機動戦隊アイアンサーガ ~外伝if「remember you」~ 作:今野一正
「あ、見えてきたよ!」
シャロの声でアルトは意識を現実に戻す。機体の前方、幾つもの大きなテントが砂漠の真ん中に建ち並んでいた。
アルトはその場所に目を凝らす。キャンプと共に何台ものBMがキャンプにできた簡素な駐機場に止まっている。
二人はキャンプに入ると停止したBMの列に自分たちの機体を並べた。
「私、本部の方に参加申請出してくるからアルトはここで待ってて」
シャロは機体から降りると本部のあるテントに向かって歩いて行く。アルトはその後ろ姿を見送るとアイアンヘッドLGの脚部に背中を預け、空を仰いだ。
「チャバ砂漠……か」
火花を散らす鋼鉄、命の焼け焦げる臭い。未だにあの時の感触は自分の中に深く残っている。それでも少年は己の過去と決別した。新たなる一歩をシャロと、エレナと共に歩みだすための決別を……
「した、はずだったんだけどな」
しかし、彼は再びこの場所に戻ってきた。時の流れが全てを風化させるこの乾いた砂漠に。
アルトは目を閉じる。薄い紫の髪、幽霊のように白い肌。熱い瞼の裏に一人の女性の姿が映し出された。
「余計な事まで……」
息を吐き出す。熱い吐息が熱波に溶けて消えた。
足音が聞こえてくる。一瞬シャロが戻って来たかと思ったが足音は彼女が向かったのとは反対の方向から聞こえてきた。アルトは浮かしかけた腰を戻し俯いた。
彼の目の前を足音が通り過ぎる。その気配が記憶の中にいる女性と無意識に重なった。
「えっ……?」
徐に顔を上げるアルト。しかしもうそこに人の姿は無かった。周囲を見渡す。シャロがこちらに向かって急ぎ足でやって来るのが見えた。
「申請取れたよ! って、どこ見てんの?」
「ううん。なんでもない」
アルトは首を横に振り、頭の片隅にあるまやかしを振りほどいた。
(感傷に浸りすぎだ……)
寄りかかっていた背中を離す。彼は体を伸ばして意識を切り替えた。
「あら? そこにいるのはちんちくりんとそのお供じゃない」
ふと目の前からどこかで聞いたことのある声がする。シャロは反射的に顔を顰めた。
「松ぼっくり!」
「私の名前は
そう言って彼女の頭から一頭のリスが顔を出した。
目の前に現れた小柄な少女の名は「曦夜」アルト達と同じ賞金ハンター。どういうわけかシャロをライバル視している。
「なんでアンタがここにいんのさ! ていうか今私のことちんちくりんって言ったでしょ!」
シャロが曦夜を睨みつける。曦夜もシャロを睨み返した。
「ちんちくりんはちんちくりんでしょうが! 私は間違ったことは言ってないわよ」
「まあまあ、二人とも落ち着いてよ」
アルトがシャロと曦夜の間に割って入る。二人は睨み合いながらもその場は引いた。
「曦夜もあの依頼を見てここに?」
アルトの質問に曦夜は首を縦に振った。
「そうよ、あれだけの報酬があれば私の機体をもっと強くできるもの」
曦夜はそう言った後きょろきょろとあたりを見まわした。
「そう言えば最近増えたあの白髪のお姉さんが見当たらないけど?」
シャロは少し考えたあとポンと手を叩いた。
「エレナのこと? 彼女は私達より腕が立つから今は別の依頼をこなしてもらってる」
「エレナ」は先日、とある事件をきっかけにアルト達の元にやってきた一人の女性。昔は高名な騎士だったそうだが今は何故か彼等の従者として行動を共にしている。
「それって安易に自分たちが弱いって言ってない……?」
「そんなことないわ! 少なくともアンタなんかより私の方が強いわよ!」
「何を!」と喧嘩腰になる二人をアルトが再び治める。
「とりあえずキャンプでご飯にしない? みんな腹減ってるだろうし」
半ば強引に二人を説得しアルト達は食料の配給所に入った。
配給所の中は人でごった返していた。下品な騒ぎ声と稚拙な会話、鼻がもげそうになる悪臭がテントの中に充満している。慣れない人間ならばそこで息をすることはおろか、目すら開けていられないだろう。
アルト達はその悪環境を気にもせず食事を受け取り、空いたテーブルに座った。
「人が多いわねぇ……」
曦夜が頬杖つき鬱陶しそうに周りを見た。
「みんな今回の報酬が目当てなんだよ。あれだけの金額ならみんな喉から手が出るほど欲しいはずだろうしね」
アルトはポテトサラダのような何かをスプーンで掬い上げると口の中に入れた。
口に入れた瞬間、それは口の中でぐじゅりとくずれて胃の中に納まる。
お世辞にも美味いと言えないそれを全員が顔色一つ変えずに食べる光景は映画で見る刑務所の食事の様だった。
「そこの君たち、少し相席させてもらってもいいかな?」
通路から男性の声が聞こえる。アルトが顔を上げると一組の男女が立っていた。
その男は長い金髪の髪を後ろで結わえ、腰には二丁のリボリバーを下げまさにガンマンという言葉が似合う。
「あぁ、どうぞ」
アルトは手でジェスチャーを送る。二人はアルト達三人の目の前に座った。
「すまないね、どこも人ばっかでロクに座れそうな場所が無くて」
男は飄々とそう言って笑った。
「アンタ達も賞金目当てにこの依頼を?」
男はアルト達にそう訊ねる。アルトはその問いに頷いた。
「えぇ、そう言うあなた達は企業の人間ですか?」
『O.A.T.H』と書かれた腕章が二人の腕に巻き付いている。今度は男が頷いた。
「そ、俺達は傭兵派遣会社O.A.T.Hから来た傭兵さ。俺の名前はカルシェン、んで俺の隣に居るのが上司のフリーズ」
カルシェンと名乗った男が隣を指差す。真っ赤な長髪と右目に装着された眼帯の女性「フリーズ」はセルリアンの瞳でアルトを睨みつけた。
「何見てんだ、あ?」
ドスの利いた声がアルトを刺す。アルトは全身を強張らせると首を全力で横に振った。
「い、いいえなんでもないです……」
「やめなよお嬢、三人ともビビってる」
カルシェンがフリーズの肩を抑えた。
「すまないね、彼女昨日はちょっと呑みすぎたみたいで調子が――イデデデ!」
彼の足がフリーズのブーツに踏みつけられる鈍い音がテーブルの下から聞こえてきた。
「余計なことを言うんじゃねぇ」
そう言って彼女は頬杖をついて盛大なため息を吐いた。
「せめてエイルがいりゃあ薬の一つでも貰えたってのに……」
「しょうがないさ、彼女は今献血スタッフの手伝いに行ってんだから」
そう言いながらカルシェンは料理を口の中に入れた。
「にしてもマズいな、ここのメシは……」
カルシェンは一口ごとに顔を顰める。
「帝国のメシに引けをとらないマズさだ」
その一言に曦夜の眉が小さく跳ねた。
「あなた、ブリテン人?」
彼女の問いかけにカルシェンが曦夜を見る。
「さて、どうだろうね」
彼はそう言って言葉をはぐらかし、二人はしばらく見つめ合った状態で沈黙した。
「……スターゲイジーパイ」
曦夜がぼそりと呟く。カルシェンの表情が一気に強張った。
「メシの最中にその話は止そう」
明らかに嫌な顔をする。相当辛い思い出があるようだ。
「そうね、自分で言っておいてなんだけど、あまりいい気分にはなれないわ」
彼女も自嘲気味に目を俯かせ、二人はそう言って食事に戻った。
「そう言えば君たちは見たところ賞金ハンターみたいだけど、チームなのかい?」
カルシェンが尋ねるとシャロがブンブンと首を横に振った。
「たしかに私はアルトとは組んでるけど、こいつとなんか組むわけない!」
シャロが指を曦夜に向かって差す。それを見た曦夜が眉間に皺を寄せる。
「当然よ! 私をこんなポンコツ二人と一緒にしないでほしいわね!」
アルトを間に挟んで睨み合う二人。アルトは今日何回目かのため息を吐き出した。
「二人とも、やめな――」
二人を諫めようとした瞬間、彼らの反対側で食器の激しく落ちる音がした。
「テメェ! 女だからって調子に乗ってるんじゃねえぞ!」
テント中の視線がその声に注がれる。男が立ち上がり隣の人物に向かって怒鳴り散らしていた。相手は女性のようだが座っているせいか姿を捉えることはできない。
女性が立ち上がる。白く透き通った肌と端整な顔立ちがこの薄汚れたテントには異質でやけに目立った。
「ヒュー」
カルシェンが口笛を鳴らす。女性が肩にかかった紫の髪を指で鋤き、目の前の男を冷ややかに見つめた。
「別に、あなた達と行動するつもりはないわ。寧ろ邪魔よ」
抑揚のない声が冷気を纏ったかのように空気をピリピリと危うくする。男がピクピクと片方の眉を小刻みに震わした。
「邪魔だと? このA級ライセンス持ちの俺が邪魔だと?」
目の前の女性に邪険にされたことが余程頭に来たのか男の震えは全身に回っていく。
「えぇ、少なくとも自分の階級をひけらかす程度の相手と組む気はない」
女性が身の丈ほどもある巨大な対BM用ライフルを担ぎ上げた。彼女は男に背を向けてテントを出ようとする。
「止まれ!」
テント中に男の声が響く。外に向かって歩いていた彼女の足が止まった。
「なに?」
視線だけを男の方に向ける。彼女の眼の前に一丁の拳銃が突きつけられていた。
「散々人のこと馬鹿にしやがって! ムカつく女だぜ!」
男の手は怒りに震え、引き金にかかった指は撃つことにためらいはないことが窺える。対して目の前の女性はそれに怯えている様子は無い。
「止めないと!」
シャロがその場に立ち上がる。それを曦夜が引き留めた。
「もう間に合わないわよ!」
「問題ねぇよ」
フリーズが吐き捨てるように呟く。シャロと曦夜がフリーズの顔を見た。
「そこまでにしときな」
男の後ろからカルシェンの声が聞こえる。いつの間にか彼の姿が四人の前から消え、男の背後を取っていた。
「いつの間に!?」
曦夜が彼と椅子を交互に見る。
「たく、あのキザ野郎……」
フリーズが面倒臭そうに舌打ちをした。カルシェンが男の背中にリボルバーを突きつける。
「落ち着けよおっさん」
男は目を血走らせ、今度はカルシェンを睨んだ。
「誰だよテメエ、邪魔すんな!」
怒鳴られたカルシェンは呆れた顔でテントの屋根を一瞬見つめると小さく溜め息を吐いた。
「その銃、マガジンが抜けてるぜ」
男が驚いて自分の銃を見つめる。その銃のグリップ下部に不自然な空洞が開いていた。いつの間にかテントから出ようと歩いていた女性をカルシェンが引き留める。
「そこのレディ、アンタだろ? この銃から弾を抜いたのは」
彼女は一度立ち止まると右手でマガジンを揺らして見せる。
「いつの間に……!」
男は唖然と彼女の指の間で揺れるマガジンを見つめた。男の戦意が無くなるのを確認するとカルシェンは銃を自分の腰に収める。
「見事な腕前だな。どうだいレディ、俺達と組まないかい?」
カルシェンがその背中に声をかける。
「興味無いわ」
先程同様、彼女は冷たく言い放つとマガジンをその場に捨ててテントを出ていった。
「……フラれたな」
そう言ってカルシェンは肩を竦める。慌ただしかったテントの中に静寂が訪れた。
「びっくりしたぁ……」
シャロが安堵の息を吐く。曦夜も騒動が治まったことに胸を撫で下ろした。
「すごかったね、あのカルシェンって人。いつの間に移動したんだろ?」
アルトに話しかけるが彼の視線はあの女性がいた場所から目を離せないでいた。
「なんで……」
アルトが重々しい声で何かを呟く。
「アルト?」
彼の言葉に首をかしげるシャロ。すると突然アルトが立ち上がり、テントを飛び出した。
「どこ行くの!? アルト!?」
アルトはテントを出て、さっきの人影を探す。駐機場に向かうその後ろ姿を彼の視界が捉えた。
「待て!」
遠くなっていく背中を呼び止める。その声に流砂の傭兵「テレサ」はゆっくりと首を後ろに回して目の前の少年を見つめた。
二人の視線が交錯する。この時アルトは確信した。忘れるはずがない、忘れられるわけがない。その姿を、その顔を、その瞳を彼は今でも憶えている。
この砂漠で起きたあの日の事を。
「なんで、なんでアンタがここにいるんだ!」
女性はしばらくアルトの顔を見つめた後、静かに言葉を放った。
「私達、どこかで出会ったかしら?」
女性は再び背を向けて歩き出す。アルトはその場から動けずに彼女の姿が視界から消えるまで、ただ見つめている事しかできなかった。