病んで愛して魔法少女!!   作:ガラン・ドゥ

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罪人は十字架に磔にされました

 カーテンの隙間から差し込む陽の光が僕の意識を釣り上げてきた。

 うっすら目を開けて時計を確認すると、起床時間ピッタリだ。起き上がれば隣のベッドで寝ていた住人の姿はない。

 毎日お疲れ様、と心の中で労いの言葉を掛けて彼女のいるリビングへ降りていく。

 そこには薄着にエプロンをつけた女性が鼻歌交じりに朝食を作っていた。

 

「おはようティアナ」

「あっおはよう――お兄ちゃん」

 

 僕の声に振り向くのは快活でまっすぐな性格にピッタリの琥珀色の髪を持つ少女。

 いや、もう少女と呼ぶのは失礼になるかもしれない。

 

「待っててね、もう少しでできるから」

「僕も手伝うよ」

「良いの良いの。お兄ちゃんは椅子に座ってて」

 

 彼女に言われたとおり待っていると、料理の乗った皿がどんどん運ばれてくる。最後の皿を受け取ってティアナが席に着いたのを確認するといただきます、と挨拶して食べ始める。

 一緒に暮らす仲で代わり映えしない会話が飛び交うが、今日は少し違う出来事を用意してあった。

 

「――ああ、そうだ。今日はティアナの誕生日だからね。はいこれ」

 

 あらかじめティアナに見つからないように、戸棚の一番下の引き出しに隠してあった小袋を拾い上げて渡し、彼女が中を見ると小さなエメラルドがはめ込まれたペンダントが入っている。

 それを見たティアナの顔がパァッと輝いた。

 

「わぁ……ありがと! 誕生日のお祝いが一番にお兄ちゃんからもらえるなんて嬉しいわ!」

「そんなに大したものでもないけどさ」

 

 そうは言ったものの見栄が9割ほどである。

 ずっと地上本部に勤務している僕では、宝石の入ったペンダントなど毎月コツコツ貯めなければとても買える代物ではない。

休日にたまたま通り掛かった店のショーケースに飾られていたものであったが、純白の輝きがティアナに似合うのではないかと思えてどうにか手に入れようとしたものであり、なんとか買うことができて良かった。

 しかし、うだつの上がらない僕と違ってティアナは執務官である。もちろん給料も比べ物にならないだろう。

 こう言ってはなんだが、僕からの贈り物が本当に嬉しいのか不安なところはあった。

 それでも小包を大事そうに抱えるティアナは、これ以上ないくらいの笑みを浮かべている。

 

「何言ってるのよ。お兄ちゃんのものだったら何でもあたしの宝物よ。だからそんな不安そうな顔しないで?」

「……うん、そういってもらえてうれしいよ」

 

 自慢の妹は月日と共に中身もしっかり成長しているようだ。

 以前は両端を結っていた髪も、いつのまにか解いてロングのストレートにし始め、大人の魅力を醸し出している。身内から見てもティアナほどに美人な女性はそうはいないし、僕自信が緊張する時も多々ある。

 ……まあ、本当に血が繋がっているわけではないのだが。

 昔を振り返れば、あの頃のティアナはいつも険しい顔をしていた。今日と同じように誕生日プレゼントを渡しても、素直に受け取ってくれることもなかった。

 

『こんなのいらないわよ!』

 

 子供の頃特有の容赦のない言葉は中々堪えたが、彼女の体験を鑑みれば余裕がなくなるのはしょうがないと思う。

 

「お兄ちゃん? どうかしたの?」

「いや、ここに来た当時はプレゼントも受け取ってもらえなかったなあって思い出してさ」

 

 僕の一言でティアナの目の色が変わった。

 

「あ、あの時は自分をうまく制御できなくて……。本当に反省してるわ……」

「アハハ、冗談だよ。今はこうやって立派になってくれて嬉しいよ」

「……も、もう、朝からからかわないでよ。あれはあたしにとって最悪の思い出ね」

 

 どうやらティアナはこの話題にあまり触れてほしくないみたいだ。

 ちょっと配慮に欠けていたかもしれない。僕にとってはここで話は終わりだったのだが、ティアナは未だに神妙な顔つきをしている。

 

「あの時は本当に無知なガキだったわよね。優しくしてくれたお兄ちゃんを傷付けて──」

「大丈夫、もう気にしてないしって。変なこと言ってごめんよ。今日はティアナのお祝いなんだから楽しまなくちゃね」

「……うん、そうね。ごめんなさい。今はお兄ちゃんと暮らせて、あたしとっても幸せよ」

「それは僕だって同じさ」

 

 僕が無理やり話を遮ると、ティアナも気持ちを切り替えたようだ。昔からそういう優しいところは変わらない。

 『自分が相手を傷付けた』と思うと周りが見えなくなるのは今も昔も変わらない。

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ―

 

 彼女を引き取ったのは今から十数年前のことだ。

 僕はティアナの兄であるティーダ・ランスターとバディを組んでいた。

 お互い親のいない同士ということもあって共通点もあったし、彼とはとても気の合う親友だった。家にもよく通っていたから元々幼いティアナともよく遊んでいた。

 快活で、年相応の表情を見せる女の子であったのだが、彼女はある日を境に一変してしまう。

 当時僕達は麻薬販売グループを追っていた。そしてついにアジトを突き止めそこへ突入したのだが、突然の襲撃に気を動転させたのか、密売人達と銃撃戦を行うことになり、その中でティーダは一発の流れ弾をくらってしまった。

 ほぼ即死。助かる見込みは一切なかった。

 なんとかグループは全員逮捕されたものの、死者への通夜で()上司の心無い言葉は、その場にいたティアナに大きな心の傷を負わせた。大切な親友を守れなかった後ろめたさから、僕は行く宛のない彼女を引き取ることを決めたのだ。

 彼女が働けるようになるまでは何とか不自由ない生活をさせようと決めていたのだが、そんな決意とは裏腹にティアナはそれまにでない暗い目をするようになる。

 

 兄をバカにした連中を見返すのだと魔法にのめり込み、僕はなるべく安全なものから練習させていた。

 しかし、ティアナはそれでは足りないと言って僕の目を盗んで過剰な練習をするようになった。僕は体の成長にあった練習をさせなければと何度も注意したのだが、日を追う毎に彼女の特訓は苛烈になっていき僕に反抗するようになっていく。

 そうしていつかやると思っていたのだが、初めて使った魔法の反動でティアナはついに怪我をして、僕は彼女を叱り、それに彼女は反論するといった大喧嘩にまで発展した。

 あの時はティーダのように彼女の親代わりになろうと必死だった。相手に怒るというのは実際にはとても大変なことであり、自分が嫌われる覚悟をもって接しなければいけない。

 それでもそれがティアナのためになるとばかり思っていたのだが、彼女から言われた一言で自分の覚悟の甘さを自覚させられた。

 

『もう放っといてよ! ()()()()()()()()()()()()!!』

『――――』

 

 実際、彼女とは血縁でもなんでもない。だからといって僕なりに彼女へ寂しい思いをさせないよう精一杯の努力をしてきたつもりだったのだ。

 でもそれは本当に『つもり』であり、彼女にとっては僕は本当に赤の他人でしかなかったのだろう。

 あまりのショックに口を開いたまま固まってしまったのだが、そんな様子の僕にハッとしたティアナも一気に頭が冷えた様子であった。

 

『あっ、ち、違うの……! カインさんには本当にお世話になったと思ってる。い、今のは――』

『……いや、良いんだよ。本当のことだし、ティアナがそう思ってるなら僕ももう口出しはしない』

『…………』

 

 その日を境に、僕達の関係はとてもギクシャクしたものになった。

 朝お互い顔を合わせても余所余所しい挨拶になったし、日常での会話も減り、彼女はどこか僕の顔色を窺っているようにみえた。

 まだ10にも満たない子供なのだから言いたいことがあれば遠慮せずに言ってほしい。それを口にする勇気が僕にはなかった。

 

『本当の家族でもないくせに!!』

 

 その言葉が僕の胸に深く突き刺さり、どうしても前に進むことができない。

 そもそもの話、子供を育てた経験もないのに僕がティーダの代わりをやるなんて無理があったのだ。ティアナは喧嘩をして以来、魔法の練習をほとんど控えるようになってしまったが、それは僕が情けない姿を見せたからそれに同情してのことなのだろう。

 

 本当に情けないなと自分を責める自己嫌悪の日々が続き、ティアナもある程度成長した時のことだった。

 彼女はあれ以来初めて僕の目を見て話があると言って、お互い向き合うように座る。面と向かうのもとても久しぶりのことだ。

 話とは彼女は魔導学校に行きたいということ。

 僕の意見もちゃんと自分の中で飲み込んだが、やっぱり魔法のことが諦めきれないらしい。反対する資格がないと思っていた僕は、それを承諾して彼女はミッドチルダの中心地へと旅立っていった。

 最後まで仲の良い家族にはなれなかったのだろうが、1人分の人数が減った家がなんだかとても広く感じられた。

 元々両親のいなくなった実家で1人で暮らしていたのに、いざティアナがいなくなって初めてその存在の重みに気が付く。しかしもう遅いのだろう。

 これは外れた直感だったが、彼女はもう二度とここには帰ってこないと思っていたからだ。

 

 そんな直感が当たったなと思ったのが、彼女が旅立った数年後のこと。

 僕がどこか魂が抜けたように腑抜けた気持ちで日々の仕事に追われてる中、ミッドチルダ全体を震撼させたあの『J・S事件』を解決した立役者として、ティアナはヒーローのように取り立てられていたのだ。

 憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとした表情でテレビに映る彼女の姿に、自分の願いを叶えられたんだなと僕は思った。

 彼女には苦楽を共にした仲間がいて、もう僕は必要ないとそう考えていたのだ。

 

 しかし、彼女には彼女なりの想いがあったらしい。

 甚大な被害を受けた都市部の復興に目処がたった頃、救援として駆り出されていた僕も実家へとようやく戻っていた。

 そんな時にふと玄関のインターホンが鳴り、部隊の仲間か誰かだろうと特に意識しないまま扉を開ければ、そこには一瞬見違えてしまうほどに成長したティアナの姿がそこにあった。

 何故どうしてという感想が真っ先に出てきて、僕は挨拶もできずにいたのだが、彼女もただ静かに一言だけ、「また一緒に暮らしたい」と口にするだけであった。

 それからまた僕達は一緒に暮らすことになる。

 最初はもっとギクシャクするものだと思っていたのだが、ティアナの方は本当に良い出会いがあったのか元来の明るさを取り戻して、以前よりも僕に積極的に絡んでくるようになった。

 そのおかげで僕も会話しやすく、今では本当の家族とまでは言えなくとも、それに近い関係とまでになっている。

 僕は何もしていないし、全てティアナのおかげといえるだろう。わざわざ僕へ再び会おうと思ったきっかけは分からない。

 でも今のところ何も問題らしきことは起きていないし、色を取り戻した日常を楽しもうと思えた。

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ―

 

 食事が終われば仕事の用意だ。2人ともそれぞれ自室に戻ると管理局の制服へと着替えて、玄関の前で待機する。

 少し遅れてやってきたティアナと合流すると、僕達は仕事場へ向かった。

 行き先は全くの同じところ。

 執務官といえど本拠勤務だけでなく、最前線でそこの総括を担当する者もいる。ティアナもその内の1人だが、「お兄ちゃんと一緒にいたいから」という理由で各部署から取り計らってもらったらしい。

 ……職権濫用とはこのことを言うのではないだろうか。

 元々自分の気持ちははっきりと言うタイプではあったが、僕の家に再度住み始めてからはそれが顕著に思える。

 子供の時は気にする必要などなかったけど、僕とて男だ。ティアナの無防備なところに出くわしたのは一度や二度ではない。注意するべきかとも思ったが、なんだティアナを『女』として見ていると思われるのも嫌で憚られるのだ。

 彼女は僕を信頼して帰ってきてくれたというのに、それを無下にすることはできない。

 今日もあんなに薄いシャツを着て……いや、もうこういう考えがいけないのだ。

  いけないいけない、と思いつつ、ティアナとは別の部屋での仕事となるので別れた僕は邪念を捨てるように仕事へと没頭した。

 

 出動要請などもなく、今日は自分のペースを処理することができた。

 現場担当を長年やっているが、ここ最近は海と陸の関係改善も見られ、多数の支援が地上にも送られてきている。そのおかげで保安対策にも力を入れることができていて、治安は随分と良くなっていた。

 戦闘を担当する部署にいるのだからあまり大声では言えないが、やはり平和なのが一番だと思う。そうすればティーダのような犠牲者も減るのだから。

 ふと時計を見やればもうすぐお昼になる時間帯であった。仕事の区切りも良いしここら辺で一旦止めとこうかと思っていると、後ろから声を掛けられる。

 

「カイン先輩、少しよろしいですか?」

「ん?」

 

 振り向くと、そこには若い女性が立っている。ルキノ・ハッチという名前の、最近管理局へ入局した新人でありこの部隊への配属が決まった子である。飲み込みも早く、一度言ったことを二度聞き直すこともないため、今から育つのが楽しみな人材だ。

 

「件の会社に関する企画書はこんな感じで良いんでしょうか」

「──うん、概ね良いと思うよ。でもあそこの社長さんはこの地域のお土産が好きみたいだから、2日目に少しだけ自由時間取った方が良いかな」

「なるほどー。お相手への細かい気配りも忘れないなんて、流石先輩です!」

「いやぁ、あそこには結構お世話になってるからね。僕もずっとここにいるからそれで覚えられてるだけだよ」

 

 真面目で大変よろしいのだが、初めは色々と勝手が分からないだろうと色々指導していたら、ひっきりなしに僕の元へと来るようになった。

 後輩に慕われるのは悪い気はしないが、若干距離が近いようでちょっと気になっている……。

 

「ありがとうございます、先輩。お礼に今日のお昼――」

「お兄ちゃん、仕事終わった?」

「あっ……。すいません、何でもないです」

 

 ルキノはティアナの姿を見た途端、言い掛けていた言葉を止めて自分の席へと戻っていった。

 その間にティアナが僕の方へ詰め寄ってくる。

 

「今の、新人?」

「そうだけど。どうかした?」

「……ふ~ん。いいえ、何でもないわ」

 

 明らかに何でもありそうな雰囲気のまま、ティアナは僕を食事へと誘う。いつものように基地の外で弁当を広げる彼女は傍から見てとても不機嫌そうであった。

 

「ティアナ、何かあったの?」

「……やっぱりお兄ちゃんには分かっちゃうのかしら」

「まあ一応これでもティアナの保護者だしね」

「『保護者』、ね。それは良いんだけど……さっきの新人と仲良いの?」

 

 新人が指してるのはどう考えてもルキノのことであろう。

 

「仲良いって言うのかな……。こっちは上司なわけだし、気には掛けてるけどね」

「……でもちょっと距離が近いんじゃないの? 顔がぶつかりそうなくらいで、本当に不愉(ふゆ)か――じゃなくて、上司と部下の関係には見えないわよ」

「うーん、それはちょっと僕も思うけどね」

「ならちゃんとお兄ちゃんから言わなきゃ。()()()()()よ? ちゃんと目上の人に対する接し方ってものがあるんだし」

 

 どうやらティアナは彼女の僕への態度が気に入らないらしい。執務官はルールに厳格なところもあるし、仕事上の対応には敏感ということなのだろう。

 年は上でも能力も経験も最早ティアナの方が上だ。ここは彼女の意見を素直に聞き入れた方が懸命だ。

 

「そうだね。ティアナがそう言うなら気をつけるよ」

「ウフフ、お兄ちゃんならそう言ってくれると思ったわ」

 

 ティアナの顔に笑みが戻る。

 あんなに怒ってるのは彼女が子供の時以来――あれ?

 そういえば、僕の家に戻ってきてから僕はティアナが微笑んでいる姿しか見ていない。一日中と言ってもいいほど一緒にいるというのなら色んな表情を見ても良いはずだ。

 でも僕が見るティアナは常に同じ雰囲気を放っている。

 何か違和感を感じる。でもそれが何なのか言葉には言い表せない。

 

「お兄ちゃん?」

「あ、ああ、ごめんごめんボーッとしてたよ」

「もう、せっかく美味しいお弁当作ったんだからちゃんと味わってよね。あたしがアーンしてあげようか?」

「いや、それは遠慮しとくよ……」

「えー、残念」

 

 そう言いながらもティアナはケラケラと笑っている。やっぱりその表情が変わることはない。

 昔の彼女を知ってるから変に感じてしまうのだろうか。言いしれぬ不安を抱きながらも、僕は丁寧な料理達に舌鼓を打ち、午後の仕事に戻っていった。

 

       ・

 

       ・

 

       ・

 

 せっかく彼から最高の誕生日をもらえたのに、ウジ虫のせいで台無しな気分になるところだった。

 少し遠目に見てたら、彼に対してベタベタベタベタと。一体彼がどれだけの価値を持つ人なのか分かってるのか。

 でも彼は最後にはあたしに味方してくれる。

 いつでも、絶対に。

 そう、あたしが彼を傷付けた時も。

 

 本当にあたしは最低だったと思う。自分の生活だけでも精一杯だった筈なのに本当の兄を失ったあたしを引き取ってくれて、一生懸命家族になろうと頑張ってくれた。

 彼の優しさは聖人のように暖かくて、ずっとあたしを守ってくれてた。それなのに、「家族じゃない」なんて言い放った過去の自分を殺してしまいたいくらい憎い。

 それから彼はあたしと接するのを恐れるようになってしまった。あたしが傷付かないように。あたしの負担にならないようにと。

 悪いのはあたしなのに。それでも彼はあたしの意思を尊重すると言ってくれた。どんどんやつれていく彼の姿を、直視することができないくらいあたしは弱かった。

 だから、あたしは自分を変えなければと思った。自分のためでなく、彼のために。

 そしてそれが叶ったから、あたしはもう一度彼の前に姿を現した。

 どれだけ罵倒をされてもいい。むしろ殴ってくれても良いというくらいの気持ちで行ったのに、それでも彼はあたしを拒絶しなかったのだ。

 それからより一層彼を幸せにしなければと思った。

 彼は自分を無能のように言うが決してそんなことはない。判断能力は非常に優れているし、人を引きつける懐の広さだってある。……余計な不純物まで纏わりついてくることもあるが、それはその度に排除すれば良い。

 

 あたしが、あたしだけが彼を癒せるのだ。

 あたしがつけた瑕疵を、あたしだけが治せる。

 初めてで最後の大喧嘩をしたあの日、彼は少し壊れてしまった。他人に接するのを恐れるようになり、あたしともう一度家族のように接することができないでいる。

 その罪を犯したのはあたしだから、あたししか彼を支えられない。

 だから、あたしは彼の周りを全て作り変えてあげる。

 彼の上司も、その上の指揮系統も、地位を手土産に全て買収し終えた。これで彼の周りのいらないものも、彼の望むものも、全て彼の思うがままだ。

 彼は無欲な人間だから何も望まないけど、その代わりにあたしがお金を稼いであげよう。それが彼の隣に立つ『妻』の役目というものだろう。

 今はまだその時期じゃない。もっともっと彼があたしを好きになれるよう頑張る。

 それまでは彼と過ごせるこの時間を楽しもうと思う。

 

 ……ああ、でも、今日の彼からの一生の宝物。

 彼は知ってるのだろうか。エメラルドは『愛の宝石』という意味があるのを。

 いや当然知っている筈だ。知ってなければわざわざあたしに碧い石をプレゼントなんてしてくれない。いや、そうに違いない。

 ――これはもう彼からの告白と捉えても良いのではないだろうか?

 まだ早い。まだ早いと自分に言い聞かせていたのに、これでは我慢できなくなってしまう。

 でも誠実な彼なら直接の言葉があるはずだ。それがないのなら、ひょっとしたら今日の夜にあたしの耳元で囁いてくれるのかもしれない。

 そうでないのなら……、あたしからアプローチを掛けることになる。

 ――それでもどうかあたしを許してね、お兄ちゃん?

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