病んで愛して魔法少女!!   作:ガラン・ドゥ

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月は太陽を離さない

 高校に入って早々、月村すずか(わたし)は憂鬱な気分になっていた。

 なのはちゃんらはミッドチルダに移ってしまったから海鳴市にはもういない。アリサちゃんはもちろん同じ学校にいるけど……、少し疎遠になってしまっている。

 それはアリサちゃんが昔の幼馴染と再会したから。

 

 聖祥大附属学校は高校になると隣の学校と共学になる。今まで顔見知りしかいなかった中学校までとは打って変わり、半数は全く知らない人達との共同生活が始まった。……その中でアリサちゃんは『彼女の大切な人』と出会ったみたい。

 アリサちゃんは彼に夢中で、それに反比例してわたしとの時間を減らした。正直に言うと私に目を向けてくれないことがとても寂しい。

 かといって彼とアリサちゃんの仲を邪魔しようとは思えなかった。

 そんなことをしてアリサちゃんに嫌われる勇気は私にはないし、なにより今まで見たことのない彼女の表情を見ていると、私じゃ無理だったんだと諦めがついたから。

 

 ……そうして心にぽっかりと穴が開いたような私はクラスに溶け込むことができなかった。

 見知らぬ人同士というのは最初は勇気がいるけど、相手も同じだと思えば意外と話しかけやすい。ほんの少し踏み出せればあとはあっという間に仲良しになれるだろう。

 でも、アリサちゃんばかりに気を取られていた私はその機会を逃した。

 教室ではもういくつものグループができていて、その輪の外にいることに疎外感を感じる。一声かければ入れてもらえるのかもしれないけど、元々臆病でアリサちゃん達以外とあまり話さなかった私にはその勇気がなかった。

 だから中学までの同級生と話はするものの、せっかくの高校生活をグレーに過ごしている。

 

 入学1週間も経つと放課後にどの委員会に入るか決めることになった。私はこれまでと同じ図書委員になろうと予定している。経験あることをしていた方が良いだろうし、何より静かな場所だから喧騒の中で落ち込んでいるよりも楽だと思えたから。

 先生が図書委員になる人を聞くと、私はすぐに手を上げた。

 ……でも一緒に挙手した人を見て思わずギョッとしてしまう。

 

「じゃあ図書委員の担当は月村と、見鏡だな」

「うーっす」

「……はい」

 

 やっぱり辞めますなんて言える雰囲気でもなく、私は見鏡と呼ばれた男の子と一緒に返事をする。

 見鏡陽人(みかがみ はると)という名前の彼は、私とは違う学校から来たのだけど、頭は毛先から根本まで金に染まっていて()()()()()()()()を漂わせているのが、私はどうにも苦手だった。

 放課後になると顔合わせということで、委員会毎に集まることになって私は彼と一緒に図書室へ向かう。気まずいなあと考えていると向こうから話しかけかれた。

 

「月村さんと話すの初めてだよね。これからよろしく~」

「う、うん。よろしくね」

 

 若干引いた態度になってしまったのに、見鏡君は気にした様子はなく「部活はどこか入るの?」といった話題に切り替えた。

 空気が悪くならなくて良かったと思うと同時に、あんまり悪い人でもないのかなと感じた。マイナスな印象から少し修正を加えて極力顔には出さないようにする。これから3年まで付き合う人と仲が悪くなれば居心地が悪いだろうから。

 その日は他のクラスの人達と挨拶だけして解散し、次の日になると早速私達が図書室の当番になったので、彼の話に相槌を打ちながら図書室へ着いた。

 受付に着いたら今度は私の方から話題を振るべきかなと考えていた矢先に、同じ委員の上級生が近付いてくる。

 

「ごめーん、どっちか一緒に倉庫まで来てくれない? 昔の資料探さなきゃいけなくて人手ほしいんだよね」

「うーっす。んじゃ俺が行ってくるから」

「え、良いの?」

 

 私の問いかけに彼は屈託のない表情をしながら頷く。

 

「良いよ良いよ。力仕事とかは得意だし、あとはよろしく~」

「えっと、気を付けてね」

 

 彼は後ろ姿で手を振るとあっという間に去っていき、私は言われた通りに受付に座ることにする。今は人気(ひとけ)もなく、手持ち無沙汰から読書をして待っていようかと思った。

 持ってきたカバンから、しおりを挟んだ本を取り出して紙の間に指を滑り込ませる。今読んでるのは大学生の恋愛もの。

 幼馴染の恋人同士だった彼らは進学を機に離れ離れになってしまう。当然2人はお互いの愛を信じているけど、直接会うのが難しいからそれを確かめる術はない。

 そこを狙ったかのようにヒロインの女の子へ好意を示す男性も現れる。性格も良くてお金持ち。その優しさにヒロインが気持ちを揺らすシーンはハラハラさせられる。

 それでも、彼女は幼馴染が昔からの約束を果たしてくれたことで自分も彼を信じて変わろうと気持ちを固めたのだった。それからは彼のことだけを想い、最後は幸せな契りを交わして物語は幕を閉じる。

 

 良いなぁ、と考えてしまう。もちろん物語の中の出来事だけど、私だったらそんなに上手くはいかない。現にアリサちゃんとの距離は離れていくばかりで周りに合わせて変わろうとする勇気もない。

 このヒロインのように勇気を出せればという想いから、私はこの小説に感情移入しているのだろう。

 重い気持ちでページをめくっていると、頭上から声がした。

 

「へーそれ月村さんも読んでるんだ」

「ピッ!?」

 

 男性の声が近くで響くと変な声が出る。驚いて顔を上げると、もうお手伝いを終えて帰ってきたのであろう見鏡君の姿があった。

 でも彼はすぐに顔の前で両手を合わせて謝ってくる。

 

「ごめんごめん。俺も最近読んでるものだったからさ」

「えっ、見鏡君も読んでるの……?」

「アハハ、意外だよねぇ。――月村さんはどこが好きだった? 俺は駅で一緒に弁当食べるところかなあ」

「あっ……私もそこ好きかな」

 

 中盤辺り、2人が久しぶりに再開する場面だ。ただベンチに座ってお弁当を食べるだけなんだけど、それまでの重い雰囲気を考えると酷く落ち着かせられる。

 それにここで彼と過ごす時間の大事さを再認識してここからヒロインが変わるきっかけが作られていた。

 彼の話題をきっかけに、気が付けば私達は閉館時間まで夢中で語り合っていた。

 

「もうこんな時間かー。んじゃ俺帰るよ。月村さんもまた明日!」

「うん、また明日ね」

 

 去っていく彼の背中に手を振る。

 なんだか久しぶりに笑えたような気がする。彼の気軽な雰囲気もあってか、はやてちゃんと話すような感覚で、同じ趣味について語り合えたのが嬉しかった。

 この短い間に私の彼への印象は真逆のものになっていた。

 

「見鏡、ハルト君……」

 

 夕日の差し込む独りぼっちの部屋で彼の名前を口にする。それだけでも胸が温まって、高校生になって初めて心が満たされたような気がした。

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ―

 

 入学からしばらくすると、私は彼とのおしゃべりするのが日課になっていた。

 いつも通りに図書委員の仕事をして、図書室をチラホラと利用する人がいなくなるのを確認すると、それが合図になる。隣に座る()()()()へ振り向いて何気ない会話をするのだ。それが今の私にとって日常であり、最大の楽しみでもある。

 偶然同じ本を読んでいたことで彼との繋がりができたけど、よくよく話してみればとても温厚で穏やかな男の子であると知ることができた。

 人は見た目じゃない。

 それが身に染みたことで外見だけで彼の人となりを判断していた自分を浅ましく思い、直接謝罪もした。ハルト君はそれすらも何でもないように返事してくれて、なんだかそれからもっと仲良くなった気がする。

 始めは本の話題で盛り上がっていたけど、段々とお互いのことを話すことも増えた。そうしていると、彼のことが鮮明に見えてきて日に日に心が暖かくなっていく。

 そんな中、ハルト君の何気ない言葉に衝撃を受けたことがあった。

 

『――えっ、ハルト君の髪って地毛なの!?』

『やっぱり意外だった?』

『あ……ごめんなさい』

『いやいや、気にしてないしそういう反応が普通だよ』

 

 ハルト君にいつから髪を染めたのか聞いたら「最初からこの色だよ」という返答が返ってきてとても驚いた。

 

『母さんがアメリカ人なんだ。んで父さんと結婚する時に日本に帰化したんだって。その時の苗字が『ミラー』だったからそれを日本語に直して『見鏡』になったんだよ』

 

 ハルト君のお父さんが仕事で渡米した時に今のお母さんに出会ったらしい。仕事やパーティに参加して、日本に興味を持っていた彼女は段々と惹かれて逆に日本に来たと、彼は話した。

 

『へーそうだったんだ。びっくりしちゃった……』

『誰かに話すのは初めてだからねー。家族以外ハーフだって知らないよ』

『え? そ、そうなの?』

『そうなの。あんまり進んで話すことでもないしさ、俺にとってはこれが当たり前のことだしね』

 

 私はとても驚いた。だってハルト君の周りにはいつも人が集まっているから。友達だったらふとした時に聞く機会もあるだろうに。

 

『じゃあなんで私には教えてくれたの? その、私よりも仲のいい人いるよね』

 

 その言葉に彼は眼を見開いて、困ったようにポリポリと頬をかいた。何か不味いことを話してしまったのだろうか。

 

『ん~、すずかにそう言われると複雑な気分だなあ。でもそういう風に見られてるなら成功してるのかな……』

『あっ違うよ……? ハルト君といる時すっごく楽しいし、もっと話したいなって思ってるけどハルト君って明るいから私に一緒にいてくれるのが不思議だったの』

 

 最後の言葉が引っかかったけど、その前に弁明を優先した。ショックを受けたハルト君が離れていくのが怖かったんだと思う。それくらい私は彼に夢中になっていた。

 

『そんなことないよ。俺って子供の頃はずいぶんおとなしかったからね。おとなしいってか暗い奴だった。それで髪のことでいじられても何にも言い返せなくて友達もいなかったよ』

『……ごめんね。嫌な気持ちにさせちゃったよね』

『アハハ、そんなに気にすることないよ。もう昔のことだし、自分でも不味いと思って中学校上がる時に心機一転しようと思って変わろうとしたんだ。知り合いのいない場所に転校してとにかく話しかけた。金髪で怖い奴なんだろうなーって思われてもとりあえずがむしゃらに他人と接しようとしたんだ。そうしたら段々と友達も増えて今こうして楽しく学生生活できてるってわけ』

『そうだったんだ……。でもやっぱり私が最初でよかったのかなって……』

 

 私は出会ってまだ短い。同じ中学校の人はもっともっと彼のことを見てきた筈だ。私なんかよりも適任の信頼できる人がいるんじゃないかって、その時はそう思ってた。

 でもハルト君の言葉は私に衝撃を与えてくれた。

 

『いや、俺はすずかが初めてで良かったよ』

『え?』

 

 首をかしげる私に、彼は満面の笑みを浮かべた。彼の名前のようにキラキラした表情を私は好きだ。

 

『すずかといる時が俺にとっては一番落ち着く時間だからさ。――初めて話した時、すずかは俺に謝ってくれたよね?』

『う、うん。なんか、ハルト君のこと勝手に誤解してた自分が恥ずかしくなっちゃって……』

『いやー誤解して当たり前なんだけどさ。でも、その時のすずかの表情見て、すごいまっすぐで優しい女の子なんだなって思ってさ。この人なら何でも信頼できるって決めたんだ』

『そ、そんなこと……』

『あるある。本が好きとか他の奴には言えないし、すずかと話してるとなんか素の自分を出せて嬉しいんだよ。すずかと出会えて、この学校に来れた意味もあったなって思えたかな』

 

 ……この時、私は彼の『特別』になれたことを心から喜んでいた。

 慕われているハルト君の、皆が知らない一面を私だけが知っている。こんな幸せ他にあるだろうか?

 もっと彼の特別になりたい。もっと彼に私を好きになってほしい。

 その想いが日に日に強くなっていった。

 でも、それと一緒に重い不安が私にのしかかる。

 

 今日も教室に入るとハルト君が数人の女の子と喋っているのが見える。

 今までだったらそれでもなんとも思わなかった。私はハルト君の友達の1人で、図書室での時間が幸せだったから。

 それなのにハルト君に信頼されてるなんて言われればもっと欲しくなる。……嫉妬も、する。

 彼は優しい男の子だ。それに周りの人とのコミュニケーションを欠かさない。だから彼に想いを寄せる女の子がいるのも当然なわけで、それがとても嫌だなと感じてしまう。

 貴方達じゃハルト君を理解してあげられない。

 私の方が彼を楽しませられる。

 そういう思考がどんどん湧いてくるのを止められない。

 このままだとハルト君は彼女を作ってしまうのだろう。そんなことは容認したくない。

 

 彼にとっての特別は私だ。私なら彼のすべてを理解してあげられる。

 また()()()()()()()()()()()()、黙って離れていくのを見ているだけなんて嫌だ。

 ハルト君は変わった。自分を隠して周りに接するのはとても苦痛だと思う。でも彼はそれを実践し続けている。

 彼がそんなに頑張っているんだ。私も変わらなくちゃいけない。

 彼の理想の女の子になれるよう、頑張らなくちゃ。

 

       ・

 

       ・

 

       ・

 

 初めて彼女を見た時から、僕はその姿に惹かれていた。

 長い髪はキチンと手入れされていて枝毛なんて一つもない。その髪型に合うような淡麗な顔立ちと、おしとやかな雰囲気は正に大和撫子と呼んで良いだろう。

 僕とは生きてる世界が違うんだろうなあと感じつつ、コッソリと見るくらいしかしなかったのだが、まさか同じ委員会に入れるとは思ってもみなかった。

 

 気さくな感じで話しかけたは良いものの、反応はあまり良いものとはいえなかった。普段の様子を見ていれば不良と間違われるのはしょうがないことかもしれないけど、少しはショックを受ける。

 このまま微妙な雰囲気で停滞してしまうかもしれないとも思ったのだが、運命の女神は2度も僕に味方してくれた。

 先輩に頼まれた荷物運びを終えた後、図書室に戻ると彼女は静かに本を読んでいた。夕焼けをバックに真剣な表情で指先に目を落とす姿はとても似合っていたのだが、その先にある本は僕が最近お気に入りにしていたものだったからつい話しかけてしまった。

 彼女は驚きはしたものの本の話をすると興味を持ってくれたようで、僕自身も時間いっぱい楽しむことができた。

 普段話す友人らはあまり本には興味ないようで、こうやって隠すことなく自分をさらけ出して会話できたのは、心が満たされる。

 それから段々と会話も増えて、こんな時間が続けば良いななんて思っていたけど……まさか恋人同士になれるとは夢にも思わなかった。

 

 それは入学から半年も過ぎた9月のこと。日が落ちるのも早くなって空が冬支度をしているのを見ながら本を片付けていたところ、手伝ってくれていたすずかが真剣な表情で僕を見ていたのだ。

 

『私と、付き合ってくれませんか……?』

 

 当然、思いもよらない言葉に僕の頭は一瞬停止した。同じ趣味で話し合えるだけでも楽しかったのに、赤面しながら僕の顔をまっすぐ見つめる彼女の姿に、否と答える選択肢があるわけない。

 それから一ヶ月の間、学校ではより近い距離で接するようになり、休日になるとまだ数回程度だがデートへ行きもした。彼女の隣にいると演技なんて必要なく、心地の良い時間を僕は今まで過ごしてきた。

 でも、同時に悩みもある。

 

『あの月村さんと付き合ったんだって? さすがは陽人だぜ!』

『人伝なんだけど、あの月村すずかに告白されたの? 羨ましいな~』

『月村さんって中学校までは美人な5人組だって有名だったんだよ。一体どんな手を使ったの?』

 

 すずかに告白されたのはもう誰も残っていない図書室内でのことだった。なのに、次の日には1年生の間で知れ渡っており、誰に聞いても人から伝えられたと話すだけだった。

 誰かに偶然聞かれていたのだろうか。それにしては情報が早すぎたし、誰かに嫌がらせされてるのかもしれない。なるべく人とフレンドリーに接してはいるけど、それでも僕を快く思わない人がいるのは分かってる。

 先生にはハーフだと伝えているが生徒となるとそうではない。聖祥大附属中学校は品の良い学生が通っていただろうし、金髪を注意されないのは面白くないだろう。

 どうしようか悩むも、実害がない以上対策しようともできない。ため息を吐きながら信善と別れ、自分のクラスへ向かった。

 教室の扉を開けると、真っ先に長い髪の少女が振り返る。

 

「あっおはようハルト君」

「おはよう、すずか」

 

 フワリと笑う彼女が可愛くて、朝から刺激が強いなあと(よこしま)なことを考えてしまう。

 守りたいと心の底から思う。こんなに綺麗な子を傷付けたくない。

 

「……あの、ハルト君どうかしたの?」

「えっ、あ、ごめん。ちょっと考え事してたらつい……」

 

 気持ちが行動に出てしまったのだろう。いつの間にか僕はすずかの手を握りしめていた。明らかな奇行なのに「変なハルト君」なんて笑うから彼女の人間性が表れている。一応弁明しようとすると、クラスの女子がすずかを呼んだ。

 

「月村さーん、ちょっと来てくれない?」

「はーい。ごめんねハルト君、ちょっと呼ばれちゃった」

「ああうん、気にしないで」

 

 椅子から立ち上がった彼女はトトトッと女子の輪の中に入っていく。

 ……半年も経ってすずかも変わったなあと思う。

 あまり自分から人と繋がりを持とうとするタイプではなかったのに、僕への一件以来積極的にクラスの仲間に話しかけるようになった。

 

『今のままじゃ駄目なのかなって思えて、ハルト君に似合う女になりたいの』

 

 それがコミュニケーションを取るということなのだろう。そこまで考えていてくれることが純粋に嬉しい。こんなに良い女の子を僕自身が泣かせないよう、自分ももっと頑張りたいと思えた。

 

 午前の授業が終わり、2人で屋上へと向かう。流石にこの時期になれば冷たい風が肌を滑っていくこともあるけど、そのぶん人がいなくてすずかと2人きりの時間を過ごせるのはメリットと言えるだろう。

 すずかが用意してくれた弁当に舌鼓を打ちながら、他愛のない話で笑い合う。そんなことだけでも楽しいと思えるのだから、僕は相当彼女に入れ込んでいるのだろう。

 それに図書室以外でもこうして仲良く話せるのは良いことと言える。付き合っているのが公になってしまっているのだから、隠す必要もないということだ。

 広めたのが誰かは知らないが、このことだけは感謝しておこう。

 

「ふう、食べた食べた。ごちそうさま」

「おそまつさまです。はいお茶」

 

 彼女お手製の弁当箱を空にすると、交換するように湯気の立つお茶を魔法瓶で手渡された。

 最近ではこうして毎日すずかが弁当を作ってくれる。大変だから良いと遠慮したのだが。

 

『私がハルト君のためにしたいことだから良いの!』

 

 そう言って結構手間のかかる料理を詰め込んでくれる。変なところで頑固なんだなと彼女の新しい一面を見ることができた。

 今ではそれが当たり前になっていて、すずかには徐々に僕の好みを把握されていっているようだ。なんだか胃袋を掴まれてしまったなあとお茶をすすりながらボンヤリ考える。

 今日は10月でありながら日が照って幾分温かく、風もちょうど良いくらいだ。

 

「今日もありがとうね。すずかの料理が美味しすぎてつい夢中になるよ」

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいなあ」

 

 屋上からの入り口の横に背を預けながら彼女との会話を楽しむ。不意に隣に座るすずかがこちらに頭を傾けて、僕の肩の上に乗せた。

 長い髪が僕の体に絡まり、少しこそばゆいがそれよりも彼女のぬくもりを強く感じて、払いのけようとは思わない。ゆっくりとした空気がこの場に流れている。

 

「……こんな時間がずっと続けば良いのになぁ」

「そうだけど、そろそろ戻らないと授業が始まっちゃう」

「う~ん、じゃあしょうがないね、ハルト君」

「そうだね」

 

 温かいせいか、お互いにボンヤリとしてしまっている。このままだと眠ってしまいそうで、僕は優しくすずかから離れて2人で後片付けを始めた。

 そのまま教室に帰ると扉近くでたむろっていたグループが振り返る。

 「また2人でデートかよ」とか「羨ましいなあ」とかこっちを見た途端色々言われる。そこに女子のグループもやってきて、僕とすずかのいきさつなんか聞き始めて席に戻れなくなってしまった。

 そんな状況の中、すずかがこちらに振り返る。

 

「えへへ、こまっちゃったねハルト君」

 

 すずかさん、困るどころか嬉しそうだね。

 でもすずかが友達と話してるのは良いことだと思う。僕も彼女と付き合いだしてからあんまり他の女子と話すこともなかったし、久しぶりに元の位置に戻ったようだ。

 ……そういえば、なぜあんまりクラスの女子と接しなくなったのだろう。僕から話しかけることはあまりなかったから、やはりすずかとの関係があってのことかもしれない。

 彼女へ一応気を使ってくれているのだろうか。それにしては急なような気がしてならず、何とも言えない違和感を覚えた。

 

 夕方になり下校時間となると、僕はすずかとオレンジ色の坂を下っていく。僕は隣町だから途中までしか一緒には帰れないが、それでも彼女と話す時間は楽しいものだ。

 

「ああそうだ、これ借りてた本。茨木さんの『わたしが一番きれいだったとき』は悲しいけど、俺は好きかな。作者の経験でしか書けないものだよね」

「うん、ハルト君だったらそこかなって思ってたよ。他の作品の悲劇に負けないぞっていう意思の中に、こういう寂しさを持ち合わせてたんだなって感じるよね」

 

 当然本の話題にも事欠かない。僕がすずかへお気に入りの本を渡し、その逆もある。彼女の本を手渡された時、ほのかに彼女の匂いを感じ取れるのが僕は好きなのだ。

 そうやって飽きない時間を過ごしていたが、そろそろ駅ということで今日のところは別れなくていけなくなってしまう。

 

「それじゃあ俺はここで。また新しい本楽しみにしてるね」

「あっそのことなんだけど……」

「うん?」

 

 いつもならここで挨拶して終わりにするところだったのだが、今日のすずかは少し緊張した面持ちだった。

 

「あのね、今度のお休みの日、わたしの家に来ない……?」

「え、すずかの?」

「うん、お母さん達にハルト君のこと話したらぜひ会いたいって。あの、そこで本の手渡しもできるし嫌じゃなかったら来てほしいな」

 

 突然の誘いに驚くほかない。隠すつもりはなかったが、自分の姿にどこか後ろめたさがあってか、行きたいと提案できなかった。

 でもすずかのためらうような姿を見て断る気にはなれない。

 僕はその提案を承諾してその日は彼女と別れた。

 

(すずかの家かぁ……)

 

 そういえば、すずかの自宅はどんな感じなのかと、ふと気になった。

 彼女との会話の中で家の事情を聞くことなんてなかったし、そもそも聞く必要もなかったから。とはいえいざ行くとなればどんなものなのかと好奇心も浮き出てくる。

 僕が想像したのは当たり前の家で、そしてすずかの部屋は彼女らしい少女趣味な内装だろうということ。あんまり妄想しすぎても気持ち悪いかなと思いつつ、それでも家族の人には歓迎されるくらいには気を許してもらえているのだろうと嬉しくもなる。

 緊張しすぎることもないだろうと考え、僕は今度の休日を楽しみにしていた。

 

 

 

 ……とまあ、そんな考えが浅はかだったことを僕は今思い知らされている。

 『事実は小説よりも奇なり』。イギリスの詩人、バイロンの言葉だ。

 まず目の前にそびえ立つのは僕の身長を遥かに超える門で、横に取り付けてあったインターホンを押して名前を出すとすぐに開いていく。そこから家までも離れており、道の両端に噴水が設置されている。

 本殿、そう呼べるくらいの大きな家の前に立つと、玄関が開いて中からすずかがヒョッコリと顔をだした。

 

「いらっしゃいハルトくん! 入って入って」

「う、うん、おじゃまします……」

 

 彼女はとても楽しんでいる様子だったが、僕の方はそうもいってられない。すずかの話を聞きながら中の廊下を渡っていく。普通の家にこんな長い廊下は存在しないだろう。

 正直自分の位置も定かではないが、おそらく中央の大きな部屋に案内されると、そこにはソファでくつろいでいる成人の男性が見えた。

 

「やあ、いらっしゃい。君がハルト君だね」

「ど、どうも、おじゃましています」

 

 こちらに気付いた男性に挨拶される。自己紹介され、彼がすずかのお父さんであることが分かった。

 正面を手で案内されると否とは言えず、僕はそのまま沈み込むように向かいの椅子へと座った。そこへメイドの衣装を着た女性がすかさず歩み寄り、用意されていたティーカップに紅茶が注がれる。

 完璧な仕草で仕事を終え、すずかの「ありがとう、ノエル」という言葉に頭を垂れて部屋を出ていった。

 そこからはすずかのお父さん――月村俊さんの怒涛の質問攻めにあう。

 「最近のすずかは学校でどうだ」や「将来のやりたいことは?」とか、母の出身地まで本当に色々と質問攻めにあった。

 

 そうやって話しをしていく内にとても気さくな方だと分かり、僕の緊張も和らいでいく。

 そうしてすずかの彼氏である手前、オドオドとした姿は見せられないと思い、なるべく堂々とした態度で質問に答えていった。

 彼の方も質問を終えたのか、紅茶に手をかけたところで僕も一息つく。と思ったのだが、俊さんは最後に大きな爆弾を投げつけてきた。

 

「うんうん。すずかから聞いた通り立派な少年だね。これならいつでもすずかを嫁に出せるよ」

「……え?」

 

 一瞬、僕とすずかの動きが止まったが、いち早く再起動したすずかが顔を真っ赤にして僕の代わりに返事をする。

 

「も、もうお父さん何言ってるの……! お話は終わったでしょ。ハルト君、私の部屋にいこ!」

 

 すずかはそう言うなり、僕の手を掴んで廊下へ出た。

 後ろから「つれないなあ」という声が聞こえたが、僕の頭はまだ混乱している。

 すずかに引っ張られたまま案内されたのは、白を基調とした清潔感溢れる部屋であった。

 

「ごめんね。お父さん、お姉ちゃんが彼氏呼んできた時もあんな調子だったの」

「あ、お姉さんいたんだ」

「それも教えてなかったんだっけ……。なんか私一人で舞い上がってて恥ずかしいね……」

「いや、そんなことないよ。これから教えてもらえばいいだけなんだから」

「そ、そうだね。これから2人のこと……」

「「…………」」

 

 先程の俊さんの言葉を思い出して2人で止まる。次第に顔が熱くなるのを感じたが、それはすずかも同じのようだった。

 

「え、えっと、お、お茶用意してくるね……!」

「う、うん」

 

 言って早々、すずかは部屋を出ていった。

 1人になった部屋で少しだけ冷静さを取り戻す。部屋を見渡せば、すずかが今まで住んできた歴史を感じることができた。勉強机の上にはデートで行った場所の写真の他に、すずかの友達と思われる女の子達と5人で笑顔で取っている写真も飾ってある。

 こんなに思い出の詰まった場所をいつか彼女は出ていくだろう。

 俊さんの言葉は確かに恥ずかしかったが、それでも彼女の隣に立っているのは自分であると信じたい。彼女の父親に言われたことをなかったことにはしたくないのだ。

 僕と彼女の関係に、今まではまだ早いからと漠然とした想いしかなかったが、この家に来て決意が固まった。

 

 彼女に合うだけの男になろう。

 今はまだ無理かもしれないが、自分を成長させられるのは自分だけだ。僕は小学生の時から変われた。ならこれからも変われる。

 これからゆっくりと彼女の生きていきたい。

 僕の目標は今それだけだ。

 

       ・

 

       ・

 

       ・

 

 お父さんの一言で私まで動揺してしまった。

 今日はとても大事な日なのに、失敗しちゃったらどうしてくれるんだろう。

 ……でも、逆に利用できるかもしれない。

 私が意識してるんだから、ハルト君もきっと私達の将来について考えてるんじゃないだろうか。

 私は変わった。協力者になれる人を見つけ出して積極的に話しかけるようにした。

 彼女達に私が告白したことを言いふらしてもらって、ハルト君に他の女が寄り付かないように彼の見えないところで頑張った。

 アリサちゃんの時のように、1人ではまた離れていくかもしれない。でも周りを固めてしまえばハルト君も私から離れようとは思わないはず。

 それに、今日はいよいよかねてから夢見ていたことを実行する。

 まずは紅茶に睡眠薬を入れて眠らせる。そうしたら多少のことでは起きないだろうし、ハルト君の家に連絡を入れよう。

 夕方になって夕食を進めたら彼は断らないだろう。ハルト君に美味しいって言ってもらえるように頑張らなくっちゃ。

 あとは泊まっていけば良いと促して、雰囲気次第でいくらでもデキる。

 大丈夫、避妊はちゃんとするからね?

 とにかく今は既成事実を作りたい。そうしたら彼は私から離れていくことなんてしないだろう。

 こんなことまで考える私はきっと性悪な女に違いない。でもハルト君を不幸にだけはしない。ハルト君が望むなら婿になってもらって私がお父さんの会社を引き継ごう。

 そしたらハルト君は何一つ不自由なく暮らせる。私はハルト君がいればそれでいい。

 

 ハルト君が私から離れていかないようにすること。

 私の目標は今それだけだ。

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