機動戦隊アイアンサーガ ~外伝if「remember you」~   作:今野一正

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5話

 眩い輝きを放つ月光、世界を黒く飲み込んでしまいそうな夜空、そして紅の瞳を宿した鉄の巨人。

 巨人の両手に握りこまれた短剣はそのすべてを銀(しろがね)の刀身に映し出し、今一つの命を奪おうと天高く引き上げられていた。切っ先を向けられた哀れな少年は限界まで拡張された瞳で頭上に浮かぶ景色をただ愕然と眺めることしかできない。

 自分の命が潰える絶望か、因縁めいたこの地に死を誘われたのか、彼の体はそこから一歩として動けない。小刻みに震える指の間を夜風が通り過ぎ、熱の籠っていた体は急速に凍え始める。

 心臓は破裂しそうなほど血を体へと巡らせているはずなのに全身の血の気はみるみるうちに引いていく。

 少年の中に「死」の輪郭が見えた瞬間、無情にもその刃は闇の中に煌めいた。

 振り下ろされた刃が小さな命を刈り取り、鮮血が砂漠に一凛の花を咲かせる、ことは無かった。

 確実な殺意を持って迫ってきたはずの切っ先は少年の眉間の数cm手前で止まっていた。

 砂漠を薙いでいた風が止む。二つの巨大な影が砂漠に映し出されていた。

「……なん、で?」

 渇き、潰れそうなほど絞まった喉からひどく掠れた声が出る。

 短剣の切っ先が徐々にアルトから遠ざかっていく。ダガーは完全に立ち上がると首を右に曲げた。そしてすぐさまその場から勢いよく飛び退く。直後、一筋の閃光がアルトの目の前を切り裂いた。

 爆風が少年の体を通り過ぎる。どこかで見た光景、どこか起きた展開、脳裏を何かが駆け巡り、ぎこちない動きで振り向いた首と未だ震える瞳はこちらへと迫る一機のBMの姿を捉えた。

 暗闇の中で煌めく藤色の怪しい輝き、その可憐な姿を夜に溶かす紅碧の装甲。静寂の空を切り裂きながら主に追従するドローン。そしてそれを駆る女の姿をアルトは鉄の扉の向こうで確かに感じ取った。

 ディアストーカーはまるでアルトを庇うかのように半壊したアイアンヘッドLGの目の前で華麗な着地を決める。そしてゆっくりと首を持ち上げ、上空で静かに佇むダガーを睨んだ。

 狩人と短剣。灼けるような二つの殺気が周囲に充満していく。それがこの小さな空間を満たしきるのにそう時間はかからなかった。

 ディアストーカーがライフルを構える。ダガーが回避行動をとった瞬間、ついさっきまでコクピットがあったであろう場所を熱線が通り過ぎていった。

 直後、二基のドローンがダガーの背後を取る。青い光が十字を描くが、ダガーは爆発的な速さでその射線を掻い潜り、さらに上空へと昇る。

「避けられた……?」

 テレサは当たると確信した攻撃が外れたことに思わず声が漏れる。

 相手の頭上を取ったダガーは、すぐさまビームマシンガンを構えてディアストーカーに向けて引き金を引いた。

 テレサがペダルを軽く踏み込む。それに合わせてディアストーカーも地面を蹴って飛び上がった。弾丸が標的の残像を掻き消しながら獲物の後を追う。ディアストーカーもまた敵のわずかな隙を見つけてはライフルとドローンを交えて応戦を開始した。

 二つの光線が暗闇を駆け巡り、互いの命を奪おうとせめぎ合う。

 ダガーを包囲し熱線を放つドローン。ダガーはバレルロールで回避しつつ電磁クロスボウでディアストーカー本体に狙いを定めた。

 撃ち出される光の矢、テレサは最小限の動きで次々と迫りくる矢を躱していく。二機の機体が繰り広げる一進一退の攻防、星よりも激しい瞬きが夜空で明滅する。

 マシンガンから放たれるビームを後退しながら躱すテレサ。ディアストーカーが右手を前に突き出すとその軌道を追ってドローンが発射される。ドローンは敵の射線を掻い潜り懐に入り込むと頭部目掛けてレーザーを放った。ダガーは一瞬早くそれに気が付き、回避を行うが光線がマシンガンを貫く。ダガーは赤熱化した武器を放り投げると、その場から離れる。宙に浮いたマシンガンが爆発し、一際強い光を放つ。ダガーは地上に滑り込むように着地するが、その隙をテレサが見逃すはずはない。即座にライフルを構え、硬直中のダガーに向けて高出力のビームを放った。黄色い光の柱が地面を貫き、爆風が周囲を覆う。

 焼けた砂が大気に晒され、黒く冷やされて再び地面に降り積もる。周囲は炎と砂塵に包まれ敵の姿を確認することはできない。しかしテレサはそこに狙うべき獲物の姿は残っていないと確信していた。

 踵を返しその場を立ち去ろうとしたディアストーカー。突如そのコクピットで激しい警報が鳴り響いた。テレサは後ろを振り返ると燃え盛る炎の中に目を凝らす。揺らめく炎の中に一つ、不自然な影を彼女は自身の目に捉えた。

 装甲の一部は煤けて黒く焦げているがそれ以外に目立った外傷はなく、依然として頭部のメインカメラには周りの景色とは不釣り合いな青々とした光が灯っている。

 突如、ダガーの背負っていたバックパックが音を立てて変形し始める。鉄と鉄が重なり合い、それは一つの巨大な武装へと変貌を遂げていく。

 完全な形となり、ダガーの目の前に構えられたのは身の丈以上もありそうなほどの巨大な砲塔。中心の空洞にダガーがレーザー砲を差し込むと銃口に青白い光が集まり始めた。

 次第に激しさを増す光、燃え盛る炎の中でもそれは一際大きな明かりを放つ。破滅を湛えた輝きが限界を迎えた時、ダガーは指先のトリガーを引いた。

 圧縮されたエネルギーが解放され、溢れだした光の奔流が上空の獲物目掛けて真っ直ぐに空を貫く。

 それは先ほどディアストーカーが放ったものとは比べ物にならないほどの大きさで、まともに浴びれば機体は跡形もなく消え去ってしまうことはこの場にいる全員が容易に想像できた。

 テレサはやや強引に操縦桿を動かすと巨大なエネルギーを紙一重のところで躱す。しかし右肩のマントの端がレーザーに巻き込まれ、灰すら残さずに燃え散った。

 地上から湧き上がった巨大な光が星空を裂いて彼方へと消えていく。ディアストーカーは姿勢を立て直すとダガーのいた場所に得物を構える。しかしそこにダガーの姿はなく、残された砂の波形が威力の凄まじさを物語っていた。

 テレサはすぐさまレーダー機能を展開するとあらゆる方法で索敵を行う、しかしディアストーカーの探知可能範囲に確認できる機影は一機として存在しなかった。

「……ジャミング、か」

 テレサは小さく息を吐き出すとゆっくりと機体の高度を下げていく。細く可憐な二本の脚が地面に砂塵を立てるのと同時にアルトの意識は闇の底へと堕ちていった。

 

 最初に感じたのは凍えるほど冷たい空気だった。だらりと垂れた右の指先が微かに動く。薄く開かれた瞳が傷だらけの装甲を目の前に写した。

頭が重い。それに腹部のあたりを押さえつけられていて苦しい。

 その状況からアルトは自分の体がアイアンヘッドの装甲に沿うようにしてうつ伏せになっていることにおぼろげながら気が付いた。

「ぅぐ……!」

 錆びた歯車のように軋む腕で鉄板に手をつくと小刻みに震える腕に力を込める。

 それに合わせてぎこちない動きでアルトの体が前へと這いずりだす。

 腹部の苦しさが消えた瞬間、彼の体は重力に従って頭から地面に落下した。体中に砂を纏いながらゆっくりと仰向けに倒れたアルト。夜風に当てられ、徐々に意識が鮮明になっていく。

「そうだ! 戦闘はッ……!」

 勢いよく起き上がり、周囲を見渡すがそこにダガーの姿は無く、激しい戦闘の跡が無残に残るばかりだった。

 背後を振り返る。両膝を大地に付き、今はもう無い頭を主に向けて下げるアイアンヘッドLGが月光にその痛ましい姿を晒していた。

 アルトは傷付き、塗装の剥げた彼の装甲にそっと触れると優しい微笑みを自分の愛機に向ける。

「ありがとう。俺を守ってくれて」

 あの時、アイアンヘッドの膝が折れていなければ彼はこの砂漠で首なしのミイラと化していたことだろう。

 アイアンヘッドの雄姿を自分の目に焼き付ける。しばらくそうしていたアルトだったが、名残惜しそうに熱の籠った手をゆっくりと離し彼に背を向けて歩き出した。

 周囲に散らばるキャンプの残骸を避けつつ暗い砂漠の中をアルトは進む。機体を失った今、彼にできることはないに等しい。凍える風に体は震え、彼の足から前に進む気力を奪っていく。

――シャロと㬢夜は無事だろうか。

 悪い考えが頭をよぎっては消えていく。気持ちの悪い汗が背中を伝って流れ落ちた。

 再び意識が朦朧とし、視界が霞む。アルトは首を横に振って強く一歩を踏み出した。自分の中にある不安に負けないよう、しっかりと大地を踏みしめて歩く。

「大丈夫……あの二人なら無事だ」

 そこらの奴にやられるほど彼女達は弱くない。そのことは誰よりもアルト自身がよく知っている。

「だから、今は俺がこの状況を抜け出さないと……」

「せめて動ける機体でもあれば……」そう呟きながら歩いていると砂の上に足跡が 付いているのを彼は見つけた。アルトはその場にしゃがみ込み、じっと足跡見つめる。

 小さい足跡、大きさからして大人の男性ではない。一瞬シャロ達が戻ってきたかとも考えたが歩幅から見るに彼女よりも歩幅が大きい。

「となると……」

 アルトは腰に掛けた拳銃を引き抜くと手前に構えた。足跡を辿って歩いていく。しばらく歩くと足跡は右に曲がって消えた。姿勢を低くしてゆっくりと進む。壊れた機体の残骸に身を隠すとそこから顔をわずかに覗かせた。

「ッ……!」

 最初に目に映ったのは暗闇の中で膝を折り、静かに佇む巨人、そしてその真下でそれを見つめる一人の女性の姿だった。

 女性は大事そうに自分の機体を眺めている。

「―――」

 女性の口が小さく動く。それは風に遮られ、アルトの耳にまで届くことはなかった。

 不意に女性の首が横に傾く。二藍(ふたあい)色の長い髪の隙間から氷のように冷たい瞳がアルトを見たような気がした。

 慌てて身を隠すアルト。

(……バレたか?)

 少しの間その場で息を潜める。一筋の汗が頬を伝い、激しく鳴る心臓が自分の鼓膜を震わす。

 荒くなる呼吸を抑え込み、アルトは静かに物陰から顔を覗かせた。

「いない……!?」

 先ほどまでBMの目の前にいたはずの人影が忽然と姿を消していた。アルトは視線だけを動かし、彼女の影を必死に追う。

(どこだ!? どこにいる!?)

 目の前の状況を把握するのに精一杯だったせいか、アルトは背後から迫る殺気をわずかに遅れて気が付いた。

 拳銃の銃口が背後を向く、寸前――

「動いたら撃つ」

 透き通っているのに抑揚のない声がアルトの脳天に響く。

「銃をゆっくりと地面に下ろしなさい」

 アルトは言われた通りに銃を地面に下ろす。銃は砂につくのと同時に遠くに弾き飛ばされた。

「そのまま両手を上に上げて」

 ゆっくりと握りこぶしを上げる。そのこぶしに相手が疑問を浮かべた直後。

「これでもくらえ!」

 アルトは振り向きざま、握りこめたこぶしを開いた。

 飛び出したのは砂。突如少年の手のひらから飛び出した砂に虚を突かれた敵は正面から大量の砂を被った。それと同時にアルトは女性の拳銃を奪い取ると相手の腹部を蹴り飛ばした。細い体が地面を転がり、白いワンピースが砂に塗れる。

 よろよろと立ち上がるテレサ。口元に付いた砂を左手で拭う。それと同時に空いた右腕を軽く揺らした。上着の袖から抜き身のナイフが現れ、彼女はそれを危なげもなく柄の部分だけを掴んで構えると目の前に走り出した。

 アルトは奪った拳銃を眼前の敵に構えると躊躇することなく発砲した。螺旋を描きながら高速で進む弾丸。テレサはナイフを横に薙いでそれを弾き飛ばした。

「なッ……!?」

 あまりの離れ業に思わず声を漏らす。その間にもテレサは距離を詰めるとアルトの懐に潜り込んだ。直後、煌めく刃。アルトは体を反らしてナイフの切り上げを避ける。しかし鋭利な切っ先が頬に傷を残した。

「くそっ!」

 銃口を下に向けようとした瞬間、彼の足に小さな痛みが走り、視界が90度横に回転する。足を掛けられたと気が付いたときにはもう、制御を失った体が頭から地面に激突していた。

 反射的に敵の方へとアルトは振り向く。

鋭利な切っ先が彼の瞳を貫く寸前で止まっていた。

 


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