機動戦隊アイアンサーガ ~外伝if「remember you」~ 作:今野一正
「……」
ゆっくりとテレサの瞼が開き、目の前の景色を映し出す。暗闇の中で静かに明滅する計器がまどろみの中から彼女の意識を現実へと引き上げていく。
パイロットシートから背中をはがすといくつかのスイッチを慣れた手つきで触る。機体に生じた負荷がモニター上で羅列される。それらに一通り目を通すとコクピットハッチを開き昇降ロープを伝って地面へと足を下ろした。
擬装用の布を押し上げると地平線の向こうで輝く朝焼けが頬を朱く染める。
風に乗って昨日の戦闘の残り香が彼女の鼻孔を衝き、それが燃える視界と重なって夢の続きを彼女の脳裏に写すが瞼を瞬かせるのと同時にその景色を消し去った。
足元に気配を感じ視線を地面に落とす。マントの切れ端に身を包み腹這い姿の少年が双眼鏡を覗き込んでいた。
「敵は?」
アルトに目を向けることなくテレサは地平線を見つめる。アルトは双眼鏡を下ろし息を吐き出した。
「……いない」
「そう……一時間後に出発するわ。それまでには準備を済ませておきなさい」
それだけ伝えるとテレサは機体の方へと戻っていった。
「……」
彼女の足音が聞こえなくなるとアルトは徐に立ち上がる。羽織ったマントが肩から剥がれ落ち、右手に持った拳銃が鈍い輝きを放った。
太陽が昇った砂漠はいつもの姿を見せて灼熱の地獄を描く。
瓦礫と化したアイアンヘッドLGの周りで人影が揺らいで行き交っている。アルトは落ちた右腕の装甲の隙間に工具を差し込んで自分の方に向けて力を込めた。
「ぐぅっ……! ふんっ!」
鈍い音を立てながら装甲が剥がれ落ち内部構造が露になる。そこからいくつかのパーツを取り出すと状態を確認し使えそうな物だけを手元に加えてディアストーカーの下へと運んでいく。日除け替わり張られた布の下で仰向けになり、一部の装甲が取り払われた機体の上ではテレサが内部パーツの取り換えを行っていた。
「まだ使えそうな部品を持ってきた。修理の具合はどうだ?」
パーツを地面に敷かれたシートの上に置きアルトは彼女を見上げる。
「もう少しと言ったところかしら」
作業の手は止めずに視線をアルトの隣に並んだパーツへと一瞬移してから戻す。
「なんだよ?」
「いえ別に。ただこんな安物ばかりでよくあそこまで動かせたものだと思って」
「余計なお世話だ……」
アルトは自分の持ってきたパーツの隣に転がっているディアストーカーのパーツを見る。破損して使えなくなっているものの、散乱している一つ一つがカタログでしか見たことのないS級の最高級パーツばかりだ。
「悪かったな。お前みたいなエースと違って俺達にはA級パーツでさえ機体に一つ付けられるかどうかの代物なんだよ」
「でしょうね、まあ最初から期待なんてしていなかったから」
彼女の嫌味に引きつる口角が見られない様、次のパーツを探しに行こうと背を向けて歩き出そうとした時、背後から声が掛かる。
「部品漁りはそのあたりでいいわ。ここからはあなたも修理を手伝って頂戴」
日陰を出かかっていたアルトの足が止まる。
「いいのか? 俺にそんなことやらせて」
「時間が惜しい。それに動かせるだけのパーツは揃ったわ」
「わざと雑な整備をするかもしれないぞ」
「――爆弾、本当は付いてないんでしょ?」
動揺しそうになった感情に歯を食いしばってアルトは振り返る。
「……どうしてそう思う?」
テレサは作業の手を止めずに口を開けた。
「昨晩の戦闘後から機体の重量バランスは全く変わっていない。そもそもメンテナンスのために全ての個所をチェックしているのだから設置された爆弾の有無を確認するのは当然でしょう?」
アルトは何も言えず項垂れる。しかしため息を一つ吐き出すとアルトは顔を上げた。
「どこから手を出せばいい?」
予想していたよりも穏やかな返答にテレサの視線がアルトへと向く。彼の青い瞳から未だに敵対心が消えたわけではない。それでも先程とは違う意思を彼女は確かに感じ取った。
「……脚部の送電系をお願いするわ」
回収したパーツの一部を拾い上げるとアルトはディアストーカーの右脚によじ登って作業を始めた。
硬くなったボルトを力任せに回す。無造作に投げられたパーツが砂埃を上げて砂の上を転がる。風すら鳴らない砂漠で二人の動く音だけが静かな音を奏でていく。
止めどなく額から湧き出す汗をアルトは自身の腕で拭う。それでも残った雫が頬を伝って零れ落ちフレームに水滴を付ける。首元の汗も拭うとアルトは再び修理に取り掛かった。
「いきなり素直になったみたいだけど何か心境の変化でもあったのかしら?」
テレサが手を止めて話しかけるが反応がない。無言で作業を続ける彼を見ると自身もまた手を動かしだした。
「……何も変わってなんかいない」
遅れて来た応えに再びテレサは再び手を止める。
「今でもアンタのことが憎いさ。あの人達の命を奪ったアンタが」
握り拳に力が籠る。テレサは何も言い返さず無言で彼の言葉の続きを待つ。
「だから二度と失いたくないんだ。それが仇の力を借りることになっても俺は、大切な人達をもう……」
しばらくアルトは黙り込む、しかしすぐにまた手を動かし始めた。
(大切な人達……)
テレサの脳内で幼かった頃の記憶が蘇る。それが炎で焼かれる前に彼女は自身の思考を中断した。
「なら、早く修理を終わらせることね」
「……あぁ」
それ以降二人が口を開くことはなく、着々と修理は進んでいった。
太陽の一部が地平線の向こうに埋もれはじめた頃、ディアストーカーのコクピットではテレサが機体のチェックを入念に行っていた。次々と機体の情報がモニターへと映し出される。それ等全てを自身の頭の中に叩き込むと彼女はコクピットを出た。
「動きそうなのか?」
横たわるディアストーカーから降りて来たテレサにアルトは問いかける。
「何とか動くことはできそうね。ただ機体の損傷具合もあって本来の力は出せそうにないけれど」
地面に足をつけたテレサは目を伏せて言う。アルトもまた彼女の言葉に小さく息を吐き出した。
「すぐに出発を?」
「そうしたいところだけれどもう夜になる。機体が完全じゃない状態で夜間の行動は得策ではないわ」
「なら、野営の準備にかからないとな」
テントを抜けて夕暮れの砂漠をアルトは歩き出す。その日差しを解体されたアイアンヘッドが遮った。
「待っててくれ、二人とも……!」
アルトがシャロと別れテレサに出会った後のこと――
ほうきが埃を掃く音と皿の重なる音が響く店内。『酒場バビロン』の営業が終わった早朝、数時間前の喧騒はネオンの光と共に消え去り太陽が町を照らし始めていた。
「女将さん、キッチンの片づけ終わりました!」
銀髪の少女の声が疲れを感じさせない笑顔で厨房から顔を出す。酒場の主人のヴァネッサはほうきを動かす手を止めると暖かい朝日のような優しい笑みを少女に向けた。
「ありがとうハヤ。今日はもう上がって大丈夫よ。お疲れさま」
ハヤと呼ばれた少女は「はい!」とその言葉に頷いて店の奥に入っていった。ヴァネッサは腕を上げて背筋を伸ばす。噛み殺したあくびが口の端から漏れた。ふと、ぼやけた視界の隅に人影が映り込む。彼女が振り向くと黒いコートにフードを被った人物が依頼書の掲示板をじっと眺めていた。
一体いつからそこにいたのかはわからない。少なくとも店を閉めてからは一度もハヤ以外の気配は店内にはなかったはずだ。まるで幽霊のようなその人物に彼女は警戒しながら歩み寄る。
「あの~お客さん? 今日の営業は終了したはずなのだけど?」
自身を尋ねた声に気が付いたその人はフードを下ろす。艶やかな白髪が露わになり、宝石のように赤い瞳がヴァネッサを捉えた。
「そなたがこの店の主人『ヴァネッサ』殿か?」
どこか時代錯誤な喋り方を奇妙に思いながら彼女は首を縦に振る。
「えぇ、そうだけど?」
「おぉ! 俺はよかった! 実はお訊ねしたいことが……」
そういって白髪の女性はコートの内ポケットを弄る。
「だから今日はもう終わりで……」
彼女の言葉が聞こえていないのか携帯端末を内ポケットから取り出して操作し始めると一枚の画像を見せた。
「――この依頼書を探している」
画面に写った依頼書にはテロ組織の残党討伐とそれに見合わない報酬が提示されていた。その依頼書を見た瞬間、ヴァネッサの表情が険しくなる。
「……これ、ウチの許可印がないわね」
「許可印?」
彼女が写真の右下を指差す。
「ウチも信用あっての商売だから、酒場に依頼書を通す前に必ずその依頼を精査してから掲載するための印しを押すの。それが許可印」
女性はもう一度隣の壁を見る。確かに掲示板に乗せられた依頼書にはどれもバビロンのエンブレムが押印されていた。
「ねえ、あなたその依頼書があったのはこの店で間違いない?」
訝しむように見つめられた女性は迷いなく頷いた。
「えぇ、シャロ殿から送られてきたデータではこの店からのもので間違いありません」
ヴァネッサは頬に手を当てると小さくため息を漏らした。
「困ったわね……きっとこれを見て参加した人はたくさんいるでしょうし。何とかしたいけどとてもじゃないけどここからじゃ遠すぎて……」
「――お困りの様ね。よろしければ手を貸しましょうか?」
ドアの方から声が響く。振り向いたヴァネッサは声の主を確認するとわずかに口角を上げた。
「……丁度、貴女みたいな人を探していたところよ」