哲郎のような人間でも生きていれば面倒事に遭遇する事はあり、テレビや新聞を見れば様々な情報も入って来る。そしてその中には目を覆いたくなるような悲惨な出来事も含まれる。過去に起こった事を改めて紹介するならば尚更だ。
しかし哲郎にとってそれは情報の範囲に留まり、記憶に残る事は滅多にない。先程の新聞記事に書かれている事も例外では無い
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新聞記事に書かれている犠牲者の中に自分の両親が居る。
寅虎の口からその事実が飛び出てからしばらくの間 居心地の悪い沈黙の時間が流れた。その最中にも哲郎は彼女の表情をじっくりと観察する。
先程までの貼り付けたような笑みは消え、押し潰されそうな重苦しさが顔から滲み出ている。
「…………あなたの両親が、殺された…………!!?」
「だからそう言ってるでしょ。
………そうだよ。繪雅のクズもそうだけど、何にも悪くないあたしのパパとママを、あいつは真っ二つにしやがったんだよ……………!!!!!」
「………………!!!!」
新聞記事の顔写真と寅虎の話だけで哲郎は再び、その現場に居合わせたかのような錯覚に襲われた。我が儘を通したいが為に無関係の民間人を人質に取った繪雅を肯定する要素は何一つとして無いし、その民間人達も纏めて殺害したその襲撃犯の男も避難されて然るべきである。
そして哲郎の頭には繪雅の卑劣に歪んだ笑みも血を撒き散らして胴が斬られる民間人達の惨劇も追体験するかのように想像出来た。
「…………という事はあなたが僕の部屋にこの記事を置いたのは、この事を知って欲しかったからなんですね?」
「そうだよ。これで分かったでしょ?
そんであたしがなんの為にこの大会に出たのかも。」
「………………………」
「この大会に優勝して鬼門組に入って、あたしの両親を殺したヤツに
「!!!!」
その言葉を聞いた瞬間、哲郎は寅虎の瞳の中に闇を見た。身近な人の死を経験しているのは哲郎も同様だが、彼女の感情を理解する事は今の自分には不可能だと直感で理解した。
「………………その男を殺すんですか?」
「
「…………………!!!
(地獄を見せるってそういう意味か……………!!)」
この時の哲郎は知らない事だが、鬼ヶ帝国は死刑廃止国であり、その代わりに犯罪者への締め付けが強くなっている。
「(でもこれはいい機会だ。この人との話でこの国の実態を少しでも把握する!!!)
………仮に就職出来たとして、そんな凶悪な男を捕まえるような仕事を任せられるとは思えませんが。」
「確かにそうだね。 だからあたしは上を目指してる。知ってるかな? 鬼門組の一番上を。
鬼門組最高機関《
「ろっかせん……………!!?」
鬼門組最高機関 《陸華仙》
帝国の首都 豪羅京に本部を置く治安維持を目的とした組織であり、殺人などの凶悪犯罪の取り締まりや国民の監視を主な仕事とする。
一般国民にはひた隠しとなっているが任務の為とあらば拷問や自白の強要(裁判で証拠として扱うには裏付けが必要だが)も場合によっては肯定され、国民からは信用と恐れの感情を抱かれている。
そして新聞記事に書かれた事件を切っ掛けとして監察が強化され、揉み消しや隠蔽などを断じて許さない強固な組織へと成長した。余談だが、その結果としてそれまでひた隠しになっていた犯罪が軒並み明るみに出た事により、襲撃犯の男は犯罪者達からも憎悪の念を向けられている。
「…………あなたが大会に出た理由は分かりました。でもどうしてその事を僕に話したんですか。
もしかして、僕に負けろ なんて言いに来たんじゃ無いですよね。」
「まさか! そんな事じゃないよ。
あたしはただ知って欲しかっただけ。あたしには負けられない理由があるって事を。」
「…………それで僕が勝ちを譲る気になると思うなら、残念ですけどそれは期待しないで下さいよ。
実はさっきもあなたと同じような事を言う人に会いました。だけど僕の考えは変わりません。
あなたともその人とも、全力で相手をするだけです。」
「……………………」
寅虎の口角がほんの少しだけ上がった。哲郎の目にはそれが不気味な物に映った。
「君と話せて良かった。これで思いっきり闘えそうだよ。」
「………僕が出た理由は聞かなくて良いんですか?」
「それは試合が終わってから聞くよ。
「……………………」
その言葉を最後に寅虎は踵を返して部屋を去った。彼女の背中を見ながら哲郎は二つの事を考えていた。
一つは寅虎の印象。それは悪い人では無いが(悪い意味で)意志の強い人間だという事だ。そしてもう一つは彼女の口から明かされた《陸華仙》という組織が《転生者》との戦いに大きく関係してくるかもしれないという事だ。