今回はクトゥルフ神話ネタが多いため、知らない方にはわかりにくいかと思いますが、人間など虫けらでしかない、無慈悲な大宇宙の法則そのものの象徴である神々の神話です。
主神のアザトースは盲目で白痴の生ける巨大ブラックホールのような存在。
まあ、宇宙の法則は物考えたりしませんよね。
人間もエヒトのような小神も勝てる相手ではありません。
白崎香織は「フンッ」と気合いを入れた。
これまで学校ではハジメと会った最初の一回目以後、何十回もハジメのクラスに行ったが、只の一度たりとも姿が見えた事すら無かった。
いくら違うクラスだからと言っても、あり得ない。
一目惚れしたというのに、ずっとお預けをされ続けた香織は、もはや禁断症状を拗らせ清姫状態、ハジメまっしぐら状態である。
明日は卒業式だから、これが最後のチャンスだよと、おまじないの儀式を始めようとしていた。
謎の呪いで愛しいハジメと会えないのも今宵限りよ。
最強のおまじないの前に呪いなど粉砕してくれようと、これまでの時間を使い、お小遣いを投入して掻き集めてきた触媒と、散々練習したヴールの印とキシュの印の書き方、本の附録のCDを何度も聴いて、やっと出来るようになった正しい発音。
そして親に隠れて、本の説明通りにこっそり発酵、熟成させた蜂蜜酒はもう服用済みだ♡
も は や 完 璧 ♪ ♡
さっきから妙に感覚が鋭くなり、気分がハイになっていく。
「イア、イア、しゅぶ・にぐらす!」呪文を正しい発音で唱え、印を切って儀式を始めると、香織の感覚と意識が急速に拡大してゆく。
そして香織はアストラル空間に拡がる、一本の巨大な樹の影を視た。
樹はもう存在していないのに、いまだ影だけが地球を覆っている。
今、狭間の角度から禍々しくもおぞましい犬のごときものの群れが地球に侵入しようとして、無数の影の葉に飲み込まれていたり、巨大な名状し難きモノの影があったりしたが、香織サンはまったく視ちゃいなかった。
なぜならハジメ以外の全てを完全に無視して、宇宙の彼方を視る事が出来るくらい拡大した、知覚能力の全てを総動員してただただひとつに集中し、やっと視ることが出来た、愛しい愛しいハジメ君だけを現在のみならず、過去の時間まで知覚を伸ばして、陶然と味わい感じ尽くしていたのだ。
「全部知りたい、いとしいシト、ああ、キュンキュンする ♪♡」
普通は拡大した知覚で、人間の精神が耐えられない、視てはならないものを視てしまったり、情報量の多さに耐えられず狂気に堕ちるのだが、これには無貌の神様も苦笑い♪
香織サンは宇宙の深奥を覗けるほどの知覚力を全て使い、ハジメの身体、精神、思想、性格、能力、好み、性癖、過去、現在の全てを知り尽くし、受け入れた。
「ハジメ君、私知らなかったよ、こんな世界を救うため頑張っている凄い人だったなんて?!
知れば知る程、尊敬して好きになる♡
いとしいシト、私も手助けするから待っていてね♡」
香織の強烈な想いが、香織の存在を自分自身で造り替えていく。
本来なら人間はこのアストラル空間で自己イメージが保てず、不定形のナニカに変わり果てるのだが、成りたい確たるイメージが出来た香織サンに隙は無いのだ。
周囲ではおまじないをやってココにきてしまい、変わり果てた元人間だったモノ達が、冒涜的なフルートを吹き鳴らしながら踊っていたが、時間を越えて六歳のみぎりのハジメ君のかわゆさに、歓声を上げて夢中の香織サンの目にも耳にも入りゃしない。
香織サンの身体が再構成され、香織サンのイメージ通りに生まれ変わっていく。
「ふふっ、これでハジメ君の役に立って、ハートを完璧にゲット♡♪
卒業式まで待っててね ♡♪」
翌朝香織は爽快な目覚め・・・にはならなかった。
当然である、初めてのお酒で飲み方が分からず、グビグビ一気飲みしてしまったのだ。
それも多いほうが少ないよりも、おまじないが上手くいくだろうと、全部空けてしまった蜂蜜酒の二日酔いだった。
頭がガンガン痛い。
顔を洗って、気分が少しだけ良くなったが、食欲など欠片も無い。
だが香織サンはおもいっきりハイになり、舞い上がっていた。
夢だけど、夢じゃなかった偽り無い証しが鏡に写っているのだ。
「うふん、やったね、これでハジメ君も喜んでくれるよね♪」
食欲が無いので、母親の薫子に、
「朝ご飯要らないから。
いってきま~す♪」
とだけ言って家を飛び出した。
薫子は香織の後ろ姿を見て、目を瞬いた。
一瞬娘の身体に、何かヘンなモノが見えたような気がしたが、気のせいだと自分を納得させた。
飛び出した香織はハジメに早く会いたくて、学校へまっしぐらに直進して行く。
そう、「直進」、塀の上を疾走し、通りすがりの光輝に挨拶する。
「おっはよ~!」「へ?香織?」
唖然としている光輝を置き去りにして、屋根の上に跳び移り、道路も地形も無視して、ハジメまっしぐらにただただ突き進んで行く。
ハジメと恵里が談笑しながら登校しようと歩いているのが、視界に入る。
歓喜が沸き上がる余り、思わず屋根からジャンプして、ムーンサルトでハジメの前に着地をキメる。
ギョッとして、咄嗟に飛び退るハジメ達に、香織サンは元気一杯挨拶した。
挨拶は大事、古事記にも書かれている。
「おっはよ~、ハジメ君♪♡」
「ええっ、し、白崎さん?!」
「げえっ、ファブリーズ?!」
香織サン、恵里をキレイにスルーして、香ばしいポーズを極める。
「じゃーん、見て~コレ」
バッと帽子を脱ぎ、見せた頭にはピコピコ動いている魅惑のふたつのネコ耳♡
ハジメは口をアングリ開けて固まり、恵里はブツブツ呟きながら、頭を門柱に打ち付け始めた。
「ファブリーズがネコ耳で超人化?
こんな事があり得る筈が無い、夢だ、夢だ、夢に決まってる」
恵里がバンバン頭を打ち付ける音に、正気に返ったハジメが、恵里を取り押さえる。
「ね、ねえ、妹さん大丈夫?
怪我してない?」
「いや、いつもの事だから大丈夫だよ。
ね、ねえ、それよりも、その耳いったいどうしたの?」
「うんっ、おまじないしたらね、耳がこうなれたんだよ。
どう?リアルネコ耳だよ。
ハジメ君の大好きなネコ耳になったから、きっと喜んでくれると思って見せに来たんだよ」
正気に返った恵里が突っ込んだ。
「ちょっと待った。
その耳で卒業式に出る気かい?
えらい騒ぎになると思うんだけど」
「あっ、ど、どうしよう?」
ハジメがスマホで浩介を呼び出して、幻術で香織の耳を普通に見えるように誤魔化した。
「白崎さん、今は卒業式を先に終わらせて、その後で事情聴くから、話してくれるかな?」
「はい、喜んで、ハジメ君♡」
卒業式を何とか無事終わり、香織は学校を出てハジメ達と合流しようとした所を光輝に捕まった。
「香織、今朝のネコ走りの事と言い、何が有ったんだ?
南雲に何か変な事されたんじゃないだろうな?」
「へ?大丈夫だよ。
光輝君こそハジメ君の事、変な風に言わないで」
光輝は本心から香織を心配し、真剣な顔で香織に話しかけ、香織はワタワタと手を振りながら否定していた。
「じゃあ、私約束があるから」
一見、立ち去る香織と悄然と立ち尽くす光輝のように見え、卒業式という場所もあって、傍目には告白して振られたように見えていた。
実際には光輝は香織の異常な行動を香織の母親に通報しようか、どうしようか、俯いて考え込んでいただけなのだが、そんな事はギャラリーには分からない。
それを遠目に物陰から、熾火のような眼で見ていた者がいた。
??「キィィ、赦せねえ!光輝に告白されて断るだと!何様のつもりだあ!
オレの愛の邪魔したくせにい、手に入りゃ飽きてポイ捨てとは、クズ女めえ!
やっぱり女はクソ、男同士がジャスティス!悪はいつか必ず滅ぼしてやるう!!」
南雲家にメンバー全員と香織が集まり、話し合いが始まった。
「それで、どんなおまじないしたらそんな事になったの?」
「それがね聞いて、聞いて、ネクロノミコン恋の秘呪法って本を本屋さんで見つけて買ったんだけど、凄いのよこの本!!
凄い本格的でまるで魔導書みたいで、危ない本かも知れないと思って怖かったけど、ハジメ君と会えるなら死んでも悔いは無いと思って、呪文唱えたら望みが全部かなったよ!
呪文を正確に唱えられるように、附録でCDが付いてたり、発音記号まであるよ。
他にも印をうまく描けるように、なぞり書き用の練習用紙が付いてたり、触媒の購入先と、購入資金のための貸金業者の問い合わせ先のリストまであって、テキストはバインダー式で分かりやすいし、説明キャラのネクロの御子ちゃんの触手が可愛いんだよ♪♪
それでおまじない唱えたら、いとしいハジメ君の事が全部視えて、ネコ耳好きだと分かったし、喜んで欲しくてネコの身体にしてこの通り♡
たった九百八十円の本でお得だったよ♪♡
あっ、ごめんね、私ばっかり喋って。
憧れのハジメ君とやっと話す事が出来たんで、つい嬉しくなっちゃって、テヘッ♡」
「えっ、僕のために改造したの?!
このど阿呆があ!!もっと自分を大切にしろ!!
姿形で気に入られたいなんて理由で、大事な身体を改造整形する奴がいるかあ!!
オマケに僕の好みまで、バラすんじゃない!」
「エヘヘ、ハジメ君に心配して貰えて嬉しいな♪
でもね、ハジメ君は世界を救うために、こんなに頑張っているんだよね。
私もお手伝いしてハジメ君に喜んで欲しくて、ネコレンジャーに入りたいと思ったら、こんなネコ耳になれたんだよ。
コレで私もネコレンジャー♪♡ブイ!
私の分のメイド服お願いね♪」
「いいかい、白崎さん、これはお遊びじゃないんだ。
命懸けの戦いになるのに、」
「ちょっと待った。
お兄ちゃん、問題はそこじゃない。
ナニそのヤバいおまじない、唱えた奴の身体作り替えるは、お兄ちゃんの好みまで知る事が出来るヤバい本が、普通に本屋で売っているってどういう事?
いったい何処の出版社が出してるんだよ?
現物今持ってるのかい?」
香織から渡された本を見たハジメは呆然とした。
「ウソッ、完全にクトゥルフ神話の魔導書じゃないか。
アレは完全な創作のはず・・・・」
「お兄ちゃん、ボクも皆も前はトンデモネタと思っていた神も悪魔も魔法も超古代文明もニンジャもエクスカリバーも全部実在していたじゃないか。
だったらクトゥルフ神話の邪神が実在していてもおかしくはないと思うよ」
慌てて、恵里達は政府に連絡を取って、出版社を調べたが、事務所には誰も居なかった。
ごく最近まで、人がいた形跡はあるのだが、社員全員が消息不明だった。
また最近行方不明になった者のうち、留守宅にこの本があった人間が何人もいた。
彼等が何処へ行ったかは不明である。
政府はこうした危険な本の出版を監視する組織、「図書防衛執行隊」を立ち上げる事になる。
香織は意気揚々と帰宅した。
ネコ耳は浩介が掛けてくれた幻術で隠されているし、ハジメとは思いっきりお喋りが出来た。
エヒトの事も全部知っている香織はネコレンジャーに入れるだろうし、そうなれば毎日ハジメの側に居られるだろう。
輝かしい未来に浮かれて、香織は危険に気付くのが遅れた。
リビングで母親の薫子が笑っていない眼の、貼り付けたような笑顔で、おいでおいでと手招きしている。
テーブルの上には見覚えのある空きビンが置かれていた。
蜂蜜酒を入れていたビンだった。
「ねえ、香織、光輝君から聞いたんだけど、塀の上を走ったんですって?
なんでそんな変な事をしたのか不思議だったの。
納得したわ、あなたの部屋からこれが出てきたから。
変だと思ったのよね、今朝寝坊したわけでもないのに、朝御飯食べないで、大急ぎで学校へ行くなんて。
自分でお酒作って呑んだ挙げ句、酔って卒業式へ行ったのね。
連絡したからお父さんもすぐ帰ってくるし、ただで済むとは思わないでね」
「ピニャアアアー!!」
思わず後ずさる香織を逃すまいと、薫子は香織の頭を掴み、怪訝な顔になった。
目では何も見えないのに、変な手触りがある。
すると、さっきまで何もなかった香織の頭にネコ耳が現れた。
「そう、ファッション整形までしたのね」
「あ、あの、で、電話を掛けていいデスか?
じ、事情を説明出来る友達を呼びたいので」
「あら、あなたにお酒を教えた「お友達」かしら?
いいわよ、うちに呼びなさい」
その後、白崎宅に仕方なく訪れたハジメ達は冒頭いきなり魔法の実演から始め、クラウディアの悪魔変身を見せ、白崎夫妻の常識を粉砕した。
でないと、いきなりぶん殴られそうだったからである。
その上で、香織が買ったおまじない本が全ての原因であり、自分達はネコ耳を見て原因を問い質し、対策を打っただけだと納得してもらえた。
そして香織が自分達オカルト対策チームの仲間入りを希望しているが、賛成するのかと確認した。
もちろん賛成する筈が無かった。
大事な娘が命懸けの危険な戦いに参加するのを喜ぶ親はいない。
南雲家や八重樫家のように、エヒトという理不尽がやって来るのを、親が知っている訳ではないのだ。
まして関わった原因が、おまじない本を見て暴走したのでは・・・。
「うちのバカ娘が迷惑かけて申し訳ない。
現状では足を引っ張るだけでしょう。
娘にはよく言い聞かせ、高校ももっと厳しい所へ転校させようかと」
香織が何度目か口を開こうとしたが、薫子がギロリと睨んだ。
「ここであなたに発言権はないの!!」
凄まじい威圧に金縛りになり、涙を流してプルプルしている香織を放置して、恵里が提案した。
「はい、ただこんな身体になってしまった以上、避けていてもオカルトの方から寄ってくる事が必ず起きるでしょう。
戦いには参加させませんが、鍛練に加わって、少しでも自衛出来るようにしたほうがいいと思いますし、高校もボク達と一緒のほうが、何か有った時護る事も出来ますが?」
救世主を見るような香織の視線をウザく思いながら、恵里は黙考する。
(チクショウめぇ、なんでボクがファブリーズの弁護なんかやらなきゃならないんだよ。
だけど、お兄ちゃんがピンチの時、ファブリーズの治癒能力は貴重だ。
クラウディアだけじゃ間に合わない場合があるかも知れない。
だから他の高校行かれちゃ困るんだよ!!)
「そうね、香織の命には替えられないわ。仕方ないわね」
(そうだよ、お兄ちゃんの命には替えられないんだよ。
だからファブリーズが、その代わりにどんな目に合おうと仕方ないんだよ)
今日も恵里は清々しい程、ハジメ達しか護る気は無かった。
こうして香織はネコレンジャー補佐心得見習いとして、八重樫道場で始めての鍛練に悲鳴を上げながらも、挫ける事無く鍛練に喰らいついていった。
南雲家の自室で恵里は黙考していた。
(思っていたより、根性有るな。
あの根性を、お兄ちゃんにも発揮されたらヤバいかも、やはり白崎は危険だ。
トータス行った後、エヒト潰せる目処が付いたら始末するか?
地球じゃ万一バレるリスクを考えると、お父さん達に迷惑掛かるから始末出来ないけど、トータスなら「木の葉を隠すなら森の中、死体を隠すなら戦場に」のことわざが実践出来るから)
ノックの音がして、ハジメが入ってきた。
「恵里ちゃん、また碌でもない事考えていたでしょ。
そんなに、僕の事が信じられないのは、僕の恵里ちゃんへの行動がまだ足りないからかな?
この間どんなに僕が恵里ちゃんが好きか、散々言葉で説明したけど、あれじゃ不足だったんだね」
「え、え、え、な、何の事?」
「あのね恵里ちゃん、魂が繋がっているから、細かい事は分からなくても、白崎さんに強い殺意を抱いた位はわかるよ。
恵里ちゃんをそんなに不安にさせちゃったのは、僕のせいだから責任とるね」
恵里はそのままハジメに壁ドンされ、最初はそっと、そして情熱的にキスされた。
「✕✕✕✕✕、♡♡♡♡♡」
「ねえ、これで信じてくれる?あ、あれ、恵里ちゃん?気絶してるよ!」
次話で召喚、その時がやって参ります。