東哉の火群   作:アッド・ウィステリア

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説明、というか導入回。5000字を超えてしまいそうになったので、続きは後日あげようと思います。


第2話

 山中を駆ける。藪を避け、乱立する木々を躱し、崩れた急な斜面を跳び越えあるいは跳び下りる。

 

 中学卒業以後、ねぐらである社とそれが建つ山の中だけが東哉が自由に行動できる範囲(世界)となった。世話役の叔母を通じて当主の許可を得れば人里に降りて買い物や遊ぶくらいのことはできるかもしれないが、監視付きかつ理由まで事細かに制限された外出などこちらから願い下げである。

 

 だからといって退屈なものは退屈だ。生活に必要な諸々の電化製品はあれど、テレビやらゲームやら暇つぶしの道具がある訳でもない軟禁生活の中では、寝るか運動するかぐらいしか時間を潰せるものがほぼない。

 

 この世界線でない源流の世界であるならば、内心で巡らせる打算を悟らせぬためにのんべんだらりとしたところを外に出していた東哉だが、こちらの世界ではそうではない。

 

 昼寝をするのが嫌なのではないが眠りに落ちてしまうまでにふと、かつて救った少女のことを思い出すと、どうにも心が沸き立ち眠気が遠ざかってしまうのだ。謝れなかったのがそんなにトラウマなのか、と自身に呆れるも今の今まで直らず、放置するほかなかった。

 

 故に、こちらの東哉は身体を動かすのが習慣となっていった。

 

 山中の散歩に始まり、山林を走り抜け、命綱も無しに全長十メートルを優に超える樹々に登り、樹から樹へと枝のしなりを利用して飛び移るくらいのことは当たり前のようにできるようになった。世捨て人というか、忍者か山伏、もしくは天狗のようである。

 

 というわけで今日も昼食を済ませた後、山林に分け入っていった次第なのだが────

 

「……相っ変わらず五月蠅ぇなぁ」

 

 足を止めて、重く低く鳴動する大山を()め付ける。

 

 草那藝山。古くからの自然がそのまま残されたこの辺りで一番の標高を誇る山であり、己が生まれた〈船津〉一族が定めた神域。わかりづらければ、神社で祀られている鏡やら剣が山になったもの、と思えばいい。

 

 遠く聳え立つ()()から耳で拾う音とは異なった、術者特有の感覚が嫌でも受け止める波動のようなものが響いてくる。伝承によれば大きな災害、或いは不幸の前兆とされるそれがこの一月(ひとつき)止むことなく続いている。

 

 警察、消防、救急。それらが鳴らすサイレンにも似た、不安を煽るような────或いは、()かを掻き立てるような最悪なBGM。

 

 もしこの感覚が合っていたとして────一体、()を? 

 

「……あー、止めた止めた。連中が何とかするだろ」

 

 走る気を削がれつつも、それ以上考えるのを面倒くさがった東哉は踵を返して社へと戻るべく足を進める。

 

 元より己の生まれた〈船津〉一族は八百万の神々を信仰の対象とする(中でも水と木、それを司り一族を守護する氏神〈大水那津見神(おほみなつみのかみ)〉を崇める)一族であり、その力を借りて〈怪異〉を調伏するのが役割である。当然、鳴動の原因となるようなものも〈船津〉の管轄となる。

 

 ──手こずってはいるようだが、それに自分が参加するとは思えないし、むしろ手こずるだけ手こずって弱体化してくれればこちらとしては都合がいい。とはいえ長引きすぎれば()()も怪我をするかもしれない──

 

 形を変えながら流れていく雲を見上げつつそんな風に考えていると、何やら社の前に二つの人影を見つける。

 

 叔母ではない。彼女はあくまで当主に任命された世話役でしかなく、最低限の食事や掃除などはしてくれるものの別に親しい間柄ではない。自分が当主の立場だったのなら、自分を偽ることに慣れた人物に話し相手でもさせて懐柔するなり、少しでも警戒を緩めさせるなりするのだが。

 

 まあ考えても詮のないことか、と思考を切り上げ、なんとなく気配と音をできるだけ抑え、二人の背後から近づいていくと片方の巫女装束の少女が勝手に扉を開け放した。

 

「なんだ開いてるじゃない。勝手に上がるわ──「オイ、そこの犯罪者」よォ!?」

 

 ほぼ真後ろまで来た段階で勝手に靴を脱いで他人の住処に入ろうとした阿呆に声をかける。ビックゥ! と音が出そうな勢いで身体を硬直させた巫女装束の少女────従姉妹の莉柘は振り返ると東哉を罵ってきた。

 

「い、いきなり後ろから声をかけるなっ。ていうか、誰が犯罪者よ!」

 

「ハッ、知らないのか? 現行犯は警察でなくとも逮捕できるんだぞ。不法侵入、あと窃盗か?」

 

「こんなとこから何盗むっていうのよ」

 

「…………下着とか? ヤダ、このケダモノ!」

 

「ハッ倒すわよアンタ!!?」

 

 股間の前で手を交差させて大げさにしなを作る東哉に、顔を赤く染めて声を荒げながら近づく莉柘。傍目から見ると興奮して近づいてきたように見えるぞー、とさらに人を小馬鹿にするようなことを口にしようとしたところでもう一人の少女────麻里が間に入り仲裁する。

 

「莉柘、そこまでです」

 

「うぐっ。で、でも麻里ちゃん、こいつが……」

 

「揶揄った東哉も悪いですが、彼の社に勝手に入ろうとしたのは貴方ですよ」

 

 人を指さしてこいつ呼ばわりか莉柘(礼儀知らず)、という東哉のツッコミは無視された。いや、莉柘は聞いているようだったが、感情を伺えさせない瞳で麻里が見つめているので反応させてもらえないらしい。

 

 二人のヒエラルキーを如実に感じさせる一幕はやはり莉柘の方が根負けしたようである。一歩前に出て向き直ると渋々といった感じで口を開く。

 

「わ、悪かったわね……」

 

「気にするな。下着は渡せんが、シャツ位ならくれてやろう。サインもつけてやろうか?」

 

「────~~っ、っ」

 

 ビキビキと額に青筋を浮かべる莉柘をにこやかに眺めたあと、麻里に向き直る。折り目正しい所作で会釈をする麻里の姿は人形めいていながらも、ひどく美しい。

 

「お久しぶりです」

 

「──ん、久しぶりだな」

 

 耳朶を打つ涼やかな声音。こちらも挨拶を返すが、続く言葉は見つからない。とりあえず夏の炎天下の中にいるのもなんだと、社の中に二人を上げると汗を流しに風呂場に進む。

 

「…………こりゃぁ厄介事かねぇ?」

 

 風呂場の戸を閉めた辺りで思わず口をついた言葉は、どことなく厄介事(鉄火場)を期待するような響きのようで、自分自身に呆れるような何とも情けない声音でもあるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 とりあえずざっくりと汗をシャワーで洗い流し部屋に戻ると、二人の従姉妹は並んで座っていた。どちらも両家の子女であるからか、正座している姿が堂に入っている。といっても片方は御簾の奥、片方は道場の上座が似合いそうだが。

 

「何よ」

 

「いや別に? ……さて、十年ぶりの再会を祝うのもいいが、端的に聞こう。()()()()?」

 

 揶揄われてご機嫌斜めになった莉柘が視線に気づくものの、勘の良さは野生動物並みだなとか考えながらもすっ惚けて麻里に問いかける。

 

 十年。それだけの期間、東哉はこの社に軟禁され、何かしらの祭祀がない限りは一族の者と顔を合わせたことも、そも膝を突き合わせて話をすることもなかった。

 

「用も無く来てはいけませんか?」

 

「そうは言わん。だが、()()()()()()()()()()()()()だろう?」

 

 そんな中で一族の本家の人間が、若いとはいえ二人も社にやって来た。これを何もなくお話をしに来ましたなど言われても、微塵として信用できる訳がない。

 

 沈黙。眉根を寄せる莉柘はまだしも、麻里はまるで表情に変化がない。すると唐突に麻里が口を開いた。

 

「山を下りる準備をしてください」

 

「……なんだって?」

 

「貴方をこの社から解放します。条件付きで、ですが」

 

「──ふむ」

 

 成程、()()関係か。

 

 顎でしゃくって、自分の背後にあるであろう草那藝山を指す。その意味が伝わったのだろう、麻里は首肯するとこう続けた。

 

「伝承通りであるならば、神域の鳴動は大規模な異変の前兆。実地と資料、両面で調査をしていますが、未だ確証となる情報もなくそもそも手が足りていません。──東哉」

 

 一拍、間が空いた。息継ぎのためだったのかもしれないし、気合を入れるためだったかもしれない。もしくは意味なんてなかったのかも。

 

「これから封印を解いて貴方を解放します。私に、力を貸してください」

 

 

────それでも。

 

 

 

────無表情だというのに、瞳から伺える感情は分からないのに。

 

 

 

────オレを、なんのけれんもなく真正面から見据える眼は、彼女の容貌も相まって────美しいと思えた。

 

 

 

 …………まあ、それはそれとして。力を貸してほしいとかいう癖に、頭も下げない、お願いしますとも口にしないことに対しては腹が立つ。

 

「封印を解く、ねぇ」

 

 胡坐を崩し片足を立てる。浮かべる笑みはきっと攻撃的な物だろう。麻里の隣に並ぶ莉柘の表情は警戒の色を帯び、いつでも飛び出せるように重心が前に寄る。

 

 それを視界の端で捉えながら、東哉は視線をそらさず麻里を見据える。睨みつけるというほどではなくとも、それなりの険を含んだ視線を彼女は正面から受け止めていた。

 

「独断、な訳ないよな。当主の許可は出てる、と?」

 

「勿論です」

 

「ハッ、可笑しな話だ。その当主(ジジイ)(ここ)に押し込めたくせに。しかも十年の間、祀られている荒神に対しての神楽の一つ、祝詞の一つも上げやしねぇ。よくもまあ、そんな状況で力を貸せなんて言えたなぁ、おい」

 

「……では、出たくないと?」

 

 そんな訳あるか。出れるなら出たいに決まってる。単純に信用の問題である。

 

「何も知らないまま出て行く気はねぇってだけだ。『騙されて一族総出でフルボッコにされました』なんてのは洒落にならないだろ?」

 

「そんなことはしません「オレに()()()()()()()()()()()のかも忘れたか?」」

 

 笑みすら消して食い気味に放つオレの言葉に沈黙する麻里。物言いたげであった莉柘もさすがにあの件に関しては何か思うことがあるのか、バツの悪そうな表情だ。

 

「……確かに、私個人の言葉では根拠はありませんね」

 

「……とにかく全部話せ。出るかどうかは、それを聞いてから決める」

 

 切れ長の目を伏せる麻里。なんとも心地悪い空気。自分が悪いわけでもないのに罪悪感のようなものを感じてしまうことに苛立ちつつもそう言って先を促した。

 

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