彼女と初めて出会ったのは幼い頃の出来事。
いつも遊んでいた公園で、彼女が砂場で1人でいたのを見かけた。サンサンと照る太陽に負けないくらいの輝きを放つ髪を持っていたのに、その表情は逆にどこか暗く、それが気になったためについ声を掛けていた。
『ねえねえ』
『え? ……な、なに?』
『こんにちは!』
『……こんにちは』
僕の挨拶に返ってきたのは戸惑いがちな、なにか恐れているといった声色の答えだった。
『ねえどうして1人なの?』
『ア、アンタには関係ないでしょ!』
まだ幼稚園児の当時僕には人の心の機微というものが分かっておらず、今思えばとても失礼なことを聞いたなあと思い返す。
それでも彼女のことが気になった僕はある提案を口にしていた。
『1人なら僕と遊ばない?』
『ど、どうして?』
『んー君といると楽しそうだし。あっ砂のお城だ。すごいね!』
『え? ありがと……。じゃなくて、なんであたしと……』
『よーし、僕はもっとおっきいお城作るぞー』
『って話聞いてないし。……もう』
それから彼女との関係が始まった。
その日は夕方になるまで遊び、彼女も大いに楽しんだと思う。それから何度も公園まで通い、2人でたくさんのことをして笑いあった。そうしているといつの間にか名前で呼び合うようになり、自然と友達となる。
『アリサ・バニングス』という名の、僕のごくごく近くの大豪邸に住む少女は、身分なんかまるで気にしない分け隔てない性格であった。彼女は次第に元来の明るさを取り戻していって、僕達はすぐにでも仲良くなっていく。
数回家に呼ばれることもあったが、その広さは内部だという実感が持てずに目が回りそうになるほどだった。
そこまで仲良くなったところで、ふとアリサは神妙な面持ちで僕に問いかけてくる。
『ねえ、
『うーん、アリサといるのが楽しいからだと思うよ』
『……あたしの髪が変だとか思わなかった?』
『えっ、全然そんなことないけど、どうして?』
質問の意図が分からなかった僕に対して、並んでブランコに座る彼女は俯く。
『あたし、この髪きらい。周りの子達と違う色してて、「変だ、おかしい」って怖がられてたし、友達もできなかったから1人で遊ぶしかなかったの』
だからアリサの周りに子供がいなかったのか、と僕は合点がいった。それにしてもひどいと感じる。少し髪が違うだけで遠ざける必要なんてないだろう。だから現に涙目になってるアリサを見て、彼らに少し怒りを感じた。
『……そいつらはアリサに嫉妬してたんだよ』
『え……?』
僕の言葉にアリサはこちらを向く。その大きな瞳はうるんで赤くなっていた。
『アリサの髪ってすごく綺麗だもん。太陽みたいにキラキラしてて、本当のお姫様かと思っちゃった』
『そ、そう……?』
『うん! だから僕はアリサの髪が好きだよ。アリサはもっと自分に自信を持っても良いと思うんだ』
気遣ってると思われるのがなんだか恥ずかしくて、できるだけ元気な声色で話すと、驚いていた彼女の表情が笑顔に変わっていく。
『……うん。あたし、自分を好きになれるように頑張る!』
『そうそう。そうしてた方がアリサらしいよ』
僕も自然と笑う。彼女とずっといられれば良いなと思うくらいには、その時は楽しかった。しかし、そんな日常は終わってしまった。
母、今は元と言っても良いかもしれないが、とにかく親の都合で学校に上がる前に僕は海鳴市を離れることになってしまった。
アリサのご両親から娘が世話になったと話し込んで僕も引っ越しには納得し始めていたところなのだが、彼女だけは納得していなかった。
『白野、どうしてもここを離れなきゃいけないの?』
『母さん達が行くのに僕だけ残れないよ……』
涙目になっている碧い瞳に見つめられると後ろ髪を引かれる気持ちになったが、僕にはどうしようもできない問題だった。
『そ、そうだ、あたしのおうちに来ない? パパとママにはあたしから言えば白野のこと絶対──』
『……うーん、アリサとはもちろん一緒にいたいけど、僕は母さん達も好きなんだよ。アリサだって両親のこと好きでしょ? どっちなんて比べられないんだ。だから、ごめん』
『そっか……。そうよね……』
『……大きくなったら、またこの街に戻ってくるよ。そしたら今度はずっと一緒にいようよ。アリサが僕のこと覚えてくれてたらだけど』
僕の言葉に彼女は大きく首を横に振った。
『忘れるわけない! 白野も約束よ? 次に会う時はあたしから離れないでね? 絶対にあたしのこと覚えててね?』
『うん、約束』
指切りげんまんした僕達はそれで別れて小、中と別々の学校に行くことになった。
そして15歳になって僕はまた海鳴市に戻ってくる。もちろん約束は覚えていた。
でも、それとは関係なしに元々の街から離れる事情があった。
それは──僕の親が離婚したこと。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ―
「ほら、起きてよ白野」
「うう~ん……」
ハキハキとした声が僕の聴覚を刺激し、急速に意識が浮上する。目を開けるとベッドの横で幼馴染が、僕の顔を覗き込んでいた。
「おはよう、アリサ」
「おはよう。ご飯作ってるから着替えたら降りてきてね」
「うん」
それだけを話すと、アリサは制服の上にエプロンという格好で部屋から出ていく。
彼女に再会したのは引っ越しをしていた3月の春休みのこと。懐かしい空き家に家具を設置しているとチャイムが鳴って、返事をしつつ玄関のドアを開ければ、なんとアリサが飛び込んできたのだ。
驚きながらも受け止めると、アリサは満面の笑みで僕の顔を見上げた。
『おかえりなさい、白野』
『……ただいま、アリサ』
ご近所には誰にも引っ越しを知らせてなかったのに、一体どうやって情報を得たのだろうという疑問はあったが、それよりも彼女が昔の約束を覚えていてくれたのが何より嬉しかった。
再開は突然でも気苦労の絶えなかった中学生時代を鑑みると、彼女が僕を待っていてくれた事実は心に安心感をあたえてくれた。
それからアリサは毎日のように家に来て色々と家事を手伝ってくれたおかげで、男だけとなった我が水瀬家はとても助かっている。
けれど大変じゃないか聞いたこともあった。
『毎日来てもらってこっちは助かるけどさ、アリサもここと家の行き来してたら忙しくない?』
『別に? うちのすぐ隣じゃない。それに白野の家も自宅みたいなもんだし、今から「日課」にしておかないとね』
『? そっか』
最後の意味はよくわからなかったが、とにかくここ水瀬家を実家のようだと言ってもらえたのは嬉しかった。
高校の入学式からもう数週間経ったが、いつでもアリサは隣に立っていた。すでに僕を知っている人もいないことから、友人がいてくれるというのは非常に心強い。
僕が着替え終えて1階に降りると、すでに父は仕事に出ていった後で代わりにアリサが朝ごはんの支度をしていた。
白米と卵焼き、そして味噌汁とお新香。日本人の昔ながらの朝食ではあるが、自分で作る時と出来は段違いだ。何か不思議な魔法でもあるんじゃないかと思えてくる。
挨拶をしてその味を噛み締めながらあっという間に平らげていった。
「ふう、今日も美味しかったよ。ありがとうね」
「おそまつさま。フフ、あたしが作るんだから当然でしょ?」
「あはは、その通りだね」
満腹になったのを感じながら、出かける準備をする。忘れ物や電気のつけっぱなしがないか確認をすると、僕達は一緒に家を出た。
いつものように他愛のない話をしながら並んで歩いていると、不意に横から声を掛けられる。
「あらぁ白野君とアリサちゃん、おはよう」
「あっおはようございます!」
「おはようございます」
近所に住んでいるおばさんであった。いつもニコニコとしていて、いかにも温和そうな雰囲気が漂わせている。ちょうどゴミ捨ての時間と被ったようだ。
「2人ともいつも一緒でほんと仲睦まじいわねぇ」
「えへへ、そう見えますかぁ?」
おばさんの誉め言葉にアリサがとてもうれしそうにしていた。ハートマークが浮き出てきそうなほど満面の笑みを浮かべているが、そこまで過剰に反応しなくても……。
まあ僕もアリサとの仲を褒められて嫌な感じはしないが。
普通の幼馴染だったら何年も離れて過ごしていたら自然と疎遠になるだろう。でもアリサは僕を迎え入れてくれて、今の関係が成り立っている。彼女が家に来てくれなければ、僕は学校で彼女を見かけても話しかけようとは思わなかったのかもしれない。
そう考えると今の僕達の関係があるのはアリサのおかげだ。
心が暖かくなるのを感じる。
「見える見える。
おばさんの言葉に、途端に冷水を浴びせられたような衝撃が体に突き刺さった。
「ええー、それは言い過ぎですよぉ。ねえ、白野?」
「……え、ああ、うん。そ、そうですよ」
「あら白野君どうかした?」
「い、いえ、なんでもありません。なんでも……」
心臓が急にバクバクと鳴っているのがわかる。僕はそれを悟られないよう、この場をなるべく早く過ぎ去ろうと会話を早めた。
おばさんと別れてから学校まで、アリサと僕の間に会話はなかった。僕はあまり頭が回らなかったし、彼女もそんな僕の様子を見てなんとなく察してくれたのだろう。
こうやってアリサに気を遣わせるのは辛い。
だが、高校の玄関で笑って離れていくアリサの様子に、どうやら怒ってるとかそんな雰囲気ではないことを察してホッとする。
僕も自分の教室に入ると知人らに挨拶をして机に座る。
――うん、大丈夫だ。いつもの自分を演じられてた。
いつからだろう。人の目を気にするようになったのは。
そんなのは決まってる。あの元母親が浮気しているのを知った時からだ。僕の両親が正式に離婚を決めたのは僕が中学3年生になってから。
それまでは僕の成長を案じて待っていてくれたとのこと。でも、僕は母がずっと前から
繰り返される日常の中に少しでも異物が混入すれば嫌でもわかるものだ。僕がそういうことに敏感なだけかもしれないが、とにかく僕は母の浮気の痕跡を見続けてきた。
それなのにまるで何事もないように振る舞う母親の姿に僕は心底嫌気が差していた。
離婚が終わってからも周囲の目によって苦労が絶えない。
憐憫、侮蔑、嘲笑。
僕と父さんは何もしていないのにそういった目で見られるようになったのだ。だから僕は他人の顔色を伺うようになったし、父さんも周りからの重圧に耐えられなくて逃げるように海鳴市へと戻った。
とりあえず時間も余裕もなくって僕は聖祥大附属学校に転入することを決めた。
入学試験はかなり難しかったが、それでも少しでも品のあるところへ行けば根掘り葉掘り聞かれることもないと考えてのことだった。
そこで何も聞かずに昔と同じように接してくれるアリサと再開できたのは何よりも幸運なことだった。彼女なら家族の事情を話しても何とも思わないでいてくれるかもという信頼もある。
だから彼女の前では普通でいられるし、彼女と過ごす時間は居心地が良い。
僕の疲れ切った心も、アリサのおかげで少しづつ癒えていくのが分かった。
少し嫌な記憶を掘り起こされてから数日後、いつものようにアリサに起こされ、いつものように教室でクラスメイトへ挨拶したところ、いつもとは違う返事が返ってきた。
それは今度の休日に友達同士で遊びに出かけないかということであった。
正直いえば少し悩む。
教室では共通の話題を持って接すればなんとでもなったが、遊びに行くのならプライベートの話もしなければいけない時もあるだろう。そうすると何を話せば良いのかわからなくなりそうだ。
だが、それなりの仲だと思われて誘ってくれたのを無下にするのもどうかと思うのと、何よりこれから歳を重ねるにつれて人と知り合う機会もどんどん増えていくのだから、こういうところで慣れていくのも悪くないと思えた。
なので僕はそれに対し承諾することにした。
大きなデパートに行くとのことらしい。結構最近に建てられたところで評判もいいとこみたいだ。どんなルートで周るのだろう。そういえば新しいゲームもゲームセンターに導入されたのではなかったか。
色んな想像が脳内を走り回っている。どうやら僕は意外にも次の休日を楽しみにしているみたいだ。
授業も終わり、アリサと合流して校門を抜ける。帰る前にその日の食材を買っていくのが毎日の作業だ。
「今日はカレーかな?」
「そうよ。明日あたしお稽古だからなるべく日持ちする食事作らないと」
「カレーだったら手間も少ないもんね。僕も夕飯作るの手伝うよ」
「ほんと? えへへ、ありがとね」
彼女の笑う姿が眩しい。アリサと語り合いながらの帰路。これもいつもの風景だが飽きることなんてない。明日は帰りは別々になるが彼女にも彼女の生活があるのだから仕方ない。
「そういえば、今度の日曜日空いてるでしょ? あたしの家に来ない? 白野の好きそうなゲームも買っておいたのよ」
「あー、えっと、その日はちょっと用事があるんだ」
「用事? 何かあったかしら……」
「うん、今日クラスの友達に誘われてさ、遊びに行かないかって言われてオッケーしちゃって」
「――え?」
アリサから、聞いたことのない低い声色が返ってきた。
「な、なんで? 白野、そういうのに一度も参加したことないじゃない」
「そうだけど……、せっかくだから行ってみようかなって思いったってね」
「大丈夫なの……? あたしいないのよ? 白野に何かあったら大変よ!」
突然の大声に僕はたじろぐが、それでも何とか答える。
「い、いや、アリサ以外にも親しくしてくれる人ができたからさ。僕も少しずつ変わらないといけないと思って」
「……そんな必要ないのに」
「? アリサ、今何か言わなかった……?」
「ううん、なんでもないわよ。白野が決めたことなら、あたしも何も言わないことにする」
どうやら納得してくれたみたいだ。アリサにも誘ってもらったのにそれを断ることになってしまったのは心苦しいが、その埋め合わせは後日させてもらおうかな。
「うんありがとう。ごめんね、せっかく予定作ってくれたのに……」
「別にそれは気にしてないわよ。それより、その日はおじさまもいなかったわよね? 1人で起きれるの?」
「いやいや、僕だってそれは流石に大丈夫だよ。アリサは心配しすぎだよ」
「心配くらいするわよ。白野、母親のことですごく傷付いてるんだから……」
暗い顔になるアリサ。やっぱり家の事情を察してくれていたらしい。やっぱり優しいなあ、と思うが僕もそれに甘えてばかりもいられない。
「いやほら、危険なところに行くとかそういうことじゃないからさ。アリサも自分の友達と遊ぶと良いんじゃないかな」
「友達…………まあいいわ。何かあったらすぐ連絡してよね?」
「うん分かった。気をつけるよ」
心配性、というには少し過剰な気もするが、それだけ僕の身を案じてくれるということなのかもしれない。それに対し当たり障りのない返事を返して僕はアリサと自宅へ帰る。
――のだが、ふと、友達という単語に引っかかったアリサの様子を思い返し、いつも彼女は僕とともに行動しているが、他の友達とは連絡を取っているのだろうかと疑問に感じた。
明るい性格の彼女のことだ。高校に上がる前までに友達がいなかった筈がない。現にクラスの舵取りも進んでやってるようだし、そんなアリサに惹かれる人も多い。
まあ、僕が心配することでもないか、と軽く考えてこの疑問を頭の中から払いのけた。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ―
約束の日曜日となり遊びに出かけたはいいものの、帰ってきた僕は疲労困憊といった状態でベッドにもたれかかる。
(女の子までいるなんて聞いてないよ……)
集合場所に行った僕が目にしたのは誘ってくれた友人達と、それと同じ数の女子の姿であった。
どういうことかと問い質してみれば、もともとこのメンバーで遊ぶことが決まっており、その中に僕が名指しで誘われたとのこと。
「いやあ、騙したのは謝るけど、あっちがどうしてもって聞かなくてさ。せっかくだし白野も楽しめよ。な?」
正直納得はいってなかったが、来た以上このまま帰るというのも忍びない。ため息を吐きながら僕は彼らと共に大型デパートに入ることとなった。
見たこともないような店が入っており僕も高校生ながら目を輝かせていたのだが、それとは反対に誰かしら僕の横に女の子が着いており、別の意味でドギマギしていた。
というのも僕は母親の一件で軽い女性不振になっており、彼女らとの会話が苦痛になっていたからだ。
アリサとはずっと仲良しだったから平気なのだけれど、顔を合わせた程度の子達といると顔を引き攣らないようにするので精一杯になっていた。
アリサとの時間が恋しく、こんなことならアリサの家の方にお邪魔させてもらえばよかったと思ったが、後の祭りである。
朝から始まり夕方になった頃には僕は精神的に疲弊しまくっていた。
このままひと眠りしてしまおうかと思った矢先、玄関のチャイムが鳴る。そういえばそろそろアリサが来る時間かということが頭に浮かび、重い体を持ち上げて玄関に向かうと、扉の先には案の定彼女がいた。
私服にポーチを肩から掛けている。
「こんばんはアリサ。今日はちょっと早いね?」
「ええ、ちょうど白野が帰ってくるのが見えたから」
そう返しつつアリサは靴を脱いで廊下を歩く。居間に案内しようかと思ったが、アリサは少しためらいながら言葉を口にした。
「え、相談?」
「ええ、だから白野の部屋に行きたいの」
「うん、わかった」
彼女の方から何か相談があるなんて珍しい。でもだからこそ重要なことなのかもと思って僕はすぐに了承して玄関のすぐ横の階段を登っていく。
「ねえ、今日は遊びに行ってどうだったの?」
「え? あ、ああ、楽しかったよ? 大勢であんなところ行ったの初めてだしね」
今日の出来事を思い出して再び気分が悪くなってくるが、アリサを前にしてそんな態度は見せられないからと当たり障りのない返答を返した。
「ほ ん と う に?」
しかしアリサの声色は随分冷たく、僕は思わず肩をビクリと震わせた。
「ほんとうって……な、なにが?」
「白野、ずいぶん苦しそうよ。何か嫌なことでもあったんじゃないの?」
「嫌なことなんて、ないよ……?」
あまりアリサに心配されるのも嫌で、どうにか切り抜けようと話を逸らすことにした
「本当楽しかったよ。それよりも相談っていったいどうしたの?」
「ああ、それはね――」
2階に上がって部屋の扉を開けると、今度は僕の方からアリサへ話を振る。
「まだ早いけど白野をあたしのモノにしちゃおって思って」
「え? うっ……!?」
振り向く前に、僕の左首筋にチクリとした感触が走る。飛び上がるほどではないにしろ、確かに感じる痛みだ。
痛みの根源のアリサの右腕が伸ばされており、その手の先に細長い円筒状のガラス瓶が握られている。
「な、にを……」
「ごめんね。でも体に害があるわけじゃないから」
そう話すアリサはトンと僕の体を押した。本当に少しばかりの力であったのに、なぜか足に力が入ってくれずそのままベッドに体が沈んだ。
どうにか体を起こそうとしても言うことを聞いてくれない。そこへアリサが僕へ重なるとうに覆い被さってきた。次第に頭がボンヤリとして視界が歪んでいく。それでもアリサの表情だけはハッキリと見て取れた。
若干の薄ら笑いを浮かべ、目は熱を持ったように濡れている。
このままでいるのは不味いと僕の直感が警告を発しており、どうにか彼女を押しのけようとして彼女の体に手を当てたが、そこからはそれだけ踏ん張っても体同士が離れてくれない。
それどころか狙いも定まらないまま、腕は彼女の胸に触れていた。
「あんっ、もう白野ったら。そんなにがっつかないでよ」
そう話すアリサは徐々に顔を近付けてくる。それに対しなんの抵抗もできないまま――僕と彼女の唇が触れた。
最初はついばむようなキスだった。1回、2回と何度も何度も口づけされて、口が接着する度に触れ合う間隔が長くなる。
次第にアリサの吐息が激しくなっていき、ついには僕の開かない口の中へ舌をねじ込んできた。
「ん、あむっ、じゅる、れろっ、んむ、はぁ……」
彼女の舌が僕のを吸い上げ、その間絶え間なく唾液が僕の中に送り込まれ続ける。
どれだけの時間が経っただろう。10分ほどかもしれないが、もしかしたらすでに1時間も過ぎたのかもしれない。僕の体はすっかり最後の力を振り絞る気力さえ失っていた。
最後に唇を丸ごと飲み込むような深いキスをして、ようやくアリサは僕の口から離れる。
「ぷはっ、はぁはぁ……気持ちよかった?」
「んぐっ、はあ、はあ、はあ……。あ、アリサ、なんでこんなこと……」
溺れそうになりながらも、彼女の熱のおかげでか多少回るようになった口を動かして疑問を言葉にする。
その返答として、アリサは発情した顔に慈愛にあふれたような笑みを浮かべた。
「さっきも言ったでしょ? 白野をあたしのモノにするためよ」
「あたしのモノって……」
「言葉通りの意味。だって白野傷付いてるでしょ? 今日あんな奴らと一緒に行かなきゃこんなに苦しそうな想いしなくて済んだんだもの」
彼女の目が、本気で言っているということを物語っていた。
「
アリサは両頬に手を当てて、ウットリとした表情を浮かべている。どう考えてもまともではない。とにかく彼女を落ち着かせなきゃと思い、回らない口をどうにか動かす。
「そ、そこまでしてもらう必要ないよ。僕は今でも十分幸せだよ……。だから一旦落ち着こうよ。アリサも僕とずっとなんていれらないでしょ?」
「あたしは落ち着いてるわよ。それに、昔に約束したこと忘れちゃったの?」
「え?」
昔の約束? それは、『友達』として一緒にいようって……。
「次に会う時はあたしから離れないでねって言ったわよね? ずっと一緒にいてくれるって、結婚まで考えてくれてたんでしょ? それなのに忘れちゃうなんてひどいわ」
「な、そ、そんなこと子供の頃に約束しないよ。僕はただ友達として言っただけなんだ……!」
口が通常通りに動くようになってきた。これなら体も動くと思い体を起こそうとするがアリサに腕を使って止められてしまった。あとで考えれば彼女が盛った薬なのだから効果時間もハッキリと計算していたのだろう。
「……それでも、逃がさない。ずーっと待ってたの。貴方と一緒ならどれだけ良かったかって。それに後悔もした。あの時貴方を離さなきゃ良かったって。だから逃がさない。あたしはバニングス家の人間よ? ほしいものは何でも自分の手で手に入れるの」
そう言うアリサは自分が持ってきたポーチの中から、先程の円筒と同じものを取り出した。よく見ればあれは注射器なのではないのか。
「ウフフ、これすごいのよ? まだ病院でも使われてない最新の加圧注射器なの。全然痛くないし効果もすぐ出るように一番適切なところに打ち込めるようになってるわ。これでたくさん気持ちよくなろうね?」
「ま、待ってアリ、うっ──」
どうにか抵抗しようとしたがその前に注射器をまた首筋に打たれた。すぐに効果が表れる。
呼吸が荒くなり全身がボーッと熱くなっていくのを感じる。まるで体が燃え上がるようだ。なんとか息を整えようとしても鼓動は早くなるばかりである。
それでも動かない手足ではこの激情を解消する手段すらない。
すべてはアリサの思うがままだ。
「白野は何がしたい? 白野のわがままだったらあたしが全部叶えてあげる。だからお願いして? 命令して? あたしだったら白野をいっぱい愛してあげる」
彼女は顔を僕の耳元まで近付けてボソリと呟く。それは悪魔の囁きだ。このまま従えば僕はきっと後戻りできなくなるだろう。
でも、アリサは自分の服のボタンを外し始めた。一つずつほどかれていく度に彼女の艷やかな白い肌が露わになる。
あまりの美しさに僕の理性は消し飛んだ。ブルブルと震える口で、僕は彼女に訴えかける。それが最後の正気だったかもしれない。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ―
「もうすっかり夜になっちゃったわね。お
「……うん、ありがとうアリサ」
「今日はあたしの家にお泊りしましょ?お義父様もあたしから言えば許してくれるはずよ」
「……うん、そうだね」
「明日も休みだし白野のやりたいこと何でもしてあげるね」
「……うん、ありがと。でもアリサの言うことなら僕はそれで良いよ」
もう僕にまともな理性なんて残っているのだろうか? こうやって冷静な思考をしているつもりでも今朝の自分とはずれた感覚に苛まれている。
……アリサは行為の最中永遠と『貴方はアリサさえいれば良いの』、『愛してるわ、白野』と囁き続けた。
やめてほしいと言ってもアリサは決して止めなかった。
――でも僕もアリサをあいしてるんだからそれで良いじゃないか。
……あれ? 本当に?
わからない。でも彼女とこうして肌を密着させている時間は幸せだと感じる。もう少し、もう少しだけこの夢に浸かっておきたい。
僕の頭を撫でながらアリサが囁く。
「ずーっと一緒よ、白野」
・
・
・
やっぱり彼を引き止めておけば良かったと思うけど、これはこれで正解だったと思う。
彼にたかる
おかげですごい前進だ。我ながら自分の行動力には驚かせられる。
それだけあのハエ共への怒りに火が付いたということなのだろう。今考えても腸が煮えくり返る。俗物の分際で彼に色目を使って、そのくせ彼の変化に気が付かない。彼がどれだけ嫌な思いをしているのか分からないのだろうか。
でも今だけは彼と繋がれた喜びを堪能しておこう。これでようやく次のステップに進むことができる。
今日のことを早くパパとママに伝えたいくらいだけれど、そうしたら彼が怒られちゃうかもしれないから我慢しなきゃ。
いずれにしろ両親は彼にとても感謝してるから追い出したりはしないだろうけど。
そう、もちろんあたしも感謝している。彼はあたしの人生を救ってくれた。彼がいなかったらあたしは一生友達もできずに過ごす暗い女の子になってたかもしれないんだから。
きっと親友と呼べる子達にも出会えなかったかもしれない。
すずかには悪いことをしたなと思ってる。でもあたしがいなきゃ誰が彼を救ってくれるのだろう。
母親から捨てられて、周りからも孤立した彼。あたしが愛してあげなきゃ。
いっぱい愛した。あたしの持てる力すべてを使って愛した。彼は愛に飢えている。もっともっと愛してあげたい。
ずっと一緒にいるって約束したんだからこれくらいは当然。
白野を捨てたあの女にも罰を与えなきゃと思ったけど、仮にも彼を生んだのは紛れもなくあの女なのだ。それだけは感謝してあげないといけないだろう。
それにもう今は関係もない。あたしが彼と契りを結ぶまでとても順調で気分が良いのだ。
例えあの女が邪魔しにきたとしても、人1人潰すくらいの財力がウチにはあるんだから障害にもならない。
そんなことよりも早くまた彼と繋がりたい。
お腹を擦ると彼が吐き出した欲望を実感できてあたしの心は幸福で満たされる。
こんなに直接彼との愛を確かめられる方法があるんだったらもっと早くにやっておけばよかった。
これから彼が夫になるまでの計画もバッチリと進んでる。早く彼との子供もみたいなと思える。
今回みたいにあたし以外に興味を持ったらしっかり手綱を引いてあげないと。彼と別れた日のことを思い出したくはない。彼は一生あたしだけを見てれば良いんだ。
もうあたしの前からいなくならないでね?
いつまでも一緒だよ?系女子のアリサ・バニングスでした。
もう書かない的なこと言ってたと思うんですが、今書いてる作品が全く進まないのでこっちに戻ってきましたm(_ _)m