TS転生して吸血鬼になったけど創作欲しか思い出せない   作:石化

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第21話

 

 貫之の死を看取った夜は、京都を離れることにした。

 流石に、姿が変わらないまま五十年以上居続けることは、不可能だった。

 

 しばらく考えた夜はウズメに会いに行くことにした。

 白に百年ごとに来るようにと言われたのにも関わらず、五十年すぎてようやくである。やはり、時間感覚は人間のものと異なってしまっているのかもしれない。

 

 確か、白によると、猿田彦の神社に行けば会えるということだったな。

 五十年前のことだと言うのに優秀な記憶力を発揮した夜はそのまま、猿田彦神社の場所を聞き込み、伊勢にあることを突き止めた。

 

 伊勢なら紀伊山脈を越えたらすぐだ。

 

 旅行記を書くのもいいかもしれない。

 そろそろ、旅をする商人も現れてくる頃だろうし、需要はあるはず。

 ⋯⋯、流石に無理か。

 紙が潤沢なのは、相変わらず貴族社会だけのようだ。

 あそこは特権階級だから仕方のない部分はある。

 

 

 この前までその恵みを享受していたわけだし、文句を言うわけにもいかない。

 大人しく、記憶のメモ帳に刻みつけておこう。

 

 伊勢まではそこそこ遠かったが、この体のスペックなら問題ない。

 襲いかかってくる盗賊を下し、言い寄ってくる男をはねのけ、大した障害もなく伊勢にたどり着いた。⋯⋯多分普通の人だったら波乱万丈の旅なんだろうけど、今は感覚が麻痺しているからわからない。特別なイベント起こりましたか? って感じだ。

 

 伊勢に来て伊勢神宮に参らないのは、天照様に怒られそうな気がしたので、とりあえず伊勢神宮から参ることにする。

 いきなり真新しい正殿に驚いた。たしか二十年毎に作り変えるんだったか。

 さすが天照様。やることが違うな。

 最高神だからできる贅沢だと言えるだろう。

 

 二礼二拍手一礼をしていたら、天照様の機嫌の良さそうな声が聞こえてきた。

 

「ワシのところに参るとは感心じゃの。礼に、アドバイスを一つ。ウズメの提案に乗るかはよく考えたほうが良いぞ。結果は保証できんからのう」

 

 天照様は、それだけ言って気配を消した。

 

 おそらく高天原から直接飛ばしてきたんだろうが、相変わらず規格外だ。

 そして、ウズメの提案に、危険性がある、とのことだった。

 

 日本最高神からのアドバイスだ。

 忠告に感謝して、できるだけ、提案されても用いない方向で行こう。ウズメには悪いけれど。

 

 

 ●

 

 猿田彦神社は、民家の一角にあった。

 それで神社と言えるのだろうか。

 まあ、お参りに来る人には門戸を開いていたので、ぎりぎりセーフといったところだろう。

 家の人の言うことには、自分たちこそが猿田彦とウズメの子孫と言うことだった。

 ほーん。そうなのか。お盛んなことで。

 

 俺は、何とも言えない表情になった。

 自分でそういうことをしようとは思わないんだよな⋯⋯。

 釣り合う相手がいないというか。

 

 一人称が俺の吸血姫を貰ってくれる人なんてそうそういるわけがない。

 

 というか、俺的には、女の子を嫁にもらいたいところだしな。

 

 需要と供給が一致しないと言うよりないか。

 

 悲しい。

 

 さて、ウズメの祭壇の前で祈る。

 

 二礼二拍手一礼。

 

「ウズメに会いたい」

 

 あのテンションの高い彼女と話して、浮世のことを忘れてしまいたい。

 そう、深く祈る。

 

 

「はいはーい。ウズメちゃんだよー! あっ、夜。おひさー!」

 

 社から当然のように出現した彼女は、裏手でピースを作ってポーズをとった。

 いや再会の感動、軽すぎない? 

 下手したら400年ぶりくらいなんだけど。

 

 俺が胡乱な目を向けていると、ウズメはあざとく小首を傾げる。

 

「それで、何の用なの? わざわざ私に会いにくるなんて。もしかして、ウズメちゃんに会いたくなっちゃった?」

 

「もういいよそれで」

 

 一面的には事実だし。と、声に出さずに思う。

 

「嬉しいなあ。そうだ。久しぶりにウズメちゃんの踊り、見ていく? 今なら、夜のためだけに踊ってあげるよ?」

 

「やだよめんどくさい」

 

「そんなこと言ってー。本当は見たいんでしょ?」

 

「まあ、多少は」

 

「やったー! 夜ちゃんがデレた!」

 

「デレてない」

 

「照れちゃってーこのこのー」

 

 胸のあたりを突っつかないでくれます? 

 変な気分になるので。

 

「まあ、見てってよ。あれからウズメも成長したんだから」

 

 そのまま彼女は流れるように踊り始めた。

 最後に彼女の踊りを見たのは、高天原を離れる日か。

 

 流麗な足運びだ。

 高天原にいた頃も凄まじかったが、今のウズメの踊りには、不思議な色気がある。これが人妻の色気か⋯⋯。とてもえっちだ。

 

 ⋯⋯えっちといえば、確かウズメには、よくない癖があったような覚えがあるんだが。

 

「うんうん。いい感じの盛り上がってきたよー!」

 

 弾けるような笑顔とともに、彼女の上着がはだけられ、前より成長した胸がお天道様の元に曝け出された。

 

 そうだった。ウズメ、脱ぎグセがあるんだった。すっかり忘れてた。

 

「ウズメ一旦落ち着いて」

 

「なになにー? 夜も踊るの? 私を捕まえられるかなー!」

 

 踊っている相手を捕まえる遊びと勘違いしたウズメは、その華麗な身のこなしで、俺の腕をするりと抜ける。

 なんどやっても結果は同じ。

 俺のスペックでも捉えきれないとか、本当にウズメの体さばきはどうなっているんだ。

 

 最終的に俺が疲れてへたり込んでいるところを、ウズメが腕を引いて起こしてくれた。

 

「体力なくなっちゃった?」

 

「ウズメについていけるわけないでしょ」

 

 この子を捕まえられるとしたら誰なんだろう。

 

 生半可な人物では不可能だと思うんだけど。

 

「ま、とりあえず、社に上ってよ」

 

 裸のウズメに手を引かれる。

 

 そろそろ、服を着てくれないだろうか。

 心の中の男性性が目覚めてしまいそうだ。

 

 ●

 

 幸い、建物の中に入ったウズメはきちんと服を着なおした。

 踊りを踊るときだけ気分が高ぶってあんなことになるんだよなあ。

 

 いつもはそれなりに常識的なんだけど、これはもう、彼女の性分というよりないのかもしれない。

 

 落ち着いたので、互いに、今まで何をやってたか話すことにした。

 

 ウズメの方は、猿田彦に付いて行って、子作りと神社づくりと権能の共有化を行なっていたらしい。子作りは生々しかったので聞かなかったことにするとして、権能の共有化ってなんだよ。

 

 詳しく聞くと、猿田彦の権能をウズメも使えるようになったということらしい。

 流石に劣化は避けられないが、彼のできることはだいたい彼女もできるようになったとのことだった。

 

 なんだかとっても高度なことをしている気がするんだけど、気のせいかな? 

 神の権能って、一つに決まっているものなんじゃないの? 特に日本神話なら。

 天照なら太陽、ウズメなら芸能、オモイカネなら知恵。

 なんで八百万の神がいるのかって、全能神がいないからだろうに。

 

 統合できるのならワンチャン全能神が生まれるぞ。

 

 なんか、神話の前提を揺るがしかねないものをやったって言っている気がするんだけど。いいのかな、見逃して。

 

 まあ、ウズメなら大丈夫か。

 

 こちらの方も、ここに来るまでの出来事を話すことにした。

 

 天皇家の東征に付き合い、大麻農家になり、闇堕ちして、歴史書を書き、今は平安調の物語が書けないか四苦八苦している。

 

 正直に伝えたところ、爆笑された。

 

「笑うことないでしょ⋯⋯」

 

「やっぱ夜っていいよね。大好き」

 

 唐突な告白に勘違いしそうになるけどウズメは人妻だ。

 友達として大好きという意味だろう。

 

 まあ、俺も、ウズメのことは好きだしね。

 おあいこだ。

 

「そーいえばさあ、一回、試したい術があるんだけど、夜、かけられてみない?」

 

「どんな術?」

 

 なんか天照様が気をつけるように言ってたけど、ウズメが俺の不利益になるようなことをするとも思えないんだよなあ。だいぶ絆されている。

 

「えっとね。境界を浮き彫りにする術?」

 

「ちょっと何を言っているのかよくわからないんだけど」

 

「なんかさ、夜って、魂と身体が一致してないように見えるんだよね。位相がずれているというか。この術が成功したら、夜の力はもっと高まると思うよ」

 

「力が高まる、ねえ?」

 

 俺はあんまりピンときていなかった。

 

「やってみよう? 体と魂で対話すれば、夜の抱えている問題の一つは解消されるから」

 

 ウズメの耳触りのいい声に導かれるように、俺はいつの間にか、頷いていた。

 

「よし、決まりね。じゃあ、そこに正座して」

 

 ウズメと向かい合って座る。

 

 整ったウズメの顔が真正面にあって、少々気恥ずかしい。

 

 ウズメは真剣な表情で祝詞(のりと)を唱えていく。

 

 俺は、その厳粛な雰囲気に飲まれるように押し黙った。

 

 体と魂、ね。

 

 天照様の忠告を考えると、大変なことが起こる可能性はある。

 でも、ウズメがわざわざ俺のために、やってくれることを、無碍には出来ない。

 

 ウズメの身体が、左右に揺れ始める。

 

 表情は変わらず真剣なので無意識だろう。トランス状態ってやつだろうか。

 

 そのまま、祝詞の言葉が連なっていく。

 徐々に大きく、徐々に早く。

 

 今まで聞いていたはずの言葉の意味がわからなくなってくる。

 

 意識が、この場所を離れるような、ぐるぐると回る酔いが進んでいく。

 

 目の前が暗くなって、一瞬、意識が途切れた。

 

 目を開ける。

 正面に、赤の袿(うちぎ)を着た女がいる。

 目元が爽やかで、怜悧な印象を与える美しい女だ。

 服装的に、貴族か、貴族の女房だと思われる。

 目をつぶって、動かない。

 

 なぜ、今までいなかった女が現れたのか。どこか見覚えがあるような気もするが⋯⋯。

 そして、さっきまでそこにいたはずのウズメの姿が見えない。

 

 俺は、状況を把握しようと、膝を起こした。

 

 胸が擦れる。違和感を覚えた。なんだか、いつもの胸の感触と違うような⋯⋯? 

 視線を下に向ける。

 

 服装が、違う⋯⋯? 

 

 今の自分が着ている服は、ウズメの着ていたような、白の単に朱(あか)の長袴。

 つまるところ巫女服だ。

 

 ウズメの着ていたような⋯⋯? 

 

 俺は慌てて辺りを見渡して、ご神体らしき鏡で、自分の姿を映してみた。

 

「俺が、ウズメになっている⋯⋯?」

 

 鏡の中で、ウズメの姿をした女が、パチクリと瞬きをした。

 

 


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