彼は陸善地方出身の豪傑であり、前の武道会で準決勝進出という健闘を見せた結果、現在は首都である豪羅京で警備の仕事をして以前とは見違えるような生活を送っている。
しかし彼は今大会で初出場の選手に一撃も入れる事すら叶わずに一回戦で敗退するという結果となる。それまでの信用故に生活への支障は無かったが、仕事の同僚から試合の事を根掘り葉掘りと聞かれる事となる。
彼は、試合の事を同僚に次のように語っている。
「…………一言で言うなら、ありゃ《風》だ。
俺の力と同じ方に吹く風を相手にしてるってぇ感覚だった。
殴っても蹴っても突っ込んでも、全部の攻撃がいなされてまるで手応えがねぇ。それで業を煮やして無理な攻撃をしようとしたそん時にだ、投げられたんだよ。俺が。それが決まり手になった。
前の大会でも強ぇ奴ァ居たが、あのガキはそれとは別の強さがあった。俺に言える事があるとすりゃそれくらいだ。」
また、崹按はこの経験を活かして警備の仕事の質を更に上げる事になるが、それはまた別の話である。
***
『さぁ、両者が会場を去ります!
今大会初出場でありながら崹按選手を無傷で退けた、透桃選手の更なる活躍に期待したいところです!!!』
実況の煽りに触発されたかのように会場の熱気は最高潮に達していた。透桃という少女がこの大会をどう掻き回すのか、それに期待が高まっている。
そしてそれは哲郎もまた例外ではない。哲郎は直感していたのだ。透桃が自分と同じ戦法を取る人間であるという事を。
そして当の透桃は胸の辺りで拳を握りしめ、小声で『よし!』と呟いていた。彼女の中では今、勝利が実感に変わっているのだろう。
「………………!!」
「あ! あなた、哲哉さんですよね!?」
「っ!!」
普段は人と話す事は慣れている哲郎だったが、図らずも虚をつかれた透桃の呼び掛けに一瞬 たじろいでしまった。それでも冷静さを取り戻して彼女との会話を試みる。
「僕を知ってるんですか?」
「はい! 昨日登録の時に会ったんです。
……………実は、あなたに聞きたい事があって。」
「?!!」
透桃はそれまでの明るい話し方が嘘のように神妙な顔付きで呟いた。
「………哲哉さん、昨日言っていた荒河山賊団の事って、本当なんですか?」
「!!!」
荒河
それは帝国に居る哲郎が最優先で警戒する必要のある単語だ。それらしい動きはまだ無いが、(成り行きとはいえ)構成員を捕まえた以上、山賊団の怒りを買ってしまっている。
哲郎は常にその事を頭に置いて行動していた。
そして透桃の口からその言葉が出た瞬間、哲郎は身構えていた。透桃が仇討ちに来た構成員であるとは無い話だと思ったが山賊団の話題が出た以上 用心しすぎる事は無い。
「………確かに、攫われそうになった姉を助ける為に夢中になって、三人を倒して鬼鎧組に引き渡したのは僕です。
それで、僕に何を聞きたいんですか?」
「…………………………!!!
お願いします!!! お姉ちゃんを、姉を助けて欲しいんです!!!!」
「!!!?」
まるで堰を切ったかのように大声を上げながら透桃は頭を下げた。あまりに予想外な彼女の行動に哲郎もたじろいでしまう。
「あ、す、すみません! これだけじゃ分かりませんよね。ちゃんと説明します!!」
「はい。 だけどあんまり時間はかけられないですよ。次は僕の試合ですから。」
「分かりました。」
「お願いします。
(とは言っても、もう大体の目星は付いてるけどな…………)」
***
透桃が話した身の上は哲郎の予測と遜色無かった。
荒河山賊団が仕切っている酒場の従業員として透桃の姉(名前を
「………なるほど。それでこの大会の賞金で借金を返して、お姉さんを連れ戻そうと。」
「いや、それは無理です。最初は私もそれを考えましたけど、あいつらはきっと難癖を付けて返さないに決まってます。あいつらにとっては貴重な人手ですから。」
「………それならどうやってお姉さんを助けるんですか?」
「考えはあります。この大会で勝ち進んで、鬼門組に入ろうと思っています。それで山賊団やそれに繋がってる奴らをみんな捕まえたいと思ってるんです!!」
「………………」
哲郎の耳には透桃の考えは美しくはあるが非現実的に聞こえた。透桃の力量の程は分からないが、彼女の力と鬼門組が合わさったところで山賊団を一網打尽に出来るとは思えない。山賊団の上に更に強い組織が絡んでいると仮定すれば尚更だ。
「………分かりました。あなたに協力しましょう。もう山賊団の怒りを買っているようなものですから。」
「!!! あ、ありがとうございます!!!!」
「……………ですが、一つだけお願いしたい事があります。」
「!? な、何ですか!?」
「…………もしお互いに勝ち進んで闘う事になったら、手加減せずに全力でぶつかってくると約束して下さい。
詳しい訳は言えませんが、あなたの強さを経験しておきたいので。」
「え? あ、はい。」
透桃の試合が終わってから十分以上が経過している。哲郎の出番の時間は迫っていた。
(………もう体力の回復は十分だ。
ここからは闘って情報を集める!!!)