「こらー! 喧嘩はやめなさい!」
「違うよ神父さま。先にジェンが殴ってきたんだ」
「私のぬいぐるみ引っ張ったのはそっちでしょ」
「なにをー!」
「なによー!」
「や・め・な・さーい!」
ここはミッドチルダの僻地にある小さな教会。
その一角で大声で喧嘩しているのを聞いた俺は急いで当事者らの元へ向かっていた。あっちが先だ言い合うばかりで全く収まる気配を見せない。
しかし孤児院も併設されているこの場所でそんな小さな揉め事など日常茶飯事である。それを諫めるのもまた俺の仕事だ。
「良いですか? いついかなる時も『神』は天より皆さんの様子を見られているのです。隣人に暴力を振るうなんて、そんなことでは貴方
「え~そんなぁ!」
「ごめんなさい、神父さま!」
「分かればよろしいのです。それではお互いに謝りましょう。さすれば神様はお許しになってくださります」
俺の言葉に素直に従い、2人は素直に頭を下げた。その姿に俺は微笑む。
「よし、それじゃあもう部屋に戻っていなさい」
「「はーい神父様」」
手を振って離れていく2人に手を振り返していると、横の建物から初老の男性がこちらにやってきた。
「ホッホ、子供をあやすのもお手の物ですなぁ、サウル神父」
「いえいえ、皆素直な子ばかりですから。あまり手もかからず逆に困っていますよ」
サウルという俺の名を呼んだ、ここの院長であるレノ・デリカは笑った。少し恰幅の良い彼はその見た目どおり穏やかな人柄で子供達にも懐かれている。
「
「とても満足していますよ。十分な寝床も用意してもらいましたし、温かい食事もあります」
「それはなによりですな。貴方が来てから随分と色のついた生活ができています。子供達も前より楽しそうですし」
温かな陽気の昼下がりに2人で談笑しながら歩く。時間がゆっくりと流れているようであるがそれがまた心地良い。
ここポルト教会はミッドチルダでは数少ない、聖王に信仰を持たない宗派に属している。
神を敬愛し、隣人を愛し、天に向かって祈りを捧げる。それがここに住む者の教えだ。決して大規模な活動をしているわけではないが、俺も神父としては新人ながら真面目にコツコツと働いている。
「……ただまあ、皆さんのためにももっと資金を増やしていきたいというのというのが実情なのですが」
「失礼ながらそこは同意します。すみません、頭が足りず良い案が出せなくて……」
今の暮らしでも十分満足はしている。しかし、ここでは1つ重要な問題を抱えている。
それは――お金がないということ。
ただでさえ規模が小さいというのに、ミッドチルダだけでなく他世界にまで信仰の及ぶ聖王教から外れた宗派なのだ。
信仰してる者もいるにはいるが、世界の全体数から見るとどうしても微々たるものでしかない。だから礼拝に来る人も少なく、資金集めに苦労していた。
「ホッホ、何をおっしゃいますか。サウル神父のおかげで教会も孤児院での生活も改善されたのです。みな貴方には感謝しかありません。この問題は院長である私が責任を持って対処してみますよ。サウル神父は子供たちのことに専念してください」
「そうですか……」
子供の教育やら建物の維持費などなにかとお金は掛かるものだ。
この問題には俺も手助けしたいところだがなかなか良い方法が見つからない。院長と別れてからしばらくしていながらも顎に手を置きながら考える。気分転換に外へでも出るかと入り口の方へ向かったのだが、目線を向けた先に誰かいることに気が付いた。
閉まった門の前に1人の女性が立っている。
端正な顔立ちを持ち、黄金の長い髪色を深い紫色のリボンでまとめている姿は、絵の中のつつましやかなお姫様を連想をさせる。
実際のところ本物のお嬢様と言っても過言ではないことを俺は知っている。
彼女は俺を見ると静かに微笑んだ。
「ごきげんようサウル」
「また来たのか――カリム」
カリム・グラシア。聖王協会の運営に携わる人間であり、それでありながら時空管理局の少将にもなっている。
なぜそんな人物がこんな場所にいるのかと、周りの人間は疑問に思うだろうが、彼女の目的は俺なのだ。早足で彼女へ近付きながら周りをうかがう。
誰もいないことを確認すると、門を隔てて対面した。
「聖王教会に戻ること、決めてくれた?」
「またその話か……。何度も言ってるだろ、俺はそっちに戻る気はない。なんでまたあの地獄に戻らなきゃいけないんだ」
「……もう貴方が以前いた頃とは環境は違うの。貴方が安心して働けるよう新しい部署もすぐに立ち上げられる。それに、貴方が必要とする物も何でも用意できる。お願い、どうか戻ってきてほしい」
「やめてくれカリム。俺はそんなこと望んでない。この教会での暮らしで十分なんだ。」
俺の返答にカリムは分かりやすく顔を曇らせた。昔からの知り合いとしては心苦しいが、ここは引けない。
「第一俺がいなくても聖王教会が困るか? 困らないだろう? しょせん俺なんてそれくらいの価値しかないんだ。それでもここの人達は俺のことを必要としてくれる。俺は彼らに恩返しがしたいんだ」
「私だってサウルのことが必要よ! 貴方がいないと私……」
カリムは扉の隙間からこっちの手を掴んでくる。
「お願い、戻ってきて。どんなに拒絶されても私は貴方を諦められないの。貴方がいなかったら今の私はいないもの。ねえ教えて、どうしたら私のところに戻って来てくれるの……?」
まっすぐした目で見据えてくる彼女に、俺は目を逸らすことしかできなかった。
そっと彼女の手を振りほどく。
「もうここには来ないでくれ。俺はお前のことを忘れたいんだ」
「……好きだって言ってくれたのに?」
「……1年前まではな」
俺はカリムの返事を待たず、彼女から離れていった。後ろで彼女がどんな表情をしているのか分からない。
俺はハアッとため息をつく。
ああは言ったがカリムはまた来るのだろう。
俺が彼女を大事に思っ
それなのに、彼女は毎月1回必ずこの教会へやって来る。
それが苦痛でたまらないのだ。
息抜きもできなかった俺は教会の中に戻るとそっと扉を閉めた。すると、一番手前の椅子に少女が座っている。
「おやシルヴィ、いったいどうしましたか?」
「あっ神父さま! ご本を読んでほしいの」
振り返って俺に気が付いた少女は飛んでくるようにやってきた。作り笑いであるがニッコリと顔をほころばせて彼女の目線に並ぶようにしゃがむ。
「私よりもシスターに読んでもらった方がいいんじゃないですか?」
「んーん、わたしは神父さまに読んでほしい! 神父さまの体おっきいから膝に座るとなんだか安心するの」
「そうですか、それじゃあ大部屋に行きましょうね」
「はーい」
俺は少女の手を取って教会の裏口まで歩き始める。孤児院と教会は通路で繋がっており、そこを通ればすぐに行き来ができるのだ。
一緒に歩いていると、少女がこちらの顔を見上げていることに気が付いた。
「どうかしましたか?」
「なんだか神父様、顔色がわるそう……。どこかいたむの?」
少女に心を読まれたようで胸の奥がヒヤッとした。
顔には出さなかったつもりだったが、この子は他人の機微に敏感だからちょっとした作り笑いに気が付いたのかもしれない。
しかし、子供に不安そうな顔をさせては大人としては失格だ。俺はなんでもないような努めて笑う。
「いえいえ、どこも痛くなんてありませんよ?」
「ほんと? 神父さまのお体がわるいとみんな悲しんじゃうよ……?」
「平気です。神のご加護をいただいている私の体は丈夫なのですから。さっ、読み聞かせに行きましょう」
「はーい」
手を繋いでいない方の手で少女の頭をなでると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。
そうだ、子供達に心配をかけるわけにはいかない。
悩みはあれど今は一旦彼らとの一時に癒やされることを決めた。
その日の夜、俺は自室のベッドで横になっていた。眠気が一向にやってこず、ただ天井を仰ぎ見るだけである。
原因はわかっている。今日訪ねてきたカリムのことが頭から離れないのだ。
彼女はいつになったら俺のことを諦めてくれるのだろう。
俺はもうカリムとの関係に疲れてしまった。できることならこのまま放っておいてほしい。
でも同時に彼女は自分で決めたことをどこまでも曲げない性格であることも知っていた。何故なら、俺とカリムは幼馴染だから。
カリムとは家が隣同士の仲であった。だから彼女とはずっと一緒にいたし彼女の義弟であるヴェロッサとも仲が良い。
しかし、カリムもヴェロッサも、生まれ持ったレアスキルのせいで友達の少ない幼少期を過ごしていた。
自分とは違うものに人は恐れるもので、彼女らはその標的となっていた。
それでも俺はカリム達の傍を離れることはしなかった。
孤独な2人に同情してしまった、ということもあったが、なにより俺がカリムに惚れていたというのが大きかった。
周りから疎まれていて辛い筈なのに、それを顔に出さないその気高さに俺は魅了されていた。
彼女を守りたい、彼女と一緒にいたい。そういった想いから俺は彼女と共にいた。
彼女が聖王協会へ入ることを決めると、俺もそれについていくことを決めた。
持ち前の魔法センスでどんどん上へ上り詰めていく彼女に対し、俺の能力は平凡なもので、みんなに付いていくことさえ苦労していた。
エリートの多い聖王教会で俺は落ちこぼれだと蔑まれ、馬鹿にされていた。
それでも教会の中で心も折れずに頑張れたのは、ひとえにカリムの隣に立ちたいという願望があったからだ。苦手分野のトレーニングで体を鍛え続けたし、勉強も上位に入れるよう一生懸命努力した。
……それでも、カリムとの差は開くばかりで俺は周りが見えないほど焦っていた。だが、そんな俺に転機が訪れる。
ある日、テロリストのアジトを制圧するために時空管理局と合同で作戦にあたったことがあった。
制圧任務自体は順調であり、ついにテロリストのリーダーを追い詰めることに成功した。しかしそいつは管理局の魔導師1人を人質に取り、開放と引き換えに自分を逃がすと取引を持ちかけてくる。
管理局も教会もそんな要求は受け入れられないという見解で一致したが、かといって人質の命を無下にできない。そんな膠着状態の中で俺は1つの作戦を思いついた。
俺の能力は周りの景色と同化してステルス化できること。これを使えばバレずに人質達の元へ近づけるかもと思ったのだ。
それを部隊長に提案すると、それを管理局の方へも伝えてくれた。
作戦はすぐに実行されることとなり、俺は極度の緊張感の中、これが成功すればカリムも俺のことを見てくれるかもとも思っていた。
俺に与えられた命令は犯人に近付いて注意を逸らしつつ、突入の合図を送ること。
まずはバレずに部屋の中へ侵入し、犯人の後ろ側へ回ることができた。そこで一安心すると、俺の中に欲が生まれてきてしまう。
ここで人質まで開放できたなら俺はもっと称賛されるのでは、ということ。
だから、俺は合図を送りつつ、無謀にも犯人へと突進した。
人質の開放は成功してリーダーとそのまま交戦することになり、腹に銃弾を受けながらも見事に捕縛することに成功した。
次に目を覚ましたのは病院のベッドの上。
横を見るとそこにはカリムの姿があった。聖王教会に入ってから長い間会話を交わしたことなど無かったのに、久しぶりに見た彼女の姿に正直驚いた。
俺の様子に気が付くと、飛び掛かるように俺に顔を近付けてくる。
『突入作戦で無茶したんですって!?』
『え、いや、その……』
『貴方の部隊長から聞いたのよ。貴方のおかげで作戦は成功したけど本当は危なかったって!』
いつも落ち着き払っていた彼女からは考えられないくらいの取り乱しようだ。
『ご、ごめん。俺も頑張らなきゃと思って……』
『それで死んだらどうするのよ……』
久しぶりだと言うのに、そんなことを思わせない親しげな雰囲気に俺はなんだか安心した。
これでちょっとは彼女も認めてくれたのかもという期待感もあった。
だが、次の彼女の言葉に俺は冷水を浴びせられたような感覚に陥る。
『まったく、貴方に
『……なにを』
『教会での仕事も向いてないって仲間にも言われたのでしょ? 貴方に何かあったら私、貴方のご両親になんて言えばいいか分からないわ』
自分でも才能が無いのは分かってる。同僚にもそれで馬鹿にされてきたが、それだって赤の他人だからまだ我慢できた。
なのに、カリムにまで言われたくはなかった。
『そこまで、言わなくても……』
『言うわよ。だって貴方は──』
『もう止めてくれ!!』
腹部に尋常でない痛みを感じながらも、叫ばずにはいられなかった。
それと同時に俺の中で何か壊れるような感覚に陥る。今思えばそれは心が折れたおとだったのだろう。
驚くカリムを尻目に俺は言葉を続ける。
『俺だって、自分が落ちこぼれなのは分かってるさ。でも落ちこぼれなりにやれることやってきたんだよ……。それをなんでお前らに否定されなきゃならないんだ?』
『ち、ちがっ。私、貴方のこと否定したいわけじゃ……』
『さっき才能がないって言っただろ!? 同僚にだってずっとそう言われてきたよ。……もういいよ。お前に少しでも近付ければって頑張ってきたのに、何の意味もなかった』
『……それって』
『帰ってくれ。もうお前の顔は見たくない』
『ま、待ってサウル! 私の話を聞いて?』
『帰ってくれって言っただろ。……頼むよ』
カリムはまだ何か言いたそうにしてたが黙って帰っていった。
その後、俺は病院を抜け出して宛もなくふらついていた。もう聖王教会にいる理由もない。これからどうして良いかも分からず、先行きの見えない未来に絶望すらしていた。
何をやっても無駄だと自殺が頭をよぎったのを覚えている。
……でも、そんな俺に手を差し伸べてくれた人がいた。それがポルト教会のレノ院長である。
彼は首都から離れた郊外の河原で寝転がっていた俺を見つけて、すぐに俺が途方に暮れていることを看破してくれた。
見ず知らずの俺の悩みを真摯に受け止めて諭してくれた。そして最後に「私の教会で働いてみないか」と提案してくれたのだ。
そのおかげで今の俺がある。
はじめはどうせ俺なんて、と諦めていたのだが、過酷な状況でも笑っている孤児達の姿にこのままではいけないと奮い立たせられた。
それから少しずつ神父らしい立ち振舞いを身に着け、教会と孤児院に馴染んでいった。
「全ての者に救いがある」というレノ院長の言葉をしかと胸に刻み、それを子供達に教えている。
聖王教会にいた頃は考えられないほど充実した毎日を過ごすことができていた。今までのことを全て忘れて新しい生活をしていくのだろうと考えていたのだ
しかし、俺の平穏な日々も終わってしまう。
カリムが、突然訪ねてきたのだ。
全て通話越しで聖王教会の仕事を辞職することを決め、病院で出て以降そこの職員とは誰とも会っていない。一体どうやってこの場所を突き止めたのだろう。
院長やシスターに見られては不味いという思いから、自分の部屋に連れていくことにした。飲み物など何も出すことなく彼女の言葉を待っているといきなり謝罪をしてきた。
『私、本当はあの日サウルに告白しようかと思っていたの……』
『え……?』
『子供のころからずっと。部署は違うけど、貴方がずっと無茶をしていたのは知ってた。それでとうとう怪我をしたのを聞いて居ても立っても居られなくて、貴方にこれ以上傷付いてほしくなかったの……』
カリムは永遠と謝罪の言葉を続ける。その言葉に俺は自分の本音を吐露した。
『俺だって、本当はカリムのことが好きだったよ』
『ほんと? それならまた聖王教会に戻ってきて……? 私、今度は間違えないから。絶対サウルのこと幸せにするから……!』
『それはできない。もう過去の話だからな。お互いもう次の出会いを探した方が良い』
『そんな……。もう一度私にチャンスをちょうだい。お願いだから……』
『この話はもう終わりだ。さっもう帰ってくれ』
カリムはそれでも俺に縋り付いてきたが、俺はそれを振り払った。多少荒っぽくなってしまったが、これでもうここに来なくなるのならと考えてのことだ
しかし、そんな俺の考えとは裏腹にカリムは次の月もやってきた。
今度は俺がカリムの元で働けるように手配したと言ってきて、それで聖王教会へ戻ってくるようにと頼まれた。
俺が断っても、次の月も、また次もと、カリムはポルト教会へ来るのをやめなかった。ある時はお金を直接渡しに来たこともあったが、まるで賄賂みたいじゃないかと強く突っぱねたこともある。
それでもカリムは何食わぬ顔でまたやってきた。
いい加減うんざりしてきたのだが、それに関する対策も思いつかない。直接文句を言いに行ったとて今の俺が聖王教会の重鎮にまで上り詰めた彼女に会えるはずもない。
こちらの根気が続くのか不安になってきた。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ―
前にカリムが来てから一か月ほどが経ったが、彼女は未だに来ない。
そろそろ諦めてくれたのだろうかと淡い期待を持っているが、油断はできない。もう少し待ってから判断しようと思い、教会での業務と子供達への教育に集中している。
「さて、今日の授業はこれでお終いとします。これから自由時間としますが、くれぐれも怪我のないように」
「「「はーい」」」
皆が教室から出たのを確認すると、講壇を降りて俺は自分の肩を揉む。ここへ来てもう1年になったが、教師役が段々と板についてきたような気がする。
聖王教会で馬鹿にされながらも勉学を続けてきた甲斐があったというもの。
自分はこれからどうしようかと考えていると、レノ院長が俺の前にやってきた。
「おや院長」
「お、おお、サウル神父。ちょうど呼ぼうと思っていたところなのです」
「私を?」
「少し、私の部屋まで来ていただけますかな……?」
「ええ、今向かいます」
一体どうしたのかと思いながら彼へ着いていくのだが、どこかよそよそしい。どうかしたのか訪ねてみたもののうやむやにするばかりで要領を得ない。
やがて孤児院の二階にある院長の部屋に着き、彼が扉を開けると信じられないものを見た。
「カ、カリム?」
そこには椅子に座って紅茶を啜るカリムの姿があった。
「ええごきげんよう、サウル」
「いったいどういうことですか、院長」
院長に振り返ると、彼はバツの悪そうな顔をしながらこう言った。
「じ、実はですな、カリム・グラシアさんからこの教会への資金の援助を持ち掛けられたのです」
「資金の援助!?」
「そうよ。このポルト教会への助力することが決まったの。私は今日そのためにここに来たわ」
そんなこと信じられる筈がない。聖王教会が別の宗派に援助するなんてありえないのだから。
「サウルの不安も分かるわ? でも、今日の私は時空管理局の少将としてここに来たの。いくら数が少なくってもここもちゃんと機能した教会。それに孤児の子供達までいるのに時空管理局としては助けるのは当然でしょう?」
「……だったら、なぜそんなことを私に伝えるたのですか?」
レノ院長をにらめば、視線を逸らして俺から逃げた。
「それが……、ここに援助してくれる代わりにサウル神父を聖王教会に来てほしいと言われて……」
そこまで聞いて俺は「ああやっぱり」と思った。
カリムの俺への執着は異常だ。引き下がれと言われて素直にはいと言う性格でもない。
そして彼女がここにいる時点で俺に関することだというのは分かっていた。
だが、こんな強硬手段で来ることはないと信じていたのだ。
俺は院長の襟を掴んだ。
「それで貴方は、あんたは承諾したんだな。あんただけは俺を見捨てないでれると思ってたのに……!」
「わ、わたしだってこんなことはしたくなかった! しかし私達にはお金が必要なのです。財産は増えるどころか減る一方。このままでは我々どころか子供達まで路頭に迷うことになります! 貴方の処遇は保証するとカリムさんは言いました。双方の要求をすり合わせれば悪くない筈です」
「くっ……」
俺はレノから手を離した。彼の言い分は分かる。でも、俺だって必死に考えてはいたんだ。それなのに、彼は俺を切り捨てた。その事実が俺の心を深く傷付ける。
後ろへふらついた俺を誰かが抱きとめた。一体誰かと思ったがこの空間には二人しかいない。
「そういうことです。これからよろしくお願いしますね、サウル」
カリムの声が耳元でハッキリと聞こえた。
カリムの乗る車に同席しながらも俺の視線はずっと窓の外にあった。
例え何を話しかけられても絶対に返事なんぞしないと思っていたが、幸いにもカリムはずっと口を閉ざしたままだ。
二人っきりの車内に沈黙が流れるがそんなことは気にしない。俺はもうこれまでの間に人間不信になりそうなほど消沈していた。
唯一俺を助けてくれた人も俺を見捨てた。これから先に希望も見えない。
そうこうしている内にミッドチルダの首都が見えてくる。ここにはもう戻ってきたくはなかった。それでも地獄の片道切符はすでに切られているのだから、後戻りもできない。
──ならばいっそカリムを殺してしまおうか。
俺の頭をそんな考えが過る。
唯一俺を助けてくれた人も俺を見捨てた。これから先に希望も見えない。
それならどうせ何をやったって同じだ。
俺は、すぐにそれを実行する。
俺が椅子から立ち上がると、カリムは首を軽く傾げた。
「どうしました、サウ──ぐっ!」
覆いかぶさるように彼女を押し倒し、その細い首を締める。
どんどん力を入れるとカリムの脈がハッキリと感じられた。それが弱まっていく感覚も。
これが人を殺すということなのか。全身の毛穴がブワッと広がるのがわかる。
──ざまあみろ。俺の人生をめちゃくちゃにした罰だ。
そんな怨嗟の声を頭の中で叫びながら、俺は力を振り絞った。
そこでふと、カリムが全く抵抗しないことに疑問を持つ。殺されそうになっている時、普通は無我夢中で暴れるのではないのだろうか。
それが気になった俺は彼女の顔を見た。
――彼女は笑顔だった。
それは微笑むようなものではない。獲物を見つけた時のような、もう絶対に離さないという強い意志を感じる獰猛な笑み。
恐怖を感じた俺は手を緩めてすぐに飛び退いた。
「ゲホッゲホッ!」
自由の身になったカリムがせき込む。それでもその瞳は俺をしっかりと捉えている。
「ケホッ……どうしたの? 私を殺さないの? ほら、もう一度首に手を回して?」
そう言いながら尻餅をついている俺に近付いてくる。
「ヒッ、やめてくれ……」
「どうして? ようやくサウルが私を見てくれたのに、やめたら勿体ないじゃない。貴方の熱がまだ私の首に残ってるわ。殺してもいいのよ? その代わり私を――」
――忘れないでね。
カリムの声が社内に響く。その表情はまるで子供をあやす時のように優しい。
異常すぎる。
昔はこんな女性ではなかったはずだ。
一体いつから彼女は変わってしまったのだろう。
そこまで来て、俺はようやく彼女から逃げることは決してできないのだと悟った。
・
・
・
掴まれた首にまだ熱を感じる。
苦しかったけれど私の体には幸福感が駆け巡っていた。だってようやく彼が私を見てくれたのだから。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
彼が与えてくれるものは何でも嬉しい。
ここまで来るのに1年も掛かってしまった。
あの教会にいる間、彼の視線は私に合うことはなく、もう別の新しい人生を謳歌してる姿に私は身が引き裂かれそうな想いでいっぱいだった。
このまま別々の人生を歩む? そんなのは嫌だ。
私の隣に彼がいない未来なんてありえない。彼は私にとって唯一の本当に心を許せる相手なのだから。
彼だけは私の傍にいてくれる存在でなくてはならない。
子供の頃、私は自分のレアスキルで周囲から浮いていた。先のことを当ててしまうものだから、気味悪がって同年代の子供は私から離れていった。
それが悲しくて、心を閉ざしてしまいそうになった時に、彼と出会ったのだ。
彼は私を優しく慰めてくれた。それに彼は周囲から私を守ろうとしてくれた。ポルト教会での子供のあやし方を見てれば、彼が穏やかで慈しみに溢れた人間なのがよく分かる。
そんな彼のことを好きにならない筈がない。
だからこそ彼が私と一緒に聖王教会へ入ってくれた時は嬉しかった。これなら彼の様子を見ながら仕事ができる。
助けてくれた彼に恩返しをするために、私は自分の能力のできる限りを使って昇進に時間を費やした。
全ては彼との安定した結婚生活を送るため。
私には未来を見通すレアスキルを持っていたからこそ、その力で彼と一緒に過ごす景色を見た時は嬉しくて舞い上がりそうになっていた。
必ず当たるというものでもなかったが、そうなるという確信があった。
聖王教会に入ってしばらく経てば、私は教会の中でも結構な立ち位置に立つことができていたから、それなりのお金も溜まっていたのだ。
それさえあればどうとでもなる。彼との夢の生活までそう遠くないと思っていた。
……でも、私は浮かれてて彼のことを全く見ていなかった。
私は彼が部隊員の仕事に向いてないと言われてるのを風のうわさで聞いていたたけだった。彼が罵倒されながら陰で努力していたというのも知らずに。
だからだろう。私は彼が怪我をした時に居ても立っても居られなくて、病院に直行していた。
そこで久しぶりにみた彼の姿は幾分かやつれていて無理していたのが見て取れたから、ついホッとした私はつい聖王教会を辞めることを勧める。
「無理してまで聖王教会にいる必要はない。魔法を使えなくても貴方の魅力はもっと他の職業でもいかせる」、とその程度のニュアンスで彼を宥めたつもりだった。
彼はコンプレックスを抱えながらもなんとかそれを克服しようとしていたのに、私がそこを刺激するなんて夢にも思わなかった。
失敗した。
間違った。
彼に嫌われた。
その事実は私をどん底に落とすのに十分だった。私にとって彼が全てなのに、それがなくなったらどうすればいいのかと何度絶望したかわからない。
だ か ら こ そ 今 度 は 間 違 え な い
彼の居場所を突き止め、彼の居場所が私のところだけになるよう準備し、ポルト教会の買収も水面下で進めていた。
本当は彼の意思で戻ってほしかったから、長時間かけて説得しようとしていたのに、彼の意思は固かった。
こうと決めたらどこまでもまっすぐに進む姿も素敵なんだけど、それは私の元にいればこそ輝いて見えるものだ。
もはや彼の自由意思は関係ない。私の隣にいてくれればそれでいい。
今度は常に私が彼を見ていられる場所にいてもらおう。
今度は常に私と行動を一緒にしてもらおう。
もう失敗はしない。
私には未来は見える。もし彼との生活に不穏な影が見えたなら、私の権限の全てを使って排除する。
それが私が彼に与えられる唯一の幸福だ。
好きな人にならたとえ殺されても何されても良い系女子のカリム・グラシアでした。
カリムの性格って正直いまいちわかってないんですよね……。
なのになぜ彼女を選んだかというと、とある漫画の一場面を真似して書きたくて、教会関係の人間をピックアップしたかったのでカリムに白羽の矢が立った次第です。
なんか個人的にはあまり納得いかない出来なのであとで修正するかも。