「お、三ツ橋じゃねぇか、お前も流星大かよ。」
「大太刀の・・・蛍丸!」
流山星稜大学相撲部の道場、蛍と共に入部届を持って来ていた新入生のうち
見知った顔の2人にそう声をかけられる。
「常盤第三の下山君・・・それに西上の葉山君も!」
かつて『鬼丸殺し』と呼ばれ、暴力的な相撲を身上として弱小だった常盤第三を
強豪校に叩き上げた下山倫平。
そしてやはり弱小だった西上高校で飯田監督と言う優れた指導者の元、その強烈な張り手で
同高のエースとして叩き上げられた葉山焔(ほむら)。
蛍は新たな、そして頼もしいチームメイトに心中微笑んだ。自分が目指す『ケガをしない相撲』
を目指すのにこの上なく頼もしい稽古相手だ。
「あー、一年は今日は見学でいいから。」
入部届を提出し、さっそく着替えを、と申し出た蛍たちに部長の寒川はそう言った。
そして始まる稽古を見て、蛍たち3人は現実を知って落胆する。
四股はわずか30回、基本稽古もそこそこにハズ押し、申し合いに移る先輩方。
新入生の前でキツい印象を持たれたくないのかと思いきや、これでも皆息が上がっている状態だ。
普段の稽古量が足りてないのがありありと伝わってくる。
見学を終え解散する新一年生。その中の3人、蛍と倫平と焔は自販機の前に固まって話す。
「ンだよありゃ、先輩方ヤル気ねぇなぁ。」
「相撲強豪の大学じゃないことは知ってたが・・・」
「まぁ、あそこまでとは、ねぇ。」
現実を考えれば無理からぬ事ではある。本当に相撲に心血を注ぐ者は大学よりも大相撲に進み、
角界と学歴の折衷案を取るなら東京の帝天大や埼玉の栄華大など、相撲強豪校に進学して
学生選手権や全日本選手権で付出し資格を目論むのが普通だ。
結果、ただ相撲部があるだけの大学では、趣味や健康のために相撲を続けているものが多い。
が、それすらまだマシかもしれない。この相撲部では稽古以上に頻繁だったのは、他のクラブとの
合コン食事会という体たらくである。要するにキャンパスライフを満喫するために、体のデカさと
傍目の強そうな風貌を利用してモテようとしているだけなのだ
「ほーう、ケガをしない相撲をなぁ・・・」
「飯田監督も言ってたよ、ケガをさせるのは格闘技だから仕方ない、自分がケガをするのは
ただのバカだ、って。」
蛍の今の方針に2人は快く協力してくれた。だらけた先輩方を尻目に、迫真の気迫で稽古を
続ける3人を、上級生は『若いねぇ』という目で見守る。
3人もまた、そんなチームメイトと余計な摩擦を生まない為にも、しっかり合コンにも顔を出す。
もっともベビーフェイスの蛍、ユーモアのある倫平、格闘家気質の焔はそれぞれ結構モテていて
結局は若干の嫉妬を招いたりもしていたのだが。
彼ら3人が試合でその本領を発揮することは無かった。こういうサークル的な部活で
年功序列は絶対である、実力が劣る先輩達がレギュラーを務め、彼らは補欠にも入れない。
個人戦もやはり出場人数制限枠を先輩方が埋めているのが現状だ。
「ま、今年は力を溜めるのに集中すべきかな。」
蛍のその提案に2人も乗らざるを得ない。週3の練習の合間を縫ってひそかに他校や
後輩のいる高校に出稽古に行ったりして、少しでも稽古を充実させていった。
中でも有難かったのは、西上の飯田監督のツテで大相撲の四ツ谷部屋に出稽古に通えた事だ。
最高位が十両の力士しかいないこの部屋は、学生相撲に対する対抗意識が強かったため
皆真剣に胸を出してくれた。
夏、蛍はそのニュースを聞いて、より一層稽古のギアを上げる。
-大太刀高校、IH全国団体準優勝-
-女子相撲、堀柚子香、2年連続高校女子横綱-
「おいおいダチ高絶好調じゃねーか!」
「ぐ・・・西上も予選でダチ高に負けてる、くっそー・・・おい三ツ橋、一番相手しろ!」
雑誌『月刊相撲道』の記事を見た二人は本を握りつぶして蛍に突っかかる、今でこそ
チームメイトだが、かつてライバルだった頃の『心』が蘇り、より一層稽古に気合が入る。
秋、蛍がずっとコンタクトを取ってた所との合同稽古がようやく実現する。
「いよぅ三ツ橋!元気だったか?」
「ええ、五條さんも。」
埼玉県、栄華大学相撲部。学生相撲としては頂点ともいえるその大学への合同稽古に
ひたすら縮こまる先輩方を尻目に、五條や金盛をはじめとする強豪選手の胸を借りる3人。
「なるほどな・・・大事だと思うぜ、それは。」
マネージャーの狩谷が蛍の『ケガをしない相撲』の考え方に感心する。
彼自身がその執念を燃やして相撲を取った結果、体を壊してしまい相撲を取れなくなってしまったから。
だが、もしケガを『怖がって』いたらとても世界大会の覇者になどなれなかっただろう。
怖がるのではなく、ケガをする原因を理解して克服する。相撲を長く取るならその考えは
大きな財産になるはずだ。
「っていうか、元々お前はケガしにくい相撲だけどな。」
ケラケラ笑ってそう返す狩谷。変化の相撲は相手の真っ向勝負をいなし、心理戦の相撲は
相手の手を読んで機先を制する。これでケガをする要素があるはずもない。
この合同稽古以来、部内の空気が少し変わった。
栄大にコテンパンにのされた先輩方は、今までより少し精力的に稽古に参加するようになってきた。
1年生の3人があの栄大と互角の相撲を取っていたことに奮起せざるを得なかったのだろう。
蛍たちもまた、ヤル気の出た先輩方を相手に多くの稽古をこなし、その力を溜めていく。
そして一年が過ぎた頃、物語が動き始める。
-鬼丸関、ケガから復帰。幕下15枚目から再始動-
柚子香「ほ~う、合コンでモテていた・・・ねぇ(鬼目)」