「こんにちわー、お久しぶり。」
1月某日、大太刀高校相撲部は実に久々の来訪者に驚きを隠せない。
「三ツ橋さん、おひさッス!」
「おお、えっとぶりやぁ。」
「おう1年、前部長の三ツ橋さんだ。」
「「チューッス!」」
大峰、赤池の返しに続き、陽川が初顔の1年生達に自分を紹介してくれる。
蛍の知らない5~6人の部員たち、なるほどひとクセもふたクセもありそうで、さすがは
全国大会準優勝チーム、その選手たちのケツを叩いた控え選手たちだ。
「今日はどうしたんですか?」
「うん、待ち合わせの約束あってね、ここで。」
蛍は今日、ある人物とここで落ち合う約束になっている。別に駅前でも校門前でも
良かったのだが、どうせなら後輩の顔を見に来ようと部室を集合場所にしたのだ。
「ちょっと待っててくださいね、幸田さん達呼びますよ。」
沼田がスマホをいじって連絡を取る。なんでも角界入りが決定した陽川と大峰は卒業待ちだが
他の3年生達は受験勉強の最終追い込み時期、よく集まって教室で勉強会をしてるそうな。
「大峰君は柴木山部屋だよね、陽川君は?」
「俺は荒浜部屋ですよ、あそこデカい力士が多いから、太れるかなぁって。」
確かに、国宝『数珠丸』もそうだが、あそこはいわゆるアンコ型の力士が多い、
太れないことがコンプレックスだった彼らしい選択だ。
蛍たちがそんな話をしてる側で沼田が電話をかけているのだが、その内容は蛍の耳には
入っていない。
「(ええ・・・三ツ橋さんです、チャンスですよ、プロジェクトG、発動ですよ。)」
しばらくして部室の外に人の気配。その時蛍の前にスッと赤池と沼田が立ち、その視界を遮る。
え、何事?といぶかしがる蛍を赤池が(動かんといて)と制する。
-パッシイィィィン-
いきなり強烈に響き渡る轟音、これは竹刀を叩きつけた音?それを肯定するように
怒号が間髪入れず部内に響き渡る。
「コラーーッ!何突っ立ってんのよアンタ達、体動かしなさい!ヤル気あんの!?
陽川、大峰、そんなダラけた態度で大相撲行く気?赤池、沼田、置き物の像じゃないんだから・・・」
怒号の主がそこまで言った時、赤池と沼田がスッ、と左右に分かれ、後ろにいた蛍の姿が
あらわになる。
「お客さんッス。」
笑顔でそう蛍を差す沼田、赤池も大峰も陽川も懸命に笑いをこらえる。
「え・・・あ、蛍・・・あ、あの、これは・・・」
固まったままあたふた体を動かす怒号の主、堀柚子香。
先ほど『クセ者』と評した1年生達は彼女の登場に怯えを隠せず、彼女の後に続く幸田、松本は
作戦成功とばかりに皆とアイコンタクトする。
「いやぁ、実に堂々とした鬼軍曹っぷりだねぇ、ゆず。」
その言葉に一同大爆笑、実は彼女のこの1年での部内のアダ名がまんま『鬼軍曹』だったのだ。
「蛍には・・・見られたくなかった。」
ず~ん、と部屋の隅で落ち込む柚子香。1年生達はあの鬼軍曹が、と蛍に驚愕と尊敬の
視線を送る。
「堀さんマジで強くなったんスよ。俺ら男子でも何番かに1回は不覚を取ったくらいで。」
幸田が語る。蛍が卒業してからの柚子香の相撲への入れ込みっぷりはハンパじゃなかったとか。
どうりで2年連続IH女子王者を取るわけだ。
「俺らも感化されて、気合の入り方が違ってきましたよ。おかげでIHもあと一歩までは
行ったんですがねぇ。」
「気合入れる時なんか『きえぇぇぇぇっ!』って吠えますからね、怖いのなんの。」
「そこまでバラすなあぁぁぁっ!」
涙目で沼田の暴露を止めようとする柚子香だが、小林に背後から羽交い絞めにされてそれも叶わず。
「なるほど、強くなるわけだ。」
蛍が思わず漏らす。部内に熱をもたらし燃え上がらせる存在、男子に対して女子の身で
闘志と勝利を部内に持ち込んだ存在、3年前の火ノ丸に負けない火薬が部内に居たのだから。
「御免下さい、おお!ここは変わらんのう。」
噂を思えば何とやら、その火ノ丸が入り口から入ってくる。
「お・・鬼丸関!?」
「うっそー!全国制覇した時の、あの潮さん!?」
1年はもちろん、あまり火ノ丸と面識のない2年生も驚いてざわめく。そんな彼らに律義に
頭を下げて挨拶する火ノ丸。
「おはようございます、っていうにはもう遅い時間か。初めての人は初めまして、鬼丸じゃ。」
「「チ、チューーーーーーーーッス!!」」
部員全員が一斉に腰を90度曲げて挨拶を返す。その体の小ささも相まって角界で話題の力士として
あまりに有名な人物の登場にみんな驚きを隠せない。
「三ツ橋さんと待ち合わせの人って鬼丸関だったんですね。」
「うん、ちょっとこれから別の人に会いに。」
「えーっ!?せっかくだから稽古していきうましょうよぉ。」
残念がる面々、陽川や赤池あたりは真剣に鬼丸と一番取りたそうな表情で詰め寄るが、
さすがに現役力士にワガママを言うわけにはいかない、としぶしぶ身を引く。
「ほほう、堀さんの妹さんと付き合っとるんか。」
部室から出て目的地に向かう蛍と鬼丸。ついでに息抜きして来いと追い出された柚子香が
気まずさそうに「あ、まぁ・・・一応。」と返す。
「女子相撲高校横綱ですよ、ゆず・・・香は。」
「おお!それは凄い、尻に敷かれそうじゃのう、蛍。」
屈託なく笑う鬼丸。蛍は苦笑いしながら、間違いないね、と相槌ちを打つ。
と、蛍のスマホがピコン、と着信を告げる。画面を確認して鬼丸に向き合う蛍。
「今からならOKだそうです。」
無理言ってすまんの、と恐縮する鬼丸に、蛍はひとつ息をついてこう返す。
「探せばもっといい人、いると思うんですけどねぇ・・・」
千葉からほど近い、東京のとある格闘技ジム。中では屈強の格闘家たちがトレーニングに
励んでいる。その中で3人に面識のある人物が1人、リングの上にいた。
彼こそ今日、鬼丸が会いたかった、蛍にコンタクトを取ってもらった人物。
「肩書は元・中学柔道王者ですけど、頭が悪いからなぁ。」
「オイ!聞こえてんぞ蛍丸!」
総合格闘家、荒木源之助がリング上からそう返す。蛍と彼はなんか腐れ縁的に現状報告など
度々メールのやり取りの付き合いがあった。まぁお互い毒づくのがほとんどだが。
鬼丸が荒木と会いたがった理由は、彼の柔道技を自分の相撲に取り入れる為らしい。
ケガから復帰したとはいえ、まだまだ以前の強さが戻ったわけではない。現に復帰場所は
幕下で5勝2敗、優勝争いに絡めなかったという至らなさだった。
そんな彼は新たな相撲の手を模索していく。先週には五條佑真の通っていた空手道場で
女性の師範直々に『突き』の伝授をしてもらっていた。
が、やはり蛍にしてみれば、この人に教わるのはどうかなと思う。元々直感と本能で
戦うタイプだけに、自分の技を理論的に解説して他人に伝授なんて器用な真似が出来るかどうか・・・
が、そんな荒木にも頭を下げる鬼丸。
「だがお前ほど土俵で柔道を使いこなした奴をワシは知らん、稽古をつけてくれい。」
そんな真摯な態度に、しゃあねぇなぁとリングに招き指導を始める荒木。
と言ってもひたすら鬼丸に投げを仕掛けるだけで、これといったアドバイスは無い。
鬼丸もまた投げられることで、その感覚をものにしようと観察しながら受け身を取っていく。
その光景を眺めながら、蛍は心のどこかで空しさ、辛さを覚えていた。
かつての憧れの人が、かつてのライバルに教えを乞うている。じゃあ僕は?
部室にいた一年生と同じで、自分は火ノ丸に相対するに足らない人間なのだろうか。
自分の相撲は変化が主軸、王道の横綱相撲を目指す火ノ丸さんが学ぶべきものは無い、
角界に進まない自分は、決して火ノ丸さんのライバルにはなり得ない。
だから、火ノ丸さんは、自分の方を、見ない。
「(桐仁、君のほうが正解だった・・・)」
彼は火ノ丸の復活を信じ、彼と戦うために全てを投げ打って角界に身を投じた。
僕は火ノ丸がもう駄目だと決めつけ、一時はケガを恐れて止まってしまった。
隣りにいる柚子香すら、女子相撲の未来を憂いて一念発揮し、どんどん先に進んでいく。
置いて行かれた、そんな感慨を胸に、リングの上を無言で見続けた。