ファンキル学園IF Beautiful Garden of Eden 作:宿木ミル
夏の暑さを感じる外の世界を、私はただ歩いていた。
贖罪の為かはわからない。
ただ、命じられたことに従って、歩いていた。
道路を歩く明るい表情をした少年や少女の姿を追いかけては、目を逸らす。
私には、あんな生き方はできない。
眩しい笑顔とは無縁の生活を繰り返している私には、あまりにも明るすぎる。
周辺の地図を広げて目的地を確認する。
まだ遠い。公園を抜けた先にあるとは書いてあるものの、距離が長く感じて仕方がない。
……歩く速度が遅いだけ、なのだろうか。
気持ちの問題だとしたら、それは笑ってしまう話だ。
今は前を向くことしかできないというのに。
もう、過去には戻れないのに。
ずっと、頭の中では過去の出来事が繰り返されている。
私は、私という存在の価値を大切に感じたことがなかった。
価値を与えてくれるものがいたとしても、私自身に価値があるかと言われても、返事ができないでいた。私の価値を私が決めることが怖くて。
……両親の顔も知らない私は、直接的な愛情を受けたことがなかった。
幼い私を拾ったのは『平等を大切にする』と公言していた施設だった。
その施設の『どんな存在であっても平等に育てる』という意思の下、私は成長していった。
そこで培った価値観。それだけははっきりしている。
……要らなくなった存在はいつか捨てられてしまう。
施設が求めていたのは普遍的平等。つまり、他人から劣っている存在を許さない空間だった。
平均から大きく下回った人を多く見てきた。
怒られる存在はいつも、そうした『平均』を下回っている人だった。
やがて、失望されると強制的に施設から追放される。
平等を妨げるものがいなくなった後は、その人が最初からいなかったかのように振る舞い、『平等』な毎日が繰り返されていった。
不要な存在が捨てられてしまうならば、私は価値を示さないといけない。
私は要らない存在にならないように、捨てられないように、ただ、私は生きていた。
見捨てられたら終わりだ。
価値を評価されなくなったら私という存在の意味もなくなってしまう。
そう思い続けた。
『平等な愛』を受け取る為には、自分自身のことを考えてはいけない。
恩賞の為に自分の身を削ってでも、奮迅、努力を重ねていく。
自分に言い聞かせて生きてきた。
……しかし、トラブルは発生してしまう。
突然の眩暈による家事の途中放棄。
些細な体調不良。疲れがとれていないとか、そんな、くだらない理由。
それで、私は倒れてしまった。
その時の施設長の表情を今でも覚えている。
軽蔑と失望の目を私に向けていた。
いらない存在に向ける瞳。
その評価を受けない為に努力していたというのに、私は失望されてしまったのだ。
その後の私に対する待遇は目に見えて悪くなっていった。
前より期待されることがなくなった。
失敗するだろうといった考えからか、別の人の応援を優先するようになった。
爪弾きのような状態に陥ったのだ。
失態を取り返そうと必死になっても返ってくるのは幻滅と事実による反論ばかりだった。
『またお前は倒れるに違いない』
私に対する悪評はやがて、心身を蝕み、風邪でもないのに咳が出たりするようにもなってしまった。
苦しいと、助けてほしいと思っても助けられることはなく、時間だけがただ過ぎ去っていた。
その姿を見苦しいと思ったのか、施設長は私に言葉を伝えてきた。
『役立たずなお前には追放処分を下す』
酷く心を凍てつかせるような言葉。
……私は用済みな存在となってしまった。
追放先は用意されているらしい。だが、そこでも不必要だと判断されたら『処分』も辞さないと言われた。
役立たずなりに頑張れ、ということなのだろうか。
それでも、私にはできる気はしなかった。
不必要だと言われてしまったのだから。
努力したところで、失敗してしまったら意味がない。
挑戦しても、無意味に終わってしまうのではないか。
私は、ただ怖かった。
公園を抜けて目的の場所まで到達しそうになったその時。
私の目の前で、ある少女が屈んでいるのに気が付いた。
どうやら落とし物をしていたらしい。
探していたものが無事に発見できたみたいで、安堵の声をあげていた。
「……あ、すみません。邪魔、でしたよね……」
申し訳なさそうに頭を下げて、私の顔を見つめてくる。
……私に似た顔をしていた。
彼女も気にはなったみたいで、一瞬、驚きの表情を見せていた。
「邪魔とは感じていませんよ。……何か、落としたんですか?」
興味が少しだけ沸いて、聞いてみる。
「ゼラニウムの種です」
「ゼラニウム……」
花言葉としてはあまり良くないものもある印象を受ける。
特に、白いものには『私はあなたの愛を信じない』というものがあり、どこか苦手意識を持っていた。
「育てたいなと思っていました」
「縁起の悪い花言葉もありますよね」
「言われてみれば、そうかもです」
彼女も花に詳しいのか、私の言葉に対して納得している雰囲気であった。
「……ですが、決心や信頼といった花言葉もありますし、黄色い花には予期せぬ出会いというものもあります。だから、悪いだけということはないかもと思います」
ただ、それ以上に色んな着眼点から話していた。
私以上に、知識を持っているように。
「とても、詳しいのですね」
「調べている間に色々と知るきっかけがあっただけです。……私よりも詳しい方がいるかもしれませんよ?」
「そうだとしても、素敵なことだと思います。好きなものの為に努力できることは……」
私は何ができていただろうか。
それを考えると、どうしても苦しくなってしまう。
「……助けてくれる方がいたんです」
私の言葉に詰まり、少しの時間が経った後、彼女が口を動かした。
「友達、でしょうか」
「……そうですね。困ってくれる時も寄り添ってくださった方がいっぱいいて……その方に支えられて、今の私がいるのかなって思うこともあります。……調べたいと考える気持ちになれているのは、そうした方との出会いが大きいのかもしれません」
「……羨ましい限りです。私なんかは、そういうこと、うまく行きませんでしたから」
助けてくれる存在は今まであったことがなかった。
みんな、自分の事ばかり考えていた。勿論、私自身も。
支えてくれる、なんて想像したことすらなかった。
だから、目の前の彼女に眩しさを感じる。
劣等感を感じる以上に、尊敬の気持ちが強くなる。
「……きっと、大丈夫ですよ」
「どうでしょうか」
「助けてくれる方がきっといると思うんです。……不思議と、そう感じます」
「見た目が似ているからという理由ではないですよね」
「……その気持ちも確かにあるかもしれません。ただ、話していて思ったこともあるんです」
「なんですか?」
目を見つめて、彼女の言葉を待つ。
「……似ているんです」
「性格も、ですか」
「……不思議と他人のように思えない雰囲気も感じます」
「……変な話ですね」
「私もそう思います」
「似ているから、大丈夫と」
「笑われるかもしれませんが……」
「笑いませんよ」
くだらない話かもしれない。
けれども、彼女なりに応援している気持ちが伝わってくる。
それだけでも少しだけ、明るい気持ちになれた気がした。
「……ありがとうございます。もう少しだけ、頑張ってみようという気持ちになれました」
「……その、迷惑ではなかったですよね」
「大丈夫です。むしろ……気持ちが晴れたような気がします」
私のような存在であっても、優しく接してくれる相手がいる。
その事実が知れただけでも、救いはあったと思う。
「……では」
「はい、またいつか」
彼女と別れ、そのまま、前に歩いていく。
名前を聞きそびれたけれども、なんとなく彼女の名前は予想できた。
私と同じような名前をしているはずだ。
ミストルティン。
きっと、私も彼女もその名前だ。
歩き進め、公園を抜ける。
そして私は、追放処分として案内された住居へと到達した。
……ここから、新しい生活が始まる。
あの明るい彼女に、少しでも顔向けできるような生き方ができれば、それでいい。
ほんの僅かな希望を胸に、私は扉に手を伸ばした。