彼女と出会ったのは幼い頃の出来事。
その日もいつもと同じように近くの公園まで遊びに行くと、すでに先客がおり、その少女はサンサンと照る太陽に負けないくらいの輝きを放つ髪を持っていた。
女の子は1人で砂遊びをしており、当時の僕にしてみれば、なんで友達と遊ばないのかと疑問に思って好奇心から話しかけてしまう。
『ねえねえ』
『……なによ』
『こんにちは!』
『……こ、こんにちは』
最初に話しかけた時はとてもキツい声色だったのだが、それでも挨拶した僕へ、戸惑いながらも挨拶を返してくれた。
『ねえどうして1人なの?』
『うっ、アンタには関係ないでしょ!?』
まだ幼稚園児の当時僕には人の心の機微というものが分かっておらず、今思えばとても失礼なことを聞いたなあと思い返す。
それでも、なんとなく彼女は寂しい思いをしているんじゃないかと思えて、考えたことをそのまま口にしていた。
『1人なら僕と遊ばない?』
『ど、どうして?』
『んー君といると楽しそうだし。あっ砂のお城だ。すごいね!』
『え? ありがと……。じゃなくて、なんであたしと……』
『よーし、僕はもっとおっきいお城作るぞー』
『って話聞いてないし。……もう』
それが始まりだった。
その日は夕方になるまで遊び、彼女も大いに楽しんだと思う。それから何度も公園まで通い、2人でたくさんのことをして笑いあった。そうしているといつの間にか名前で呼び合うようになり、自然と友達となる。
アリサ・バニングスという、僕のごくごく近くの大豪邸に住む少女は、身分なんかまるで気にせずに元来の明るさを取り戻していって、いろんなことに挑戦していった。
数回家に呼ばれることもあったが、その広さは内部だという実感が持てずに目が回りそうになるほどだった。
そこまで仲良くなったところで、ふとアリサは神妙な面持ちで僕に問いかけてきた。
『ねえ、
『うーん、アリサといるのが楽しいからだと思うよ』
『……あたしの髪が変だとか思わなかった?』
『えっ、全然そんなことないけど、どうして?』
質問の意図が分からなかった僕に対して、並んでブランコに座る彼女は俯く。
『あたし、この髪きらい。周りの子達と違う色してて、「変だ」って怖がられてたし、友達もできなかったから1人で遊ぶしかなかった』
だからアリサの周りに人がいなかったのか、と僕は合点がいった。それにしてもひどいと感じる。少し髪が違うだけで遠ざける必要なんてないだろう。現に涙目になってるアリサが、僕にはただの少女にしか見えなかった。
『……そいつらはアリサに嫉妬してたんだよ』
『え……?』
僕の言葉にアリサはこちらを向く。その大きな瞳はうるんで赤くなっていた。
『アリサの髪ってすごく綺麗だもん。太陽みたいにキラキラしてて、本当のお姫様かと思っちゃった』
『そ、そう……?』
『うん! だから僕はアリサの髪が好きだよ。アリサはもっと自分に自信を持っても良いと思うんだ』
気遣ってると思われるのがなんだか恥ずかしくて、できるだけ元気な声色で話すと、驚いていた彼女の表情が笑顔に変わっていく。
『……うん。あたし、自分を好きになれるように頑張る!』
『そうそう。そうしてた方がアリサらしいよ』
僕も自然と笑う。彼女とずっといられれば良いなと思うくらいには、その時は幸せだった。しかし、そんな日常が突然崩れる。
母、今は元と言っても良いかもしれないが、とにかく親の都合で学校に上がる前に僕は海鳴市を離れることになってしまった。
アリサのご両親から娘が世話になったと話し込んで僕も引っ越しには納得し始めていたところなのだが、彼女だけは納得していなかった。
『白野、どうしてもここを離れなきゃいけないの?』
『母さん達が行くのに僕だけ残れないよ……』
涙目になっている碧い瞳に見つめられると後ろ髪を引かれる気持ちになったが、僕にはどうしようもできない問題だった。
『そうだ、あたしのおうちに来ない? パパとママにはあたしから言えば白野のこと絶対──』
『うーん、アリサとはもちろん一緒にいたいけど、僕は母さん達も好きなんだよ。アリサだって両親のこと好きでしょ? どっちなんて比べられないんだ。だからごめん』
『そっか……。そうだよね……』
『……大きくなったら、またこの街に戻ってくるよ。そしたら今度はずっと一緒にいようよ。アリサが僕のこと覚えてくれてたらだけど』
僕の言葉に彼女は大きく首を横に振った。
『忘れるわけない! 白野も約束よ? 次に会う時はあたしから離れないでね? 絶対にあたしのこと覚えててね?』
『うん、約束』
指切りげんまんした僕達はそれで別れて小、中と別々の学校に行くことになった。
そして15歳になって僕はまた海鳴市に戻ってくる。もちろん約束は覚えていた。
でも、それとは関係なしに元々の街から離れる事情がある。
それは──僕の親が離婚したこと。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ―
「ほら、起きてよ白野」
「うう~ん……」
甘ったるい声が僕の聴覚を刺激し、急速に意識が浮上する。目を開けるとベッドの横で幼馴染が、僕の顔を覗き込んでいた。
「おはよう、アリサ」
「おはよう。ご飯作ってるから着替えたら降りてきてね」
「うん」
それだけを話すと、アリサは制服の上にエプロンという格好で部屋から出ていく。
彼女に再会したのは引っ越しをしていた3月の春休みのこと。懐かしい空き家に家具を設置しているとチャイムが鳴って、返事をしつつ玄関のドアを開ければ、なんとアリサが飛び込んできたのだ。
驚きながらも受け止めると、アリサは満面の笑みで僕の顔を見上げた。
『おかえりなさい、白野』
『……ただいま、アリサ』
ご近所には誰にも引っ越しを知らせてなかったのに、一体どうやって情報を得たのだろうという疑問はあったが、それよりも彼女が昔の約束を覚えていてくれたのが何より嬉しかった。
再開は突然でも気苦労の絶えなかった中学生時代を鑑みると、彼女が僕を待っていてくれた事実は心に安心感を植え付けてくれた。
それからアリサは毎日のように家に来て色々と家事を手伝ってくれたおかげで、男だけとなった我が水瀬家はとても助かっている。
けれど大変じゃないか聞いたこともあった。
『毎日来てもらってこっちは助かるけどさ、アリサもここと家の行き来してたら忙しくない?』
『別に? うちのすぐ隣じゃない。それに白野の家も自宅みたいなもんだし、今から「日課」にしておかないとね』
『? そっか』
最後の意味はよくわからなかったが、とにかくここ水瀬家を実家のようだと言ってもらえたのは嬉しかった。
入学してもう数週間経ったが、今でもアリサとは変わらない関係を続けている。
僕が着替え終えて1階に降りると、すでに父は仕事に出ていった後で代わりにアリサが朝ごはんの支度をしていた。
白米と卵焼き、そして味噌汁とお新香。日本人の昔ながらの朝食ではあるが、自分で作る時と出来は段違いだ。何か不思議な魔法でもあるんじゃないかと思えてくる。
挨拶をしてその味を噛み締めながらあっという間に平らげていった。
「ふう、今日も美味しかったよ。ありがとうね」
「おそまつさま。フフ、あたしが作るんだから当然でしょ?」
「あはは、その通りだ」
満腹になったのを感じながら、出かける準備をする。忘れ物や電気のつけっぱなしがないか確認をすると、僕達は一緒に家を出た。
いつものように他愛のない話をしながら並んで歩いていると、不意に横から声を掛けられる。
「あらぁ白野君とアリサちゃん、おはよう」
「あっおはようございます!」
「おはようございます」
近所に住んでいるおばさんであった。いつもニコニコとしていて、いかにも温和そうな雰囲気が漂わせている。ちょうどゴミ捨ての時間と被ったようだ。
「2人ともいつも一緒でほんと仲睦まじいわねぇ」
「えへへ、そう見えますかぁ?」
おばさんの誉め言葉にアリサがとてもうれしそうにしていた。ハートマークが浮き出てきそうなほど満面の笑みを浮かべているが、そこまで過剰に反応しなくても……。
まあ僕もアリサとの仲を褒められて嫌な感じはしないが。
普通の幼馴染だったら何年も離れて過ごしていたら自然と疎遠になるだろう。でもアリサは僕を迎え入れてくれて、今の関係が成り立っている。彼女が家に来てくれなければ、僕は学校で彼女を見かけても話しかけようとは思わなかったのかもしれない。
そう考えると今の僕達の関係があるのはアリサのおかげだ。
心が暖かくなるのを感じる。
「見える見える。
おばさんの言葉に、途端に冷水を浴びせられたような衝撃が体に突き刺さった。
「ええー、それは言い過ぎですよぉ。ねえ、白野?」
「……え、ああ、うん。そ、そうですよ」
「あら白野君どうかした?」
「い、いえ、なんでもありません。なんでも……」
心臓が急にバクバクと鳴っているのがわかる。僕はそれを悟られないよう、この場をなるべく早く過ぎ去ろうと会話を早めた。
おばさんと別れてから学校まで、アリサと僕の間に会話はなかった。僕はあまり頭が回らなかったし、彼女もそんな僕の様子を見てなんとなく察してくれたのだろう。
こうやってアリサに気を遣わせるのは辛い。
だが、高校の玄関で笑って離れていくアリサの様子に、どうやら怒ってるとかそんな雰囲気ではないことを察してホッとする。
僕も自分の教室に入ると知人らに挨拶をして机に座る。
――うん、大丈夫だ。いつもの自分を演じられてた。
いつからだろう。人の目を気にするようになったのは。
そんなのは決まってる。あの元母親が浮気しているのを知った時からだ。僕の両親が正式に離婚を決めたのは僕が中学3年生になってからだった。
それまでは僕の成長を案じて待っていてくれたとのこと。でも、僕は元母がずっと前から
繰り返される日常の中に少しでも異物が混入すれば嫌でもわかるものだ。僕がそういうことに敏感なだけかもしれないが、とにかく僕は元母の浮気の痕跡を見続けてきた。
それなのにまるで何事もないように振る舞う母親の姿に僕は心底嫌気が差していた。
離婚が終わってからも周囲の目は変わる。
憐憫、侮蔑、嘲笑。僕と父さんは何もしていないのにそういった目で見られるようになったのだ。だから僕は他人の顔色を伺うようになったし、父さんも周りからの重圧に耐えられなくて逃げるように海鳴市へと戻った。
そこで何も聞かずに昔と同じように接してくれるアリサと再開できたのは何よりも幸運なことだった。彼女なら家族の事情を話しても何とも思わないでいてくれるかもという信頼もある。
あちらからは何も聞いてこないのであえて話すようなこともしない。他人との接し方に漠然とした不安は残るものの、今は彼女に甘えていたいと思うくらい、3月中の短期間で僕の心は疲れ切っていた。
少し嫌な記憶を掘り起こされてから数日後、いつものようにアリサに起こされ、いつものように教室でクラスメイトへ挨拶したところ、いつもとは違う返事が返ってきた。
それは今度の休日に友達同士で隣町に遊びに出かけないかということであった。
正直いえば少し悩む。
教室では共通の話題を持って接すればなんとでもなったが、遊びに行くのならプライベートの話もしなければいけない時もあるだろう。そうすると何を話せば良いのかわからなくなりそうだ。
だが、それなりの仲だと思われて誘ってくれたのを無下にするのもどうかと思うのと、何よりこれから歳を重ねるにつれて人と知り合う機会も増えてくるのだから、こういうところで慣れていくのも悪くないと思えた。
僕は誘いに承諾することにして机に座った。
大きなデパートに行くとのことらしい。結構最近に建てられたところで評判もいいとこみたいだ。どんなルートで周るのだろう。そういえば新しいゲームもゲームセンターに導入されたのではなかったか。
色んな想像が脳内を走り回っている。どうやら僕は意外にも次の休日を楽しみにしているみたいだ。
授業も終わり、アリサと合流して校門を抜ける。帰る前にその日の食材を買っていくのが毎日の作業だ。
「今日はカレーかな?」
「そうよ。明日あたしお稽古だからなるべく日持ちする食事作らないと」
「カレーだったら手間も少ないもんね。僕も夕飯作るの手伝うよ」
「ほんと? えへへ、ありがとね」
彼女の笑う姿が眩しい。アリサと語り合いながらの帰路。これもいつもの風景だが飽きることなんてない。明日は帰りは別々になるが彼女にも彼女の生活があるのだから仕方ない。
「そういえば、今度の日曜日空いてるでしょ? あたしの家に来ない? 白野の好きそうなゲームも買っておいたのよ」
「あー、えっと、その日はちょっと用事があるんだ」
「用事? 何かあったかしら……」
「うん、今日クラスの友達に誘われてさ、遊びに行かないかって言われてオッケーしちゃって」
「――え?」
アリサから、聞いたことのない低い声色が返ってきた。
「な、なんで? 白野、そういうのに一度も参加したことないじゃない!」
「そうだけど……、せっかくだから行ってみようかなって思いったってね」
「大丈夫なの……? あたしいないのよ? 白野に何かあったら大変じゃない!」
「だからだよ。僕もアリサに頼ってばかりいられない。少しずつ変わらないといけないと思うんだ」
「……そんな必要ないのに」
急に大声で僕を引き留めようとしたアリサだったが、最後の言葉だけ聞き取れなかった。
「? アリサ、今何か言わなかった……?」
「ううん、なんでもないわよ。白野がそう言うなら、あたしも何も言わないことにする」
「そう言ってもらえると嬉しい。ごめんね、せっかく予定作ってくれたのに……」
「別にそれは気にしてないわよ。それより、その日はおじさまもいなかったわよね? 1人で起きれるの?」
「いやいや、僕だってそれは流石に大丈夫だよ。アリサは心配しすぎだよ」
「心配くらいするわよ。白野、母親のことですごく傷付いてるんだから……」
暗い顔になるアリサ。やっぱり家の事情を察してくれていたらしい。やっぱり優しいなあ、と思うが僕もそれに甘えてばかりもいられない。
「いやほら、危険なところに行くとかそういうことじゃないからさ。アリサも自分の友達と遊ぶと良いんじゃないかな」
「友達…………まあいいわ。何かあったらすぐ連絡してよね?」
「うん分かった。気をつけるよ」
突然豹変したようにも見えて驚いたが、今は落ち着いてるし心配性なだけな気もする。
……それだけ僕が頼りないということなのかもしれない。
そう考えるとなんだか情けなくなる。でも僕だって男だ。昔みたいに明るく彼女と接してあげたい。
そうなれるように頑張らねばと思いながら、いつもの様子に戻ったアリサと家に戻っていく。
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「――――でも、やっぱり不安なの」
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約束の休日になり、僕はいつもより早くに目覚めて出発の準備を進めていた。やはり幾分か気分が高揚していて、眠っていられなかったということなのだろうか。
でもこういうのも悪くないなと思える。当たり前のように友達と遊んで、当たり前のように人間社会に溶け込む。
母親の件で精神バランスを崩してきたが、ようやく回復してきたということだろう。
少し早いがもう自宅を出てしまおうかと考えていると、不意に玄関のチャイムが鳴った。
こんな朝早くに誰だろうと、疑問を感じつつドアを開ければそこにいたのはアリサだった。私服にポーチを肩から掛けている。
「アリサ? どうかしたの?」
「おはよう白野。ちょっと相談があるんだけど良い……?」
「え、相談?」
チラリと廊下に飾ってある時計を見やる。集合時間にはもう少し猶予があった。こんな早くに来たということはよほど重要なことなんじゃないかと思う。
そうなれば彼女の話を聞かない選択肢は僕にはない。
ひとまず家に上げて僕の部屋に来てもらうことにした。そこはアリサのおかげで綺麗に整頓されていて、雑多に物が積まれているなんてこともない。
ドアを開けて後ろのアリサに話しかける。
「それで、相談ってどうしたの?」
「うん、あのね――やっぱり今日はあたしといよ?」
「え? うっ……!?」
振り向いた僕の左首筋にチクリとした感触が走る。飛び上がるほどではないにしろ、気の所為ではないと思える程度には感じる痛みだ。
痛みの根源にはアリサの右腕が伸ばされており、その手の先に細長い円筒状のガラス瓶が握られている。
「な、にを……」
「ごめんね。でも体に害があるわけじゃないから」
そう話すアリサはトンと僕の体を押した。その程度では倒れないと思ったが、なぜか足に力が入ってくれずそのままベッドに体が沈んだ。
どうにか体を起こそうとしても言うことを聞いてくれない。
そこへアリサが僕へ被さるように倒れ込んできた。咄嗟のことであったがどうにか押しのけようとしても、ただ彼女の体に手を置いただけでは止めることはできない。
ゆっくりと近付く彼女の顔。そのまま距離はなくなっていき――彼女の唇と僕のが触れた。
1回、2回と何度も何度も口づけされて、口が接着する度に触れ合う間隔が長くなる。
どれだけの時間が経っただろう。10分ほどかもしれなかったが、もう1時間も過ぎてるのかもしれない。もう子供のキスなんてとっくに過ぎていて、アリサの感情がハッキリ伝わってきそうな激しさに、僕の体は最後の力を振り絞る気力さえ失っていた。
アリサが潤んだ瞳で再度僕に顔を近付けたところで僕のポケットから着信音が流れる。
そういえば、約束の時間過ぎてたんだっけ、とボンヤリとした頭で考えていたらアリサが僕の携帯電話に手をかけた。
「はい
さっきの情熱はどこにいったのかというくらい極めて事務的な対応で、僕のクラスメイトとの会話を切ってしまった。もちろんそこに僕の意思はない。
携帯をパタリと閉じたアリサはまた僕に顔を近付けてくる。
「さっ続きをしましょ」
「アリサ、なんでこんなことを……」
彼女の熱のおかげか、先程よりも幾分回る口で疑問を聞いた。アリサは一瞬泊まったが、すぐに微笑んで僕を見る。その目は慈悲に溢れていてまるで聖母のようだ。
「白野にどこにも行ってほしくないの。あたしの見える場所にいてほしい。これで今日も一緒にいられるでしょ?」
「じゃ、じゃあ、そのためにこんなことを……?」
「もちろんよ。……白野の折角の休み潰しちゃってごめんね。だから、お詫びにもっと素敵なこときてあげる」
そう言うアリサは自分が持ってきたポーチの中から、先程の円筒と同じものを取り出した。よく見ればあれは注射器なのではないのか。
「ウフフ、これすごいのよ? まだ病院でも使われてない最新の加圧注射器なの。全然痛くないし効果もすぐ出るように一番適切なところに打ち込めるようになってるわ。これでたくさん気持ちよくなろうね?」
「ま、待ってアリ、うっ──」
さっきと同じようなピリッとした痛みが首筋に走る。さっきとは別の感覚が襲ってきた
呼吸が荒くなり全身がボーッと熱くなっていくのを感じる。まるで体が燃え上がるようだ。なんとか息を整えようとしても鼓動は早くなるばかりである。
それでも動かない手足ではこの激情を解消する手段すらない。
すべてはアリサの思うがままだ。
「白野は何がしたい? 白野のわがままだったらあたしが全部叶えてあげる。だからお願いして? 命令して? あたしだったら白野をいっぱい愛してあげる」
彼女は顔を僕の耳元まで近付けてボソリと呟く。それは悪魔の囁きだ。このまま従えば僕はきっと後戻りできなくなるだろう。
でも、アリサは自分の服のボタンを外し始めた。一つずつほどかれていく度に彼女の艷やかな白い肌が露わになる。
あまりの美しさに僕の理性は消し飛んだ。ブルブルと震える口で、僕は彼女に訴えかける。それが最後の正気だったかもしれない。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ―
「もう完全にお昼過ぎちゃったわね。あたしの家に行ってご飯食べましょ? 白野が干からびちゃう前に精の付く料理たくさん作るわね」
「……うん、ありがとうアリサ」
「今日はあたしの家にお泊りしましょ? おじさまもあたしから言えば許してくれるはずよ」
「……うん、そうだね」
「明日も休みだし白野のやりたいこと何でもしてあげるね」
「……うん、ありがと。でもアリサの言うことなら僕はそれで良いよ」
もう僕にまともな理性なんて残っているのだろうか? こうやって冷静な思考をしているつもりでも今朝の自分とはずれた感覚に苛まれている。
……アリサは行為の最中永遠と『貴方はアリサさえいれば良いの』、『愛してるわ、白野』と囁き続けた。
やめてほしいと言ってもアリサは決して止めなかった。
――でも僕もアリサをあいしてるんだからそれで良いじゃないか。
……あれ? 本当に?
わからない。もう思考がグチャグチャだ。それでも彼女とこうして肌を密着させている時間は幸せだと感じる。もう少し、もう少しだけこの夢に浸かっておきたい。
僕の頭を撫でながらアリサが囁く。
「――うふふ、愛してるわ、白野」
・
・
・
やっぱり彼を引き止めて正解だったなと思う。
おかげで彼とこうして繋がることができた。すごい前進だ。我ながら自分の行動力には驚かせられる。
でもこんなに嬉しいことはない。早くパパとママに伝えたいくらいだけれど、そうしたら彼が怒られちゃうかもしれないから我慢しなきゃ。
いずれにしろ両親は彼にとても感謝してるから追い出したりはしないだろう。
そう、もちろんあたしも感謝している。彼はあたしの人生を救ってくれた。彼がいなかったらあたしは一生友達もできずに過ごす暗い女の子になってたかもしれないんだから。
きっと親友と呼べる子達にも出会えなかったかもしれない。
すずかには悪いことをしたなと思ってる。でもあたしがいなきゃ誰が彼を救ってくれるのだろう。
母親から捨てられて、周りからも孤立した彼。あたしが愛してあげなきゃ。
いっぱい愛した。あたしの持てる力すべてを使って愛した。彼は愛に飢えている。もっともっと愛してあげたい。
ずっと一緒にいるって約束したんだからこれくらいは当然。
白野を捨てたあの女にも罰を与えなきゃと思ったけど、仮にも彼を生んだのは紛れもなくあの女なのだ。それだけは感謝してあげないといけないだろう。
それにもう今は関係もない。あたしが彼と契りを結ぶまでとても順調で気分が良いのだ。
例えあの女が邪魔しにきたとしても、人1人潰すくらいの財力がウチにはあるんだから障害にもならない。
そんなことよりも早くまた彼と繋がりたい。
お腹を擦ると彼が吐き出した欲望を実感できてあたしの心は幸福で満たされる。
こんなに直接彼との愛を確かめられる方法があるんだったらもっと早くにやっておけばよかった。
これから彼が夫になるまでの計画もバッチリと進んでる。早く彼との子供もみたいなと思える。
今回みたいにあたし以外に興味を持ったらしっかり手綱を引いてあげないと。彼と別れた日のことを思い出したくはない。彼は一生あたしだけを見てれば良いんだ。
もうあたしの前からいなくならないでね?
今回の話は面白かったですか?
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改善の余地あり