ファンキル学園IF Beautiful Garden of Eden 作:宿木ミル
一回倒れたこと、そしてその時の出来事をきっかけに、私の体調が崩れることがなくなっていった。
それには、無理をしないと決めたという理由も強かったりするかもしれない。
自分一人で抱え込みすぎない。
時には甘えてもいい。
評価のことだけを考えないようにしてもいい。
今までの自分の考え方から変えていくのは大変ではあったけれども、なんだか気持ちが楽になった気がする。
一から作ることばかりを考えていた料理も、お店で買える準備済みのものを利用したりするようになった。勿論、奮発したい時はちゃんと自分で作るようにはしているけれども。
家の中で家事をする量は私の方がまだ多い。けれども、ピサールも手伝ってくれるようになって、その時は気を楽にして休めるようになった。
何気ない日常が過ぎていって、気が付いたころにはもう夏祭りの日。……私の誕生日の8月25日が訪れていた。
「いっぱい賑わってるね~」
「そうですね、人が多いです」
夕暮れ時。
提灯で装飾された道をピサールと一緒に歩いていく。
夏祭りということもあって、老若男女、色んな方が町を歩いていた。
私も彼女も浴衣に着替えて、町中を進んでいく。
ピサールはちょっと暑いといって若干緩めにしているけれども、さして露出が激しくなっているわけではなかったので、指摘はしなかった。
「ミストルティンは、こういうところとか得意なの?」
「どちらかというと、苦手です」
「やっぱり?」
「他人のことばかり気にしてしまいますから」
穏やかで、落ち着ける場所が好みなのは事実なので頷いた。
厄介事などが発生しない、平穏な空間の方がのんびりできるから好きだ。
「じゃあ……夜、花火が打ち上げられる時間になったら、もう少し静かな場所にいこっか」
「面倒でなければそれで構いませんよ」
「面倒じゃないわよ? わたしだってそんなに人がいっぱいいるところはあんまし好きじゃないし」
「……ピサールさんがそう言うのは、なんだか意外です」
「そう?」
本人は知ってると思っていたみたいな態度で接してくるけれども、私からすれば若干の驚きがあった。
「まぁ、対人関係のストレスって面倒だなって思ってるからなんだけどね~」
「……似たもの同士ですか」
「そうかも」
他人と関わることによって発生する厄介事には関わりたくないという観点で言うと、やっぱり似ているところはあるのかもしれない。
「臆病な気質もありますね」
「言えてるかも」
「改めて、仲良くなれそうな気がします」
「それ皮肉?」
「想像に任せます」
「なにそれ」
会話は淡々と進んでいる。
傍から見てみれば、ちょっと牽制しあっているような会話かもしれない。それでも、彼女は微笑している。私との会話を楽しんでいた。
……私も、皮肉っぽい言葉を言っていたりしている癖に、彼女と話すのが楽しくて、つい頬が緩む。
「相性は悪いですけどね」
「そう?」
「……生真面目と怠惰ですよ?」
「言われてみればそうだね」
「根本が違います」
「でも、ミストルティンは私のこと嫌ってないよね」
「……助けられましたから」
前は、そんなに良い印象を持っていなかったのも事実ではある。
それでも、彼女なりに私を助けようとしてくれたのもあって、今は悪い感情はあまり持っていない。怠惰な部分も彼女らしいと受け止めることができるようになっている。
「やっぱり一途だよね」
「そんなことはないと思いますが」
「じゃあ、健気?」
「……わかりませんよ」
「そういう色んなところがあるのがミストルティンなのかなって思うの」
「買い被りすぎではないでしょうか」
「……じゃあ、お茶が美味しいっていうのは言っておくね」
「それは構いません」
私がそんなに気にしていない、私自身についても彼女は教えてくれる。
全部受け止めようとすると、なんだか気恥ずかしい気持ちになるけれども、色々、私のことを見つめてくれるのは、素直に嬉しい。
それを彼女に話すと、きっとからかわれてしまうだろうけれども。
賑やかな人がいる空間を通り抜けて、屋台がいっぱいある場所まで到達する。
色とりどりの屋台からは、それぞれ、別の美味しそうな香りが漂ってくる。
どの屋台にも、かなりの人が並んでいた。
「焼きそばとか買うの?」
「そうですね」
「フランクフルトとか」
「量が多くならなければ、頂きます」
「あっ、焼きイカも食べたいかも」
「全部並ぶのは手間がかかりそうです」
こういう時だからこそという食べ物を提案してくる。
それについては問題ないのだけれども、一緒に買おうとすると夕食の時間が遅くなりそうな気がした。
「じゃあ手分けする?」
「そうしましょうか」
「わたしはフランクフルトと、焼きイカを買いに行くね」
「では、私は焼きそばと冷たい飲み物を」
「焼きそばの量は、そんなに多くなくていいよ~」
「わかりました。……飲み物は何がいいでしょうか」
「お酒っていいたいけど……なんとなくラムネがいいかも」
「珍しいですね」
いつもと同じようにお酒を味わいたいといいそうに思えたから、意外に思えた。
「たまにはそういう日もあるからね」
「では、ラムネを二つ買いましょう」
「あと、お酒じゃない理由としてはね……」
もったいぶって貯めながら彼女は言葉にした。
「葡萄酒が好きだから」
実に、ピサールらしい理由を。
「……お酒の違いって、そんなにあるんですか?」
「違うわよ~? 今度、ミストルティンも呑み比べてみればいいじゃない~」
「……機会があったら、そうさせてもらいます」
断り文句みたいになってしまったけれども、お酒についての嫌悪感はそんなにない。少しは楽しめるようになれたらいいと思っていたのもあって、それなりに前向きなつもりだ。
会話がずっと続いてしまっても区切りがないと思ったので、話をそれなりに、私たちはそれぞれ、食べるものを買いにいくことにした。後々、集合する場所を連絡しあいながら。
ちょうど夕食を食べたいと多くの人が考える時間だったからか、焼きそばの屋台の前に多くの人で賑わっていた。後ろから並んで待つだけでもそれなりの時間になりそうだ。
こういった人の流れに逆らったりするのは良くない。そう思い、邪魔にならないように意識しながら最後尾まで移動した。
特にトラブルも発生することはなかったので、気持ち的にもありがたい。
このまま、しばらくはのんびり静かに列に並ぶことになるか。
ぼんやりとそう考えていた時だった。
「あ、あの……すみませんっ」
突然、隣にいた人から声を掛けられた。
女性の声、というには柔らかい印象。
少しだけ、聞き覚えのある声。
「なにか、しましたでしょうか?」
「その……そういったわけではないのですが、少し、声をかけたいと思って……」
「声を……?」
迷惑になっていたら申し訳ないと思いながらその声の方向に振り向く。
厄介事の種にはなるべくなりたくない。
振り向いて、声をかけてきた人を見て、はっと驚く。
「……前に会ったこと、ありますよね」
その人には見覚えがあった。
私と同じような髪型をしている。
ピンクの髪をしていて、片方の目が隠れている。
ピサールとの同居生活を行う前に、出会っていた。
人違いのはずがない。
彼女の雰囲気を、私は鮮明に覚えていたから。
「は、はいっ。ゼラニウムの種を落とした時に……」
「そんな気がしました」
彼女自身も、私のことを覚えてくれていたみたいだ。
せっかく出会えたのだから、少しは近況報告はしておきたいと思った。
焼きそばの列を進みながら、彼女と会話をしていく。
「……以前会ったときよりも、前向きになれた気がします」
「そうなんですか?」
「はい。……支えてくれる方が現れてくれたお陰ですが」
本人を前にすると、そんな言葉を口にするのは照れてしまう。
けれども、ピサールとの出会いで、私が変わっていけたのは事実だ。
「……安心しました」
私の報告を聞いて、彼女は自分のことのようにほっとしていた。
「私でも変わっていけるというのがわかったのは、最近の出来事の中でも大きかったです」
「その方とは、友達になれたのでしょうか……?」
「友達……」
その言葉に対して、私の中で考えを巡らす。
ピサールと私の関係性。
友達といっていいのだろうか。
同居人みたいに表現するべきではないか。
それとも、腐れ縁のようなものか。
……いざ、言葉にしようとすると、表現するのが難しかった。
「正直なところ、よくわかりません」
自分でも不思議な関係性なように思えた。
ピサールという存在の全てを受け入れているわけではない。
怠惰すぎるところは、ちょっと改善してほしいと思っている反面、私も見習いたいと考えたくなる気持ちもある。
大人びた風貌に対して、はしたないと思う気持ちもあり、その逆でどきっとしてしまうような感情も抱いている。
根本的には全然性格が違う。相性もきっと良くないだろう。
それなのに、一緒にいて疲れを感じない。
「……友達、という言葉に纏められるかはわかりませんが……それでも、一緒にいて落ち着く方なように思えます」
だから、そう話してみた。
少し、漠然とした言葉かもしれないと思いながら。
「素敵な関係性です」
「……そんな眩しい関係ではないかもしれませんが」
「それでも、本音を話し合えるような仲に思えましたから……」
「……そうですか?」
「はい。話している雰囲気から、そう感じました」
少し熱を帯びた喋り方でもしていたのだろうか。
焼きそばの並ぶ列を進みながら、会話が続いていく。
「……夏祭り、誰か一緒の方と来ているのですか?」
「はいっ、学校は別なのですが……園芸で繋がった友達と一緒に来ています」
「分担して、夕食を買っている感じでしょうか」
「そうなりますね……」
「……面白い偶然ですね」
私と彼女の状況が概ね似たような感じになっている事実に頬が緩んだ。
「同じ感じなのですか?」
「そうですね。分担して、夕食になるものを買っていく流れになっていました」
「……素敵な日になるといいですね」
「私も、そう思ってます」
そろそろ焼きそばを購入できそうなほど、列の前に進めていた。
気になったことがあったので、聞いてみる。
雰囲気が似ているから、もしかしたらなんて思いながら。
「誕生日はいつでしょうか」
「誕生日、ですか?」
「はい」
「……今日ですね。友達にも、そのお祝いもしたいから一緒に夏祭りに行きたいって言ってくれました」
「……そうでしたか」
予想していた答えだった。
彼女と私の誕生日も同じ。
風貌だけではなく、そんなところも似ていた。
「私も、誕生日は今日です」
「そ、そうなんですか?」
「誘われてきているところも、似ています」
「……すごい、偶然です」
「偶然かもしれませんが……そうだとしても、面白い偶然だと思いませんか?」
「そうですね」
微笑しながら、彼女はそう返してきた。
彼女と私。似ているけれども、違う前の進み方をしている。
彼女には彼女の幸せがあって、私には私なりの幸せがある。
それを、少しでも大切にしていきたい。なんとなくそう思った。
焼きそばの屋台の列の一番前になり、二人分の焼きそばを私は買う。
隣では、彼女が三人分の焼きそばを購入していた。ひとつだけ、量が多めに調整されている。
焼きそばを買い終わった私は、屋台の列から離れる。
離れた後、再び声を掛けられた。
「ひとつ、言い忘れてしまっていたことがありました……」
「なんでしょうか」
「つい先日ではありますが、この前のゼラニウムの種、発芽したんです」
嬉しそうに彼女はそう報告する。
無事に成長したことを、心から喜んでいる様子だ。
「気温などは大丈夫なのですか?」
「環境については調整していますので、育ちやすい状態ではあると思います」
「……無事に育ってよかったです」
最近は植物関係に触れる機会が少なかったけれども、そういったものを見たり、育っているのを確認するのは好きなのもあって、私も嬉しかった。
「もし、よろしければ、迷惑じゃなければなのですけれども、今度、見に来ませんか?」
「いいんですか?」
「はいっ、色々育てておりますので……」
そう言って、彼女は部活動のちょっとしたチラシを渡してきた。
誕生日からそれなりに時間は離れているけれども、日程としてはいけそうな時間となっていた。
「楽しみにしてます」
「しっかりとした形での公開になるように私もやれることはやってみます……!」
その態度を見つめながら、応援したいという気持ちになる。
私も、それまでにもっと明るくなれたらいいだろう。内心、そう思った。
「それでは、そろそろ私は行きますね」
「わかりました。では、また」
「素敵な時間を」
手を振りながら、彼女と離れていく。
ラムネを買う為に、次の場所に向かっていく。
改めて、チラシを見てみると、彼女の名前が載っていた。
ミストルティン。
やっぱり彼女も私と同じ名前だった。
偶然だとしても、なにやら不思議な因果みたいなものを感じる。
「……ゼラニウムが色々、引き寄せてくれたのでしょうか」
黄色のゼラニウムには『予期せぬ出会い』という花言葉がある。
そういう出会いを、もしかしたら招いてくれていたのかもしれない。
ピサールとの出会い。
そして、園芸活動をしているミストルティンとの出会い。
少しだけ、自分でもロマンチックなことを考えているような気がしたけれども、それも悪くないと思えた。