機動戦隊アイアンサーガ ~外伝if「remember you」~   作:今野一正

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2話

 炎と黒煙を上げるオデュッセウスの残骸。眼前の事態に混乱しているのか周囲の機体も不自然に動きを止めていた。

 突如訪れた刹那の静寂。それを再び走った黄色い閃光が破り、今度はヘルキャットのコクピットを貫く。

「……二機目」

 その遥か遠方、腹這いでライフルを構えた機体のコクピットの中で一人のパイロットが慣れた手付きで排莢作業を行っていた。空いたライフルの弾倉に次弾を装填すると第三の的に狙いを定める。

「……三機目」

 小さく言葉呟きながら彼女は静かに引き金を引いた。

 

「なんだ、これ……」

 アルトは眼の前の景色に混乱していた。光が瞬くと次の瞬間には眼の前の敵が倒れ伏す。

 一つ、二つと消えていくBMのライト。先程まで自分たちを襲おうとしていた大群は予測不能の事態に苛まれ、最早彼らのことなど眼中にない。

 シャロと曦夜も現状に困惑しているようで指一本動かさずにその光景を見つめたまま身動きが取れずにいる。

 逃げ惑う機体の中チュートンがふとその足を止め、ある方向に照準を定めた。

 それと同時に生き残ったBM達が同じ方角に照準を定めると全員が武器を掃射する。雨霰と弾丸が降り注ぎ、小さな砂丘に巨大な砂塵が巻き上がる。一通り撃ち尽くすと全体が武器を下ろし、砂塵を睨んだ。

 巻き上げられた砂煙が周囲に立ち込める。その一部が晴れたかと思うと二本の青白い閃光が敵の体を撃ち抜いた。

 直後、砂塵の中を突き破って何かが飛び出した。逆光に包まれた影を全員が見上げる。

 人の形をしたそれは彼らの頭上に現れるとバイザー状のカメラアイが藤色の輝きを放つ。

 人影が空中で腕を横に振る。一瞬何かが空中に煌めいたかと思うとそれを眺めていた一部の機体が後方に倒れた。アルトは火花を放つ倒れた機体の頭部を見つめる。

「これは、ナイフ?」

 機体の頭部に刺さっていたのは投擲用のナイフ。その刃がBMの頭部に深く突き刺さっていた。

「あの距離からここまで正確な投擲。一体何者なん……ッ!」

 灼熱の太陽が上空に佇む機体を照らし始める。乙女のようにも見える細く美しい体が徐々に露わになっていく。アルトは徐々に剥がれていくその影から目を離す事が出来なかった。

 残り少なくなったBM達が次々に地面に倒れ伏す。ある機体は縦横無尽に動くドローンで蜂の巣にされ、ある機体は頭頂から一直線に打ち抜かる。またある機体はナイフにコクピットを突き立てられて停止した。

 唯一生き残っていたチュートンが目の前に浮かぶ死神に向かって機関銃を放つ。しかし弾丸は白い装甲を掠めることすらできずにその全てが空を切った。

 獲物で遊ぶことに飽きた猫のように白と紅碧(べにみどり)で彩られた機体がゆっくりとライフルを構える。チュートンが銃口から逃げようと体を旋回させる。スラスターに火が灯った瞬間、その背中を黄色い閃光が貫いた。

 まるで助けを求めるかのようにチュートンの右手がアルトのアイアンヘッドに伸ばされ、地面に倒れる。直後激しい爆音が大量の砂と機体の鉄片と共に周囲に巻き上がった。

 宙に舞った機体の破片と砂が重力に引かれ唯立ち尽すことしかできなかった三人の頭上に降りかかる。アルトは限界まで開かれたその震える青い瞳に壮麗なる死神の姿を映していた。

 上空に浮かぶ機体が高度を落とし、三人の視線が自然とそこに吸い寄せられていく。機体は足元で小さな砂塵を巻き上げると地面へと静かに降り立った。

 アルトはコクピットのドアを開ける。機体から体を乗り出し、目の前に立つ機体を睨んだ。放熱と共に静かに佇んでいたコクピットハッチがゆっくりと開かれる。機体と同じ色の髪を風になびかせて彼女はコクピットの中から現れた。

 乱れる前髪をテレサは人差し指で直すと眼下の少年を見下ろす。二人の視線が重なった。砂漠の風が熱を孕み、アルトの眼の前を吹き抜ける。しばらく睨み合う二人。

 冷酷な視線が少年の心臓を狙う。アルトが咄嗟に腰の拳銃に手をかけようとした時――

「あなたが助けてくれたの? ありがとう!」

 一人の少女の声が砂漠に響く。アルトが振り向くとそこには手を振りながら近づいてくるシャロの姿があった。

「それにしてもあなたすごい腕前! あの数を一瞬で倒すなんて――」

「勘違いしないで」

 テレサがシャロの言葉を遮る。シャロの歩みが止まった。

「貴方たちを助けたわけじゃないわ。ただ行く手を阻む敵がいたからそれを排除した。それだけよ」

「ならなんで俺達を攻撃しなかった?」

アルトの言葉にテレサはその瞳を閉じると首を左右に振った。

「あなた達は私にとって大した敵として認識されなかったということよ」

 淡々と言い放つ彼女にアルトは返す言葉も無く奥歯を噛みしめる。

 その時、ディアストーカーが再び上昇し始めた。噴き上がるエンジンが砂漠の砂を巻き上げ、少しずつ地面からテレサの姿が遠ざかっていく。アルトはその姿を睨みつけていた。

 上空に昇っていくディアストーカーからテレサの声が響く。

「もし次にあった時、あなた達を攻撃しない保証は無いわ」

 そう言い放ち、テレサは飛び去って行った。

 アルトは腰の拳銃から手を離すと重い息を吐き出す。彼の手は小刻みに震えていた。

 

 灼熱の太陽が昇っていた砂漠もいつしか陽が沈み、夕闇が砂漠を支配し始める。アルト、シャロ、曦夜の三人は火を囲んで座っていた。

 焚き火の上には小さな鍋が吊るされている。鍋の中には真っ赤なスープが入っており、その中には鶏肉の塊がゴロゴロと顔を見せていた。

スープの状態を確認しつつシャロが満足そうに頷いた。

「二人ともお待たせ! シャロ様特製スープの出来上がりだよ!」

 シャロがそれぞれの飯盒にスープを取り分ける。曦夜がシャロからスープを受け取った。

「特製スープって、缶詰めスープの中に鶏肉入れただけじゃない」

「文句あるなら、アンタにはもうやらないわよ」

 シャロは自分のスープを手に取ると口につける。アルトも飯盒の中身をスプーンで掬う。しかし彼の手はそれを口に運ぼうとはしなかった。

「……」

 彼の脳裏に思い浮かぶのは昼間の戦闘の記憶。激しい戦闘音がまだ彼の耳の奥に残っている。

(俺達だけだったら勝てなかった……)

 あの時、テレサが現れなければアルト達は今頃砂漠の中に埋もれていたことだろう。それどころかあの数の敵を誰の助けを借りることなくたった一人で壊滅させたその事実がアルトに強い衝撃を与えていた。

「どうしたの? アルト」

 ふと、横から聞こえてきた声にアルトは意識を戻す。シャロが不安そうな顔でアルトの顔を覗き込んでいた。

「口に合わなかった?」

「そんなことないよ、ちょっと考え事」

 アルトはスープを慌てて頬張る。少し冷めたスープが口の中に流れ込んだ。すぐに次の一口を掬い上げ、口の前に持っていく。

「もしかして……昼間のこと?」

 アルトの手が止まる。シャロは弱々しく笑い飯盒を胸元に抱えた。

「強かったよね、あの人……」

 弱々しい声が炎をわずかに揺らす。曦夜が小さく頷いた。

「あの数の敵を一瞬で全滅させるなんて、あの女只者じゃないわ」

 曦夜がスープを一口啜る。焚き火の炎が三人の暗い顔を薄く照らした。アルトが飯盒の蓋を閉める。

「ごちそうさま」

 立ち上がり機体に向かって歩き出すアルト。その背中にシャロは話しかける。

「もういいの?」

「ごめん、なんだかもうお腹がいっぱいなんだ」

 振り向かずにそう答えるとアルトはコクピットの中に入っていった。

「アルト……」

 シャロは闇夜に消えていく彼の背中を辛そうに見つめた。

 

 機体に乗り込み、アルトはコクピットシートに背中を預ける。電気系統の点いていないコクピット内は静寂に包まれており、開いた瞳さえ闇の中に閉ざされてしまうほど暗かった。

「なにも、できなかった……」

 先の戦闘、アルトは一歩としてその場を動くことができなかった。それはテレサの駆るディアストーカーが無類の強さで敵を蹂躙したことが大部分を占めているがそれを差し引いても彼は一切行動のすることのできない自分の弱さが受け入れられなかった。

「まだ、俺は……」

 噛みしめた彼の口の中に淡い血の味が広がった。

 

 ――ここは、どこだ?

 気が付くと少年は漆黒の中にいた。周囲を見渡しても何も見えず、足を踏み込んでも前に進んでいるのかさえわからない。

 少年がわけもわからずに歩き続けていると、眼の前に何かが見えてきた。彼はそこに向かって走り出す。

 段々と姿形が鮮明になっていき、少年はそのすぐそばで立ち止まった。少年の眼下に映ったのは死体だった。

死体はうつ伏せになり、顔は見えない。少年は既視感を抱く。既視感の正体を確かめるために少年はその死体をめくった。

 それは少女の死体だった。小さな体躯に赤い髪を持った少女は腹部から紅く滲んだ血を滴らせる。

 ポタリ、ポタリと流れる血が徐々に少年の瞳に光を灯していく。それと同時に少年の顔が恐怖に歪みだす。

「シャ……ロ?」

 掠れた声で呼びかけても少女の濁った瞳は動かない。

「シャロ! シャロ!」

 何度も繰り返したところで少女の返事は無く、その華奢な体はどんどん冷たくなる。

「助けを呼ばないと!」

 少年が助けを乞おうと顔を上げる。そしてすぐに彼は言葉を失った。

 先程まで漆黒だった世界に、いくつもの死体が転がっている。それの全てに少年は見覚えがあった。

「曦夜……エレナ……ナナ姉……」

 声を、表情を、感情を、少年が命を交わし合った人々が今彼の目の前で息絶え、屍になっている。

「誰が、誰がこんな事を……!」

「お前だよ」

 突如漆黒の中から男の声がする。少年はその声のする方を見つめた。段々と暗闇の中から人影が見え始める。それは死体の海を歩きながら少年の元に歩いて来ていた。

 少しずつ輪郭がわかりはじめる距離になった時、そこに立っていたのは一人の少年だった。

 背丈は同じくらい、髪の毛も青空のように淡い綺麗な髪を肩まで伸ばしている。ただ一つ違うとするならば、その目は鮮血のように紅い色をしていた。少年が尋ねる。

「俺が、殺した?」

 もう一人の少年がその言葉に頷く。

「そうだ、お前の弱さが殺したんだ。彼女を、ここにいる全ての人を」

「そんな、馬鹿な……」

 少年が後ずさる。踵が死体にぶつかり少女の、全ての死体の乾いた瞳が少年を見つめた。

「ひっ」

 少年の体が死体から数歩下がる。その目はまるで彼女達を救えなかったことを疎むように怨嗟の篭った眼差しで少年のことを見つめていた。

 彼は自分の頭を抱えるとその場にうずくまる。

「嘘だ、嘘だ、嘘だ! 俺は殺してない!」

 首を振り、少年は叫ぶ。

「守れなかったんだ。お前が弱いから、大事な人はみんな死んでいった」

 近づいてくるもう一人の声。

 近付く声に少年は耳を塞ぐ。しかしその声は彼の耳の奥に直接流れ込んでくる。

「お前は独りで戦うべきだ。そして、独りで死ぬべきなんだ」

 声が、足音が近づいてくる。気が付けばそれはすぐ目の前に立っていた。

 少年は顔を起こす。銃口をこちらに突きつける自分の姿がそこにあった。無言で見つめ合う二人。紅い瞳が感情の無い声を放つ。

「お前は、誰の命も背負えない」

 その言葉と同時に少年は引き金を引いた。

 

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