「『ダメだとか、わからないとか、そんなこと言うのは簡単だけどさ。そうやって目を瞑って、それで何か変わると思うか?』」
「え…」
「プロデューサーさん、貴方が言ったんですよ?アイドルを諦めようとした私に」
…誰だ?
Pの頬を掴んでいたのは、全く知らない少女だった。
「すまない。誰かと間違えたりしてないか?」
「えっ…いや、私ですよ?」
新手のナンパだろうか。何か適当なことを言って………いや。
「きみ、少しばかり俺の突拍子もない話を聞いてくれないか?」
「いいですけど…きみ、じゃなくて陽子ですよ!いつも通りに呼んでください!」
陽子と名乗る少女。高校生くらいだろうか。Pは自分の記憶に陽子という人間を探すが、やはり陽子という名前の知り合いは思いつかなかった。
だがよくよく考えればPのことをプロデューサーと呼んでいることから、このパラレルワールドでは知り合いなのかもしれない。どこかの事務所のアイドル、もしくはこの世界ではPがこの子の担当をしている可能性もある。
「とある男の話なんだが、そいつはどうやら違う世界からやってきたらしいんだ」
「突拍子ないですねぇ、ほんとに。今流行りの異世界転生ってやつですか?」
「いや、パラレルワールドみたいなものだ。知り合いのはずの人には知らない人扱いされたり、人の過去が変わってたり、なかったことになってたり。そういう世界に迷い込んでしまったらしい」
陽子という少女は、意外にも真剣に聞いているようだ。「お前は何を言っているんだ」とはならなかったらしい。顎に手を当ててむむむ…と悩んだ末、手を叩いた。
「それって、別の世界の自分と自分が入れ替わった!とかですか?最近漫画で読みました!」
「入れ替わり…そうかもしれないな」
だとしたら、元の世界にはこちらの世界のPがいるということになる。ある意味Pの代わりに仕事をする人間がいるならPは安心するので、そうであってほしいと思われる。
「その漫画では、最後には元に戻れたのか?」
「わかりません」
「それはどうして?」
「実はまだ連載中で…」
「なるほど」
この考えが正解だと決めつけるのは早いが、Pはとりあえず入れ替わり説を信じてみることにする。
「俺は元の世界に帰りたいと思っている。だから、その方法を探さなくちゃいけないんだ」
「…あの、プロデューサーさん」
「…?どうした?」
「俺って言っちゃってますけど」
「あ」
口を滑らせたPは慌てて言い繕おうとしたが、上手い返しが思いつかなかった。Pは黙ってしまう。
「その、今しゃべっているプロデューサーさんが別の世界のプロデューサーさんだとして、気になることがあるんですけど」
「なんだ?」
「元の世界で私とプロデューサーさんは知り合いでしたか?赤の他人だった、なんてことは…まああり得る話ですよね!漫画でもそんな展開ありましたし!えへへ…」
Pには陽子が悲しみながら、しかしそれを見せないように必死で堪えているように見えた。
この子に嘘をついてはいけないと、Pは思った。誠実に答えなければこの子に悪いと思ったからだ。
「…ああ。俺は少なくとも、きみの名前さえ知らなかった」
「そうですか。…じゃあ、また自己紹介しないといけませんね!」
少女はスゥーッと息を吸った。
「私は矢口陽子。ハイパーアイドル、矢口陽子!よろしくお願いしますね、プロデューサーさん!」
「…ハイパーアイドル?」
「はい!ハイパーアイドルです」
「ははっ、いいなそれ。じゃあ、俺もハイパープロデューサーにならなきゃな」
陽子がニコッと笑った。
「世界は違っても、プロデューサーさんはプロデューサーさんなんですね。こっちのプロデューサーさんと全く同じこと言ってますよ」
「そうか?」
正直そう言われてもピンとこないが、ある意味それが二つの世界を裏付けるように思えた。同じことを考え、同じことを思う自分であって自分じゃない誰かさん。それが向こうの世界に行っているのなら、おそらくは大丈夫なのだろうと。
「まあ、とにかくよろしく頼む」
「はい!じゃあ、握手しましょう!」
陽子が手を差し出してきた。Pも手を出し、2人は握手をする。Pにとってその握手は、陽子は忘れてはいけない24人目のアイドルだと自分に言い聞かせる意味もあった。
「この話、他の誰かにはしたんですか?」
「いや、陽子が初めてだ。アンティーカの5…いや、4人にはちょっと怪しい動きを見せてしまったけど」
「うーん、この際みんなに話してしまうっていうのはどうです?いずれバレてしまうよりは、そのほうがいいかなって思いまして!」
「それもいいかもしれないな。だが、大ごとにしすぎると収集がつかなくならないか」
自分のプロデューサーが急に自分の知るプロデューサーではないと言われても混乱するだけだ。認識の齟齬は出るかもしれないが、そこはどうにかカバーしていけるだろうと考えるのは楽観的すぎるだろうか。
「だから、これは陽子と俺だけの秘密にしておいてくれ」
「2人だけの秘密ですか。ふふっ、もしかして口説いてます?」
「え、そういうわけでは」
「ジョーダンですよ。プロデューサーさんはそんなことする人じゃないってわかってます。じゃあ、放クラのみんなには隠しておきますね!」
「放クラ?」
ノクチルの4人はアイドルではなかった。アンティーカは1人が別の道を辿っていた。
放課後クライマックスガールズは…
「…陽子、放クラのメンバーを全員言ってくれないか」
「いいですけど…まずはレッド、正義のヒーロー・小宮果穂ちゃん!」
「ブルーは冷静沈着・杜野凛世ちゃん!」
「イエローはバッドガール・西城樹里ちゃん!」
「グリーンは目指すはトップ・有栖川夏葉さん!」
「そしてピンク、ハイパーアイドル・矢口陽子!5人合わせて放課後クライマックスガールズ!!」
「…ハイパーアイドルに質問なんだが」
「はい?」
「知り合いに園田智代子って、いるか?」
「あれ?私、智代子ちゃんの話してましたっけ?なんでも食べちゃう食いしん坊なんですよね〜!あ、私の友達なんですけど」
園田智代子がアイドルになったのは、智代子の友達がアイドルオーディションに出れなくなったから。代わりで来た智代子はそのオーディションで合格し、283プロに入り、放課後クライマックスガールズのメンバーとなった。
では、智代子の友達が予定通りオーディションに参加できていたとしたら?
「プロデューサーさん?どうかしました?」
「…いや、なんでもない。俺との秘密は、絶対に守ってくれ。283プロのアイドルだけじゃない。友達には特に、絶対に言わないこと。約束してくれ」
「…ええ、いいですよ。これでもハイパーアイドルですから、約束を守ることに関してもハイパーです!」
(智代子と俺が関わることで、何か拗れてしまうかもしれない。主に俺の方の抑えが効かなくなる可能性も含めて、この話は広げるべきではない。)
「陽子、放クラはこの後何かあったか?」
「ラジオ収録があるはずです!はづきさんが一緒に来るので、俺はため込んだ仕事を消化しなきゃ、って昨日こっちのプロデューサーさんが言ってました!」
「そうか。頑張ってきてくれ。俺は向こうの俺の仕事をすることにするよ」
Pは陽子と別れ、来た道を戻って事務所に向かう。だがPには1つ、懸念があった。
ノクチル、アンティーカ、そして放クラ。3つのユニットに変化が生じた。なら、他のユニットは?
Pはいてもたってもいられずスマホを取り出し、通話アプリのチェインを開き––––––
ゆ る し て。
答え:智代子の友達、9割9分オリキャラ。あっ殴らないで!
放クラ編といいつつ、純正放クラは1人も出てこない非常事態。
名前にも一応意味がありまして、陽はお日さまとかをイメージさせる言葉ですが、
「矢口陽子の代わり」
「矢口 お日さま 子の代わり」
「矢口 日 子の代わり」
「智 子の代わり」
『智代子』
とすれば智代子が「矢口陽子の代わり」という意味を持ちます。それだけです。