闇医者のアカデミア   作:苦学生は辛いよ

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 前も後ろも何もわからなかった時の話だ。

 俺は良かれと思ってソレを行った。別にそのことについて俺は今でも悪いだなんて思っていない。

 正しいことをしたと思っている。

 

 雁字搦めのこの世界。

 個性という身体的特徴を規制するこの世の中。

 

 煩わしいとは何度も思ったことがあるし、堕ちそうだったのだろう。

 でも俺は、ヒーローだとかヴィランだとかそんなのはどうでも良くて……。

 

 

 ただ目の前の命を救いたい……。

 だってそれはとても素晴らしいことだと知っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 公園で泣いてる女の子がいた。

 見るからに痛そうな傷を負っている。走ってて転んだのだろうか?

 膝から血が流れており、子供の怪我といえど痛々しい。

 

「…………見せろ」

 

 現れた男は一言で言えば根暗の一言で片付けられてしまいそうな容姿をしている。クラスに一人いて教室の隅で本を読んでいるような、そんな少年が女の子に高圧的に近づいた。

 痛みで涙を流しそうになっている顔を少年の方に向けて、少女は苦痛で顔を歪ませる。

 

 少年は自分のカバンからケースを取り出して救急用具を取り出し、少女の膝を軽く水で洗った後に消毒してからガーゼを巻いた。

 

「えっと……あの」

 

 その作業中「痛い痛い!」と声を出していたが、自分のためにしてくれている見ず知らずの人をお礼を言おうとするものも気恥しさで口篭る。

 

 処置を終えた後の少年はもう用がないと悟ると少女を軽く撫でてから「あんま怪我すんなよ」とだけ言うと去っていく。

 

「あ!あの!……あ、……りがと!」

 

 少しヤケがはいって少女は少年に向かってお礼をいう。

 して当然、そんな正義感の強い少年の話…………。

 

 

 

 

 

 

 

 ならばどれだけ良かったのだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

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 個性が常識となり、非日常が日常となった世界。

 そんな世界でも都市伝説というものは尽きない。

 

 他人に個性を与える魔王。

 食べるだけで個性が発現する果物。

 どんな難病も治してしまう神の手。

 不老不死。

 

 多くの人は「そんなものデタラメだ」と言うだろう。

 だがそんな有り得ないと言えることを実現できるのがこの社会とも言える。

 

 

 

 

 

 

「息子が難病なんだ……頼む、もう頼る宛がない。金なら幾らでも払う」

 

 

 真っ暗な路地裏を少しだけ入ったところに小さな診察部屋がある。

 ここはヒーローもヴィランも警察も……どんな人でも戸籍無しに利用できる闇医者の部屋。

 

「ああいいぜ、報酬は……そうだな───」

 

 この闇医者の受け持つ症例は極めて難しいものをいく。

 ここは特に胸を張って病院を利用できないヴィランや世間の嫌われ者が多く利用する場所ではあるが、それの次に多いのは多くの病院を弾かれて最終的に流れ込んできた患者の最後の砦でもある。

 

 基本的には10万だが、後者のような難易度の高いものになると桁が跳ね上がる。

 それでも治したいか……。

 結局はそこなのだが……。

 

 

「現金で2000万用意しろ。治療はそれからだ」

「待ってくれ!そんな大金今すぐになんて!」

 

「お前ここがどういう場所か分かってねぇのか?ここが真っ当な病院に見えるのかよ?ここは来るもの拒まず去るもの追わずだが、金はしっかり払ってもらうぜ。何せタダで治してくれるなんて聖人がこんな路地裏にいるわけねぇだろ」

 

「出すとこに出せば困るのはお前の──!」

 

 息子を直して欲しいと言ってきたスーツを着た親があまりの理不尽な要求に物申そうとした途端に、闇医者は治療用の針を取り出して親の手にぶっ刺した。

 

「ぁぁああ”あ"!!!」

 

 それは絶叫と呼ぶにふさわしい程の音だった。

 しかしここは路地裏の隠れるようにある診療所のようなもの。

 こんな場所で悲鳴が聞こえても誰も関わりたくないと思うのが世の中の総意。よって誰も助けに来ない。

 

「おいオッサン、お前立場わかってんのか?見下してんじゃねぇよ。お前ができるのは俺に媚びを売りながら、さっさと現金2000万持ってくるか、悪態吐きながらガキ連れて帰るかの二択だ」

 

 病気と言われていた少年の方に目をやる。

 見たところ難病だったところに自身の未熟な個性が悪化させて、かなりステージ進行が進んでいると見える。

 個性社会になった今風の新しい不治の病とでも言うものだ。

 

「貯金を崩しても2000万なんて……とても」

「ならさっさと帰れよ。俺はヒーローじゃなければ聖人でもねぇ、お前の見苦しいソレに付き合ってる暇があれば新しく客とった方が金儲けになる」

 

 

「お前!いつか──ッ!」

 

「……いつか……何?」

 

 男が言おうとしたのをやめ、闇医者はだからどうしたと一蹴りした。

 いつか──、いつかとはなんだと。

 

「知ってるか?サラリーマンの生涯年収」

「……2億から2億5000……それがどうした?」

 

 

「いやなぁ、たった生涯に稼ぐであろう10分の1と自分の息子の命。そんなもん天秤にかけて揺らぐような命と思うとな…………お前なんで親なんかしてんの?」

 

「それは──!」

 

「別に今ないなら借金すればいい、親族から金の無心すればたかが2000万作れない訳が無い。それともお前の血族はお前の息子に2000万の投資もしてくれないのか?」

 

 

 

 

 

 

「何のリスクも負わずに、治してくれるなんて……本気で思ってたのか?」

 

 バカじゃねぇの?

 

 そう言いながら闇医者は刺した針を抜くと同時に、そんなものはなかったかのように傷跡を塞ぐ。

 これで男は出すとこに出すことは出来なくなった……。

 

「……あー、お前金以外に2つ道あるぞ」

 

 闇医者は指を二つ上げて奇妙なくらいニッコリと笑う。

 

「ヒーローに金借りて来いよ。周りの注目集めれば案外何とかなるかもしれねぇぞ?」

 

 いくら面子が売りのヒーローでもそれは現実的な話ではない。

 確かにヒーローは公務員で歩合制。

 持っているヒーローは持っている。

 

 だがそれが可能なら既に……。

 

 

 

 そして闇医者は2つ目と言いながら三日月に笑う。

 

「お前が身代わりになれよ、それなら100万で移植してやる」

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 結局男は何もせずに帰っていった。

 金を作ろうともせずに、そして自分が身代わりになるという道も選ばずに。

 

 あの子供は数日もすれば死ぬだろう。

 それをわかっていて藁にもすがる思いでここに辿り着いたのは見ればわかる。

 

 既に検査やら入院やらで既に貯金は尽きているのも。

 それを全て知った上であの2択を迫った。

 

 そう、全てわかった上であの条件を出したのだ。

 

 

 

 仮に直ぐにあの男が身代わりになると言っていれば闇医者はタダで治療をしただろう。

 この闇医者、実のところ診察で金を本当に取ったことは1度たりともない。何度か謝礼で貰ったことがある程度だ。

 

 だがそれを表に出すことは無い。

 そうすればタダの病院だ。

 

 ここは違う。

 救うべき人間の取捨選択を限りなく自由に選べるのがココだ。

 

 

 闇医者は覚悟を見たいのだ。

 自分の何かを犠牲にしてまで救うという覚悟を。

 

 命を差し出してまで救う価値があるという素晴らしさを。

 

 

 そして毎度闇医者は患者に問う。

 

「その患者は命を投げ打ってまで救う価値がある人なのか」

 

 そしてその答えはあの男の場合でいえば。

 NOである。

 

 ならば何故そんなものを救わなければいけないのだろう?

 救う価値のないと言われているものを、救う必要が何故ある?

 

 そんなガラクタを直させようとするアイツらの方が闇医者からしては狂っているのだ。

 

 だから今日も闇医者はそこに命をかける価値があるのかと問いかける。

 そして答えは全て…………。

 

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 目を覚ました時、俺は拘束されていた。

 顧客は治す毎に記憶は消していたはず、残していた連中はほんのひと握りだけ。そいつらが金のために俺の存在を売るとは考えにくい。

 

 ならば……。

 

 

 

「あの男か」

 

「そうよ!闇医者」

 そう通る声を出して現れたのは、かなり際どい格好をした女性。

 そしてテレビで見た事のあるヒーロー。たしか名前はミッドナイト。

 

「っで?」

「……?」

 

「なんで俺は拘束されてんの?意味わかんないんだけど」

「貴方自分が何をしたのか分かってないの!あなたの行為はヴィランとして処理されても」

 

「だから何の話してんのかって聞いてんだけど」

 

「ネタは割れてるのよ、アナタが親子で診療に来てた旦那さんの方を医療器具で刺したってことは」

 

 ミッドナイトは何を言っているのか。

 とでも言うばかりな顔をしながら当然のことを言う。

 

「証拠は?」

「は?」

 

「だから証拠はどこにあんだよ、俺がその旦那に刺したって」

「それは」

 

「しかもどこからどう見れば俺が医者に見えんだよ。どうみたって中坊のガキだろ?お前の目には俺が医学部卒のお医者様にでも見えたのか?」

「でもあの診療所は言い逃れ」

 

「おいおいちょっと自室が診療所に似てるからってだけで違法行為に見なされるのかよ。最近のヒーローは物騒だな」

「今からでもガサ入れすれば証拠は──!」

 

「カルテでも見つかったのか?……おいおい、何度も言わせるなよ。俺はタダの中坊だぞ?」

 

 こうやって強気で出られるのも何時こうなってもいいように、カルテは全部処分しているのと医療器具の殆どを自作や一般でも買えるような物を代用として使っているからだ。

 正攻法で俺を捕まえることはヒーローや警察にはできない。

 

 

「haha!初めましてだね『手台 術(てだい やすし)』君。私は可愛いマスコットだけじゃなく頭脳も優れるマスコットの校長さ!」

「……おい、お前のペットだろ責任もって面倒みろよ」

 

「違うわよ!私の上司よ」

 

 

「危ない女王を手懐けるペットって……やべぇな」

「思った以上に面白い子だね!手台くん。ここに来たかいがあったってものさ!」

 

「このヒーローが俺の事ヴィランだなんていうんだよ酷いと思わねぇか?」

「そうだね!それは酷い。君がここに来てもらった理由はヴィランじゃなくて とある事件の重要参考人としてなんだよ」

 

「へぇ、続けて」

 

「とある強盗さ!犯人は車で逃走してたんだけど事故で死んでしまったらしくてね。何か心当たりはあるかい?……あ、これ写真さ」

 

 ネズミはスーツの懐から2枚の写真を取り出す。

 見せるのは昨日見た男と眠ったままの息子の2枚。

 

「こっちの子供は?」

「この犯人の息子だそうだ、事故に遭った時に不幸にも乗っていたらしくてね」

 

「おいおいペット、腹の探り合いはやめようぜ。事故にあったのにこんな綺麗な写真が撮れるわけねぇだろ?何がしたいんだよ」

 

 可能性はいくつかあるが、正攻法でヴィランとして処理できない以上。人間よりも知能が上の確か『ハイスペック』の個性のこいつに頼って自白させようとしているのか。

 

「それもやろうと思えば失言にできたけど、あまり効果は無さそうだからやめておくよ」

「何の話だ?」

 

「さぁなんの話だろうね。それは置いといてだ、私のこの話を聞いて君はどう思った?可哀想だと思ったかい?馬鹿なことしたなと思ったかい?」

 

「……なんとも。逆に聞くけどお前、ニュースで事故死の報道されてる時に毎度心を痛めんのか?」

 

「そうだね、実に合理的だ」

 

 

 

 

 

 

「さて、本題に入ろうか。……と言っても独り言のようなものなんだが。私は君を高く買っているんだよ、闇医者くん。この二人のことじゃない、君は公園で怪我をした小さな子に怪我の手当をしていた。そんなこと行える若者は最近じゃかなり少ない。君はとても優しい子だよ、個性も含めてね。

 治癒系の個性は非常に珍しくそして希少だ。闇医者なんてしてたらヴィランに落ちる可能性も高まるってものさ。私は君のボランティア精神……いや、ヒーローの精神を育てたいと思ってる」

 

 

「ウチの高校を受けてみないかい?」

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

「根津校長、あんなことしてよかったんですか?未遂とはいえ殺人教唆じみたことをしてるんですよ」

 

 帰りの車で根津とミッドナイトはあの少年の話をしていた。

 巷で噂となっている神の手(ゴッドハンド)の呼び声高い名医であり闇医者。実態は無資格ながらも治癒系の個性を不正利用した中学生。

 治す代わりに記憶を取られるという何ともらしい噂の一つ。

 

 しかしそれが本物であると確信して動き出したのは最近。

 高い情報料と引き換えに得られたのは半ストリートチルドレンと化している少年の戸籍。

 小学生の頃に特異な個性の発現と同じくして捨てられた経歴を持つ少年の半生。

 それを目にして根津はヴィランに堕ちることを先ずは考え、自分が出せられる最善の手を考え移す直前に起きた強盗事件。

 

 その重要参考人として少々強引ながらミッドナイトの個性を使っての取り調べ。

 

「あの子をヴィランにさせる訳にはいかないのさ。推薦にしようものなら相澤くんに即却下されそうだからね、それにそれだけじゃないのさ。彼にはヒーローとして素質がある。そう思うのさ」

「それは貴重な治癒系の個性という訳でなく……ということですか?」

 

「そうだね、やっぱり一番はそこだと思うのさ。でも、それだけじゃなくて良かったと本当に思うよ」

 

 

「来ると思いますか?彼」

「来るよ、彼の根はヒーロー側なんだから」

 

「いくら何でも特別扱いし過ぎだと私は思いますよ」

 

 ミッドナイトのその言葉に自分のハイスペックを使って彼のプロファイリングを少しだけしたことを思い出す。

 

 無茶な金の提示も、無茶な指示も。

 全てあれは試練であって本当に望んでるわけじゃない。

 

 ただ彼は目の前で見てみたいと思ってるのだろう。

 自分には理解できなかった、注いでもらえなかった愛という感情を。

 

 そして彼は救いたいと思っている。

 

 それが一番尊いものだと知っているのだから……。

 

 

「……少しだけ同情したのかな」

 

 根津は自虐気味に笑う。

 その真意を知るのは、この場には誰もいないのだろう……。

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