岱輻
彼は刹喇武道家が始まる前に闘争衝動を持て余し、その結果
そして磯凪に取り押さえられた瞬間の出来事を彼は後日、次のように語っている。
「…………ええ。 こう、手首を掴まれたんです。
そしたらですよ、全身が痺れてものすごい痛みが襲ったんです。
次の瞬間には地面が消えたんです。そしたらもう倒されていましたよ。
え? 起き上がろうとなんてできませんよ。腕の関節が完全に極まってたんですから。
起きようとなんてしたら腕がへし折れてしまいますから。」
***
「…………では哲哉選手、こちらが控え室となっております。何かございましたらなんなりとお申し付け下さい。 それでは。」
「………待って下さい。」
「?」
徐に踵を返して離れようとする磯凪を哲郎は呼び止めた。彼の頭の中に一つの可能性が浮かんでいるからだ。
「…………さっきの、こっちの言葉では《合気》って言うのかもしれませんが、とにかくあの技、一体どこで覚えたんですか?」
「どうしてそんな事を聞くのですか?」
その磯凪の返答にも満たない聞き返しによって哲郎の表情は更に険しくなった。彼女の貼り付けたような表情の裏に触れてはいけない何かを感じた。
「あぁいえ、答えたくない訳ではありません。
昔
「!!?」
「それを聞くのは恐らく、あなたも私と同じだからでしょうね。
話は以上ですか? ならば私はこれで━━━━」
「いえ、まだ二つ聞きたい事が。
……あなたは、《虎徹》という人に会った事はありますか?」
「虎徹? 彼女ならもちろん知っていますよ。
なにせ彼女は私に勝ってこの大会の殿堂入りを果たしたのですから。
彼女を知っているならすぐに会えますよ。今日、彼女は帝国の重役達と一緒の席でこの武道会を観るのですから。」
「そうです。僕がもう一つ聞きたい事は。
……その重役達の事を、教えて頂けますか?」
「はい。 それは構いません。が……………、
それを知りたいという事は、成り上がりを狙っての出場ですか?」
「…………はい。 そう考えて貰っても構いません。」
「…………………」
帝国の首都 《豪羅京》にある皇居に入り込もうとしている以上、磯凪の冷ややかな目に視線を背ける事は出来ない。
兎にも角にも虎徹と接触しているという判断材料によって目の前の磯凪が《転生者》である可能性がかなり低くなった(虎徹に知られないように細工している可能性があるため)事に胸を撫で下ろした。
***
「……………………これが……………………」
哲郎が手に持っている書類には今日、刹喇武道会を観戦する人間達の名前と顔写真が記されていた。いずれも鬼ヶ帝国で皇帝に仕え、側近として国の運営に携わる人々だ。
《
紫色の髪を頭頂部で纏めた女性
《
茶色の髪を立て、切れ長の目をした男性
《
禿頭で彫りが深い顔をした老人
《
青い肌と白い髪をした男性
《
赤い肌に髭を蓄えた男性
《
釣った目に黒髪を頭頂部で束ねた男性
《
桃色の髪と垂れた目をした女性
《
赤い髪に穏やかな顔をした淑女
(……………この八人か………………………)
哲郎は椅子に座って何度も八人の名前と顔写真を何度も見つめていた。その理由は言うまでもなくこの八人の中に国家転覆を狙う《転生者》、あるいはそれと繋がっている人間がいる可能性が高いと考えているからだ。
無論、皇帝に仕える人間は他にも居るだろうが国家転覆を狙うならば注目するべきは皇帝の近辺ではなく平民の中に強い人間がいるかどうかだ。即ちこの武道会を注目する可能性は十分にある。少なくとも哲郎が仮に国家転覆を目論むならばそう考える。
(問題はこの八人が虎徹さんと一緒に武道会を見るのかどうかだな。もし一緒に見るなら絶対に自分が《転生者》だとバレない方法を何か用意するはずだ。
まぁそれならこの国の人間全員に可能性は出てくる訳だけど……………)
心の中でそう思いつつも哲郎は同時に金埜と磯凪が《転生者》である可能性は切って捨てていた。それは行動を共にした事による情からでは無く、あくまでも国家転覆を狙う人間が皇帝と遠い存在にある平民ではありえないという論理的な根拠ゆえだ。
そしてこうしている間にも武道会の開始の時間は刻一刻と迫っている。それは即ちこの国で起こっている事の中枢に踏み入る時間が迫っているという事だ。