渡辺曜と浮気した話 作:人体列車
「きみだあれ?」
僕は人見知りな性格の子供だった。
初めてここ、内浦に来た時に友達がいなくて心寂しかったのを覚えている。
何かの帰りに海岸線、十千万の近くを歩いていた時にそう僕は声を掛けられた。
最初は自分だと思わずに立ち去ろうとしたら、つんつんと肩をつつかれてそこでその言葉は僕に向けられているのだと気づいた。
後ろを見ると、橙色のショートカットの女の子とグレーのボブカットの女の子が二人僕の事を見ていた。
「ぼくは、はる。」
「へぇ、はるくんっていうんだ!わたしは、たかみちか!よんさい!」
「わたしは、わたなべようであります!!ちかちゃんとおなじく、よんさいだよ!」
「きみはなんさいなの?」
「ぼくもよんさい」
「じゃあ、ちかたち、おないどしだね!」
「わたしたちといっしょにあそぼう?」
そのまま僕の手を引っ張って海へ駆け出していく2人の姿を見てとても眩しいと思った。
そして、僕は2人のその明るさに沢山救われた。
僕はその時から変わろうと思ったんだ。
僕は夢を見ていた。
二人と出会った時の夢を
◆
初デートのショッピングモールで
「次はあそこ!!」
「千歌、手を引っ張るなよ、転んじゃうだろ」
「あはは……つい楽しくて………」
「いつも元気だけど今日はいつにも増して元気だね。何かいい事あったの?」
「いい事……うん!春くんと2人でデート出来てるから!前みたいにお友達としてじゃなくて春君の彼女として出来るのが嬉しくて……ね。」
展望台で
「わぁ、夕焼け綺麗……!」
「本当だ。綺麗だね。」
僕は夕焼けではなくてその夕焼けに照らされる千歌の横顔を見ていた。
赤く優しく照らしている光が千歌をより一層美しく、そして可愛くしていた。
「もぅ、千歌じゃなくてこの綺麗な夕焼けを見てよ!嬉しいけど。」
「ごめんごめん、」
「ねぇ、春くん目をつぶって?」
僕は目を閉じた。
「んっ」
すると頬に温かく柔らかい感触があった。
ゆっくりと目を開けると顔を綺麗な夕焼け以上に赤くした千歌がいた。
「まだ恥ずかしいから口じゃなくてほっぺだけど………えへへ、キスしちゃった。」
僕は夢を見ていた。
千歌と幸せに過ごしていた夢を
◆
「今日はどこに行くのでありますか?」
「今日は、水族館でも行こうか。」
「水族館……!いいね!」
「腕に抱きつくなよ……」
「え~別にいいじゃん。何かぎゅーとしてると安心して心がポカポカするよ?」
「はいはい。」
「春ちゃん、好き」
「そうかよ。」
「顔赤くなってる~!可愛い、春ちゃん。水族館に向かって全速前進ヨーソロー!ほら、春ちゃんも一緒に」
僕は夢を見ていた。
曜と楽しく、そして曜を段々好きになっていく夢を。
◆
「春く~ん」
「どうした?千歌」
「呼んだだけ~~あ、春くんの膝の上頂き~!」
「千歌ちゃんずるいよ!そこは私の特等席!」
「残念だったね、曜ちゃん、早いもん勝ちだもーん」
「じゃ、私は春ちゃんをぎゅっとする!」
僕は夢を見ていた。
曜と千歌と三人で楽しく幸せに暮らしている夢を
これは有り得たかもしれない世界。
でも存在しなかった世界。
そして、僕が望んだ、僕が作り出した逃げる為の妄想のセカイ。
◆
そして、僕は目を覚ました。
カーテンは締め切っていて、仄暗い闇が部屋を包んでいた。
あれからと言うもの僕はずっと家に篭っていた。
何をするでもなくただ1日ずっと、ぼっーとしながら過ごす日々。
僕には千歌に対する驚きや、二人にされた事が後を引いている。
あの彼女達の支配欲、独占欲、執着心に満ちた漆黒のそこの知れない程、闇に溢れている目はもう見たくない。ただただ怖い。
Aqoursの練習も参加していない。
ダイヤさんに「千歌と曜と喧嘩して会いずらいから仲直りするまで行かない」と無理やりながら理由を付け説明した。
ダイヤさんは優しく、「早く仲直りして戻ってくる事を私は待ってますわ」と言ってくれた。
何となく感ずいてはいるのかもしれない。
でも深く触れずに流してくれたその優しさが嬉しかった。
学校にも行っていない。
あれからというもの二人が怖い。
千歌と別れてから携帯や貰ったぬいぐるみに仕込まれていた盗聴器やカメラは破壊した。
ひたすら彼女たちに怯え暮らしていた。
信じていた彼女に、友達に。
別れた、関係を切ったのはいいが、まだ幻影を僕は恐れている。
いっそ海に身でも投げようか。
いや、そこまでの覚悟はない。死ぬのは怖い。
そうだ、どこか遠くに行ってしまおうか。
Aqoursの人達が誰も知らない様な所。
自分から振った女性に恐怖し、何処かに更に逃げようとしている。
なんとも自分は間抜けでクズだなと、ふっと自分を嘲笑した。
そうと決まればある程度の準備をしなくてはならない。
悪いけど、鞠莉さん達にも連絡はしないでおこう。そこからバレそうだ。
何処か遠くに行く。そう考えると僕は、少し心が軽くなった気がした。
僕はリュックに荷物を詰めながら準備の手を早めた
◆
朝早くに僕は荷物をまとめたリュックを背負い、何処か遠くに、二人から逃げてしまおうと家を出た。
ジリジリと焼くように照りつける夏の暑さも朝だと和らいで涼しく何とも過ごしやすい。
ここから沼津駅に行って電車に乗って何処か目的は無いけれど、離れられればそれでいい。
「へぇ、私達置いてどこに行くの?」
振り向くな、これは幻聴だ。
いるはずがない、悟られるはずがない。
彼女達の恐怖を植え付けられたから僕の耳は幻聴が聞こえているんだ。
「ねぇ、聞こえてるんでしょ?春くん。」
「春ちゃんこっち向いて欲しいな。」
背中がぞわりとした。身体を貫かんとする程に僕に向いている強い視線。
それも二つ。僕の今最も恐れている数と一緒。
僕は、ゆっくりとその幻聴に従って振り向いてしまった。
そこにはいるはずもない、渡辺曜、高海千歌がいる。
僕の恐怖の対象。
寝ぼけているのかと目をこすっても変わらなかった。
「どこに行くの?私達も連れて行って欲しいな。」
曜が、ぎゅっと僕の隣に寄ってきて腕に逃がさないとばかりに抱きつく。
「春くんは、何をしようとしてたの?千歌に教えてほしいなあ。」
射殺す位の視線を僕の体に突き刺す。
怒りその他にも言い表せないくらい多くの感情が2人の目に宿っていた。
そして、曜が抱きしめている腕とは逆の方に抱き着くとそれらは消え、犬が飼い主に甘えるように顔を腕に擦り付けた。
「ただの散歩しに行くだけだよ。気分転換になるかなって」
「そんな大荷物を持って?」
曜は僕の後ろに隠していた荷物を見ながらそうすぐさま答えた。
誤魔化せない………か。
嘘を言っても直ぐにバレる。千歌はずっと一緒に居たから癖なんかもバレてるだろうし。
圧に耐えきれずに後ずさるとそれに伴って2人は1歩前に詰め寄る。
「実は、春くんに報告があるんだ」
段々と僕は後ずさり、玄関のドアまで達した時、曜は笑顔と共にそう言った。
報告………?僕が行ってない間に学校であった変化だろうか、それとも………また別の
でも、何か嫌な予感がする。
暑くもないのにたらりと一筋の汗が流れた。
「春ちゃん実はね、私達、春ちゃんとの赤ちゃんが出来たんだ」
そう言って2人は愛おしそうにお腹を優しく撫でた。
子供………?
理解したくなくてもお腹を撫でながら言う二人の姿から嫌でも理解してしまう。
「春くんはそんな春くんと私達の子供がいるのに私達を置いていくの?」
「春ちゃんは優しいもんね。私達と可愛い子供を捨てて何処か行こうとしないもんね」
玄関まで僕は後ろに下がり座り込んだ。
すると、曜と千歌はこちらに近づいてきて、カチャリと音を聞いた時に僕は籠に囚われた鳥の様な錯覚を覚えた。
そんな籠の外で2人は怪しげな笑みを浮かべて、楽しそうに笑っていて。
外では雲が2つ昇り始めた太陽をゆっくりと隠し始めていた。
「春ちゃん、子供の名前、一緒に考えないとね」
「えへへ、春くんずっっっと一緒だよ?」
僕は鳥籠に囚われ翼をもがれた鳥。
この鳥籠から出る事も羽ばたく事も叶わない。
これで"渡辺曜と浮気をした話"は完結です。
最後にここまでお読みいただいた方、評価を下さった方、感想を下さった方本当にありがとうございます。
こういう浮気系をもっと流行らせて欲しい。
おわり!