肩に両手を添えて、強烈に
下方向に相手を叩き落とす。
-叩き込み『三角落とし(トライアングルストライク)!』-
成す術なく腹から、胸から土俵に叩きつけられる太田、勝負あった。
「うわ、檸檬さんの技・・・」
「そういや辻先輩、あの技に感心してたもんな、理にかなってるって。」
柚子香の言葉に沼田が解説を入れる。足技で相手の足を引かせてから叩き込む。
本来逃げの要素が強い『叩き込み』を攻めの一手で使う必殺技。
一番弟子の幸田は目を潤ませながら拍手を送る。これからも頑張れ師匠、と。
-辻ぃ~-
勝ち名乗りを受け土俵を降りる。無事にデビュー戦を飾れた、自分が二年間居残った
ダチ高相撲部で見て、経験して、血肉にしてきた技の数々で。
「(ああそうか、俺はちゃんと積み重ねて来たんだよな・・・あそこで。)」
客席の一角を仰ぎ見ながら桐仁は思う。自分が積み重ねて来た年月を否定してたら
そりゃ相撲も不安になる、どうりで試合前は弱気になってたハズだ、と。
通路を引き上げる前、もう一度彼らを仰ぎ見て、ふっ、と息をつく。
そして深々と彼らに一礼すると、そのままきびすを返して花道を引き上げる。
-ありがとうよ-
彼が目指す鬼丸との対戦まで、あと12場所。
その日の早朝5時半、蛍は制服を着て家を出た。
受験勉強の息抜きにと柚子香にデートのお誘いを受けたのだが、制服で集合場所が学校の部室とか
嫌な予感しかしないんだが。
「おーい蛍、こっちこっち。」
案の定デートだと言うのに一切めかし込んでない制服姿で合流する柚子香。蛍の腕を取り
部室に引っ張り込まれたら案の定、部員全員が集結していた。
まぁそれはいいんだが、みんな何?その恰好。
どう見てもどこかのヒャッハーみたいなスタイルとメイク、いつからここは世紀末になったんだ?
「はいはい三ツ橋さんとゆずちゃんも、メイクしますよー。」
そう言ってジャケットとカツラを差し出してきたのは軽音部の生徒たちだ、なるほどこの格好は
彼女らの仕込みか・・・って何のために!?
「今日は辻先輩のデビュー戦ですからね、見逃せませんって。」
世紀末衣裳が似合いすぎる陽川がそう語る、ご丁寧に胸には七つの傷まで入ってるし。
「でもまぁ、気になって見に行ったって思われるのもシャクじゃないですか。」
それでこの変装か・・・っていうかもっとマシな選択肢は無かったのだろうか。
ハイハイと観念してメイクされる蛍。確かに桐人のデビュー戦は見てみたいと思う。
彼らは失念していた。この格好で公共交通機関を使うことのプレッシャーを。
さんざん通行人に指を差され、幾たびかの職務質問をクリアーして国技館に辿り着いたのは
前相撲が始まる時間ギリギリだった、やれやれ。
-辻ぃ~-
心配は無用だったようだ。桐仁は前相撲で大男を苦も無く下し、その健在ぶりをアピール
してみせた。皆一様に『さすが』と感心する。
彼らは知らない、その勝利を呼び込んだのは他でもない、今日ここに来た自分達であり、
共に過ごした2年間であることを。
原作では桐仁のデビューは11月ですけど、本作では1月に変更しました。
・・・11月場所って九州場所なんですよね orz