機動戦隊アイアンサーガ ~外伝if「remember you」~ 作:今野一正
「うあああああ!」
絶叫と共にアルトの意識が目覚める。開いた瞳孔が収縮し、次第に現実へと焦点を合わせる。落ち着きを取り戻した心臓が深い呼吸を繰り返した。
「夢……?」
アルトは自身の右手を弱々しく見つめる。血糊の付いていた右手はじっとりと汗ばんでいた。
コートを肩に羽織り、ハッチを開く。冷たい夜風が乗り出した体を通り過ぎていく。見つめた東側の地平線の彼方が淡く白い光に燃え始めていた。
「夜明け、か」
アルトは機体から降りて地面に着地する。冷たい砂の感触が彼の手を通して全身に伝わった。
「まだ、寒いな」
彼の言葉を掻き消すように風が吹き、コートの裾をはためかせる。脳裏では未だにあの不快な夢がその顔をチラつかせていた。
「おはよう、アルト」
湿った風に乗って気の抜けた声がアルトの耳元に届く。振り返ると寝間着姿にマントを羽織ったシャロの姿があった。
「シャロ」
一瞬少女の姿が紅く染まり、また景色が砂漠の中に戻る。
「……」
「どうしたの?」
目を擦るシャロ。夢の中のことだとわかっていてもあの凄惨な光景は心の奥底にこびりついて離れない。
「シャロは、死なないよな」
自分の言葉と共にいつのまにか俯いていた顔を上げる。視線の先では目尻に涙を貯えながらシャロが大きな欠伸を漏らしていた。
「ごめん、聞こえなかった。なぁに?」
アルトはわずかに口角を上げるとだらしない顔の少女に向けて首を左右に振った。
「朝ご飯にしよう。シャロも着替えたら手伝って」
シャロは眠そうにコクリと頷くと再び機体の中に戻って行く。アルトは光に照らされる小さな後ろ姿を不安気に見つめた。
日は昇り、砂漠は蜃気楼を描きながら今日も迷い込んだ旅人を熱砂の世界へと呑み込んでいく。
アルト達三人は中継キャンプに向かって代わり映えのない景色の中を走り続けていた。
むせかえるほどの熱気に呑まれたコクピットではアルトの額を伝って落ちた汗が静寂の中にわずかな音を立てる。そして同じく汗まみれの腕で額の汗を拭った。
見渡す限りの砂漠に
「キャンプだ!」
三人の顔に生気が戻り、機体の速度が知らず知らずのうちに速くなる。駐機場に入った瞬間三人は投げ出すように機体を止めると勢いよくコクピットから飛び出した。
「やっと着いたぁ!」
シャロが檻から出して貰えた小動物のように辺りを飛び回る。
「全く、子供ね」
曦夜は腕を組んで呆れているが数時間振りの開放感に体が小刻みに揺れていた。
アルトは組んだ腕を太陽に向けて伸ばすと止められている機体を眺める。目当ての機体が無いことを確認すると小さく肩を落とした。
「……ないか」
そう呟き、キャンプに向かおうとしたアルト。その背中をシャロが引き留めた。
「ねえ、ちょっと待って。あれって……」
彼女の指先をが示す方向を辿っていくと一人の男性に目が行った。
テントの壁に寄りかかり皺だらけの男性用雑誌を眺める男。三人はその男に見覚えがあった。
「カルシェンさん!」
名前を呼ばれた金髪の男が徐に視線を持ち上げる。そして彼らの顔を視認すると彼は雑誌をしまった。
「よう! 全然見かけねえからてっきり死んじまったのかと思っちまったよ」
そう言いながらカルシェンはアルトの下に歩いてくる。
「俺達そんなに遅かったんですか?」
カルシェンは首筋を掻くと「見ろよ」駐機場を指差した。アルト達が指差された場所に目を向ける。それなりの数が止められるはず駐機場はその三分の一も埋まっていなかった。
「まあ、下の上ってところだな。先行して進むやつらはもう昨日の夜にはここを出たよ」
「よぉお前ら! 生きてたか!」
声がした方を向くとトレーニングウェアを来たフリーズの姿があった。彼女の美しく鍛え上げられた肉体に玉の汗が浮かび、開放的に露出した豊満な胸部から湯気が上げるその姿は周囲の男性の視線を釘付けにした。アルトは思わず視線を逸らし、カルシェンはため息を吐き出す。
「お嬢、はしたないからそんな格好で外に出ないでくれよ。あんたも一応女性なんだから」
「るせーなぁ、
フリーズは小さく舌打ちをするとシャロと曦夜を見た。
「お前ら、シャワー浴びたか?」
『シャワー』という単語に女性陣の瞳に輝きが宿る。
「シャワーあるんですか!?」
フリーズは二人の顔を見てニッと笑い腰に手を当てた。
「よし! じゃあアタシに付いてきな!」
フリーズがテントに向かって歩き出す。二人もその後を追ってテントの中に消えていった。
カルシェンは三人が視界から消えると小さく溜め息を吐き出す。
「全く、彼女は自分が周りの目を惹くことをもう少し覚えてほしいな」
アルトも彼の言葉に苦笑いを浮かべた。残された男二人の間に沈黙が訪れる。
「二人はいつ頃ここを?」
少しでも間を繋ごうとアルトが話題を提供する。カルシェンは彼の言葉を聞いて呆れ顔で自分の肩を揉んだ。
「本当はウチの隊長が帰ってきたらすぐにでも出発する予定だったんだがなぁ、この調子だとココを発つのは夕方頃になるな」
そう言って彼はしわだらけの雑誌を再び取りだすと日陰のある方へと歩きだす。しかしその途中カルシェンは足を止めると首だけをアルトの方に倒し、まじまじとアルトの顔を見た。
「ボウズ、お前もシャワー浴びてきたらどうだ?」
唐突な彼の言葉にアルトが不思議そうに首を傾げる。
「いや、俺は別に……それに機体の整備もしないと――」
「いいから、浴びて来い」
若干彼の語気が強まった。たったそれだけの一言にアルトの背筋が悪寒が走った。
カルシェンはため息と共に瞳を閉じる。再び開かれた瞳にはさっきまでの爽やかな笑顔が消えていた。
「そんな顔で戦うやつが生き残れるほど、戦場は甘くない」
アルトはすぐそばに停めてあったジープのミラーに映りこんだ自分の顔を見る。汗と砂で汚れた顔、血の気の失せた頬、そして酷く渇いた青い瞳が自分の姿だと気が付くのに、若干の時間がかった。
自分の頬の汚れを拭うアルト。頬に触れた手の甲には不快な感触が滲んでいた。カルシェンはそれを見て表情を柔らかくする。
「身なりの清潔感はモテる男の第一前提だ。覚えておきな」
そう言って彼は小さくウィンクを決めた。アルトもそれに頷いて返す。
アルトがテントに向かって歩いていく。陽炎の中に消えていく少年の背中を見つめた男は肩を上げて短い息を吐いた。
「全く、青すぎるんだよなぁ。眩しいくらいにさ」
簡素な板で仕切られた座ることもできないほど狭い個室、その壁へ乱雑に繋げられたノズルから流れて出るシャワーは水というには温かく、お湯と呼ぶにはまだ冷たい。そんな温い水が少女の髪を伝って地面に落ちていく。しかし彼女たちにとってそれは一流ホテルにも勝るとも劣らない心地良さがあった。
「んー! まさか砂漠の真ん中でシャワーが浴びることができるなんて思わなかった!」
シャロは頭上から流れ落ちるお湯に自らの体を晒す。少女の体には日焼けの後がうっすらとできていた。
「本当、なんでこんなところにシャワーが? ありがたいから別に良いけど」
疑問を抱きながらも曦夜は気持ちよさそうに泡を自分の腕に滑らせていく。彼女の体にもまた、日焼けの痕が残っていた。
「なんでもこの地下に水脈があるらしくて、そこから水を引っ張ってきてるらしいぜ」
体中に泡を纏わせたフリーズが栓を開く。噴き出したお湯が彼女の体を洗い流した。白い泡が排水溝の中に吸い込まれ彼女の赤毛が姿を現す。濡れて垂れた髪は彼女の右目を覆い、その先端からは水滴が等間隔に落ちていく。彼女は右手で自身の髪の毛を掻き上げると左右に首を振った。
「あー、さっぱりしたぜ」
フリーズは清々しそうに声を上げると背の低い隣の柵に腕をかけ、隣の部屋にいるシャロの姿を見下ろした。
「それで、あの青髪のボウズと付き合ってんのはどっちなんだ?」
「へ!?」
シャワーの栓を開けようとしたシャロが頭上を見上げる。にんまりといやらしい笑みを浮かべたフリーズの姿が視界に映った。
「アタシじゃないわよ」
彼女達の隣の部屋から義夜の声が響く。柵の上から泡まみれの頭をした少女が顔を出した。
「へぇ、チビガキはあいつに興味無いのか」
義夜はプイとそっぽを向ける。
「私の好みはあんなちんちくりんじゃないの!」
フリーズは「ふーん」と頬杖をつくと徐にシャロの顔を見つめた。その視線に気が付いたシャロはブンブンと首を横に振り、彼女の視線を否定する。
「違う違う! あいつはアタシの従者! そんな風にあいつを見るわけないから!」
身振り手振りを交えて否定するシャロをフリーズはクイクイと指を動かして呼び寄せる。シャロは首を傾げながら彼女の方へと近づいた。するとフリーズの右手がシャロの髪の毛をわしゃわしゃと撫ではじめる。
「な、なに!」
シャロはフリーズの手を両手で払いのけた。
「悪ぃ悪ぃ、お前の反応が面白くてよ。ついからかいたくなっちまった」
白い八重歯を見せてニッと笑った後、フリーズは微笑ましそうな顔で困惑するシャロを眺めもう一度くしゃくしゃと少女の赤髪を撫で回した。
「なんなのさ、もう!」
もう一度その手を振り払うシャロ。フリーズはドアを開けるとひたひたと水の滴る足で歩き始めた。濡れた髪を馬の尾のように左右へと揺らしながら歩いていた彼女がふと途中で足を止める。
「ああいう男は意外とモテるぜ。従者のままでいさせたいのならしっかり手綱を握っておきな」
「……え?」
シャロがドアを開けた時にはもうフリーズはこの部屋から姿を消していた。
それぞれが英気を養っている間に、砂漠は刻一刻と表情を変えていく。揺らめく蜃気楼は夕暮れに消え、寒々しい夜が静寂を呼び込んでくる。
人の数もまばらになったキャンプの駐機場でアルト達はカルシェンとフリーズに別れの挨拶をするべく集まっていた。
「そんじゃ、ひとまずここでお別れだな」
沈みかけの夕焼けがカルシェンとフリーズの顔を照らす。
「二人ともお気をつけて」
アルトの言葉にカルシェンは小さく頷き返した。
「サンキュ、そっちも死なないようにな」
別れの挨拶を交わし二人は自分の機体に向かっていく。カルシェンがアルトの肩とすれ違う瞬間、彼が徐に口を開いた。
「あぁそうだ、昨日のクールなレディならまだここには来てないぞ」
心の中を見透かされたようなカルシェンの一言にアルトが急いで振り返る。
「なんでそれを……!?」
立ち止まり首だけをアルトの方に振り返るカルシェン。彼はわずかに口角を持ち上げて笑みを見せた。
「さて、どうしてだろうな?」
そう言い残すと彼はコクピットの中に入りこんでいく。ほどなくして二機のレンジャーの目にオレンジの光が灯り、その巨躯が動き始めた。闇夜の砂漠に二機のレンジャーが消えていく。
「さぁ、アタシ達も休もう。明日の出発は早いよ」
三人はキャンプの中に向かって歩いて行く。彼らが消えた方角では満月が不気味に夜空を照らしていた。
結局この日キャンプに残っていたのはアルト達三人を含め十人もいなかった。空きだらけになったキャンプでは各々が好きなテントを陣取り、そこを自分の寝床として使うことになり、アルトもまた小さなテントの左右に並んだ二段ベッドの上部で一人眠れない夜を過ごしていた。
「広い……」
普段狭いコクピットや開いた隙間に雑魚寝をするのが当たり前になっていたアルト。彼にとってこの空間の広さは少々落ち着ききれない環境になっていた。
「贅沢な悩みだな」
自嘲気味に笑うと彼は静かに目を閉じる。しかし彼の意識は未だここにあった。
不意にテントの入り口が開かれる。アルトは枕元に入れてあった拳銃に手を伸ばす。
「……待って」
指先が触れたところで聞きなれた声がアルトの耳に入る。入り口を見下ろすとそこにはコートを肩に賭けたシャロがいた。
「シャロ? 何かあったのか」
「何というわけではないけど、一人でいるのが落ち着かなくて……」
シャロは「えへへ」と笑みを浮かべる。アルトもその言葉を聞いてわずかに微笑んだ。
「俺も何だかここが広く感じて眠れなかったんだ。好きなとこ使いなよ」
「ありがとう」と言って彼女は彼の反対のベッドの下側に入った。静かな時間がゆっくりと二人の間に流れる。よくある二人きりの夜。しかし今日に限ってはどこか空気が違っていた。
「そう言えばアタシたちが最初に出会ったのってこの砂漠だったよね」
徐にシャロが口を開く。
「あぁ、シャロが流砂に埋もれそうになった俺のことを助けてくれたんだろ?」
アルトは目を瞑ったまま彼女に言葉を返す。
「そうそう、ベッドの上でミイラ男みたいになったアルト、面白かったなぁ」
くすくすとシャロが笑う。アルトは小さく溜め息を吐き出した。
「人の危機を笑うなよ……」
肩を竦めたアルトだったが彼も少しの間を置いてまた小さくと笑う。
「でも、そのおかげで俺は今此処にいる。こうやってまだ、ここで生きてる」
「アルト……あんまりカッコよくないよ」
アルトの体がベッドからずり落ちそうになる。
「カッコつけてるわけじゃないから……」
体の位置を元に戻しアルトは布団をかけ直す。不貞腐れ寝ようとしたところで「だけどね」とシャロが言葉を付け加えた。
「アルトがアタシの所に来てから毎日が楽しいんだ。アンタが増えた分お金はかかるようになったけどナナ姉達と出会って、エレナが仲間になって、アタシ一人じゃ見えなかった世界をアルトのおかげで知る事が出来た」
「アンタが増えた分お金はかかるようになったけどね」と苦笑いを浮かべるシャロ。アルトは静かに彼女の言葉に耳を傾けた。
「これからもよろしく頼むよ、アタシの従者」
「こちらこそ」
暗闇の中で二人の視線が重なる。途端にさっきまでの会話が恥ずかしくなり二人は顔を背けた。
「お、おやすみ!」
「うん! おやすみ」
ぎくしゃくとした会話を無理矢理に終わらせて二人は目を閉じる。
「……アルト、アタシは死なないから」
消え入りそうな声でとシャロが言葉を呟く。
「え? 今なんて言――」
――ドオォン!!
アルトが彼女の言葉を聞き返そうとした瞬間、大気を震わせる激しい音と共に地面が揺れた。
「なんだ!?」
アルトはベッドから飛び降りるとテントの入り口を開いた。外に顔を出した瞬間、焼け付くような激しい熱気が体中を打ち付ける。アルトは一瞬目を細めるが、目の当たりにした光景にすぐ目を見開いた。
「なっ……!」
彼の青い双眸に映ったのは燃えるテント郡の朱く巨大な炎だった。
「なにこれ、敵襲!?」
突然放たれた光にシャロは目を細める。
「兎に角、俺達の機体の所へ行こう!」
テントを飛び出して走り出すアルトとシャロ。駐機場に行くと二人に向かって手を振る曦夜の姿があった。
「早く! こっちよ!」
「どうしてアンタがこんな所にいんのよ!」
「それは後! 早くアンタ達も自分の機体に乗って!」
曦夜に急かされ二人はコクピットの中に転がり込むと急いで機体を起動させた。
暗いコクピットが正面から淡い光を放ち、モニターが点灯する。アルトのレーダーが警報を鳴らし、周囲に敵がいることを知らせた。
「やっぱり敵襲か!」
アルトはレーダーの示した十時の方向上空に最大望遠で武器を構える。
炎上したキャンプの上にその敵はいた。燃え広がる炎が闇夜に隠れていた姿を映し出していく。
「なんで……?」
アルトはその姿を見た瞬間、まず目の前の機体が本当に存在するのかを疑った。
幾何学的な図形で構成された装甲、紅蓮のなかで揺らめく暗い青一色の独特なカラーリング。バイザーの奥で光を放つ青いカメラアイ。
「なんで……!」
それはまるで砂漠に沈んだはずの亡霊が、今度は月から舞い降りた使者となって炎の上に佇んでいる様に彼の目には映って見えた。
「なんで、お前がここにいるんだよ……」
自分の愛機だったモノの名前をワケのわからない感情のままに少年は叫んだ。
「――ダガー!」