ファンキル学園IF Beautiful Garden of Eden 作:宿木ミル
夕食の支度を任せてしまうのはよくない。そう思い、買い物に出かけ、調理用の具材を用意することにした。レトルト食品に嫌悪感を持っているわけではない。けれども、それなりにしっかりとした食事を用意するべきだと考えていた。
幸い、近場に買い物が気軽にできそうな場所があったので、用意は簡単に行うことができた。
野菜系の料理の方が向いているという自覚はあるものの、肉を使った料理もあるべきだ。変なものを作ったらまた突っかかられてしまいそう。それでも、彼女が食べそうなものを準備していくべきだ。
それなりによさそうなものを購入して、ピサールが居る住居へと帰ってきた。
「おかえり。結構早かった?」
「買うものは漠然としてはいましたが、決めてはいましたので」
軽くただいま、と言葉にして、玄関を上がり荷物を台所まで持っていく。新しい場所で言うたたいまという言葉は、初日ということもあり、まだ馴染まない。
「へぇ、レタス買ってきたんだ」
「切って用意した方がそれなりに量は作れますから」
「元々切ってるやつとか用意しないの?」
「……それは」
身も蓋もないことを言ってしまえば、そっちのほうが手っ取り早いというのはわかっている。ただ、それ以上に自分の実力を少しでも見せたかったというのはあった。必要とされる存在であれるかどうか不安であるという気持ちが強くて。
「今度、必要になれば用意します」
「面倒な手間は省いちゃったほうが楽だからね」
「……そうですね」
ただ、そんなことを口にするのは浅ましいと思ったので、言葉にはしなかった。
ピサールが言っていることが事実なのは知っている。ただ、過去にそういった出来合いのサラダに手を出そうとした時、怒られたことがあったので、手を伸ばすのに抵抗があった。
……サラダを用意するのを面倒だと感じるなら、食卓に立つな。そう言われていた人を見てきたのも、気持ちを暗くしてしまう要因ではあるのかもしれない。
「ミストルティン、どうしたの?」
「なんでもありません。……夕食は任されてよいですよね」
「うん、問題ないよ。ただ、熱いのはちょっと嫌かも~」
「本日はそういった類のものではないので、心配しなくて大丈夫です」
「わかった、じゃあ待ってるね」
「……何を作るか聞かないんですか?」
「面倒だから聞かない」
そう言うと、彼女は台所から離れていった。
……やっぱり掴みどころが見つからない。
もしかしたら、私と関わることすら面倒なのかもしれない。存在そのものが面倒とか、考え方がどうとかもある可能性だってある。私のことを必要としていないとも……
……こういうのは考えすぎかもしれない。
暗い発想に没頭しすぎるとなにもできなくなってしまう。
「……今はやれることをやるだけです」
評価される為に努力する。
ただ、それだけだ。
買ってきた食材を使って料理を行うことに意識を集中させていった。
サラダを作ることは簡単だ。
扱う野菜を適度な大きさに調整して、なるべく見た目よく並べればいいだけなのだから。
見栄えが悪いだけで怒られていた人もいたから、ここの作業も手を抜けない。
扱う野菜も色とりどりな形にしていきたい。
緑色だけだと味気ないと評価されるので、人参やトマトといったものも加えてなるべく淡泊な印象を与えないようにする。
トウモロコシを使っていくのも悪くはないとは思っていたものの、使用量を調整するのが難しそうだと思ったので断念した。使う量の分担に失敗して、傷んだトウモロコシにしてしまうのは良くないと思ったのだ。
……下地のサラダについてはこんな感じでいいだろうか。
次は鍋を用意して、その中に水を入れる。
火を入れて、加熱していく。
沸騰するまで静かに待ち、お湯になるまで動かない。
夏場の台所は熱が籠りやすいのもあって、気が遠くなりやすい。水分補給をしながら、落ち着いて調理をしていく。
適温になったのを確認して、ひとつひとつ肉を鍋の中に入れて、茹でていく。
なるべく肉が硬くならないように調整しながら箸を使って調理を進めていく。
適度に茹でられたと感じたものから、流水に浸して冷たくしていく。
その工程を繰り返し、水気を飛ばしてサラダに盛り付けたら完成だ。
夏に食べても暑く感じない料理。
「まさかそれって、冷しゃぶ?」
完成したタイミングで彼女が後ろから声をかけてきた。
「……厳密に言えば、冷やしたしゃぶしゃぶのサラダですが」
「ミストルティンがそういうの作るって予想外だったかも」
褒められるよりも先に、驚いた様子でそう言われた。
「……雰囲気が合いませんでしたか?」
「う~ん。印象的にもっとお嬢さん~みたいな感じの料理を作るのかなって思ってたかな?」
「残念ながら、料理はそれなりに色んなものが作れますよ。イメージにそぐわなそうなものも、覚えていれば作れると思います」
求められて知識を入れたことは多い。そうした都合もあり、知っている料理ならばそれなりにそつなく作れるとは思う。達人にはきっと及ばないけれども。
「それって凄いことじゃない?」
「求められていただけです」
「色んなレシピとか覚えるの面倒じゃない」
「言われたら努力しますので」
「根気があるよね~」
「……褒めてますか?」
「それなりにかな」
どれくらい本音で言っているかはわからないけれども、嘘ではないのかもしれない。
これは素直に受け取るべき言葉だろう、きっと。
「白米で食べる形でいいですよね」
「大丈夫だよ」
「これ以外に食べたいものなどは」
「ん~冷たいお茶とか?」
「……後で作っておきましょうか」
「いいの?」
「お茶を作るのは嫌いではないので」
「やったぁ」
趣味のひとつであるお茶作りが喜んでもらえるなら、それはそれでありがたい。
私がいていい理由にも繋がるはずだ。
「とりあえずは、食事の用意していただきましょう」
「うん、わかった」
そうして私とピサールの夕飯の準備の支度が終わった。
「こうやって他人が作ってくれるってやっぱりいいよね~」
いただきますの号令を終えたあと、冷しゃぶを食べているピサールがそう言葉にしてきた。
「楽ができるからですか?」
食べながら話すということはしたくなかったので、口になにも入っていない状態の時に会話を続けていく。
「それもあるけど、作ってくれたっていうことがありがたいかもって思えて」
「……やれることをしているだけです」
感謝されたとしても、それは作ったことに対しての報酬にすぎないはずだ。
だから、続けることができないと意味がない。
「あと最近はレトルト食品ばっかりだったから、こういうのが斬新だったっていうのもあるかも?」
「料理は作らないんですか?」
「作れるけど~……消費期限とかのことを考えるのがめんどくさいから、最近はしてないかな」
「厳守すればいいじゃないですか」
「明日食べようとして買ったものが、いざその時になったら食べたくなくなるっていうの、ミストルティンは体験したことないの?」
「……命じられた料理を淡々と作っていましたから、そういったことは別にありませんでした」
「自由がなさそうな感じ?」
「規律がしっかりしていただけです」
不自由さを感じたことはあまりなかった。
自分が食べたいものを考えるよりも、他の相手のことを考えている方が有意義だと思っていたのもあって、気にしたことすらない。
「ミストルティンって生真面目だよね」
「何回目の言葉ですか」
「そんなに言ってないと思うけど」
それでも繰り返し言われているのは間違いない。
そんなに言っていないのが事実だとしても、何回も指摘されているという錯覚を感じるほど。
「別に、真面目になろうとは考えていませんから」
「そうなの?」
「同居する相手に迷惑をかけたくないだけです」
「なるほどね」
「後は必要ないと言われたく……」
つい、言葉にしそうになってしまったのを抑える。
一緒に食事をしただけだというのに、そういうことを言葉にしてはいけない。私の気持ちを知らせてしまっても、それこそ迷惑になるだけだ。
「……すみません、聞き流してください」
「わかった」
その取り消しの言葉に意味があったかはわからないけれど、言及はされなかった。
会話が静まると、空間そのものも静かになる。
黙々と食事を続けていく。
自分で作った料理を、自分自身が評価するのはあまり得意ではない。ただ、悪くない仕上がりになっているとは信じたかった。
「ミストルティンって、もしかしたら生真面目っていうより、健気っていう方があってるのかもね」
「そんなに綺麗な性格はしていませんよ」
「そう?」
「ただ、臆病なだけです」
「臆病かぁ」
その言葉になにか引っかかりを感じたのか、彼女が考え込むような仕草を取っていた。
「気に障ることをいってしまいましたか?」
「ううん、なんていうか……臆病っていう括りなら、似ているところが多いのかなって思って」
「……私とピサールさんがですか」
「うん」
「……まさか」
あり得ないと思った。
彼女とは考え方が全然違う。
あんなはしたない恰好で眠ったりなんてしない。
自堕落な態度を取ったりもしない。
面倒だとか考えることもない。
そんな私が、彼女と同じ性質を持っている?
……ありえない。
「結構似てるって思うんだけどね」
「どこがですか」
「傷つきたくなさそうなところとか」
「そんなことは……」
ないと断言しようとして、口が止まる。
否定しきれない。
「あと、他人と関わって発生する面倒ごととか嫌いそうだし」
「……貴女に何がわかるんですか」
反論ができなくなり、言葉を止めさせようと口が動いてしまった。
自分のことながら、嫌気が差す。
「なにもわからないよ? だって今日初めて会ったばっかだから」
「……では、そうしてそう、似ていると言い切れるんですか?」
心を落ち着かせて、ピサールに問いかける。
すると、考えて、彼女が言葉を繋げた。
「……性格じゃない、別の部分で似ているところを感じちゃったからかな」
先ほどまでのおっとりとした口調ではない、静かな言葉でそう返答した。
本心からの言葉という雰囲気。
真面目な態度。
「ごちそうさま。冷しゃぶのサラダ、美味しかったよ」
「……ありがとうございます。ごちそうさまでした」
それぞれお皿を片付けて、台所に赴く。
お皿を洗うところまで、やっておきたかったのだ。
「お風呂の方、お湯、やっとくね」
「わかりました」
「一緒に入る?」
「……一人で入りたいです」
「わかった」
身を曝け出すのは、もう少し彼女のことを知ってからの方がいいと思っての発言だった。
それを受け止めてくれたのは、素直にありがたかった。
(……臆病)
ピサールも一緒だと言っていた。その言葉が、どうにも心に残り続けていた。
お皿を洗う時の汚れみたいに、身体を洗っても、心の中に沁みついた感情は、綺麗に洗い流されることはなかった。