恵里は今日も壁に頭を打ち付ける(完結)   作:コミッサール

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大変御待たせいたしました。
エリリン劇場第二十九幕開演で御座います。
今回はなかなかうまく書けず、何度も書き直したため、御待たせする事になりました。
大変拙い劇ではありますが、楽しんで頂ければ幸いです。


第二十九話 無理が通れば道理が引っ込む

ゼーゼーと荒い息を吐きながら、恵里は貼り付いていたハジメに対し、僅か数秒分だが一時的に記憶を封じる闇魔法「落識」を連続して使う事で、まず、くそ恥ずかしい愛の言葉による魔法ジャミングを封じた。

息が荒いのは、恥ずかしさと嬉しさの余り過呼吸を起こしたからだ。

とても精神集中出来る状態ではないので、簡単な闇魔法位しか使えなかった。

 

言おうとした言葉を忘れて、「僕は何を言いたかったんだっけ」と、悩んでいるハジメに「落識」を魂魄魔法で強化したオリジナル魔法「忘我」を使い、フーマの不思議な踊りを見た記憶を抹消した。

強力だが、相手とすぐそばで向き合って掛けなければならない、戦闘では役立たずの開発失敗魔法だが、こういう時には役に立つ。

 

正気に戻ったハジメは、恵里に何を言ったか思い出し、今度はハジメが茹で蛸みたいに真っ赤になった。

「お兄ちゃん、色々言いたい事はお互いあるけど、とりあえず気付かれないように、そっと味方を増やすよ」

 

まず手近にいた雫を正気に戻した時、恵里の頭の中に新撰組の近藤局長から、降霊術の召喚術式を通じて緊急連絡が入った。

(殿、討入りだ!!)

(はあっ?!ナニソレ?ドコのドイツだよ?今時、赤穂浪士じゃあるまいし)

(土方がやられた、防いでいるが凄い数で、何人か抜けてそっちへ行ったぞ。

敵はしっと団だ)

(はい??訳がわからないよ?!なんだよそれ?!)

土方はモテまくっていた新撰組時代に、付き合っていたり、恋文寄越したりしていた、一部ストーカーレベル含む追っかけの女の子達の亡霊の大群に迫られ、斬る事も出来ず戦闘不能になっていた。

「クックックッ、ハーレム男め、当然の報いじゃ。

それ進めえ!バカップルめに天誅を下すぞ!」

 

襖の向こうから「チリ~ン」と鈴の音がした。

次の瞬間、恵里とハジメの周囲がおどろおどろしい陰惨な雰囲気の野原に変わる。

しっと異界に引き込まれたのだ

「しっと」と書かれた夜叉の面を被った妖怪や亡霊が地中から現れ、角に松明括り付けた鬼女である橋姫が恵里とハジメに地獄の底から響くような怨念に満ちた声で叫ぶ。

「我等の名はしっと団、種族問わずモテなかった男女が怨みを残し集まりしもの。

我が橋の上で、バカップルの畜生めがイチャイチャ見せ付けおって!

リア充死すべし、慈悲は無い!!」

「「うひい!!なにこれえ?!」」

そんなに強くは無いのだが、凄まじい気迫の上、妖怪達がイヤな呪詛を次々と掛けてくるのが厄介だった。

恵里が呪詛を魂魄魔法で払うのに手一杯のため、ハジメが一人で鬼女達を相手取らねばならないが、今のハジメであれば、充分やりあえる。

エクスカリバーと鬼の金棒がぶつかり火花を飛ばす。

「何がリア充死ねだよ。

カップルなんて、世の中いくらでもいるじゃないか。

少しぐらいイチャイチャしたからって、関係無い人間襲うような事してるから、モテないんだろ?」

「おのれえ、言うてはならん事を!!

我が怒りを見よ、限界突破!!」

いきなりパワーアップした橋姫に、ハジメは押されまくりになるが、同じく限界突破した恵里が割って入り、助け出した。

「ボクのお兄ちゃんに手をだすな!!」

橋姫はニタリと嗤った。

「やれい、泥田坊」

ハジメを助けたため、呪詛からの護りががら空きになった二人に、泥田の呪詛が掛かった。

両足が泥に嵌まったように動かなくなり、身動き取れない二人を、橋姫が嘲笑した。

「我が橋の上でイチャイチャした罪の報いは、百叩きで許してやろう。

ただし、鬼の金棒でだがな。

命が持てば、リア充共への見せしめとして解き放ってやろう。

ふふっ、無様な姿だの、旭将軍などと粋がっておった木曽の田舎者のようだ」

「へえ、ひょっとして、木曽夫婦が仲良く橋渡ったのが、気に食わなくて、木曽義仲公に同じ呪詛かけたのかな?」

「それがどうしたというのじゃ?」

恵里は準使徒の空間をこじ開ける権能を使い、異界から現実空間への小さな隙間を作っていた。

開いた穴から降霊術の召喚術式を通じて、巴御前にこの会話を聞かせていた。

「いや、ボクは関係無いよ。

でも、君のすぐ後ろにいる人は凄く関心が有るそうだよ」

「ハッ、そんな事を言って、時間稼ぎしようと、」

後ろからポンポンと肩を叩かれ、橋姫は振り返った。

「げえっ、巴御前?!どうしてここにい?ギャ!」

巴御前は橋姫を踏みつけて、ボキッボキッという音と悲鳴の協奏曲を奏でながら、とてもいい笑顔で嗤った。

「恵里殿、このご恩は必ずや、奉公で返そう。

いざという時は、お呼びくだされ、いつでも馳せ参じよう」

リーダーを失い混乱しているしっと団の残りは、ハジメの「約束された勝利の剣」と恵里の灰翼砲撃で薙ぎ払い、しっと空間を脱出した。

 

宴会場に戻った二人が見たのは、課長と和気藹々と話している悪魔シスターズ、百面相してる浩介、その回りで卒倒している旅館のおかみさんや仲居さんを介抱している雫と獅子舞、「働きたく無いでござる、働きたく無いでござる」と転がっている八重樫忍者と梓という意味不明な光景だった。

「なぁにい、これぇ?わけわかんない?」

 

受肉してからの人生経験が短く人間社会に疎いリーゼロッテと、オムニブスという狭い組織の中でしか世間を知らなかったクラウディアの、(人間社会限定)箱入り娘コンビは揃って首を傾げた。

「「アイドルって何をするんですの?」」

「そうだなあ、アイドルとはみんなの魂を揺さぶって、夢と希望を与えて、お金を貰う商売かな。」

「え、魂って人間が揺さぶれるんですの?(食べるんじゃなくて?)」

「ハッハッハッ、自慢じゃあないけど、これまでぼかぁ、(ボクが)楽しい事をいっぱいして、(ひどい目に会わせた)たくさんの人達の魂を(頭を抱えさせて)揺さぶってきたよ」

唖然としていた浩介が口を挟んだ。

「ちょっ、ちょっと待ってよ?!

アイドルなんかになったら、」

「あれっ、突然現れた君は、二人を心配する位親しいボーイフレンドなのかな?

なら、逆にこう考えてみないか?

君のガールフレンドがアイドルになるんじゃなくて、アイドルが君のガールフレンドになって、お付き合いしてくれると。

ほうら、とても素晴らしいドキドキする事に思えてきただろう。」

「えっ、僕がアイドルとお付き合い?!」

頭を抱えてブツブツ言い出した浩介を放置して、課長は攻略を続行する。

「世間へのアイドルの影響力というのは凄い物でね、政府が何十億円もかけた広報より、アイドルの一言の方が勝るのさ。

たとえば、宇宙人と仲良くしましょうとか、アイドルが言えば世論の流れを決定付けるかもね」

クラウディアが目を輝かせて「お姉様、素晴らしい仕事みたいですわ。

わたし、やってみたいです」

「クレアちょっと待ちなさい。

ウソを見破れるわたくしの目にも反応は無いけど、わたくし達は後二年ちょっとで、浩介を守るためあっちへ行かなければならないのよ。

どんな仕事にしても、途中で放り出すのは良くないわ」

「安心したまえ、アイドルが期限を決めて引退するのは、何の問題も無い。

むしろ引退公演が盛り上がって、魂を強く揺さぶれるね」

「で、具体的に何処で何をするんですの?」

「実はこの旅館が潰れそうだったんでね、ボクが救済して立て直ししているんだが、余程の事をやらないと、お客は来てくれないと思ってる。

そこでどうせやるなら、デッカク行こうと考えた。

宝塚という成功例を参考に、歌と劇とニンジャを売りにして、カラクリ仕掛けの大旅館、そこまでやればお客も来るに違いないとね

名付けて「歌う大ニンジャ城」、どうかな?「歌のニンジャお姉さん」「体操もとい、踊りのニンジャお姉さん」がカラクリ仕掛けの旅館のあちこちから色々な服装で跳び出して、歌って踊る。

ユニット名は名付けて「宇宙忍者ばるたん」とかどうだろう?

こんな事は普通のアイドルには出来やしない、君達しか出来ない事、世界でただひとつの花である君達にしか出来ないんだ!」

熱弁を振るう課長の脇で、買収される以前からの、この旅館のおかみさんや仲居さん達が、魂を揺さぶられ卒倒していた。

「え、あの今からカラクリ仕掛け付けていたら、一年以上かかってしまうんじゃないんですか?」

「安心したまえ、この旅館はね、こまめに増築に増築を繰り返し、散々設計変更していたため、変な所が扉で繋がったり、妙な所に階段があったり、元々カラクリ屋敷みたいな建物なんだ。

後は我が中国の誇る人海戦術で内装で仕掛けを追加すれば、数ヶ月で完成するよ。

その期間で君達にアイドルとしての即席教育を行う。

何よりもう工事は一部始めているから、心配する事は何もないさ」

「とっても心配です!そんなにお金使っちゃって、私達がアイドルいやだと言ったら、どうするんですか?!

大体私、歌は好きだけどそんな歌手やれるほど上手じゃないですよ」

「いやあ~、クレアお姉ちゃんに心配して貰えるなんて、嬉しいなあ♪

全然問題無いよ、アイドルと歌手は似て非なる別の物だからね。

そのためにバックコーラスいれた合唱形式でやるし、もし断わられたら、またいちからラーメンの屋台引いてやり直すだけだから、気にする事はないよ♪」

クラウディアは悲鳴を上げた。

「そんなこと言われたら、やるしかないじゃないですか!!

リチャードさんも、もっと真面目に自分の人生考えてください!!」

「クレアお姉ちゃんみたいなピュアッピュアッな娘さんに叱られると、ホロリとくるもんがあるねえ。

でもねえ、常にどうしようもない理不尽が降りかかってくる場所で、真面目に生きたりしたらあっという間に詰んでしまうから、仕方が無いのさ♪

上の人を向いて歩けば、脚をすくわれ、下の人を見て歩けば、降ってくる理不尽に潰される♪

そんな人生御免こうむる♪

だったらたった一度の人生楽しく、面白おかしく生きなきゃ損損、だからぼかぁ理不尽に潰されるより、自分自身が理不尽その物になる事にしたんだよ♪」

 

絶句したクラウディアに代わり、リーゼロッテが嗤った

「ウ~ン、クレアには悪いけど、わかるわあ、その感覚。

下級に生まれて理不尽に蹂躙されてきた身としては、せめて理不尽になりたいわよね。

ならば、もう敵も粗方片付いたらしいし、アイドルやっても、いいんじゃないかしら」

 

「失礼、途中から聞かせてもらったけど、うちのメンバーを口説くなら、ボク達を通して呉れないかな。(くそ、限界突破の時間切れでマトモに身体が動きゃしないから、回復まで舌戦で時間稼ぎだ)

クラウディアさんはまだ保護観察中なんでね。

ねえ、どっかのエージェントさん」

「おお、分解超能力女子高生ユリコ・オメガサン!実在していたとは光栄です!!」

「ダレだよそれは?!ボクに変な名前付けるんじゃない!!」

帰還した恵里の前途多難な舌戦が始まった。

 

閑話

白崎香織は悩んでいた。

意中の男の子とちっとも出会えないのだ。

同じ学校に確かにいるのに、どうしても会う事が出来ない。

恵里の屍虫に監視され、香織がハジメに近付くと、恵里が別方向にハジメを移動させているせいなのだが、そんな事は香織にはわかる筈もない。

「どうしてだろ、いくら何でも変だよ。

私呪われてるのかな?」

色々と頭が煮詰まってしまった香織は、呪いに打ち勝つべく、おまじない本に手を出した。

「こういう本始めてで、よくわからないから適当に一冊買ってみよ。

ええと、この「ネクロノミコン恋の秘呪法」にしてみよ。」

真剣に読み進んでいく香織、

「ええと、ヴールの印を、それからカー、スル、ヒュー、うわあ、難しい?!

でもハジメ君のため、頑張るぞー!!」

香織の恋の行方はどっちか、それは誰にもわからない?

 

 




おまじない本でほぼ同じタイトルの本は出版されていて実在します。
クトゥルフ神話のおまじない本(中身全然クトゥルフじゃないただのおまじない本ですが)ということで、ちょっと話題になりました。
カー、スル、ヒューはアメリカのテレビドラマに出てきた、何も知らない子供がクトゥルフの英語表記を読もうとして、発音した物で、こんな読み方もあるのかと、新鮮な思いでした。
ユリコ・オメガはRed Alert3という洋ゲーに出てくる旭日帝国という勘違い日本の無敵超能力者さんです。
セーラー服着た女子高生という、頭の痛い設定でした。

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