「…………………………………」
寅虎が部屋を出てから、哲郎は座り込んで思考を巡らせていた。
彼女に勝ちを譲る気は毛頭ないが、彼女の人生を狂わせた事件とその犯人がこれから起こるであろう《転生者》との戦いに関係してくる可能性は十分にある。場合によってはその襲撃犯と《転生者》が深い関係を持っている可能性もある。
『━━━━━━コンコンッ』「!」
『おい
「ああ、はい。 ただ今。」
扉を叩く音が聞こえ、向こうから虎徹の声がした。扉を開けると彼女の姿が視界に入る。
「虎徹さん。 どうしてここに?」
「厠と偽って時間を作った。少しばかり伝えておかねばならん事が出来たからな。兎も角中に入れてはくれんか。こんな所を人に見られたら面倒事になる。」
「分かりました。 どうぞ。」
虎徹を部屋に招き入れ、哲郎は扉を閉めた。時間が少ない事はすぐに理解出来た。
トイレと偽って作った時間など高が知れている。よく見積っても十数分が限界だろう。
「……それで、伝えたい事ってなんですか?」
「うむ。主が次に当たるあの娘の事じゃ。」
「!!!」
「あの娘、何処かで聞いた名じゃと思ったんだがな、この記事に載っとった事件の被害者遺族の一人じゃった。」
「!!!」
そう言って虎徹は懐から新聞記事の切り抜きを取りだした。寅虎が封筒に入れて哲郎に渡した二枚目の新聞記事と全く同じ切り抜きだ。
「む? どうした?顔色が悪いぞ。」
「…………虎徹さん、その事件ならもう知ってます。これですよね?」
「!!?」
哲郎も同じように二枚目の新聞記事を虎徹に見せた。それを見た虎徹は哲郎の予想通りに目を丸くさせた。
「な、何故 主がそれを!?」
「ついさっき
「なんと…………!!
して、その後どうなった? 八百長でも持ち掛けられたか?」
「いえ。それはありませんでした。
ただ、なんの為に優勝するかを話したんです。鬼門組の
「………そうか。陸華仙か………………」
虎徹は目を閉じて驚きを消化するようにしばらくの間 唸った。《転生者(しかも哲郎が知る中でも飛び抜けてデタラメな能力の持ち主)》である虎徹にとっても陸華仙は強大な存在なのだろう。
「………………否、それは叶わんじゃろうな。陸華仙に入る事も彼奴を捕らえる事もな。」
「………そんなに狡猾なんですか。その犯人は。」
「そうでは無い。寧ろ彼奴に組を撒く頭は無い。顔も名前も既に割れとる。」
「!!!? ど、どういう事ですか!!?」
「そのままの意味じゃ。あろう事か奴は領主と倅を殺した時に、組に顔の写し絵と自らの名を明かしおった。
そして其奴の首に懸賞金も掛かっとる。ほれ、此が手配書じゃ。」
「………………!!!」
虎徹は丸めた少し大きめの紙を手渡した。そこには肩ほどに伸びたざんばら頭の彫りの深い顔立ちの男の顔が載っている。
(なんて顔だ………!! まるでこの世界の全部を恨んでるみたいだ…………!!! 名前は《
「!!!!?」
そして更に哲郎の目を引いたのはその下に書かれていた金額だった。そこには『二十万艮』と書かれていた。
(に、二十万艮 って事は…………、二十億円……………!!!!?)
「これで分かったであろう。彼奴にあるのは強さだけじゃ。どんな警備も跳ね除け、単独で鬼門組さえも相手取るほどの圧倒的な強さがな。
現に九年程前、奴と今の鬼門組の
その長もこの武道会の優勝者なんじゃ。膂力だけならワシらとも張り合えるじゃろう。」
「…………その人の名前は?」
「其奴の名は《
故にこの武道会は勝てば人生逆転出来ると言われておるんじゃ。」
「……………………」
哲郎の頭はほんの数分で飛び込んできた様々な情報を処理していた。ラミエルは帝国の中に《転生者》と同格の存在は皇帝だけだと言った。その言葉に嘘は無いと確信しているが、それでもその二人に脅威を感じる。鳳巌の(正しく)鬼のような顔は背筋に冷たいものが走るような錯覚すら植え付けた。そして彼と引き分けた凰蓮も同様と考えられる。
「おう、いかんいかん。もうそろそろ時間じゃな。ワシは戻らねばならん。
………分かっておるじゃろうが、ワシから主に言える事は一つだけじゃ。向かってくる奴が何が為に闘おうとも、主は全力で迎え撃て。
其れがこの国の為になると信じるならばな。」
「…………………はい。」
その言葉を最後に虎徹は部屋を出て行った。
その背中を見て哲郎の決意は確固たるものになった。寅虎と真っ向から闘うという決意を。