ファンキル学園IF Beautiful Garden of Eden 作:宿木ミル
鍵がかかっていた扉を開き、これから生活する住居の中に入る。
これからの私に何ができるかなんてわからない。
前向きになろうと気持ちを上げようとしても、すぐに落とされてしまう出来事が発生する可能性だってある。油断なんてできない。
小さく息を吐いて、呼吸を整える。
とりあえず、まずは部屋をひとつひとつ確認していくことにした。
真っ先に発見したのは作業部屋。施設の方から要求された、アクセサリー作りの仕事を行うのに必要な部屋だ。部屋の中にはいくつか積み重なったダンボールと、器材が置かれていた。
ダンボールの上には、達成ノルマと要求が書かれた紙が置かれていた。見ていてややこしさを感じるほどに、ぎっしりと文章が詰められている。
アクセサリー作りの要求量は、一人で作る分として考えるには多すぎる量。
作業行程もかなり手間がかかるような印象だった。
……わかりにくいものの、しっかりと覚えないといけない。
自分のやるべきこととして受け止めていくべきだ。私に与えられた罰として。
……次は、別のところに行ってみるべきだろう。
せめてもの気分転換にできればと思い、キッチンを確認する。
小綺麗な白いキッチンとなっていた。
コンロに火は問題なく付けることができる。
水についてもしっかりと流れる。
食器棚には来賓用かはわからないものの、それなりの量の食器が並んでいた。
炊飯器も用意済み。
電子レンジすらある。
冷蔵庫を確認してみると、レトルト食材が乱雑に並べられている。
食材を用意するのが手間だったのか、それとも腐らせたくなかったかはわからない。
それにしても、疑問に思うことがあった。
……追放された存在であるのに、こんなに設備が整った場所にいてもいいのだろうか。
追放された時の施設長の表情をよく覚えている。
迷惑な存在が去って満足げ、という顔をしていた。
それについてどうだと考えるつもりはない。けれども、怒りや軽蔑を感じた相手に、このようなしっかりとした住居を用意するだろうか。
考える。
仮定としては、この住居そのものが悪い物件であるという可能性もある。
過去の住居人が自殺した、というパターンだってあり得ない話ではない。
それか、捨てた後に優しさを見せることによって、自分への価値を再認識させるというやり方。……陰謀論を唱えているような感じがしたので、その考えは捨てる。相手が私を捨ててきたというのは、確かに事実ではある。それでも、育ててくれたことに関しては恩義を感じていないわけではない。
……もう少し部屋を確認してみればなにかがわかるかもしれない。
考えても、すぐに答えが出てくるわけではない。
ならば、少しでも情報を獲得することが大切だと思った。
自分のいる場所をしっかりと視ることによって確認する。それは、私自身の気持ちの安心にもつながるのだから。
他の部屋についても、設備がそれなりに整っていた。
テレビもあれば、大きめなソファーもある。
掛け布団があれば、クッションもある。
流石にぬいぐるみのようなものは存在しないけれども、生活に必要そうなものと、休憩に相応しそうなものがいくつかあった。
部屋の中で見つけて気になったものは、年代物の葡萄酒。
お酒の価値は詳しくないからわからないものの、色の濃さや、しっかりとした包装から、高価な印象を感じ取った。
それを見て疑問を感じる。
……部屋を間違えてしまったのだろうか。
いくらなんでもくだらないミスだけれども、そうである可能性もある。
だから、確認してみた。
……間違えていない。今いる場所であっている。
そうなると嫌な予感がしてくる。
……一人用の住居ではない?
急ぎ足で寝室を確認する。
できればその予感は当たってほしくないと思いながら。
他人と合わせて生活すると、他の相手に迷惑がかかってしまうことがある。だから、一人でいたい。
もしも、他の人と生活することになってしまったら、どうなるかわかったものではない。
不安を感じながら、寝室の扉を開いた。
……ベッドの数はひとつ。
大きめなベッドに、中身が入っていないゴミ箱。そして、小さめなランプと小物入れが寝室にあった。
杞憂で済んだのだろうか。
不安を感じながら、ベッドにある上の布団に手を添える。
……不自然な触感があった。
布団を触ったというだけでは説明できない感触。
布団の内側に人がいるような、不自然さ。
添えた手を放して、部屋の中で悩む。
どうすればいい。
中に人がいるかどうかを確かめるのは簡単だ。
布団をひっくり返せばいいだけだから。
けれども、それを行おうという気持ちになれない。
自分の中で、事実を認めてしまいそうだから。
あの感触は、この場所に他の人がいるという答えになってしまう。
認めなくない。
逃げてしまいたい。
同居生活をする。
その生活の中で、私が迷惑をかけて、失望されて、捨てられてしまうのではないか。
そんな想いをしたくない。
もう、捨てられるくらいなら独りで静かに生きていたい。
そう思ったのに、思っていたのに。
頭の中で、とりとめのない感情が押し寄せてきて、動けなくなる。
外に出ても居場所があるわけではない。
けれども、今、目の前にある事実も認めたくない。
わからなくなって、茫然と寝室の中を立ち尽くしていた。
「……物音?」
布団の中から声が聞こえて、その中から顔だけ覗かせて人が現れる。
考えたくなかった展開そのものだ。同居生活なんて。
身を隠そうとしてみても相手の行動が想像よりはやく、存在を確認されてしまった。
「新しくやってきた人だよね」
「……ミストルティンです」
諦めて名前を名乗る。
そんなところで片意地になるつもりはなかった。
「わたしはピサール。前はなんだか聖鎖……とかそういうあだ名も付いてたけど、追放されちゃったからただのピサールかも?」
かなりゆったりとした喋り方だ。
気概が削がれる印象。他人行儀。
それと一緒に、どこか達観しているような態度にも思えた。
「……私も前は獣刻というあだ名と、ある番号を持っていました」
施設での呼ばれ方は未だに鮮明に覚えている。記号のような呼ばれ方をされたとしても、即時的に反応することはできるくらいに。
……今となっては、その呼び名も意味がないものになってしまったかもしれないけれども。
「似たようなところから来てるってこと?」
「少なくとも、私はピサールさんのことなんて知りませんでした」
「他人に興味がなかっただけだったりして」
「……ここに来るまで、別の方と同居するといった情報すら貰っていませんでしたから」
引っかかるような言葉を言われて少し、ムッとする。しかし、ここで言い争いになると暮らしずらくなってしまうことが容易に考えられたので、感情を抑えて返答した。
追放された時の土地の案内図の中に、同居という文字が書いてなかったのは何回も確認した都合、間違いではない情報だ。
「じゃあ、追放された先に偶然わたしがいた~みたいな感じなの?」
「そうなります」
「不幸だったね~」
ぼんやりする言い回しもなんだか気に食わない。
他人行儀というべきなのだろうか。
同居するというのに、いい加減だ。
「……オトモダチになろうなんて思ってませんから」
「嫌いなまま一緒に生活するの?」
「必要最低限の生活を一緒にしていくだけです」
「厳しそう」
「追放された存在が、人生を楽しむなんて考えられませんから」
失敗して追放処分を受けた存在が、楽しく生きていていいはずがない。
厳しく自分を追い詰め、粛々と生きていないといけないはずだ。
その言葉を聞いたピサールは、何故か笑っていた。
「どうして笑うんですか」
ことを荒立てたくはない。それでも、彼女の態度がどうしても受け入れがたかった。
「あまりにも真面目すぎちゃうから」
「それが悪いと」
「ん~厄介な堅物がやってきちゃったなって思っただけかな」
「……意識は変えられるようには善処しますが」
「無理しないほうがいいよ?」
「……無理なんてしていません」
真面目なのが悪いことならば、私が今までしてきたこと全てが悪いことになる。それでは、これまでの私の行動の意味がわからなくなる。
だから、曲げようにも曲げきれない想いがあった。
「折角来たんだから、歓迎会みたいなのをしても良かったんだけど」
「必要ありません」
「だよね。そんな真面目そうな態度だからそう言われるって思ってた」
歓迎されるほどの存在でもない。
それに、想定していないことばかりなので、歓迎を受け入れられるほどの余裕もなかった。
「……後日、内職を行います」
「アクセサリー作りだよね」
「知っているんですか」
「ノルマと人を増やしたって言われたから~」
「……ついでのように私が呼ばれたのですね」
「流れとしてはそうなのかも?」
扱いが酷いのは私のミスによるものだろうか。
これ以上失敗は繰り返せない。
繰り返してしまったら、きっとこれ以上に扱いが悪くなってしまう。
「足手まといにならないようには努力します」
「わたしの分も頑張ってくれるの?」
「やれる限りのことをするだけです」
「……まかせっきりにしちゃうのはできないかも?」
「どうしてですか」
「なんだか言われたらとことんまで頑張っちゃいそうだし」
初めて会ったのに、まるで今までに会話したことがあるような口ぶりだ。
それが違うと、断言しきれないのもあって言葉に詰まる。
「……協力をお願いしてもよいと?」
「面倒じゃなければね」
「……わかりました、面倒にはならないようにします」
やらないといけないことが増えたとしても、やるべきことは変わらない。
内職を行い、評価される。捨てられないように努力する。それだけだ。
「……そろそろ、夕食の準備とかした方がいいかな?」
「レトルト食品ですか」
「手間がかかるからね」
「……買って、調理しましょうか?」
「いいの?」
「食事のバランスを崩したことによって健康を損ねるなんて、あってはいけないことですから」
「……やっぱりミストルティンって真面目だよね」
「厄介ごとの種を取り除きたいだけです」
とりあえず、動くみたいな感覚で、ピサールが布団から抜け出して、大きく伸びをした。
その時、彼女の衣服の状態に目がいった。
通気性のある服みたいなものでも、それらしい寝間着などでもない。
下着姿。そうとしか説明できない服装だった。
彼女自身のどこか大人びた雰囲気もあって、直視するのが気恥ずかしかった。
「……はしたないです」
目を逸らしながらそう言葉にする。
「だって暑いんだもん」
「そうだとしても、納得できません」
「ミストルティンはそういう格好で寝ないの?」
「するわけないじゃないですか」
気も知れていない存在に対して、肌を晒すという行為そのものが恥ずかしいというのに。
あっけらかんと訪ねてくる彼女の態度に困惑を強い覚える。
「お風呂とか一緒に入るから肌を晒したりしてもいいじゃない?」
「それとこれとは話が別です」
「そう?」
「布団にそんな姿で入ることは少なくとも私には考えられません」
行為そのものがいやらしい。
必要な時に脱ぐというのは認めることはできる。けれども、露出が多い服装で生活をするというのはありえない。はしたない。
「じゃあ、少しはちゃんとした方がいい?」
「その方がありがたいです」
「……でもやっぱり、顔を赤くしてるミストルティンは見たいから、そのままがいいかも」
「どうしてですか」
悪戯っぽく笑うピサールに反論する。
「ん~ただの生真面目じゃなさそうな感じがしたから?」
「……そんな理由で」
「でも、興味が沸かなそうな相手じゃないことがわかったから、安心したっていうのは伝えとくね」
「……改めて言いますが、仲良くなろうとして来ているわけではありませんよ」
「同居するなら、お互いのことは少しは知った方がいいじゃない?」
「……後悔しますよ」
「そんなことはないと思うけど~」
彼女の態度に毒気を抜かれてしまう。
ただ、ピサールとの会話は、いつもの私以上によく喋れていたのも嘘ではなかった。
……他人に興味を持つことなんてなかったのに、他人のことが気になっていた。
自分のことながら、珍しいと感じた。
奇妙な同居生活。
これからどうなるかはわからない。それでも、迷惑にはならないようにしようと考えた。