TS転生して吸血鬼になったけど創作欲しか思い出せない   作:石化

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第20話

 

 国司の任は5年間もあった。

 最初はワクワクしていた夜だったが、あまりにも毎日が代わり映えしないので、早々に飽きていた。文章も風土記があるくらいで、全くもって盛んではない様子だ。

 

 やはり都は文化の要だったんだなとつい考えてしまう。

 

 ここで貫之を見捨てて一人だけ京に戻るというのも悪いので、少なくとも彼が帰るまでは我慢することにした。

 四万十川の上流へ遡って、河童と相撲を取るなど主人に仕える側女とは思えないくらい好き勝手にしていた夜だったが、貫之は全て鷹揚に許した。

 長年の付き合いで、夜の性格は理解できている。未だ土佐にとどまっていること自体不思議なことだ。せめて早めに任期を終えて京に戻してもらえるように帝に奏上しようと貫之は考えた。

 

 ●

 

 5年の任期は慌ただしく過ぎ去り、京へ帰る日取りとなった。

 貫之は、京から連れてきた娘がこの土佐の地で亡くなったことを辛く厭わしいと感じており、早く京の都に帰りたいと考えていた。

 

 とは言え、五年も暮らしてくれば、付き合いも増える。

 別れの宴をすると言われれば貫之もいやとは言えなかった。

 

 飲めや歌えの大騒ぎで、身分が上のものも下のものも関係なく飲み食い騒いだ。

 頭の上に皿を器用に載せた小さな小僧と夜が親しげに話しているのを見かけた気がしたが、確かめる前に酔いが回って、貫之は眠りに落ちた。

 

 夜はふと思い立って、この帰郷の様子を日記につけることにした。

 幸い紙に関しては心配がいらないほどに流通し始めている。

 

 そのくらいの自由はあった。

 何より、そろそろ彼女も自分の物語を紡いでみたくなったのだ。

 和歌の練習は嫌になる程積んだ。とりあえず手始めに日記という形で、文章を書くのを習慣にしていこう。夜はそう考えた。

 

 書き出しは「をとこもすなる日記というものをわたしもしてみむとしてするなり」である。

 男の人が書くという日記を女のわたしもやってみようと思う。

 そういう書き出しであった。

 彼女はこの数百年でようやく性自認が女に振れている。不意をつかれた時以外はわたしで通した影響かもしれない。ただ、恋愛対象だけはあいも変わらず女だった。レズっ気のかまたりである。

 

 まずは宴の様子から書くことにした。

 

 

 

 なお途中で貫之に見つかって恥ずかしい思いをすることになる。

 だが、見つけた貫之の方も鬱々とした思いが溜まっていたので、からかうのもほどほどに自分も書こうと思い至った。あなたよりも面白いものを描いてみせるというのである。書き出しは同じ。題材も同じ。違いは書き手の感性だけ。

 

 才能溢れる貫之には負けるだろうと思いつつも、彼の描いた物語を見てみたいと考えた夜は、それを歓迎した。

 

 やるからには勝ちたい。物語に関する研鑽は、貫之が生まれる前の前から積んできたんだ。地力が違う。ひょっとしたら勝てるかもしれない。

 

 夜はその考えを拠り所に日記を続けることにした。

 

 十二月二十七日、沖へと漕ぎ出した。大津から浦戸までの旅路だ。

 十二月二十八日、浦戸から大湊へ。二十九日、大湊に宿泊。

 まだ外海と呼ばれる場所に漕ぎ出していないので、波もそれほど激しくはない。

 

 そうして、元旦を迎えた。不思議と波が激しくなり、出航が不可能になってしまう。土佐から逃がさないと貫之の子供の霊が起こしているのだろうか。

 二日、三日、四日、五日、六日、七日。

 同じところに一週間滞在することになった。

 

 船が脆弱で、漕ぎだすには頼りなく、出航は良い風を捕まえなければ自殺行為に他ならなかった。

 そのため、時期が悪ければこのように長逗留を強いられるのもそう珍しいことではない。近隣の住人が食料を融通してくれたのでなんとかなった。

 もしかしたら貨幣を用いているのかもしれないが、夜のあずかり知らぬところである。

 八日。この日は物忌みで、出発はできなかった。

 貴族たちは必要以上に迷信深いのである。

 九日。ようやく風も収まったので、土佐国を後にすることになった。

 五年ほど過ごしたとあって、流石に別れがたい。見送りの人々は、海岸に勢ぞろいし、熱心な人は船を仕立てて送ってくれる。

 

 思ひやる心は海を渡れども文しなければ知らずやあるらむ

 

 貫之はそんな歌を詠んでいた。相手を思う心は海を渡っても、手紙もないので、相手には知られないだろうと言う意味のようだ。

 夜も対抗したかったが、こう言う場面で咄嗟に出てくるほどの域には達していない。

 

 謎の敗北感を覚えながら、彼の横顔をぼうっと見ていると顔を赤くして逸らされた。未だ純情な貫之だ。もう結婚して子供もいると言うのに、稀有なことである。

 

 宇多の松原を通り過ぎる。

 鶴が松の枝に止まっていたが、飛び立つと同時にその枝が崩れ落ちた。

 珍しいこともあるものだと人々は言い合った。

 

 ●

 

 海賊だの、波が高いだの色々あって、結局河内に着いたのは2月に入ってからのことだった。ここから京都に帰るまで二週間ほどだ。

 

 一行の足取りは徐々に軽くなる。

 今日に待ち人を残していた人々は多いのだ。

 

 貫之のように、我が子を連れて帰れなかったことを残念に思っている男がいなければ、もっと一行の進みは早かっただろう。

 貫之の心は千々に乱れ、誰からもそれがわかってしまう始末だった。

 

 夜も流石に放っては置けず、世話を焼く。

 

 見た目は、二十代の夜が初老の貫之を甘やかしている様は、だいぶ倒錯的ではあったが、もう一行の中では常識となっているので、気にする人は居ないのだった。

 

 今日に帰った彼らはボロボロになった屋敷を見て、様々な感慨に耽(ふけ)るのだが、今回は飛ばすこととする。

 

 最後に、日記の最後だけ、ここに書いておく。

 

 ある人と日記(にき)にて勝負しき。

 比べ見るに、限りなくはづかし。

 

 独りわびて、月を眺めけり。

 とまれかうまれ、疾(と)く破(や)りてむ。

 

 

 

 果たして、未来に伝わる土佐日記は、貫之のものか夜のものか。

 それは神のみぞ知る真実である。

 

 ちなみに、出来の差にショックを受けた夜は本当に日記を破り捨てたが、貫之が回収して元どおりにしたのだった。

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