ファンキル学園IF Beautiful Garden of Eden 作:宿木ミル
ピサールと同居生活、そして内職を繰り返しながら、日々が過ぎていく。
彼女との感覚の違いで若干のトラブルがあったのは確かな事実ではあるものの、それなりに平穏な時間を過ごせていたと思う。
三回の食事を整え、家事をそつなく行い、アクセサリー作りも問題なく終わらせる。全て、いいペースだ。失敗もしていない。
私が不必要とされていない。必要とされている。その事実だけでもありがたい。
ピサールとの生活を繰り返していく中で、彼女のことで気が付いたことは多い。
第一に、彼女とは根本的に相性が悪いというところだ。
別に、ピサールのことが特別嫌いというわけではない。そもそも、嫌う必要がない。
ただ、単純に彼女の行動と私が合致していない。それだけだ。
彼女は私よりも多くお酒を呑む。
葡萄酒が好きといっている通り、呑んでいいと言ったタイミングでは、ずっと呑んでいる。
そうして、そういう風に呑んでいる時に限って私に対する距離が近くなる。
「ミストルティンも、もっとお酒呑まないの~?」
……みたいに、言葉を重ねて、距離を詰めてくることがとにかく多い。
その都度、私の掌を触ったりして、冷たいと言ってきたり、お酒を呑んだ方が色々楽だよ、みたいなことを喋ってきたりしてくる。
お酒は特別呑めないわけではない。ただ、節度を保っていきたいと考えているし、不真面目な印象を与えるのが嫌だったので酔うまで呑むことはなかった。
これまでに、お酒の呑みすぎで肩を貸すような事態にならないのはまだありがたい。
だけれども、私を堕落させてこようとしているように見えて、どうにも受け入れがたかった。
第二に、いい加減ではあるものの、対人関係のトラブルは極力避けようとしている印象を感じていた。
酔っている時は若干距離が近くなる彼女ではあるものの、普段はそんなに私の内面まで気にしようとしてこない。
私が語りたくないと感じたなら、自然と彼女は会話を止める。
逆に私が会話をしたとしても、話したくないことは話したくないとはぐらかすような言葉を返してくる。
彼女はそういう性質を臆病だと言っていた。けれども、穏便に済ませられることが多いのは私自身ありがたいと思っていた。深く内面のことを追求される。それが面倒だという感情は、私もわからないわけでもなかった。
第三。やる気になった時のピサールは、私よりも動く。
アクセサリー作りのレシピを作っていた時にも気が付いたこととして、彼女はやる気になった時の行動がとても速い。面倒な無駄を省いて、きっちりと物を作っている。その時の彼女の姿は、私なんかよりも真面目に見えた。
普段はそんなことしないんだけどね、と彼女は言葉にしている。けれども、それに対して不安も抱いていた。
もしも、手際が悪いと評価されていたらどうしようと。
彼女よりも劣っている私は、いつか捨てられてしまうのではないかと。
漠然とした不安は、なんとなくでも感じていた。
真面目に動くしか方法のない私。不真面目でも、いざという時に行動を示すピサール。どちらの方が評価されるかなんて、わからない。
それでも、行動指針が真逆なのもあって、相性の悪さを感じていた。
私が不必要な存在だと認定されないこと。私は内心、ただ、それだけを考えていた。
ピサールとの同居生活が続いていった数日後。
ピサール側から私は、とある提案を受けていた。
「時間をずらしてお風呂に入るのって逆に面倒じゃない?」
「……何が言いたいんですか」
「特別な事情があるタイミングじゃなかったら、一緒に入っちゃった方が手っ取り早いな~って思ったの」
そう、それはお風呂に同時に入るという提案だった。
彼女の言いたいことには一理ある。
時間差で入るのはお互いの時間の調整などもあるから面倒だというのも頷ける。
……ただ、私は正直なところ一緒には入りたくなかった。
「好きな時間に入ればいいじゃないですか」
「ミストルティンが入ってる時も気軽にお風呂に行ってもいいじゃない?」
「……それは」
感情論を抜きに反論するのが難しかった。
同居人で、しかも同性だから入っても問題ないというのは理屈として理解はできている。
だけれども、どうにか反対したかった。
「一緒に入って、色々調整するのは手間がかかるじゃないですか」
だから、もっともらしい言葉で返した。
「シャワーは二つあるけど?」
「……そういえば、そうでしたね」
彼女の言葉で、私の反対意見が弱いということに気が付いた。
そう、今暮らしているこの場所のお風呂場は、それなりに大きな住居というのもあって、お風呂場もそれなりの大きさがある。何故か、シャワーも二つ用意されていた。
浴槽の大きさばかりに気がいって、シャワーのことを気にしていなかった。
「もしかして」
「なんですか?」
「一緒にお風呂に入ったりする経験がなかったりとか」
「……ご想像にお任せします」
他人に興味を持っていなかったのもあって、お風呂に入る時も一人でいた方が楽だと思っていた。同年代の存在と、一緒に入ることは過去にはなかった。
けれども、それをわざわざ口にする必要がないと思ったので、敢えて言葉にはしなかった。
それで、会話は一旦打ち止めになったものの、私の様子から察したのか、ピサールが意味ありげに頷いていた。
「恥ずかしいことじゃないよ?」
「恥ずかしいとは思っていませんが」
「そう?」
次は疑り深い目で私を見てくる。
「本当です」
「でも、露出が多いわたしの格好で顔赤くしてるあたり、恥ずかしいって感覚はありそうだけど」
「……それは」
内面どころか、行動で判断されている。
隠しても意味がないというのはわかる。
「……嘘ではないです」
「かわいいよね」
「別に可愛げを出そうなんて思っていませんよ」
「じゃあ、素なの?」
「そうなります」
「なら、逆にいいかも」
そういってピサールが微笑んだ。
もしかして、私はからかわれているのかもしれない。
なんとなく、そう思った。
「もしも、お風呂に一緒にタイミングで入りたいならば好きにして構いません」
「いいの?」
「……言い争いになっても、不毛なだけですから」
理屈で彼女に勝とうと思う方が難しいと思った。
だから、会話はここで打ち止めにことにした。
願わくば、一緒のタイミングで入らないようにと祈りながら。
夜。夕食で使ったお皿を片付けたのち、それとなく身体を洗い、お風呂に入った。
お湯に浸かっている感覚は悪くない。疲労がとれるような気がする。
気持ちを落ち着けることができるのもいいところ。
……なのだけれども。
「一緒に入るって約束したなら声をかけたらいいのに~」
今日のお風呂は少しだけ騒がしくなりそうだった。
タオルを巻いて、ピサールがお風呂にやってきたのだ。
「入ってもいいと言っただけですから」
「特別一緒に入りたいとは思ってなかった?」
「思っていません」
「残念」
そう言いながらも、彼女はシャワーを浴びに来ていた。
どうやらそのまま入るつもりみたいだ。
「……特別話すことなんてありませんよ」
「そう言われるのは想像してたかも」
「……一緒に入る方が、返って色々と疲れたりしませんか?」
「しないよ?」
そう言いながら、彼女は突然振り向いてきた。
身体を洗う手を止めないで。
「どうしてですか」
「ん~なんだか呆れ口調のミストルティンをからかうのが面白いからかも」
「趣味が悪いですね」
「まぁね」
まんざらでもないという表情。
私の中でまとめたように、やはり相性が悪い。
「あと、貴重なものが見れるから?」
「なんですか」
「肌を晒しているミストルティン」
「見ないでください」
視線の意味を分かって、身体をお湯に沈める。
指摘されるのは恥ずかしい。見られるというのにも慣れていない。
「そうやっていちいち行動してくれるから楽しいの」
「……遊ばれてますね」
「うん、遊んでる」
趣味が悪いと表現したけれども、性格も悪いといった方がいいかもしれない。
流石に言葉にすると、毒を吐いているようで癪だったので言わなかったけれども。
「裸だからって気にしなくていいのに~」
「……気にならないほうがおかしいです」
「そう?」
大胆に、見せつけるように身体を洗ってくる。
とても、わざとらしい。
はしたないとも思えて、直視しにくい。
「……ピサールさん」
「なぁに?」
「酔ってませんよね」
お風呂に入る前に呑んでいたら、それこそ今すぐにでも外に押し出そうと思った。
命の危機に関わることは、いくらなんでも見逃せない。
「ううん、酔ってないよ?」
けれども、考えすぎていたみたいだ。
「お酒を呑んでもいませんよね」
それでも、聞き間違いではなかったと確認する。
「流石にお風呂の前には飲みたくないかな~」
問題ないみたいだった。
「……そこはわかってるんですね」
「うん、暑くなりすぎて死んじゃうのは流石に嫌だからね」
その言葉を聞いて、安心する。
いくら怠惰な性質がある同居人だとしても、そうした危険には向き合わせたくはない気持ちくらいはある。自制していないように見える彼女にも、しっかりと自制している部分はあったみたいだ。
「……ミストルティンってさ、優しいよね」
身体を洗い終えた彼女が突然、そう言葉にしてきた。
「急にどうしたんですか」
「ううん、なんとなくそう思っただけ」
「……優しくしようなんて考えていませんよ」
「そうなの~?」
「ただ、やるべきことをしているだけです」
私なんかよりも優しい人はいくらでもいる。
だから、そう言われるのは何かが違うように思えた。
けれども、彼女はそんな私の態度と裏腹に、褒めてくる。
「お酒を呑んで、お風呂に入る。それをしたら危ないからってわざわざ聞いてきたんでしょ?」
「同居人が勝手に死んでしまっても困るだけです」
「冷たい言い方~」
「事実です」
「でも、それ以上に他人を気にしてるように見えるんだよね」
「どういうことですか」
「迷惑にならないように、お手伝いしようっていう感じかな~」
身体を拭き終わったピサールも、お風呂に入ってきた。
少しだけ、真面目そうな顔をして。
「……私の存在で、なにか厄介なことになってほしくないだけです」
彼女の様子に応えて、私も少しだけ本音を打ち明ける。
「うん。いつも、何かに怯えてる感じがするよね」
「怯えている……」
最初の日に言われた臆病という言葉が頭を過る。
否定しきれなかった、あの言葉。
「だから、面倒なことも全部請け負って考えちゃったりもしてるのかなって思うの」
「何が、言いたいんですか」
「もう少しだけ、肩の力を抜いてもいいんじゃない?」
なにもかも図星のように聞こえた。
背負わなくていいものも背負おうとする。
負担を気にしないで努力しようとする。
……指摘されている内容は間違っていないのはわかる。
「……そうしたところで、不必要になったら捨てられてしまいますよ」
それでも、私はどうしても受け入れるのが怖かった。
捨てられたらどうしようと、いらないと言われたら終わりだと思ってしまって。
私自身が堕落してしまったら、もうどうしようもない気がして。
「大丈夫よ」
そっと、ピサールに手を掴まれる。
大切なものを触るような手で、そっと。
「面倒なことは全部、捨てちゃえばいいの」
まるで、心を溶かすような声で。
直接、心を触ってくるような声で。
彼女は、そう言葉にした。
「捨てる……」
「捨てて、変わって、楽になれれば……きっと、幸せになれるからね」
掌だけを触られているはずなのに、身体全体を触れられている。そんな感覚すらした。
堕落させるような、言葉のようにも感じた。
「……私は、すぐに変わることなんてできません」
言葉を返して、私はそっと身を引いた。
私だけを見つめているような眼差し、私そのものを触れているような掌を離すのは難しかった。
躊躇いが不安を招き、心の音が大きくなる。これでよかったのか。
わからない。
だけれども、受け入れたら戻れない感じだけはした。
「先に、あがります」
そう言って私はお風呂場から抜け出した。
身体を拭いて、心を落ち着かせようとする。
まだ、火照っている感覚があった。
彼女の言葉が、堕落させてくるものだったか、それとも本心からの心配だったか、そんなことはわからない。ただ、お風呂場で見た、大人びていて、それでいてどこか蠱惑的な彼女の姿が私の頭の中でずっと鮮明に浮かんでいた。