病んで愛して魔法少女!!   作:ガラン・ドゥ

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夜月の下で甘い誘惑を(前)

 朝日が瞼の上に落ちてきて意識が浮上してくる。自分の体を起こして横を見れば、隣で寝ていた住人の影はない。

 俺も寝室を出てリビングに歩いていくと、そこには先客が空腹に響く匂いを漂わせて立っていた。

 

「おはようアイシャ」

「あっおはよ、ロト」

 

 俺の声に明るい色をしたロングヘアーの女性が振り向く。名前はアイシャ。昔からの幼馴染で、今は俺と恋人同士でもある。

 顔を洗ったら良いタイミングで朝食ができたので、一緒に皿をテーブルに運んだ。その間も鼻歌混じりで嬉しそうなのが伝わってくる。

 

「昨日から機嫌良いよね。なにか良いことあった?」

「あっ分かっちゃうー? 昨日の中間試験ですごく良い評価もらえたの!」

「ああ、もうそんな時期か」

 

 彼女は医者の卵、ということになる。研修医として近くの病院で勤務しているが、2年の研修期間の中で合計6回の評価試験を受ける決まりだ。そうなれば次で最後になる。

 彼女が幼い頃からどれだけ努力していたのか知っている俺には、心配をすることもない。

 

「あと一歩だな。試験が終わっても忙しいんだろ? 後片付けは俺がしとくからアイシャは先に行ってても良いよ」

「え、良いの!? でも、ミッドチルダ随一の『騎士様』に皿洗いをさせても良いのかなー」

「……恥ずかしいんだからあまりそれを言わないでくれ」

 

 ニヒヒと笑いながら覗き込む彼女にため息を返した。

 ベルカ式魔法を扱う魔導師の中で、優れた能力と実績を持つ者には特別に『騎士』の称号が与えられる。

 俺もつい昨日、今までの功績が認められ、レジアス中将自らの手で与えられたのだが、どうにも周りの人間の変化に付いていけそうになく、あまり話題に出してほしくないというのが率直な気持ちだった。

 

「いやーすっかり有名人だもん。でも今日のところはお願いしちゃおっかなー。それじゃあ行ってきまーす!」

 

 彼女は笑顔で玄関を飛び出ていく。昔からそうだった。自由で掴みどころがなくて、だからこそ彼女を捕まえてみたいと思ってここまで来たのかもしれない。

 何か恥ずかしいことを考えている気がして、前髪をかきあげて気持ちをリセットすると、自分の身支度も整えた。

 マンションを出て移動すること数分、仕事場である陸士108部隊の基地が見えてくる。中に入ってすれ違う人々に挨拶しながら自分の事務所へと向かった。

 

「お、噂の騎士様のご出勤じゃねえか。昨日帰ってからどうだったよ?」

「おはようございます、ゲンヤ隊長。……あんな人だかりができるなんて初めてでしたよ。二度と経験したくはないですね。挙句の果てには彼女にまでからかわれる始末で」

 

 自分の机に荷物を降ろしながら、上司であるゲンヤ・ナカジマ三等陸佐へ愚痴を吐く。どうも今回の授与式にはこの人の口添えもあったらしく、少しの嫌味も添えておいたのだが、豪快に笑い飛ばされてしまった。

 

「いやぁ、実力ある奴には相応の名声は必要さ。今じゃ海でもお前に勝てる奴なんざそういねえよ。俺もそろそろお前に席を譲って引退かねえ」

「何を言ってるんですか。冗談でもそういうことは控えてください」

 

 海に比べると厳格な規律が敷かれている陸において、ゲンヤさんは非常に珍しい人間だろう。厳しいが、それ以上に部下思いで、俺にとってみれば理想の上司といえる。

 この人のことだから本気でやりかねないのでしっかりと釘を差しておく。

 

「全くの冗談でもねえぞ? お前みたいな奴が先導切ってくれりゃあ、若い連中の士気も上がる。閉塞的な地上部隊には新しい風が必要なのさ」

「自分はそんな器じゃありませんよ。それに、上に立つ人間なら、正にはやてが適任でしょう。世渡りも覚えてきて聖王教会からも声を掛けられたそうじゃないですか。……そのはやては?」

「お前とすれ違いで訓練所の方に行ったぞ。今日は1日訓練だからその準備だよ」

 

 真っ先に俺達の元へ来る少女が見当たらないと思ったら、一足先に訓練場へ向かっていたらしい。

 

「一声かければ良いものを……。では自分もそちらに向かいます」

「おう、任せたぞ」

 

 ゲンヤさんに背を向けて俺も訓練場へ足を運んだ。

 20平方km程の広大な平地の片隅で、艷やかなブラウンの髪色をした少女が、肩の横にいる融合騎と飲み物やタオルなどの休憩時の用意をしているところだった。

 俺の足跡に気が付くと、ひと目で優しい女性だと分かる温和で、非常に整った顔立ちが振り返る。

 

「あっ、ロト君おはよう!」

「おはようございますです」

「ああ、おはよう」

 

 八神はやて。闇の書の最後の主として、彼女は良くも悪くも有名だった。

 彼女にとってはあまり良い思い出ではないだろうが、今考えることでもないので、重さでバランスを崩しそうな手からダンボールを奪った。

はやては少しだけ前のめりになるとキョトンとした顔をし、それに少し笑うと俺は併設されている休憩所を兼任したモニタールームに荷物を運び始める。

 

「あ、ありがと」

「どういたしまして。でも、こんな量あるんだから他の男にも声をかければ良いだろうに。はやては昔から何でも1人で頑張りすぎだ」

「うーん、でも私が勝手にやってることやし……」

 

 はやては違うに荷物を持って慌てて隣に来て一緒に歩く。はやての言葉に、俺はそんなことはないと思った。

 はやてはまず自分から動く、ということを念頭に置いている。そうしないと他人の心も動かないとわかっているのだろう。

 しかしそのおかげで彼女への協力者も随分と増えた。真っ直ぐなのは彼女の美徳と呼べるが、それが心配になる時もあるのだ。

 

「それなら俺だけでも事前に連絡してくれれば良い。同い年なんだから気兼ねなく誘えるだろ。俺はお前といる時間が好きだよ」

「――えっ。あ、あの、それって……」

「……待って、失言だった。はやてとは長い付き合いだからな。俺としても本音で語れる数少ない友人だと言いたかっただけ。他意はないよ」

「……そ、そうやろね! あーびっくりしたわ~」

 

 そういう割にはなぜ少し残念そうなんだ? 俺に彼女がいることは知ってるよな? そもそも2人は顔見知りだよね?

 

「なるほどぉ。騎士になってしまうレベルの殿方は、息を吸うように女の子を口説いてしまうんですねぇ」

 

 そこのおチビ融合騎、聞こえているぞ。そういうのは俺がいない場所で話してくれ。

 

 

 

 全員揃ったことを確認した俺は訓練を開始する。初めは基礎的な魔導師の動きの練習。

 動くターゲットを飛びながら狙う訓練。陸戦魔導師にはホログラムで遮蔽物に囲まれた状態で、動きながら出てきたターゲットを破壊するプログラムを用意している。

 動く対象を動きながら魔法を命中させるというのは難しいもので、ターゲットに上手く当てられずにいるのも何人か見える。しかし厳しいようだが、これくらいはできるようになってもらわないと困る。

 ただでさえ優秀な人材は海に引き抜かれてしまう。組織としての体制を維持できるよう、全員が一丸となって戦えるように上達するしかない。

 

 はやては別格だが、元々本局に所属している身だ。いずれはそちらに戻るのは確定してることもあり、少し寂しいが頼ってばかりもいられない。

 それが終わって体を温めたら、次は模擬戦だ。実戦を想定するのならやはり体で覚え込ませるのが一番手っ取り早い。

 合計30人いる隊員達を前に、俺が1人1人相手していく。

 

「死角を突くなら相手の武器から最も離れた場所に陣取ることを意識しろ」

「倒されても武器を手放すな!」

「攻撃を行う時は常に防御のことも念頭に置いておけ。相手の攻撃が見えてからじゃ間に合わないぞ」

 

 ある程打ち合ったところでアドバイスを掛けて終わらせるまでがワンセットとなっている。

 そして最後に相手をするのははやてであった。近中遠距離全てに隙が無く、3つのデバイスを存分に活用して高火力の範囲魔法で薙ぎ払う様は、見ている分には気持ちの良いものだが、いざ自分が戦ってみればまるで戦艦を相手取っている気分だ。

 それでも俺が今まで勝てているのは単純に相性の問題だろう。こちらが長刀での接近戦を得意としているのに対し、彼女はそもそもが後方支援向きだ。攻撃力には秀でているが、機動力には若干の難があり、近接戦闘ができるといっても上から抑えられれば太刀打ちできない。

 護衛を付けての支援兼指揮官向きだろうというのは、以前から言ってることで何度も繰り返しはしない。

 彼女と戦った後、一旦休息を入れた。

 

 全員休憩室へ入ると各々で飲み物とタオルを取っていく。それからベンチに座るっても訓練に音を上げる者はいない。逆に先程の俺の言ったことを仲間同士で話し合って改善策を模索している。

 ゲンヤさんの部隊だけあってその士気は非常に高い。全員が全員で支え合って過ごす姿を眺めていると、目の前に水の入ったボトルが現れる。

 

「はいロト君」

「おお、ありがとう」

 

 はやてからタオルと飲み物を受け取ると、彼女は俺の隣で壁にもたれ掛かり天井を見上げる。

 

「あ~またロト君に勝てんかったぁ」

「今回は危なかったさ。はやてならもっと努力すれば俺なんて超えられるよ」

「全方位のブラッディダガーを振り返りもせずに撃ち落としちゃう人に言われると説得力ないわぁ」

「……まあそれも条件次第、ということで」

 

 今回は隙を突かれた後、大きく距離を取られて砲撃魔法を撃たれたのだが、それを回避した頃には上も下も四方八方に弾丸で囲まれてしまった。

 これではやては勝ちだと確信しただろうが、俺もまだまだ負けてはいられない。

 初撃が直撃する直前に左手の剣で角度をずらし、別の弾に跳ね返す。それはどんどん誘爆していき、あとは自分に当たるものだけ、それでもかなり数はあったが撃ち落としていただけだ。俺のデバイスの刃渡りは身長よりも長く設定してあるが、こういう時は便利に使える。

 爆煙の中から出てきた俺を見たはやてが、慌ててシールドを張ろうとしたところを抑えて、彼女の服の裾を掴んでバランスを崩したところに一撃加えてさっきの模擬戦は終わった。

 

「それに、はやての本職は戦うことじゃないだろ? もっと後ろで全てを見据えた上で判断をしないといけないんだ。そっちの方がずっと大変だと思う。近い内に立場は逆転するだろうし、そうしたら俺に協力できることなら何でも引き受けるよ」

「……じゃあ、私と一緒に本局に来てほしいって言ったら来てくれる?」

 

 はやての声のトーンが少し落ちた。

 

「それは……」

「ああ、ごめんな。こんなこといきなり言われたら迷惑やんな。ロト君がずっと地上本部にいる理由知っとるし」

 

 言い淀んだ俺に、はやてはすぐに返した。

 俺がここにいる理由、それはアイシャがいるから。海の所属になったとしても、大きな犯罪があればこの地に来ることもあるだろう。

 それでも咄嗟にミッドチルダへ来ることができるとは思えない。ここは地上本部の管轄であり、別の任務があればそちらを優先しなければならない。

 アイシャに何かあった時に、俺が彼女を守りたい。それが子供の頃に、俺が誓ったことだった。

 

「……すまない」

「ロト君が謝ることやないよ。だってこれは私の我儘やもん。地球を離れて、ロト君がいてくれなかったら私は挫けてたと思うんや。感謝することはたくさんあっても恨むことだけは絶対にあらへん。ロト君にはアイシャちゃんがいるんやから、私とは来れへんよね。変なこと言ってごめんな」

 

 そう言って彼女は笑顔を作るが、眉を下げて笑うのは嘘をついている時だと知っている。

 会話が終わると、はやては俺から離れてチームメイトのところへ行ってしまった。また1人になった俺は彼女から渡された飲み物へ口をつける。

 アイシャのことは大切だが、同時にはやてにも傷付いてほしくはないと思っていることも間違いない。

 彼女と出会ったのは5年前のことだった。

 

 

 

 時空管理局の局員になるため、俺が当時所属していた部隊に、研修と評して彼女は自分の騎士達を残して1人でやってきた。そこの元上司からはその優秀さは存分に聞かされていたが、彼女はそんなこと気にすることなく新人としてよろしくお願いしますと頭を下げ、その謙虚さに関心したものだ。

 だが、上司はともかくとして他の隊員の反応はあまり良いとはいえなかった。闇の書と言えば100年以上の長い期間、あらゆる世界に現れてはその力で各世界を滅ぼし続けた負の遺産。

 当然今の時代にも本の被害にあった人は大勢いる。彼らにしてみれば闇の書と守護騎士は憎悪の対象であり、未だに残っていると知れば許せないのも仕方がない。

 

 幸いにして実際の被害に会った者はいなかったが、それでも彼女をどう扱っていいものか分からず、自然とお互いの間で溝ができてしまっていた。

 それでも彼女は助言を請うなど何とか距離を詰めようとしていたが、事務的な会話はできてもその後が続かないということもあり、中々改善されるものでもなかった。

 俺のように気にしない者もいたが、職場の空気もあって話すことを躊躇っていたし、俺も別の基地からの要請で任務の援護をしていたこともあって、ほとんど会話することなく時間だけが過ぎていく。

 そこに変化があったのが1ヶ月経ってからのこと。

 任務も落ち着き、しばらくは事務所に引きこもることになった俺は、ふと彼女がいないことに気が付いた。いつもパソコンに向かうか、周りの仲間に話しかけている姿を目にしていたのに、朝からそこに姿がない。

 

『隊長、彼女は?』

『ん? ああ、八神か。早くに来たが気分が悪いと言って出ていったぞ』

『そうですか』

 

 彼女の席の周辺の連中は、それを気にしてる素振りもない。それにため息を吐いてから俺も事務所から出た。

 基地内の廊下を歩いているとすぐに見つかる。少人数での会議に使っていた部屋から人の気配がしたので試しにドアを開けると、隅で縮こまってすすり泣く彼女を発見した。

 顔を上げると、俺の姿に驚いてか慌てて目をこする。

 

『貴方は遊撃部隊の……。ご、ごめんなさい! サボってたわけやないんです。あの、えっと……』

『ああいや、怒る気はないから安心して。……んー、そうだな。じゃあちょっと着いてきてくれる?』

『え、は、はい……』

 

 俺は戸惑う彼女の手を取って会議室から出た。そのまま離すことはせず、彼女も黙って着いてくるだけだった。その間何人かとすれ違ったが、俺と一緒に彼女がいることを見て驚きはしたものの、特に言及されなかった。

 俺が向かったのは奥に設置されていた自販機。基地の入り口からは遠く、なおかつあまり使われていない部屋が多い場所ということもあって、俺のちょっとした隠れ家みたいなものだった。

 当然人はおらず、ここなら彼女も安心して悩みを打ち明けてくれると思ったのだ。

 彼女へベンチに座るように促すと、俺はホットココアとコーヒーを買い、前者を彼女へ渡すと一人分離してから横に座る。

 

『ここに来てからどう……って、大体分かるけど一応ね』

『はい。でも仕方のないことだって、分かってますから』

『本当に? 本当に仕方がないって思ってる? 君は闇の書事件の被害者で、それを責めるのは違うんじゃないかな』

『……そんなことありません。あの本に出会ったことは偶然でしたけれど、大切な思い出をもらいました。大切な家族とも出会えました。だから私には、あの子達を守る義務はあるんです』

 

 あの子達というのは守護騎士のことだというのはすぐに検討がついた。逆に当事者ではない俺には『大切な思い出』が何なのか知る由もなかったが、彼女の感じたものは彼女だけのものだ。それを詮索することほど野暮なことはない。

 少し間を開けるようにして飲んだコーヒーが、苦いというレベルでない。ちょっと先輩面してみようと思ったのが不味かった。

 

『見ておける時間は少なかったけど、君はすごく頑張ってると俺は思ったよ。そもそもなんで1人でここに来ようと思ったんだ? 事件が起きたのは3年前のことで、今まではハラオウン提督の保護下にあったと聞いてる』

『えっと、ここのままじゃ駄目だと思ったんです。守られてばかりじゃいつまでも成長できひんって。いつかは被害者の方々と面と向かって話さなきゃいけない時が来るから。でも、空回りばっかりで皆さんに迷惑を掛けて、本当駄目やなぁって考えちゃって……』

 

 彼女にとってはどうやら1ヶ月間のことは自分の責任だと思っているらしい。彼女はあまりにも純粋で優しすぎる。責任感の強いことは称賛されることだ。しかし、度が過ぎれば自分を追い詰めることになる。現に彼女は泣いていた。

 

『あんな態度取られて辛いのは当然じゃない?』

『……で、でも!』

 

 彼女が何か言い切る前に頭に強制的にハンカチで目元を覆ってやった。急に前が真っ暗になったことで、会議室での感情がまたぶり返してきたのか、ハンカチを静かに掴んで咽び泣く。

 背中をさすりながら、その弱々しい姿を見て俺にも湧き上がるものがあった。具体的に言えば、こんな良い子に気を遣わせている年上の同僚達へ怒っていた。

 

 落ち着くのを待って、彼女に少し待つように伝えると、俺は隊長へ連絡を取った。あることを伝えれば、彼も思うところがあったのかすぐに了承される。

 彼女に自販機のところに待ってくれるよう頼んで、俺だけで事務所に戻った。そこにいた同僚からどこに行っていたのか聞かれるが、当たり障りのない返事をしてから自分の机、ではなく彼女の机へ向かう。

 それから彼女の机の中にあった資料で、()()()()()()()()()()()()()()()()()を分別し、関係ないものの中で重要そうなものは隣の奴に渡して、重要度の低いものは捨てていきながら、机ごと俺の隣にもってくる。ちょうど1つ分空いていたのが幸いだった。

 傍からは当然俺が奇行に走ったように見えていたようで、周りに群がられたが、それらを無視して隊長に顔を向けた。

 

『では隊長、さっき言った通りで』

『んっ……、まあ、頼んだ』

『はい』

 

 それからすぐに彼女の元へ向かう。ホットココアを飲んだおかげか、泣いてスッキリしたおかげか、先程よりも顔色は良い。

 

『よし、じゃあ行こうか』

『え、行くってどこに……?』

 

 主語のない俺の言葉に、当然彼女は疑問で返してきた。それを見て俺は笑う。

 

『そうだな。一応パトロールってことにしておこう』

 

 それから、俺は彼女を連れて何かと外へ行くようになった。パトロールという体だが、事情を話して加えてもらえるようにしたので間違ってはいない。

 中にいても気まずいだろうし、それならいっそミッドガルの様子を見せた方が良いと考えたのだ。必死に仲間やパソコンに向かうだけが仕事じゃない。もちろん被害者への償いも彼女にとっては重要だろうが、時空管理局に入った以上は、自分のやるべきことを見定めてもらわなければいけない。

 彼女には自分が守る住民の素顔を知っておいてほしかった。話しやすそうな顔見知りに声を掛け、彼女を夜天の書の主だとは話さずに紹介もした。

 この世界で初めて気軽に話しかけられたことに、最初は戸惑いを感じたようだったが、頑張ってという応援に元気に返すのを見て安心していた。

 

 少しでも自信をつけさせたところで事務仕事もやらせる。俺と問答している姿を見せたり、他の仕事も頼まれて連携しながら作業を進め、以前のように頑張って仕事に取り組んでいるが、無理をしている様子も見受けられなくなっていった。

 俺といても何ともなく過ごせている姿に、次第に彼女へ話しかける同僚も現れた。少しずつではあったがその人数は増えていき、半年経つ頃には距離を置こうとする人もすっかりいなくなっていた。

 ある日彼女と昼食を取っていると、彼女から疑問を投げかけられる。

 

『あの、ロト君。ちょっとええかな』

『どうかした?』

 

 ずっと敬語であった彼女だが、歳が同じということもあり、普段通りの話し方で構わないと言ったら、最初は躊躇いがあったが、その時になるとすっかり慣れてくれた。

 

『なんであの時、泣いてる私に声を掛けてくれたん? 自分で言うのもなんやけど、完全に孤立してた私といたらロト君まで巻き込まれてたかもしれん。それなのにどうして?』

 

 いつものような明るさはなく、優しすぎる彼女のことだから何か負い目を感じていたのかもしれない。それは流石に自意識過剰だろうか。

 

『俺はそれでも気にしないけど、はやてはそれだと納得しないってことだよね』

『うん。なんとなくそれだけじゃないのかなって思って』

 

 そう言われたら話さないわけにもいかなかった。

 

『多少は同情してたのはあるけど、似てるなあって思えて』

『似てるって……?』

『うん、俺の両親はね、はやてが闇の書事件を解決した年に亡くなったんだ』

『え……、そ、そうなん?』

『そうなん。それからお隣さんにお世話になることになって、でも家族がいないって実感しちゃうと、今でもすごく寂しく感じるよ』

 

 そのお隣というのがアイシャの家だった。彼女の両親からとても大事にして育てられて恩が絶えない。アイシャと2人で住む時もすぐに賛成してくれて、今はいつ結婚するのかと急かされているが、余談だった。

 

『それから、自分の知り合いが同じ目に合ったらまた寂しい思いをするのが嫌で、特に仲の良い幼馴染のことは絶対守りたいって思えたから、管理局の魔導師になったんだ。そこではやてに会った時に、絶対放っておいたらいけないと考えたから声をかけたんだよ』

『……ロト君ってすっごく大人なんやね。私と同い年なのに全然雰囲気もちゃうし』

『そうかなあ。俺のはただの独りよがりだよ。自分が嫌な気持ちになるのが嫌だから、こうして魔導師をやってみせてるだけ』

 

 俺がそう言うと、はやては勢いよく首を横に振った。

 

『そんなことあらへん。少なくとも私も救われとる。それに周りの人からもロト君は頼られてるやん。私は、そんなロト君と一緒に働けて良かったなって思うし、ここで働けるようにしてくれたロト君に恩返ししたいなぁ』

『そう言われるのは嬉しいけど、はやては自分のやるべきことがあるんだから、そっちに専念した方が良いよ』

『いやや、私が決めたことやもん。ロト君といればどんなことでもできる気がするんや。だからいつかロト君の隣に立てるような人間になりたいなって』

 

 その時のはやての笑顔が綺麗で、ドキッとした俺は短い返事をするだけであとの何も言えなかった。

 それからはやてはより一層仕事に取り組むとともに、俺も彼女との交流が増えた。彼女と俺が15歳になると、彼女は家族である守護騎士達とミッドチルダへ転居してきて、今では彼女達とも親しくなっている。

 俺が彼女の頑張りを見ていられたのも、翌年にゲンヤさんの部隊へ転属が決まったおかげだが、2人で一緒に来るのは中々の偶然だろう。

 こうして今まで彼女と長い付き合いをしてきたが、彼女の存在は管理局中に広まっており、本局に戻るのも自らが部隊長を務める新しい部署を設立するためだと聞いた。

 こんなに頑張っている彼女から、一緒に仕事をしてほしいと誘われたのに俺は頷けなかった。その後も気の利いた発言ができるわけでもなく、口下手である自分が恨めしい。

 良い案が思いつくこともなく、休憩時間が終わったので前髪をかきあげながらモヤモヤと次の訓練に移ることとなった。

 

 

 

 夜になってマンションに帰ると、アイシャが手料理を作って待っていてくれた。実習や勉学で疲れてるだろうに頑張っている姿が眩しく思える。

 

「はあ、満腹だ……」

「それは良かったわ」

 

 満腹になるまで食べると、彼女は食器を洗いながら俺の感想に返してくれた。

 

「最近また料理の腕上げたな。美味しいもの食べられると元気になるって本当だよ」

「ふふん、あたしだって色々と勉強してるのよ。……って、その言い方だとずっと不味いもの食べさせてたみたいじゃん」

「…………」

「黙るなー!」

 

 口には出さなかったが、同居したての頃は中々に味の奇抜さが飛び抜けていた。そのために外食がしょっちゅうであったのだが、半年程前から食べられるように……ではなく味付けの仕方が変わったように思う。

 

「いやいや、でも本当に作るの上手くなったよね。何かあった?」

「あー、別にこれってものはないんだけど料理番組見るようになったから、かな」

「なるほど。じゃあその番組に感謝しないといけないな」

「まだ言うか!」

 

 洗い終えたアイシャが腕を上げて威嚇しながら飛び込んできた。あっちは本気というわけでもなく、俺も軽く受け止める。しばらくじゃれ合った後疲れた彼女は俺の隣に座った。

 

「そういえば、俺明後日休み取れたんだよ。休日だし、どこかデートに行かないか?」

 

 はやてのことも頭に上がっているが、アイシャのことも当然大事にしている。試験を無事に終えた労いの意味も込めて誘ったのだが、彼女からの返答は芳しくなかった。

 

「……え、えっとね、その日も病院の方に行かなきゃいけないんだよね」

「そうなんだ。まあ人の命を預かる仕事だからしょうがないさ」

「うん、久しぶりの休暇なのにごめんね?」

「気にするなって。アイシャも休みとれないんだからおあいこさまだろ。頑張りすぎて体壊さないようにね」

「……うん、ありがとう」

 

 なんだかいつもより大人しい気がすると感じたが、その後はいつもの調子に戻った為あまり気にしないことにした。

 翌日になって、事務所に行くとすでにはやてがいる。

 今日は午後からの訓練なのでそれも当たり前なのだが、最近になって本局へ行くことも多いので朝一緒に過ごせる機会は少なくなってはいた。

 

「おはよう、はやて。今日はこっちで事務仕事か?」

「ロト君もおはよう。そやね、ちょっとゆっくりできるわぁ」

 

 大げさに喜んでみせる彼女に笑いながら、その隣に腰掛ける。

 

「あ、そうそう。ゆっくりで思い出したんやけど、ロト君も明日お休みやったよね? 何も予定なかったら買い物に付き合ってくれへん?」

「買い物?」

 

 仕事の話から突然明日の話題に飛んだ。

 

「うん。シグナム達が遠い世界に任務でいなくなってもうて、私1人やと持ち運へんの。お昼奢るからお願いや~」

「なるほどね。別に構わないよ。明日はアイシャもいないみたいだしな」

「――うん、知ってる」

「え?」

 

 俺の了承の後、はやてがボソリと何か呟いたのだが、それを聞き逃してしまった。しかし彼女は首を横に振って何でもないとアピールする。

 すぐに笑顔に切り替えて明日の集合時間を話し合い、俺も特に気にすることはせず、はやての提案にそのまま乗っかって、その後は仕事に集中することにした。

 

 

 

「ごめん、ちょっと遅れてもうた」

「いや、そんなに待ってないよ。少し休憩するか?」

 

 休日ともなると、行き交う人々の種類も少し毛色が違って見える。スーツや仕事着に身を包んだ人種は減り、子供連れやカップルなどの割合が増えている。

 その中をかき分けてはやてがこちらにやってきた。白いセーターに淡い桃色のタックスカート、その上にキャメルのダッフルコートのボタン2つだけをかって羽織っている。

 美人というよりは可愛い顔立ちの彼女であるが、服装だけでも大人っぽさが増すのは関心した。それに暖色系の組み合わせはやはり彼女に似合っている。

 息を切らしているので急いで来たのが見て取れるが、全力で否定してきた。

 

「ううん、大丈夫や。こんな日は滅多にないんやし、時間を無駄にはできひん!」

「そ、そうか。はやてがそう言うのなら……」

 

 何故か今日のはやてはかなり気合が入っている。久しぶりの休みだからという意味なのだろうが、俺も同じ境遇なので分からなくはない。

 家で何もしないでいるよりは、こうして外で行動する方が性に合っているから。

 近くのデパートへと入り、はやては各棚の野菜を少し見比べてからどんどん俺の持つかごに入れていく。素人目には何がどう違うのかなんてさっぱりなのだが、彼女にはその違いがすぐに分かるのだろう。

 そういえばアイシャばかりに任せて俺は料理をしていない。たまには俺が代わってやるべきかと思い、はやての食材の選び方を教えてもらうべきかもという考えが生じる。

 

 そこそこの量を買った後俺達は建物から出たが、まだ買い物は終わっていなかった。大通りを横に抜けると、そこは商店街になっておりはやては迷わずそこに入っていく。

 彼女の中ではもうルートができているらしく、ここではこの肉、ここではこの野菜、といった具合にすぐに決めて買っていく。

 そんな様子が新鮮で関心していると、とある魚屋の店主が俺を見てからはやてへ話しかけた。

 

「はやてちゃん、今日は知らない兄ちゃん連れてるんだねぇ。彼氏かい?」

「へ……? ち、ちゃいますよ! ロト君はただのお友達です。なんにもありません!」

 

 そう言いながらもはやてが若干嬉しそうにしているのが気になる。

 ……もしかして、いや、俺の思い上がりの可能性が高いが、彼女は今日デートのつもりで俺を誘ってくれたのだろうか?

 服装にも気合が入っているし、普段滅多にしないメイクもしている。

 長い付き合いのせいで彼女といることが当たり前だったという考えが一瞬よぎって、やっぱり自分が鈍感なだけだと思う。

 彼女の変化に気が付いていた癖に、気の利いたことも言えなかった。

 はやての想いに干渉するのはどうにも躊躇われる。彼女の気持ちを知ってこの関係が崩れるのが怖いのだ。

 

 午前の時間をたっぷり使って買い物を終わらせた。はやての特大エコバック4つが満杯になるほどの量で、それを両肩まで使って持つ俺を、2日前に騎士の称号を与えられた奴だとは誰も思うまい。

 流石にこの状態ではランチどころではないので、一旦はやての家に戻ることにした。彼女は1つだけでもバッグを持つと言ったが、女の子に持たせるのは俺の矜持が許さなかった。

 白い塗装で涼やかさを放つ大きな家に入ると、相変わらず清潔さが保たれたままだ。何度かお邪魔したこともあるし、彼女の家族とも気心が知れた仲と言っても良い。

 今回はリビングの冷蔵庫の前に買い物袋を降ろして、はやてが食料を入れ終えた後、また外へと出る。

 

 彼女に連れられて向かったのは住宅街の中にある小さなカフェだった。

 中はカウンターとテーブルが2つだけ。お客の数はまばらではあるが、こじんまりとした内装と音楽の静けさが、俺の好みの店だと伝えてくれる。

 テーブル席の方へ向かい合うように座って、外の景色を見ながらアイスティーを飲んで料理を待つ。

 

「今日はありがとうな。ロト君のおかげですごく助かったわぁ」

「こんなことならいつでも平気だよ。それよりも、俺ははやてに関心したよ」

「へ、何が?」

 

 キョトンとしたはやては首を傾げた。

 

「あれだけの量を買って、飯を作るのははやてなんだろ? 毎日訓練しながら新しいことに挑戦して、それから家に帰ってもって本当なら凄い大変なことだよ。俺じゃ一生敵わないな」

「え、ええ、急にどうしたん……?」

 

 ワタワタとしたはやての様子が小動物のようで、俺は笑みを作った。いやなんとなく、とだけ返して温かい日差しに釣られるように窓の外へ視線を戻す。

 ――そして見なければ良かったという思いと共に、心臓が冷たくなっていく感覚に襲われた。

 

 男女2人が仲良さそうに歩いている。それだけなら別に何もおかしいとは思わない。

 見知らぬ男の隣にいる、明るい色をしたロングヘアーの女性を、俺はよく知っていた。

 

「え……、アイシャ……?」

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