機動戦隊アイアンサーガ ~外伝if「remember you」~ 作:今野一正
パチパチと爆ぜる焚き火が深い夜に明かりを灯す。草木も生えない砂漠のどこから薪を集めたのは知らないが、少なくとも目の前で爛々と燃えているのが焚き火であることに間違いはない。
アルトはその炎を眺めながら自分の両手首を後ろで縛る縄の痛痒さにもどかしさを感じていた。
こちらのことなど意に介せず、薪を足しながらマグカップをあおるテレサを睨む。
あの後アルトは命を取られることなく拘束され、どういうわけかさっきまで殺し合いをしていた人間と明かりを囲んでいた。
「なんで殺さなかった?」
「……」
かえってきたのは沈黙。ため息を一つ吐いてアルトは横に寝そべった。
テレサはその姿を一瞥してから、ゆっくりとマグカップから唇を離す。
「あなた、さっきのBMに心当たりは?」
数刻ぶりに交わる視線。
「……知らない」
女性は無言で『カチャリ』と腰に下げた銃を鳴らした。
「本当に知らないんだ。それに俺はもう、ダガー乗りじゃない」
視線を下に落とすアルト。焚き火の光に照らされる彼の瞳をじっと見つめると、テレサはもう一度マグカップをあおる。中身を一口飲み込むと彼女は熱のこもった吐息を漏らした。
「そう、元ダガー小隊のあなたなら知っていると思ったけど、思い違いだったようね」
マグカップを地面に置き、徐に立ち上がるテレサ。右手には一振りのナイフが握られていた。
「ならもう、あなたは必要ないわ」
ゆっくりとアルトの下に向かって彼女が歩み寄る。炎で深まる顔の陰影と蔑むような瞳にアルトの体中から滝のような汗が流れだす。体を必死に捩じらせ縄を解こうとするが硬く縛られたそれが解けることはない。
のたうち回る芋虫の目の前でテレサは立ち止まると彼の体を地面へと強引に打ち付けた。
右膝で彼の腰部を押さえつける。アルトはジタバタと足を動かすが彼の体はびくともしない。
「暴れないで、大人しくしてないとケガするわよ」
そういってナイフを構えるテレサ。
「そんなもんで刺されたらケガする以前に、俺が死――」
言い終わるよりも先に彼女のナイフが彼の背中を横に薙いだ。
「ぐっ……!」
目を強く閉じる。しかしいくら待っても痛みが彼の体を両断することはなく、むしろどういうわけか手首に解放感を感じていた。腰部を押さえつけていた重さが消える。
ゆっくりと目を開くアルト、恐る恐る彼は背後を振り向いた。踵を返し、元の場所に戻っていくテレサの姿が目に写った。
自分の腕を動かすと。何事も無かったかのように彼の腕は自由な動きを取り戻す。アルトは起き上がると、先ほどと同じ位置に腰を下ろしたテレサを睨んだ。
「どういう、つもりだ?」
「あなたは必要ない。そういったはずよ」
アルトの視線を意に介さず、テレサは新しいコーヒーを注ぎ入れると、もう一度マグカップをあおった。自分に一切の関心を持たなくなったその瞳にアルトは奥歯を噛み締める。
「じゃあ……なんで殺さない!?」
自身の心臓に手を当て、彼は目の前の涼やかな顔に向けて吠えた。煩わしそうにマグカップを口から離した彼女の眼が鋭さを増す。
「……そんなに死にたいの?」
一瞬、アルトの体から血の気が引く。
この距離ならば彼女は一切の予備動作なしで自分の息の根を止めることができる。彼女がその気になればアルトの命はすぐにでもこの場で絶たれる。不条理で無常な確信が彼の中に滲んでいく。
「クソッ……!」
小さく悪態を吐いてアルトは自分の拳を握りしめた。
「それが嫌なら今すぐここから消えなさい」
テレサは奪っていたアルトの拳銃を彼の下に放り投げると立ち上がった。
「どこへ行く?」
拳銃を拾い上げたアルトが訪ねるとテレサは自身の細い体を覆い隠すほど巨大なレールガンを担ぎあげ、まだ熱の籠る口を開いた。
「さっきの戦闘で私の機体もそれなりにダメージを受けた。修理に使えるパーツがないか探す」
明かりから離れ、闇の中にテレサが消えていく。アルトはその影が完全に暗闇に溶けてなくなるまでじっと睨み続けることしかできなかった。
吐いた息が白い霧となって夜に溶ける。熱いコーヒーで温めた筈の体は芯まで冷え、小刻みに震えを繰り返す。BMや戦車、戦闘機の残骸が散らばるキャンプ跡にテレサの足跡が散乱していた。テレサは半壊したアイゼンMk2の中に埋めていた顔をゆっくりと外に出す。
「あまり良いものは使ってないわね」
取り出したパーツを確認し用がない物だとわかると、手に持っていたガラクタを放り投げた。
白く透き通った手の平が黒くヌメついたオイルに塗れる。それを気にする素振りを見せずに彼女は頬の汗を手の甲で拭った。淀んだ黒が頬を擦り、幾億の陶器よりも価値のある白い肌を汚す。
テレサはガラクタだらけの自分の足元を見つめた。
「このあたりの残骸は調べ尽くしたか……」
落ちているパーツを足で払い除け、先へと進む。暗い闇の中を歩き続けていると彼女の視界にうっすらと白い靄がかかった。その場に足を止め周囲に目を配る。
火事のような肌の焼け付く感じはない。むしろ湿った空気が辺りに充満している。テレサは靄の中へと慎重に一歩を踏んだ。
――チャプン
踏み出した足が沈み込む。咄嗟に足を戻し、彼女はその場にしゃがみこむ。白かった視界が開けると波紋に揺れる自分の顔が目の前に映し出されていた。ゆっくりと自分の顔に手を差し伸べる。鏡面に触れた瞬間、彼女の細い指先から波紋が広がり、再び水面を揺らした。
「温かい……」
寒さに悴(かじか)んだ指が熱を取り戻していく。近くを確認すると灼けた鉄パイプや歪んだシャワーヘッドが散乱している。どうやらここにはシャワー室があったらしい。
立ち上がり靄の向こうにテレサは目を凝らす。直径3mほどの穴にお湯が貯まっている。底に破裂した水道管のようなものがあり、おそらくそこからこれが溢れ出ているようだ。
テレサが右を向くとそこには下半身を失ったハンマーが仰向けに倒れていた。多くのパイロットに愛されるローエンド機体の右手には赤熱したヒートナイフが握られており、その切っ先が水面に沈んでいた。
酷く歪んだ胴体の形からして中のパイロットはもう生きてはいないだろう。今はまだ赤く燃えているこのナイフもあと数時間もすれば熱を失いただの鉄塊と化す。
テレサは自分の手を見る。黒ずんで汚れた手。首筋にも不快な汗の感触がまとわり付いている。
彼女は最大限の警戒を周囲に払う。一切の危険がないことを確信すると彼女はオーバーサイズの上着に手を掛けた。
布の擦れ合う音が静寂の中に響く。彼女の上着が静かな音を立てて地面の上に落ちた。
小さく爆ぜる炎が膝を抱えたアルトの瞳で光を揺らす。途切れることのない緊張と度重なる戦闘による疲労でアルトはこの場から動く気力を失っていた。アルトは顔を伏せて体を丸くする。
感じるのは無力感と孤独。たった半日前までは鬱陶しく思っていた少女たちの喧騒が今ではとても恋しい。
瞼の裏によく知る二人の顔が浮かび上がりまた闇の中に消えていく。二人の無事を願う度に心臓が激しく脈を打つ。
こぶしを握りこみ、ゆっくりと伏せていた顔を上げる。小さくなった炎が彼の瞳に明かりを灯した。
「こんなこと、してる場合じゃないな……」
深く息を吸い込み、アルトは立ち上がる。見上げた空には悠々と輝く満月が星々の中心に浮かんでいた。
アルトは視線を地上の方に戻していく。その途中であるものが視界の端に止まった。ゆっくりと彼の足がその場所へと向き、目の前で足が止まった。
彼が見た先にあったのは巨大なシートで覆われた物体。今日のような月夜でなければきっとこれだけ巨大なものにすら気が付くことはなかっただろう。それほどに丁寧な偽装がこのシートには施されていた。
アルトはシートの端をわずかにと持ち上げると中を覗き込んだ。暗くて中を見ることはできないが人の気配は無い。シートの奥に潜り込むと上着の内ポケットから懐中電灯を取り出し、明かりを点けた。
「これは……」
光を反射し輝く白と紅碧の装甲。この特徴的なカラーリングを見るのはいったい何度目だろうか。立ち膝を付いたディアストーカーの頭部カメラが予期せぬ侵入者を睨む。アルトは機体の傍に近寄りその姿を見つめた。
純白の装甲に指を添える。穢れのない色とは裏腹に表面にはいくつもの細かな傷とそれを修復した跡があり。この機体が彼女と共に無数の戦場を駆けてきた事が容易に想像できた。
彼女ほどの実力者であれば、オーダーメイドとはいえ新しい機体を用意することなど難しくない。それはつまりこの機体はテレサにとって何らかの強い思い入れがあるという証拠だろう。
一見すると外見ではそこまで大きな傷は見られず、戦闘が困難になるほど破損しているようには思えない。
おそらく内部部品に何らかの問題があるのだろう。
「両腕をもがれて足も動かせない俺のBMに比べたらまだマシか……俺の、BM……?」
一瞬、彼の頭の中にある考えが浮かぶ。それは失敗すれば今度こそ彼の命運は此処で尽きる賭けであり、おそらくこの停滞した状況を唯一打破できる最後の可能性でもあった。
わずかな時間の葛藤の末、アルトは自分を見つめ続けるディアストーカーの藤色の瞳を見ると小さく喉を震わせた。
「……賭けてみるか」
陶器のようになめらかな足が砂漠の砂に足跡を残し、揺れた二藍の髪の毛からわずかに残っていた雫が宙を舞いながら静かに風を切る。
まだ体を包む熱が冷めきらない様にテレサは足早に拠点へと戻っていた。
有用なパーツを見つけることはできなかったがまだ機体が完全に動かなくなったわけではない。極力戦闘を避けて行動すれば次のキャンプまでは行けるだろう。もし、仮に戦闘を行うほどの状況になったとしても彼女を超える操縦技術を持つパイロットはそう簡単に現れはしない。
(作戦を練り直さないと……)
そう考えながら拠点の近くに来た瞬間、テレサの動きが止まった。揺れる炎の前に一つの影が静かに佇んでいる。
テレサは懐から拳銃を抜き出すとそれを構えたまま人影へと近づいていく。足音に気が付いた影が振り向くのと同時にテレサもその正体に気が付いた。
「思ったより遅かったな」
青い瞳がテレサの瞳を捉える。テレサもまた、目の前の少年に向けて銃口を向けた。
「……あなた、まだ居たの?」
銃を突き付けられた少年『アルト』は静かにテレサの顔を見つめた。
「使えそうなパーツはあったか?」
先程までの戸惑いと不安に満ちた声とは違うしっかりと耳に伝わる声。どこか威圧すら感じる表情の変化にテレサは内心驚きを感じていた。
「その感じだとまともな物は見つからなかったみたいだな」
テレサの心情の変化を読み取ったかのようにアルトが言葉を繋げる。それを遮るようにテレサはアルトの眉間に銃口を突き付けた。
「ここに残ったということは、本当に死にたいということでいいかしら?」
彼の頬を一筋の汗が流れる。二人の間を流れる静寂。焚き火の中で炎が小さく爆ぜた。
「……取引をしないか?」
少年の声が微かに震える。しかしその目はまだ強く彼女の瞳を見つめていた。
「取引……?」
「俺のアイアンヘッドはもう動かせない。けれど関節部以外のパーツはまだ使える」
「……つまり、あなたの機体から拝借したパーツで私の機体を修復させると?」
アルトの首が縦に動く。
「それであなたの要求は?」
「次の拠点キャンプまで俺を乗せていってくれ」
再び起こる静寂。次はテレサの口が先に開いた。
「悪い話ではないわね」
「なら交渉成り――」
「――でも駄目よ」
アルトが言い切るよりも早くテレサが言葉を返す。
「あなたを乗せるメリットがない」
「そして……」テレサの拳銃に明確な殺意が宿る。
「今ここであなたを殺した後に同じことをすれば済む話よ」
引き金に指が掛かる寸前……
――カチッ
砂漠に響く小さな爆発音。テレサの視線が爆音の方へと向かう。
爆風に煽られ、捲られる巨大な布。そこから現れたのは立ち膝を付いた鉄の巨人。
「ディアストーカー!?」
テレサから初めて驚きの声が漏れる。
「悪いけど、アンタの機体に爆弾を仕掛けさせてもらった」
ゆっくりとアルトが立ち上がる。彼の手には赤いスイッチが付いた円筒状の棒が握られていた。テレサがアルトに向けて拳銃を構えなおす。
「――動くな!」
アルトの怒声が周囲に響く。それに気圧され彼女の動きが止まった。
「あの機体、随分と大切に使ってるみたいだな。少し見させてもらったよ」
「……要求を吞まなければ次は機体を爆破する」
テレサの表情に戸惑いが混じる。
突き付けられた銃に対抗するかのように起爆スイッチをテレサの目の前に掲げる。アルトは続けて言葉を放つ。
「今、俺に必要なのはこの状況を脱せる力、そしてアンタに必要なのは力を引き出すためのパーツ。お互いに利害は一致しているんじゃないか?」
一歩、アルトの体が前に進む。交差する視線。睨みあう二人。その末に武器を下ろしたのはテレサだった。
「わかったわ。その条件を呑みましょう」
その言葉に周囲を漂っていた緊張の糸が緩む。アルトもゆっくりと自分の手を下ろした。
「今度こそ、交渉成立だな」
テレサは無言でその場を離れ機体へと歩いていく。彼女が通り過ぎた瞬間、アルトの全身から力が抜け彼はその場に座り込んだ。
「死ぬかと思った……」
深いため息が口から漏れる。自分の手に握られたスイッチを見つめ、疲れた笑みを浮かべる。彼は親指でゆっくりと赤いボタンを押し込んだ。
弱い風が青い前髪を揺らす。しかし空気を震わす爆音が響くことはなかった。
「一発分が限界だったしな。それに……」
歩み寄り安否を心配する主人とそれを迎え入れるように片膝を付く巨人。言葉の続きを言いかけたまま、疲労と緊張の限界を超えた彼の意識はゆっくりと夜に堕ちていった。