ファンキル学園IF Beautiful Garden of Eden 作:宿木ミル
同居生活の初日目。
どういった感情をピサールという他人に与えられたかはわからない。不必要な存在であると思われなければそれでいいのだけれども、それを考えるのは私ではない。
私はただ、淡々とやるべきことをこなしていった。
お風呂に入り、布団を改めて引き直し、就寝準備を整える。
就寝用のベッドがひとつしかないのが個人的には納得ができないところだった。
(……はしたないです)
敷き直した布団を見つめながら、心の中でぼやく。
枕はふたつあり、就寝場所としてはそれなりに良い環境なのは理解できる。空調だってしっかりとしたものが用意されているのは確認済み。内側に埃みたいなものもなかった。
……ただ、それでも。一緒の布団で眠るという行為そのものが納得できなかった。それこそ、雑魚寝という形を取ってもいいと思えるほどに。
しかしながら、意地を張って強情になると、いらないストレスを抱えてしまい、相手にも負担を強いらせてしまいそうだったから、それを言葉にするのは控えていた。
さらに、就寝部屋の普通の床は硬い。敷布団のようなものもなかったので、それで眠るのはいくらなんでも難しい。
夜、眠れないと疲れが取れず、後日の内職や家事に響く。可能な限り、不要な不安要素は取り除いておきたかった。
「あっ、布団を整えるの終わった?」
「それなりにではありますが」
部屋に来たピサールが布団の様子を確認してきた。
彼女の服装は相変わらず涼しげだ。直視するのが気恥ずかしいほど。
やれる限りはしてみたものの、完璧にできたかどうかはわからない。若干、心配だ。
「うん、大丈夫そう。多分、これなら眠れると思う」
「それはよかったです」
それなりの評価を貰えたみたいだ。
内心、ほっとする。
「ミストルティンも眠れそう?」
「……それはわかりません」
まだ慣れていない場所で、知らない相手と眠る。
正直どれほど眠れるかなんてわからない。
変に意識してしまうと余計に眠れなくなりそうな状態なのは事実だ。
「身を固くしなくてもいいと思うけど~」
「……緊張しているように見えますか?」
「結構そう見えるかも」
「……これからは、なるべく見せないようにしますね」
要らない心配をかけてはいけない。
表情に出ないように意識していかないといけない。
意識していく。
「まぁ、追い詰めすぎないようにね」
軽い口調で、私の言葉をあしらって、彼女は布団にくるまった。
私はまだ、ベッドには入っていない。
「……寝ないの?」
「就寝する準備はできていますが」
「できてるけど、なに?」
「……同じベッドで眠るなんて、はしたないです」
それを言ってどうにかなる問題ではないというのはわかってはいたけれども、主張はしたかった。そもそも、そんなに親しくなっていないのに、一緒に眠るとなると複雑な気持ちになってしまう。
「考えすぎじゃない?」
その考え方もばっさり切られてしまった。
あっけらかんと、彼女はそう言葉にしてきた。
「……布団の中で肌を晒している人がよく言いますね」
考えすぎというのは間違いではない。きっと、心配性なだけだ。
それでも、彼女に一言で返されるのは癪だったから、皮肉で返した。
「だって暑いんだもん」
「軽装というよりも大胆な服装です」
「もっと涼しくなれるなら、脱いだりするのも考えるけど~」
「これ以上の肌の露出は困ります」
「どうして?」
「……目を合わせる気が削がれます」
「恥ずかしいからとか」
「……今日出会ったというのに、よくわかっていますね」
これ以上話していても相手のペースに乗せられるだけだと思ったので、適当にあしらう。
そして、諦めて私も布団の中に潜った。
これ以上言い争うのは不毛だ。
「散々言ったのに、しっかり寝るんだ」
「睡眠をとらないと、後日体調を崩してしまいますから」
ピサールと顔を合わせないようにしながら、横になる。
布団の柔らかさは悪くない。
一緒に横になっているという事実を除けば、それなりの快適さだ。
「……おやすみなさい」
「おやすみ」
そうして、私は彼女のペースに翻弄されながらも、どうにか睡眠をとることができた。
次の日。それなりの睡眠をとれたことを確認して、身支度を整える。
ピサールはまだ眠っていたので、刺激しないように布団から抜け出した。
とりあえず、朝の支度をしていきたかったのだ。
午前中の料理もそれなりに大切。そう思いながら、スープと食パンを用意する。
暑いのが好きではないというピサールのことを踏まえて、冷たい野菜のスープがいいだろう。簡単に食材を用意して、スープを作っていく。
体調不良などは問題ない。しっかりと作業できている。
次に食パンをオーブントースターで暖める。
暖め終わったのを確認して、ジャムを塗って出来上がり。
……少し物足りなさそうだったので、少しのサラダも用意しておいた。
これで朝ご飯の準備は万端。
前日に食材をそれなりに買い足したのもあって、きっちりとした食事を用意できる手はずになっていた。
私が動いている間に、ピサールも目を覚ましたのかテーブルに並んだ朝ご飯を見つめていた。
「おはようございます」
「おはよう~」
まだ眠たげだ。そんな表情をしている。
気が抜けてしまうような欠伸もしていた。
「朝ご飯はそれなりにではありますが、用意しておきました」
「なんだか豪華かも?」
「……普段の食事がこのようなものでしたから」
「ミストルティンが作ってたの?」
「そうなります」
「そうなんだ」
椅子に座って、ピサールと私が向かい合わせになる。
彼女が動く時間より早めに行動できたのはよかった。少なくとも、怠惰な印象を与えさせることがなくなる。
「……いただきます」
「いただきます」
食前の挨拶を交わし、一緒に食事を味わう。
自分で作ったものは、しっかりとした味わいになっている。評価される味なはず。
そう思いながら、味わっていく。
目の前のピサールは、そんな私の内面を気にしないまま、微笑んで美味しいと言葉にしてくれていた。
他のものに比べてどうか、なんて聞いてみたい気持ちはあったけれど、心の中でぐっと抑える。そういうことを口にするのは浅ましいと考えたからだ。
……それでも、美味しいと素直に言ってもらえるだけでも嬉しいとは思っていた。
食事を済ませた後は、内職作業に取り掛かることにした。
納品するアクセサリーの手順は送られてきた箱の中にある紙の中に書いてあった。ややこしい手順ではあるけれども、覚えればどうにでもなる。
冷房がある作業室で、さっそく作業に取り掛かった。やるべきことはやる。そういった感情を持ちながら、手を動かしていく。
「……面倒だよね」
隣にいるピサールはあまり作業の手が進んでいないように見えた。
「全部やれと言われたらやりますが」
「お願いしちゃってもいい? ……って言いたいけど、流石にわたしの分も肩代わりさせちゃうのは申し訳ないかも」
「では、手を動かしてください」
「めんどくさい~」
そう言いながら、ピサールもそれなりに動いていく。
淡々と、単純作業が繰り返されていく。
同じ形のものを手作りで作ればいい。だから、わかりやすい。
丁寧にひとつひとつ作っていく。
雑念はいらない。
落ち着いて、確実に作る。
道具のように行動すればいい。
成果の為に。
……時計の小さい針がふたつほど回った段階で、成果を確認する。
今日の最低目標の半分くらいは終わっただろうか。
ピサールは、そこまで作っていない様子だった。
「……代わりましょうか?」
多くの感情が頭を過った。
けれども、穏便に済ませたかったので、言葉数を少なくして尋ねた。
「正直、面倒な手順してるって思わない?」
「……どういうことですか」
その言葉に反感を抱きそうになった。
それでも、怒るのは抑える。
「あの紙に書いてあるやり方だと、いくつか手間を増やしてるように見えたんだよね」
「今までやっていたことは無駄、と?」
「無駄じゃないけど……面倒なこと、よく頑張ってたな~って思うかも?」
彼女に窘められている感覚を覚えながら、落ち着いて彼女の言葉を聞く。
今の私の返答は意地悪な言い方をしていた。もっと冷静にならないと。
「では、何か方法があるんですか?」
「ちょっと気になったところとか、面倒な手順は省いて、新しいやり方を用意してみたの」
そう言って、新しい紙に書いたアクセサリーのレシピを私に手渡してきた。
達筆な字で丁寧に作り方が書かれている。
さっきまで作っていたアクセサリーとの完成形は同じ。それでいて、無駄が全て省かれている。重複していたような説明も消えていて、簡潔に纏められている。
「……とても、わかりやすいです」
劣等感を感じてしまいそうになるくらいには、完璧なレシピだった。
これからの効率が上がるだろうことは、動く前からわかる。
「あのままだったら絶対やりたくないな~って思ったから、ちょっとサボって頑張っちゃった」
「これからはピサールさんの動く量も上がると?」
「そうなるかな。……あっ、ひとつ言いたかったことあるかも」
「なんですか」
さして期待しないで聞いておく。
「動いてるところを見て、閃いた工程ところとかもあるから、さっきまでのミストルティンの行動もありがたかったかな」
「……ありがとうございます」
私がしてきた行動が無意味でなかったという事実。
彼女が補足してくれたその言葉は、嬉しい気持ちをもたらしてくれた。
「……へぇ」
私がそう思っていたら、彼女が興味深そうに私の顔を覗いていた。
「なんですか」
「ミストルティンって笑うんだなって思って、感心しちゃっただけ~」
「……笑っていましたか?」
「微笑んでたっていったほうがいいかも?」
「……変ではありませんでしたか」
「むしろ、もっと見てみたいかなって思った」
「……本当ですか?」
「ムスッてしてるよりはそっちの方が嬉しいかな~」
ピサールは彼女のペースを崩さずに、そう言葉にしていた。
私でも、笑ったりすることがある。その事実そのものが、なんだか笑い話のように思えた。なるべく自分の感情を見せないように動いてきた私が、そういう表情になったりする。変わっていこうとしているのかもしれない。
こんな私でも、評価してくれる相手がいるのならば、まだまだ頑張ることができる。
ピサールの新しいレシピを参考にしながら、内職を続行していく。すると、前よりいいペースで、アクセサリーを作成することができた。これなら、私の価値をまだ示せる。
一緒に協力してくれたピサールに、感謝の気持ちも込めて料理を作ってみるのも悪くないかもしれない。
お昼時、いつもより明るい気持ちになれた気がした。