先日の事件における捜査報告書作成が一区切り付き、僕はため息を吐いた。
今回の件はとある団体への強制捜査。
元々時空管理局への抗議活動を行ってきた人々ではあったのだが、近年行動が過激になってきて遂には傷害事件まで起こした為、やむを得ず実力行使に出ることが決まった。
そこでミッドチルダから離れた世界の地上本部の要請により、僕の上司である執務官が現場の指揮を請け負うことになって今に至る。
長期戦になることも想定していたけれど、執務官の彼女はあっという間に事件を解決してしまった。とは言っても未だ捕まっていないメンバーの洗い出しや別組織との関係性の有無などの事後処理があるため、僕達は未だ本部から拝借した部屋に残っている。
なので捜査報告書も全て終わってから書き始めれば良いんだけど、こんな仕事をしているにも関わらず、僕は他人と接するのが苦手なのだ。
対人恐怖症とまでは行かないが、正直あまり人前には出たくない。そんなこともあって、すぐ本局に戻れるようにと準備できるものから早めに片付けるようになった。
上司に確認してもらうため、僕はパソコンから目を離して後ろへ振り向く。
「フェイトさん、先日の分までの報告書ができました。その他に頼まれていたファイルも纏めましたので見てもらえますか?」
二人しかいない小さな空間の中で僕の言葉に反応したのは、絹のように美しい金色の髪を持ち、慎ましやかにしていても尚隠しきれない輝きを持つ女性。
フェイト・T・ハラオウンと言えば時空管理局で知らない人間はいないだろう。
「わあ、ありがとう。ちょっと待ってね。……うんうん、丁寧に纏められてる。ほんとアベルは仕事も早いし丁寧だね」
「いや、そんなに大したことはしてませんから」
「もう、そうやって謙虚すぎるのはアベルの悪い癖だよ?」
「あ、頭を撫でないでください……」
彼女の艷やかな手が僕の髪に優しく触れる。フェイトさんよりも少し年下とはいえ、こんなことをされるのは非常にむずがゆい。
こうして接してくれるのは、彼女に親しい人と認められているんだと思えば嬉しくもあるが、それはそれだ。
「えー? そんなに嫌がらなくても良いのに」
などと考えていたら、今僕が立てないのをいいことに後ろから抱き着かれた。甘い香りが鼻を通ってそろそろ理性が不味い。早急に立ち去ろう。
「恥ずかしいので……。もう僕は仕事を切り上げようかと思いますがフェイトさんは?」
フェイトさんが僕から離れて時計を確認した。
「あ、もうこんな時間なんだ。アベルが優秀なおかげで私が今やることもあまりないし、アベル1人だと危ないから帰ろうかな」
「まだ仕事が残っているのなら僕の方は大丈夫ですよ? 電車に乗ればそれほどホテルまで時間もかかりませんし」
「良いの良いの。私がしたいことなんだから車で送らせて、ね?」
彼女の部下になってから、彼女は僕と現場で離れて行動することを嫌う。それがどういうことを意味するのか分からないほど、鈍感にはなれない。
どっちにしろ断ることもできなさそうなので、ここはフェイトさんの提案に素直に乗ることにしよう。
「じゃあ、お願いします」
「うん。それじゃあ行こっか」
フェイトさんに差し出された手を取ると、僕は
彼女の車に乗って向かうのは地上本部の手配したホテル。宿舎にはもう空きが無いということなので、僕とフェイトさんそれぞれ一室使わせてもらう形でそのご厚意に甘えさせてもらうことにした。
地上部隊の人々と直接会わずに済むということで、僕にはとても都合が良い。
右側の窓から太陽が山の影に落ちていくのを眺めているとフェイトさんから話しかけられた。
「アベルが私のところに来て半年になるんだね。なんだかあっという間な気がしちゃうよ」
半年。もうそんなに経ったのか。
「たしかに、フェイトさんのところに来てから目まぐるしい日々だったので僕も時間の感覚がおかしくなってますね」
「あはは。お仕事の方は慣れた?」
「はい。と言ってもフェイトさんの役に立てているか、ちょっと自信は無いですが……」
タハハ、と冗談めいた自己否定をしてみると、フェイトさんは前を見ながら首を横に振った。
「ううん、アベルはすごく頑張ってるよ。事務処理だったら私の出番もないくらい。違う部署に引き抜かれたら私は嫌だなぁ」
「そう、ですかね…? い、いやぁ、どっちにしろこんな体じゃフェイトさん以外に使ってくれる人なんていませんよ」
彼女の真っ直ぐな称賛が嬉しい。でも、同時に照れくささも感じてしまって反射的に言葉を吐き出してしまった。
……フェイトさんは突然車を路肩に急停車して体を僕の方へ向けると、両手で肩を掴まれた。
「ごめんなさい! そんなつもりで言ったわけじゃないの……! アベルは仕事熱心ですごく優秀だし小さなところまで気が利いて人に避難されるような性格じゃなんだからそんなに自分を卑下しなくても良いんだよって、そう言いたかっただけなの……!」
いつものような落ち着きは消えて、例えフェイトさんを深く知っている人達でも見れば驚くほどの取り乱しようだ。またやってしまったと思ってももう後の祭り。動揺を抑えつつ何とか彼女を宥める。
「お、落ち着いてください、フェイトさん。そう言ってもらえて嬉しかったですし、僕も気にしてませんから」
「駄目だよ! アベルは優しいからそう言うけど、私のせいで……。酷い人間だと思われてるかもしれないけどアベルの望むことなら何でもするから、困ってることがあったら言って? 私から、離れないで……?」
フェイトさんが捨てられそうな子犬のような目で僕を見つめて来る。
違う。捨てられないように努力すべきなのは僕の方だ。
「そんな心配しないでください。むしろフェイトさんには感謝しないといけませんから。おかげでまだ局員として働けていますし、フェイトさんと一緒にいられるから僕も頑張れてるんです」
「……ほんと? 本当にそう思ってくれてる?」
「はい、もちろんです」
触れてしまいそうな距離にある彼女の瞳はまだ揺れ動いているけれど、冷静になってくれたようだ。
「そっか、アベルがそう言うのなら……。あっ、肩掴んじゃってごめんね……。痛くない?」
平気だと言う僕の言葉に、フェイトさんは運転席に座り直して車を再び動かす。ホテルに着くまでの間、僕達の間に会話は無く、少し重い空気が車内に充満していた。
ホテルに着いた後、僕達は1階の食堂で一先ず食事をすることにした。先程のことがあってか、フェイトさんの態度はどこかよそよそしい。
執務官はその職務の性質上、一般局員よりも上の立場で仕事をするものだから驕る人も多い中、彼女はそういった人達とは真逆の人間だ。他人のことを自分のことのように悩み、寄り添おうと務める。そんな度が過ぎるほどお人好しな性格であるためか引き寄せられる人が多いし、僕もその内の1人だ。
そんな彼女だけれども、ある拍子に僕の話題を出すと途端に精神が不安定になってしまう。フェイトさんと僕が出会うことになったきっかけ。そのことが彼女にとって、酷く心に突き刺さってしまったようなのだ。だとしてもフェイトさんには僕のことでそんなにも気に悩んでほしくない。
僕のことは、彼女のせいじゃないのだから。
食事を終えると僕達はそれぞれの部屋に戻った。こっちの世界の食べ物にも慣れたが、そろそろフェイトさんの手料理も恋しくなる。
本局にいる時は食事の時間になると、彼女自らが料理をしてそれを仕事場で振る舞ってくれていた。忙しいのだからそこまでしなくても、という僕の意見に彼女は「アベルが私の分まで頑張ってくれるから、そのお礼だよ。それに、美味しい料理作れるように練習したいの」と言うので僕も断りづらい。
そういうところが彼女に甘えているのだと考え込むのだが、フェイトさんと談笑しながらの食事が楽しいと思うのもまた事実だ。
僕の両親は管理局とはあまり交流のない世界にいる。僕はたまたま魔力があったことで管理局から勧誘されたことから魔導師になった。そこそこ給料は良かったし、それで家族へ仕送りできるくらいの余裕もあったから局員になったことに後悔はないと思う。
周りが知らない人だらけでも平気だと考えていたが、フェイトさんみたいに世話を焼いてくれるお姉さんといると、自分がまだまだ子供であると自覚させられる。
シャワーを浴びた後、バスローブに着替えた僕はソファに座って息を吐いた。視界に自分の左足が映ったので試しに太ももをつねってみる。鋭い痛みは無く、ただ感覚が遠くにあるのを再認識するだけだ。
こうなったのは1年前。そこで僕はフェイトさんと初めて出会った。
現在僕とフェイトさんが担当しているような、反管理局組織のアジトを制圧する任務の時である。彼女は部隊を統括する執務官として、僕のいた部隊へとやって来た。
整列している僕らの前で挨拶する彼女を見て、僕はとても綺麗な人だと見惚れると共に、まだ若いのに場馴れした雰囲気を漂わせる姿から素直に尊敬の念を抱いたことを覚えている。
とは言ってもその時点で彼女と僕の間に何か特別なことがあった訳でも無い。誰からも尊敬されるようなエリートと、大勢の局員の中の1人の平凡な魔導師という、彼女から認識されてるかも怪しい距離だったのだから。
それでも他の仲間と違ったのが、僕に指揮官の護衛として彼女に近い位置にいたこと。
指揮官という立ち位置ながら最前線で犯罪者達をなぎ倒していく姿は鮮やかなもので、自分の常識の枠外にある光景はまるでフィクション映画でも見せられている気分であった。そんな中でもその場その場の指示は的確に行い、短時間でアジトの制圧を終えてしまったのだから称賛の言葉以外出てこない。
敵に動く者がいなくなると、フェイトさんは彼らを逮捕するよう全員に伝えた。結局僕は全く出番無く任務が終わってしまったが、少しでも彼女に良いところを見せたくて警戒を怠らなかった。
そこで僕は気付いてしまう。気絶した振りをして倒れている1人の犯罪者が密かに拳銃で彼女を狙っていたのを。
周りの仲間も気付いておらずフェイトさんからも完全に死角の位置にいて、動けるのは僕だけだった。でも発砲を止めるには時間が足りなくて、僕にできたのは犯罪者とフェイトさんの間に飛び出すこと。
『危ない!!』
『――え?』
部屋中に響く轟音と共に、体が勝手に飛び上がるのを感じながら僕は意識を失った。
次に目を覚ましたのは病院の個室。頭の中に鉛でも入ってるような気だるさを振り払うようにベッドから起き上がろうとすると、何故かいつものような動作ができなかった。
驚きながら手足へ力を入れれば右側は全く問題なく動作した。でも、左腕は自由に動かせるとは言い難く、左足はどれだけ力んでも僕の命令を聞いてくれなかった。
それがどういうことなのか理解した途端に、呼吸が急速に乱れていく。ベッドの横に置かれた機械がアラームを鳴らすと、看護師や医師が入ってきて僕の体を押さえつけながら鎮静剤を打たれた。
落ち着いた後に医師から聞かされたのは、僕がフェイトさんをかばったことで命に関わる重症を負ったこと。そして二度と魔法を使えず、一生左半身に障害が残ること。
僕が受けた銃弾は2発。それらは僕の右脳と、リンカーコアのある胸部を貫通した。リンカーコアは破壊され、右脳も再生治療を試みたものの完全な修復は不可能とのことらしい。
もう普通の生活が送れないと分かって、僕は何度も泣いた。現実を悲観するあまり自殺未遂を行ったこともある。
入院してから2周間。面会が開放されると部隊長が見舞いに来てくれた。厳しい人だが、それでも部下の悩みに親身に付き合ってくれる人格者で、僕が五体満足とは言えずとも生きていたことをとても喜んでくれた。
行き詰まりそうな病室にこもっていたものだから、彼との会話で心が幾分か明るくなる。
それから毎日顔を出してくれたが、数日経つと僕へ残酷な事情を打ち明かした。すなわち部隊にはもう残れないということ。
魔導師としてはもう使い物にならず、仮に魔力が無くても五体満足で事務のできる人間なんて、この次元世界を見渡せば無尽蔵にいるのだ。咄嗟の事態にも対応できるよう、僕のようなものは地上部隊で働けないことになっている。
障害者を雇用する部署もあるだろうが、魔導師として戦えた時とは給料の差は歴然であろう。それでは生活もままならない。隊長には条件の良い職場を探してみると約束されたが、それもいつのことになるか分からなかった。
迫ってくるような不安に駆られる日々を過ごすだけだったところに、不意に変化が起きる。
その日のリハビリを終えて病室へ戻ろうとすると、僕の担当の看護師とは違う人が僕へ駆け寄って来て、お客さんが来ていると言われた。
隊長だろうかとリハビリ室の入り口へ目を向けると、僕は信じられないものを見てしまう。
……そこにいたのは、もう二度と会うこともないと思っていた彼女の姿。
松葉杖で彼女へ近付いて一体どうしたのか聞くと、ここではなんだからと中庭に移動することになった。
芝生の生い茂る中にあるベンチへ、フェイトさんが僕を座らせると彼女は立ったまま頭を下げる。
『……ごめんなさい! 私は、貴方の多くのものを奪ってしまった』
彼女のような立場の人に謝られるとは思わなくて、僕は一瞬思考が停止した。それから慌てて頭を上げるようにお願いする。
『や、やめてください。貴方が謝るようなことしなくても……』
『だって、私がもっと周りに目を向けていたら貴方がこんな目に合うこともなかったんだよ……?』
『いやそれは……、そもそもあれは僕がやったことですし、ハラオウン執務官が責任を感じなくても良いと思います』
『……どうして? 貴方は、私を恨んでないの?』
フェイトさんの『恨む』という言葉。正直そんなのはその時まで考えもしなかった。
『いえ、あれが最善だと今でも思いますし、結果としてこんな体になっちゃいましたが、僕は貴方を恨んでいませんよ』
少しだけ思考しても、やっぱり彼女を非難しようとは思えず、本当のことを言ったつもりだったが、彼女は涙を流してフルフルと首を横に振る。
『そんな、貴方は私を非難しても良いんだよ……? 貴方が言うことなら私、何でもやるよ……? 腹いせでも何でも、私にぶつけたほうが楽になれると思う』
『そんなことする必要ありません。自分がしたことの責任を貴方に押し付けたら、すごくかっこ悪いじゃないですか。なんて』
今考えてもクサい台詞だと思う。でも、あの時は自分のことよりもフェイトさんが泣いていることに耐えられなくて、心で思ったことをそのまま話していた。
僕の言葉に、フェイトさんは驚いた仕草を見せる。それから少しだけ肩の力が抜けたようで、僕の隣に座った。
『そんな風に返されるなんて、思ってなかったなあ。――あの、貴方の上司の方に聞かせてもらったんだけど、お仕事のことで困ってるんだよね?』
『……ああ、はい、その通りです』
フェイトさんの言葉で、また非情な現実を思い出すこととなった。でも、彼女は俯きながら当時の僕にとって予想できない提案をしてくれた。
『じゃ、じゃあ私のところに執務官補佐として来てくれないかな? 仕事が追いつかなくなってきてそろそろ人手がほしいなって思ってたところなの』
『え、それは……』
彼女の意図はすぐに分かってしまった。執務官の職務を一般局員に任せられる訳がない。いくらお金に困ってるとはいえ、彼女が負い目で提案したことに素直に「はい」と答えられなかった。でも、彼女はその日初めて笑顔を浮かべて、それに僕はドキリとしてしまう。
『これは私からのお願い、というよりも我儘かな? 貴方のような優秀な人を手放したくないから、その提案』
あんな言い方をされて、返す言葉が見つからなかった。幾分か明るい声で自分からの要望だと話されたら、体の障害を言い訳には使えない。
数分悩んだ結果、僕は彼女の下へいくことをその場で決めてしまった。
そうしてリハビリが終わると、フェイトさんが来てあっという間にミッドチルダへの引っ越しが終わる。フェイトさんから自分と一緒に住まないかと提案されたが、それは流石に気が引けて近くのアパートを借りることにした。
執務官の仕事はやはり密度も質も今までとは別物で、体がうまく動かないことで彼女に多大な迷惑を掛けてしまったが、フェイトさんは気にしなくても良いよと言ってくれるので、それが逆に申し訳なく思い必死にやるべきことを覚えていった。
たまに深夜までこっそり職場に残っているのがバレて怒られもしたが、今となってはそれも減ってきた。彼女とのひどく穏やかな日々が、少しでも長く続けば良いと密かに思う。
朝になって着替え終えた瞬間、出口のドアをノックされる音がした。
ちょうど良いタイミングに、僕は足を引きずりながら扉を開ければ、そこにはもう支度を終えたフェイトさんの姿があった。
「おはよう、アベル。夕べはよく眠れた?」
「おはようございます。もう慣れましたから平気ですよ」
「それは良かった。じゃあ朝ごはん食べちゃおっか」
「はい」
彼女がいつも通りの様子でホッとする。やはり元気な方が僕としても嬉しい。
フェイトさんに肩を貸してもらいながら移動して、そのまま地上本部へ仕事に向かう。軽く談笑を交えながら事務を行っていると、あっという間に昼の時間になっていた。
フェイトさんはもう少し掛かるとのことだったので、先に基地内の食堂に向かうと、扉を開ける前に中の会話が聞こえてきた。
「良いよなあ。なんであんな欠損野郎が美人執務官の補佐なんてやってるんだよ」
「ホントだぜ。あんな奴よりも俺らの方がよっぽど仕事できるわ」
「どうせ同情を誘ってねじ込んでもらったんだろ?」
……久しぶりだ。
本局にいるとあまりそういう会話は耳に入ってこなかったので、少し忘れていた。
医療技術が格段に進歩したこの時代、身体に障害を抱える人は減っている。多数派が少数派を迫害、差別するのが人間の性というもので、障害者への風当たりは更に強くなっていった。
自分の結末には納得してはいるものの、他人からの悪意には慣れることができず、結果的に人との付き合いを極端に減らすようになってしまった。
フェイトさんとの時間が長く続けば良いというのも、彼女が僕を差別しないでいてくれるからだろう。どんどん気分が沈んでいくのがわかる。
彼女に対してひどいことを考えてしまっているようで、僕は思考をシャットアウトした。
扉にかけた手を降ろし、別棟にある購買部へ足を運ぶ。いくつかパンを買った後仕事場へと戻った。
「戻りました」
「あれ、早かったね?」
「……ええっと、食堂が混んでたのでこっちで食べようかなって思ったんですよ」
「……そっか」
振り向いた彼女に心臓が跳ねたのがわかる。何でもないように取り繕うと、特に言及もされなかったのでホッとして自分の机に腰を降ろした瞬間、
「――何か言われたんでしょ」
また心臓が跳ね上がる。驚いて振り向けばフェイトさんが僕の顔を覗き込んでいた。すると、彼女の手が僕の頬に触れる。
「酷いよね。アベルのこと何も知らない癖に、どうして平気でいられるんだろうね」
「でも、それは、……足が不自由なのは本当のことですし」
「だから差別しても良いの? そんなのおかしいよ。私がアベルを守るから何も心配しないで」
フェイトさんの手が僕の後ろに回って抱きしめられた。けれど、そんな優しさも今の僕には辛いだけだった。
「そこまで思ってもらわなくても、良いです……。補佐官になれたのはフェイトさんの同情があったからですし、自分がフェイトさんと不釣り合いだって、分かってますから」
僕の言葉にフェイトさんは若干目を丸めた。
冷静じゃないから普段秘めている不安を吐き出してしまった。
「アベルは、私といるのは嫌?」
しかし、彼女は予想外な質問を返してきた。
「え、そんなことはありません! フェイトさんといると楽しいですし、ずっと隣にいられたらなあって、……あっ」
そのせいか、密かな想いもつい吐き出してしまう。
「そっかぁ。――良かった」
「え……、っ!?」
フェイトさんがフワリと笑ったかと思うと、彼女の唇が僕のに触れた。今までにない距離に僕の頭が真っ白になっていく。
どれくらいの時間そうしていたか分からないけど、彼女の方から静かに離れていった。
「同情とか罪悪感だけで、私はこんなことしないよ」
「な、なんで……」
未だにドギマギしている僕に対して、フェイトさんはまた微笑む。
「ずっと好きだった。けど、アベルを傷付けた私が傍にいても良いのかなって、ずっと不安だったんだけど、アベルの本音が聞けたことが嬉しくて」
「僕なんかで良いんですか……?」
「それはこっちの台詞だよ。アベルが私のこと本当に想ってくれるなら、ずっと一緒にいたい。駄目かな……?」
そんな想いを聞かされて、応えない訳にはいかない。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ―
事件の後処理を終えた後、僕達はミッドチルダに戻っていた。向かったのはいつものアパートではなく、非常に大きな家。ビル街から少し離れた場所に立つここが、僕とフェイトさんの新しい住居だ。
フェイトさんからの告白に答えた後、彼女はすぐに新居の建設を頼んだらしい。
図面や建設予定地など全ての用意が終わっており、綿密に計画されていたことに若干ドン引きした。でも彼女のような女性にそこまで愛されているのだと思えば、嬉しくもある。
そんな彼女の気持ちに応えられるよう、僕も強くなりたいと思った。
僕は普通の人にできることができない。でも、普通の人にできないことができるかもしれない。それがどういうことなのかまだ分からないけど、いつかフェイトさんの横に立つのに相応しい人間になりたいのだ。
まだまだ辛いこともあるけれど、2人で生きていけばどんな未来でも不安なことはない筈だ。
「ねえ、アベル」
フェイトさんが僕の横に立つ。
「結婚式はいつにしよっか? 子供は何人ほしい? その前にアベルのご両親にも挨拶しなきゃね。あ、その前に現場に出る機会も減らさなきゃなぁ。そもそも管理局辞めちゃおっか? 自営業にすれば私達のペースでお仕事できるもんね。それと――」
「…………」
やっぱり、少し不安かもしれない。
・
・
・
彼のいる病院へ行った時、私の心は罪悪感でいっぱいだった。
現場で彼の声で振り向いた時、その直後に浴びた血の熱さを、今でも忘れられない。
彼の左足を奪った。彼の人生を奪った。……彼の幸せを奪った。
彼に私のところへ来ないかと提案しようとしたのも、後ろめたさに耐えきれなかったから。彼に恨まれ続けても良いと思ってた。
だというのに、彼は私を恨んでないと言ったのだ。
『自分がしたことの責任を貴方に押し付けたら、すごくかっこ悪いじゃないですか』
彼が毎晩泣いていたことを知っている。だって面会には毎日行こうとしたから。それなのに、彼からの非難を恐れてあと一歩が踏み出せなかった。
だから、彼が人生を悲観していることを上司に話していたのを聞いて、胸が締め付けられそうになった。それを何とかしたくてどうにか足を進めたのに、彼からの意外な言葉に逆に私が助けられた。
とても強い人だと思った。なのはや皆に支えられて生きてきた私なんかよりもずっと。
だからこんな卑怯者の私が彼の助けになれればと考えて、提案という形に変更して彼を私の職場へ向かい入れることにした。
彼と働くようになってから、真面目なのは分かっていたけれど気さくな面もあって、会話するのも楽しい。
執務官の仕事で迷惑になってはいけないと、一生懸命に学ぶ姿に私の心も揺れ動かされて、同時に愛おしく思えてしまう。なんだか仕事だけの日々に色が付いたような気がした。
彼の救いになりたいと思って招き入れたのに、私の方が段々と彼に惹かれていくのを自覚することになる。
このまま穏やかで楽しい毎日が続けば良いなと思っていた矢先、彼への陰口を聞いてしまった。
――許せない。
彼がどんな思いで今まで生きてきたか知らない癖に。彼がどんなに優しい人なのか知らない癖に。
そこで私は自分の本心を自覚することになる。
なんてことはない。私はアベルのことを好きになっていただけ。いつからそうだったのかなんてもう分からないけど、きっと病院で彼の言葉を聞いてから、それはもう始まっていたと思う。
彼といるのは楽しい。彼との日々を守りたい。彼から嫌われたくない。でも他人がアベルを汚すのはもっと嫌。だから、邪魔なものは排除しちゃおう。
そう考えると、私はもう行動に移っていた。
そうやって、少しずつ本局から彼を罵る人間を減らしていった。おかげでアベルの様子もとても落ち着いている。
これで安心だと思って油断していた。
管理局への抗議団体を鎮圧するために、地上へ降りたある日、アベルの顔色が優れないことにすぐ気付いた。いつも彼の様子に細心の注意を払っていた私だからこそだ。
少しだけカマをかけると、彼の表情が変わるからわかりやすい。そういう素直なところが可愛いんだけれども。
でもアベルを傷付ける人間は許してあげない。
ミッドチルダに戻った後、アベルには内緒でそいつらには罰を与えた。
アベルがこんなことを知れば、きっと彼は悲しむだろう。けどアベルを守れるのは私だけだ。アベルが望まなくても、私は一生を掛けて守り続ける。
命を掛けて守ってくれたアベルは、私だけの王子様。永遠の愛を彼に捧げよう。
他者排除系? のフェイトでした。
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