異世界に適応する少年   作:Yuukiaway

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魔界コロシアム 編
#1 First Contact


ワァーー!!!!! ワァーー!!!!!

観客席は大歓声に包まれていた。

 

 

『なんという波乱の展開でしょうか!!!

前大会準優勝者にして今大会の優勝候補でもあるゼース選手がいきなりのダウンだーーーー!!!!』

 

『この少年、テツロウ・タナカ選手は 一体 何者なんだァー!!!!?』

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「なぁ、お前は何買ったんだよ?」

「僕?僕はね、このラノベ!今ちょー流行りなんだ!」

 

ぽっちゃりとした少年と痩せ型の少年が今日の買い物の話をしていた。

 

「哲郎、お前は?」

「僕は別に本屋さんには欲しいものはなかったけど。それにあまりあそこに詳しくなくて上手に買い物出来なかったし……」

「そんなことを言うなよな!せっかく1年ぶりにこうして集まることができたんだからよ!」

 

1年ぶりとはどういうことか。そんなことは簡単だ。この少年 田中哲郎とこの2人は別の学校に通っているのだから。

 

田中哲郎(たなかてつろう) 11歳

幼い頃から転勤の多い父のために幼稚園から既に15回の転園、転校を経験してきたのだ。しかし、それも悪い事ばかりではない。

まず、多種多様な人間と交流し、様々な友情を育むことが出来た。彼は転校によって現代人に不足しがちなコミュ力(・・・・)を養うことができたのだ。

 

それに今では離れている人と交流する手段などいくらでもあるし、乗ろうと思えば電車にくらいは乗れる。

実際、こうしてかつての友達とも会うことができているのだ。

 

「そんじゃあな。また遊ぼうぜ!」

「うん!またね!」

 

元気よく返事をして哲郎と3人は別れた。

 

(買い物は出来なかったけど……やっぱり友達と遊ぶのは楽しいな……!!)

 

傍から見れば広く浅い付き合いをしているように見えがちだが、哲郎は友達の顔や名前はただの1人も忘れたことは無い。

もちろん、その全ての友情が同じ程度だといえば嘘になるが、「どうせすぐ転校するんだろ」などという理由で友情を軽視したことは1度もない。

 

しばらく歩いて駅に着いた。

親には少し遅くなることはちゃんと伝えてある。それに転勤ばかりで色んな所を転々とすることを押し付けていることに負い目を感じているのか、こういう遠出には寛容に接してくれていた。

自分はそんなこと全く気にしていないのに。転勤は仕方の無いことだし、父だって大変なんだから。

 

電車はガタゴトと帰路を走っている。哲郎は赤ん坊の頃からこういう電車の揺れを心地よく感じ、眠ってしまうタイプの人間だった。

それに今日は歩き回って疲れていた。いつの間にか哲郎はすっかり寝入ってしまった━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「うーん……そろそろ着いたかな…………」

哲郎はぼんやりと目を開けた。

 

 

「え…………何ここ…………」

 

哲郎は目を疑った。そこは辺り一面真っ白な場所 少なくとも電車の中でないことは確かだった………

 

「あ……ハハハ

何だ何だ。夢か」

 

哲郎はすぐに夢だと結論づけた。

しかし、夢なら急いで覚めなければならない。現実の自分が乗ってる電車はもうすぐ家近くの駅に着くはずだからだ。

 

『……夢ではありませんよ。』

「ッッッ!!!!?」

 

哲郎は後ろからの声に酷く驚き、ひっくり返った。

 

振り返ったところにいたのは、緑の髪をした女性だった。

年齢は分からなかったが、8回目の転校で訪れた田舎町。そこによく居た女子高生というもの。彼女の雰囲気はそれによく似ていた。

 

『危ない所でした………あなたは死ぬところだったんですよ?』

「……………え?」

 

哲郎は耳を疑った。聞き間違いでなければ彼女は今 『死』というあまりにストレートな言葉を言ったのだ。

 

『ああ。でもご安心ください。死んではいません。死ぬ直前でこの空間に転送しました。』

「死ぬ直前?どういうことですか?」

『あなたが乗っていた電車は脱線して事故を起こしたんです。』

「事故!!? そんなまさか!!!」

『嘘だと思うならそうしてくれて構いません。ここにはそれを証明するためのものは何一つありませんから。』

 

哲郎は頭を抱えた。もしこれが夢だとしてもなんだってこんな夢を見るのか。

しばらく悩んで哲郎は目の前の女性に話を合わせ、色々聞き出してみることにした。元々それが出来るだけの話術は持ち合わせていた。

 

「……わかりました。ひとまずはあなたの言うことを信じましょう。

でもなんで僕を助けたりしたんですか?他の乗客は見捨てたんですか?」

『見捨ててなどおりません。あの事故で死ぬところだったのは 田中哲郎さん、あなただけでした。』

「そうですか……。それで、僕をこれからどうするんですか?

ひょっとして、元の世界に帰してくれたり?」

『私もそうしたいところですか、それは難しいんです。

しかし、あなたを転生(・・)させることはできます。』

「転生?」

 

その言葉に聞き覚えがあった。

記憶が違ってなければ、オタク気質の友達が愛読している小説がそういうテーマだった筈だ。

 

『転生させる世界の名前は【ラグナロク】。

特殊能力や異種族が当たり前に出てくる世界です。

そこで田中哲郎、あなたにもひとつ特殊能力をさずけようと思うんです。』

「僕に?言っときますけど殺し合いに身を投じるなんてまっぴらごめんですからね?」

『そんな野蛮なことは押し付けませんよ。あなたがその力を使ってラグナロクで何をするかは自由です。』

「で?その能力って何なんですか?」

『それなら既にあなたに授けました。』

 

 

ヒュパッッ!!!

ゴトッ

「!!!!?」

 

女性が手刀で哲郎の左腕を切り落とした。

 

「な、何を…………

あれっ!!?」

 

哲郎が左腕を見ると、その腕は切れていなかった(・・・・・・・・)

 

「どういうこと!!!?

確かに今……!!!!」

『それこそあなたに授けた能力

【適応】です。

あなたはどんな攻撃や環境にも適応することが出来る体になったのです。』

「【適応】………!!?」

『そう。あなたの腕は確かに切れましたが、すぐに適応して再生したのです。そしてあなたの左腕はもう何者でもいかなる力を持ってしても傷つけることは出来なくなりました。

今まで様々な人に接することや様々な場所で生活してきたあなたらしい能力と言えるでしょうね。』

 

「宇宙でも……!!?」

『はい。もし丸腰で宇宙に出たとしても最初の一瞬は息苦しく感じるでしょうが、その後は問題なく生きていけるようになるでしょうね。』

 

もう哲郎はこの事実を認める他無かった。再生した左腕を見た時点で既に彼は心のどこかでこのことを認めていたのだ。

 

『ではこれから色んなことに適応していきましょう。』

「………ハァ!!!?何を言ってるんですか!!!?

まっぴらごめんですよ!!!!

第一そんなことしてなんになるんですか!!!

僕を兵隊にでもしたいんですか!!!?」

 

『ご安心を。あなたにもメリットはあります。今、ラグナロクではひとつの巨悪が暗躍しているんです。あなたがそれを倒してくれるなら、あなたを元の世界 元の時間に帰すことができます。

実は私もラグナロクの住人で、死んでここに居座ってるんです。』

「え?住人?

神様とかじゃなくてですか?」

『アハハ。神様と思ってたんですか?私も出世したものですね。

それで、どうしますか?』

「約束を守ってくれるならやりますよ。

ですが、この適応だけで戦えるとはとても思えないんですよ。」

『それならちゃんと策はあります。

運良くあなたの世界には対人用を想定した格闘術が豊富にありますから、あなたにそれを教えこみます。』

 

 

 

 

 

 

あれからどれくらいたっだろう。

 

 

『本当にお疲れ様でした!

これでもうあなたはラグナロクのあらゆる攻撃に適応できるようになりました!』

 

本当に様々な攻撃を受けた。

体を切り刻まれること。

目を潰されること。

絶対零度に晒されること。

焼き尽くされること。

内蔵を中から壊されること。

身体中の骨を折られること。

 

とにかく様々な攻撃に適応する訓練を課せられた。

それでも彼の心が折れなかったのは、その苦痛の全てが一瞬だったからだろう。

 

 

様々な格闘技も仕込まれた。

格闘技だけでなく、相手に効果的にダメージを与える技術もみっちり仕込まれた。

 

 

『では、これよりあなたを異世界 ラグナロクに転移させます。

あなたの異世界生活に どうか加護があらんことを。』

 

やっぱりこの人 神様じゃないのか?

哲郎はそんなことを思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

哲郎は街中を歩いていた。

ラグナロクに来てからしばらく経ち、色んなことがわかった。

あの女性からのアドバイスでは、まずはギルドを作った方がいいらしい。

 

ひとまずそれは後回しにして、哲郎には他にやりたいことがあった。

 

「………この辺りか………」

 

哲郎が向かっているのは、とある大会だ。

 

【魔界コロシアム】

魔神族という種族を中心に様々な種族が集まり、魔法や武器などを使ってその強さを競い合う。ラグナロクでも最も盛り上がるイベントのひとつなのだと言う。

 

修行の成果を試すにも、ギルドの仲間を募るにもこんなにうってつけの機会はないと思った。

 

「……ねぇ、」

「ん?」

 

哲郎が声に振り返ると、そこに居たのは銀髪に青い目をした女の子だった。

 

「あの、僕に何か?」

「…魔界コロシアムの会場って どこか分かる?」

「それなら僕もそこに行きますから、一緒に行きましょう。」

 

哲郎にはこんな 初対面の人ともすぐに話が出来るだけの話術があるのだ。

 

 

 

「僕、テツロウ・タナカっていいます。

あなたは?」

「…ミナ。 ミナ・ブラース。」

「ミナ・ブラースですか。

あなたも大会に参加するんですか?」

「…ううん。出るのは私のお姉ちゃん。」

「へぇ。お姉さんが。」

 

そんな話をしながら哲郎は会場へと向かった。聞くとミナは【天人族】という人間とは違う種族なのだと言う。

人間とほとんど変わらないのに と意外だと思った。

 

 

「…テツロウ そこに出るの……?」

「えぇ。僕、実はずっと田舎で暮らしていてついこの前旅に出たばかりなんです。

ですが、腕に自信はありますから、心配いりませんよ。」

 

田舎で暮らしていたというのはあの女性が考えた設定のようなものだ。

腕に自信があると言うのは嘘ではない。

というか ここで結果が出せなければ今までの努力が報われない。

決して楽な時間では無かった。

 

 

「……おい、そこのガキ!」

「ん?」

 

哲郎が呼ばれて振り向くと、そこに褐色で人相の悪い男が立っていた。

 

「あの、僕に何か?」

「お前、さっきなんて言ってた?この魔界コロシアムに出るって言ったのか?」

「はぁ 出るつもりですけど、それが何か?」

 

「なんだと!!?

てめぇ、このコロシアムをなんだと思ってやがる!!?

これは頂点を決める大会なんだ!!!てめぇみてぇなガキに入る枠はないって言ってんだよ!!!」

「……確かに僕にはこの大会がどんな規模なのかは分かりかねます。

ですが、僕に辞退を命ずる権利があなたにあるんですか?」

「俺が誰かわかってんのか?

魔界公爵家のゼース・イギアだぞ!!!!」

 

「申し訳ないですが、僕はこの前まで田舎で暮らしてたんです。

ですからあなたがどれくらい偉いのか 僕には分からないんですよ。」

「……そうか。だったら今ここで覚えるんだな………」

 

 

 

「身体でなァ!!!!!」

 

チュドンチュドンチュドン!!!!!

 

突如 哲郎を3つの爆発が襲った。

 

「ざまぁねぇ!!!

これくらいも避けられねぇ雑魚なんざハナからこのコロシアムに参加する資格なんざ無かったんだよ!!!」

 

ゼースは勝ち誇っていたが、その表情はすぐに変わることになった。

 

 

「ナッ………!!!!?

バカな………!!!!!」

 

哲郎は問題なく立っていた。

様々な攻撃を乗り越えた哲郎の体にはあんなもの 蚊に刺されるのと大差ない。

 

「危ないですね。他の人に当たったらどうするつもりだったんです?」

「貴様ァ………!!!!

なめやがってぇ!!!!!」

 

ゼースが怒りに任せて拳を振るってきた。

こうなったなら哲郎のペースである。

 

向かってきた拳を受け流し、その勢いを乗せてゼースの体を倒す。

その後は右上を上にあげて組み伏せるだけの簡単な作業だ。

 

「アギッ!!?

イデデデデデ………!!!」

 

流石にあの女性と過ごした時間だけでムキムキの筋肉は手に入れられなかったが、その分彼は対人用に特化した技術を手に入れたのだ。

こういう関節技は、一見は地味だが、実際は危険であり、軍隊にも取り入れられているそうだ。

 

「どうか懸命な判断を。

このまま何もせずに立ち去ってください。」

 

こういうことに哲郎も1度は憧れた。

しかし、自分には到底不可能だと諦めていた。だが、自分は今こうしてできている。

あの女性と頑張った事が あの苦痛が少しだけ報われた気がした。

 

 

ゼースはバツの悪そうな表情でその場を去っていった。彼にとって幸いだったのはこの醜態を誰にも見られなかったことだろう。

 

 

「………テツロウ………

 

………凄い………!!!!!」

 

後ろにいたミナが目を輝かせてそう言った。

 

「…テツロウっていくつなの?結構頑張らないとあんなことできないよ!」

「僕、こう見えてまだ11なんですよ。

でもちょっと訳ありでね。ああいうことにはめっぽう強くなりましたよ。」

 

実際はちょっとではないが。

 

「…ほんとに!!?

私も14だけど、あんなに動けるのは見たことないよ!!!」

 

哲郎は誤魔化すのに必死になった。

そういえば力を得た過程を偽るすべはあの女性から教えられていなかった。


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