僕には今、少しだけ気になっている人がいる。
恋なんて言い表すのもおこがましいのかもしれないけれど、それでもふと気づいた時には、頭のどこかで彼女のことを考えている気がする。
「次はァ~、たぬき像前~。たぬき像前~。」
快活な車内アナウンスが体の隅々にまで染み渡っていく気がする。聞いているだけで疲れが、すっと和らいでいくかのような声だった。
彼女に会えるのは、部活がある日の帰りのルーントレイン。
ワンマン運行のため運転手兼車掌の彼女は駅にルーントレインを停車させると、くるっと振り返って言った。
「お忘れ物にはご注意くださーい!」
ここで目が合うと、にかっとはにかんでくれるか、運の良いときは手を振ってくれるのだが……またダメだった。ここ一週間ぐらい成功してない。
結局この日もその後一度も成功すること無く、最寄り駅で下車した。
~~~~~~~~~~数日後~~~~~~~~~~
「うぅ、疲れた…早く帰って寝よ……」
徹夜のテスト勉強から始まったハードな一日を乗り切った僕の体は、一刻も早い睡眠を求めていた。
ルーントレインのシートに腰を掛けると同時に強烈な睡魔に襲われるが、これに耐えなければ寝過ごしてしまう。頑張れ、僕…!
「扉が閉まりま~す、ご注意ください!」
しかし、彼女の声を聞いた瞬間にたった今立てた決意は崩れ去り、無事死亡フラグを回収。瞬く間に僕の意識は深く堕ちていった。
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「……て………い、起きてください!」
「ふぁっ?!」
聞き慣れた可愛い声で、僕は一気に覚醒した。
「あ、起きました♪もう終点ですよー」
「しゅう、てん……?」
状況を理解するのに数秒を要した。
「やってしまった…」
「今からだと登りのルーントレインもありませんね…」
あれほど寝るまいと心に誓ったのに。こうなったら、どこかで適当に寝られる場所を探すしか無い。連絡をしなければならないような家族がいない事だけが幸いだった。ははは。
ところで僕の頭は今それどころではなかった。僕の顔を、心配そうに覗き込んでくれている彼女との距離感にどぎまぎしながら、それでも意を決して質問を投げかけた。
「運転手さん、ですよね…?」
「はいっ!このRTCR4000系の運転手のクレア・スチーブンソンですっ!」
まだ夢を見ているのかと思った。
今まで運転席にいる彼女を眺めているだけだったのが、こうして目の前にいて、僕のことを気にかけてくれている。そう考えてしまうだけで、鼓動が速くなった。
初めてこんなに近くで見て、改めて可愛いなと思う。歳は、同じくらいではないかな?
名前はクレアというのか。毎日のように会っている(見ている)のに、今更名前を知るというのもなんだかおかしな気持ちだ。
「大丈夫ですか…?乗り過ごしたのがよほどショックだったのでしょうか…」
彼女が僕のぐいっと顔を覗き込んで言った。ちょっと近いです。
「あ、いえ!それに関してはもう大丈夫です!ご心配おかけしました!」
女の子耐性のない僕にはそろそろ限界が近かったので、お礼を言って適当にずらかろうとした。
「待ってください!今日の夜はどうするつもりですか?」
「どこか適当に、宿でも見つけます。無かったら、最悪野宿でもなんとかなるので…」
「駄目ですよ!」
「えっ」
あまりの勢いに不意を突かれてしまった。駄目とは如何に。
「今日は私の家に泊まって行ってください!」
……クレアの口から告げられたのは、とんでもない提案だった。
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「どうぞ〜入ってください♪」
なんか成り行きというか、断り辛くて付いてきてしまったが、どうしてこうなった。
「アノ、クレアサン…コレハドウイウ…?」
「ディーゼラの街の、特に夜はかなり治安が悪いんです。そんな場所で野宿なんて、絶対にダメです!ルーントレインを愛する者として放っておけません!」
ルーントレイン愛は関係あるのかな?というのはこの際置いておくとして…
「しかし、クレアさん。僕も一応男なので…」
一般常識として、ただの一乗客に過ぎない僕が、車掌とはいえ同年代の年頃の女の子の家に泊まるなどあってはならない、と思う。あと単純に緊張でオーバーヒートしそうです。
「もしかして、嫌でしたか…?」
「いえ、そんな事は!…その、お邪魔、します…」
心の底から悲しそうな顔をされてしまったので、そう言うしかなかった。ここまで気を遣ってもらっては、断る方が失礼である。
「それなら良かったです♪あんまり広くは無いですが、ゆっくりして下さいね」
「すいません…本当にお構いなく…」
初めて入る女の子の部屋。なるべく邪念は抱かまいとしているが、それでもいい匂いがするんだろうなとか想像してしまう。いやダメだ。僕はふるふると首を振って部屋に足を一歩踏み入れる。
「どうぞ〜♪」
「わあ…?!」
クレアの部屋は僕の想像した女の子の部屋とはだいぶ違っていた。
壁にはルーントレインのポスターやプロマイドがぎっしりと飾られており、机にはいわゆるNゲージと呼ばれる鉄道模型のセット、さらに本棚を見るとルーントレイン関連の雑誌がぎっしりと敷き詰められていた。壁に立てかけてあるのは、鉄道プレート…?かなりのアンティークものだと思われる。
間違いない。クレアは、生粋のルーントレインオタクだ。
「どうですか!私の自慢の部屋です!!!」
「すっごいですねこれ…これとか相当高いんじゃ…?」
「最初にこれが目に留まるとは相当お目が高いですね〜!これは、RTC200系という車両の側面ナンバープレートですっ!実際に運行していたのはもう50年近く前になるんですけど、あのゴツゴツしたフォルムと特徴的な汽笛の音色が堪らなくカッコいいんですよ〜!ああ、なんて尊いんでしょう……。あ、写真見ます?」
「お、おお…?!ぜ、是非見たいです」
勢いが凄い。いつも社内アナウンスで元気の良い声は聞いていたが、クレアにこんな一面がある事を知って驚きを隠せない。目をキラキラ輝かせながらルーントレインのことを語るクレアは、とても魅力的で可愛いと思った。
「あの!…もし良かったら、もっとルーントレインの話、聞かせてください!」
「え…引かないんですか?」
彼女の口から出たのは予想外の言葉だった。確かに、自分と同年代の女の子で鉄オタというのはごく少数だろう。
だからといって、クレアにそういう部分で引け目を感じて欲しくなかった。こんなにも生き生きとしているクレアには、もっと純粋に趣味を楽しんでほしいし、たくさんルーントレインのことを語って欲しかった。
「全然。むしろルーントレインのことも、クレアさんのことももっと興味が湧きました!ぜひお願いします」
だから、せめてもの気持ちでそう言った。紛れもない本心だ。
「…っ!わかりました!今日は徹夜でルーントレイン講座ですっ!」
「徹夜はまじか」
「当然ですよ〜!覚悟していてくださいねっ!」
「はい、楽しみです…!」
長い夜になりそうだった。
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シャワーをお借りして体を綺麗にしてから、ルーントレイン講義をして頂いたわけだが、お互い疲れていたこともあり2,3時ごろには2人とも呂律が回らなくなって、そのまま雑魚寝を決め込んだのだった。
「……て………い、起きてください!」
「ふぁっ?!」
聞き慣れた可愛い声で、僕は一気に覚醒した。昨日に引き続き2度目である。
「あ、起きました♪もう朝ですよー」
「そうだ、昨日寝過ごして……。なんか度々醜態を晒してしまって申し訳ありません」
「いえいえ、昨日は私もとても楽しかったので!…まだまだ全っ然話し足りないので、ぜひまた来てくださいっ!」
これ以上ないほどに魅力的な提案だった。正直こんな幸せ過ぎる時間はもう無いと思っていただけに、また次があると考えるだけで、心が小躍りしてる。
「はい、ぜひ!」
即答した。今から次の機会が楽しみだ。
~~~~~~~~~~数日後~~~~~~~~~~
「次はァ〜、たぬきが丘〜。たぬきが丘〜。」
いつも通り、彼女の快活なアナウンスを聞いていると、先日の出来事は夢だったのではないかと思う。いや、夢でも良いんだけど。
「お忘れ物にはご注意ください〜!」
やっぱり快活で可愛い声だなぁと、ぼうっとしながら彼女を眺めていると、
「♪」
他の乗客が気づかないぐらい一瞬ではあるが、こちらに向かって手を振ってくれた。やば、嬉しい。心臓の鼓動はものすごい速さで鳴っている。
僕がまともな反応をするより早く、彼女は踵を返して運転席に戻っていった。
「次の機会には…僕のこの気持ちも、少しは伝えられるといいな」
ルーントレインはゆっくりと発車し駅を後にした。車窓から眺める景色は、満点の星空だった。
久しぶりに取り止めのない妄想小説をば…! こんな青春送りたかったなぁなんて思いながら楽しく書きましたっっっ! “彼女”と“クレア”の使い分けだったりとか、ちょっとだけこだわりポイントもあるのでぜひ読んでみてくださいネ