透桃は幼少の頃に両親を事故で亡くしており、武術に長けた壮年の女性が李苑が成人するまで親代わりとなり、そして武術の才能があった透桃の教育も行った。そんな彼女の教えの一つに『力を入れずに立つべし』というものがある。それが意味するところを透桃は一人立ちをしてから数年後にようやく理解した。
その教えは加速の為の教えだった。力んで踏み出したのでは加速に時間がかかる。それを解消する為の技術を端的に例えた教えである。
そしてもう一つ、その女性は透桃に教えを託した。どうにもならない事に直面した時には、
***
「悪いけど手加減は出来そうにない。妖術も武器も全部使うぞ。」
「……………!!」
灘馳は広げた巻物に手を乗せ、その手を握った。握った手が光り、それを引き抜くと彼の手には小型の刃物が握られていた。創作物の中での話だが、哲郎はその形に見覚えがあった。
(………あれはクナイ……………!!!)
金属創成妖術
《
『こ、今度は苦無だ!! 灘馳選手、忍の十八番の一つ、苦無を何も無い所から作り出した!!!』
菱形の錐の形状をした両刃の刃に手の平大の柄が付き、反対側の先には金属の輪が付いている。創作物で得た情報だが、哲郎の知るそれの使い方は手裏剣とは違って近距離で斬り付けるための武器だ。
そして近距離戦を仕掛ける事を透桃も予想した。
(…………小型の刃物…………!!
なら、近付いてくるはず……………!!!)
(そうすぐには近づかねぇー)
「よっ!!!!」
「!!!!?」
灘馳は距離を詰める動きで透桃を騙し、その動きで身体を捻って苦無を投げ付けた。辛うじて躱すが咄嗟の動きによって大きな隙が生じる。灘馳が用いた苦無の用途がそれだった。
「!!!」
「お望み通り来てやったぜ。 オラッ!!!」
透桃の体勢が崩れた瞬間を狙って灘馳は膝を抜いて関節に自由を与え、身体を倒して一気に距離を詰めた。透桃の眼前で跳び上がり、体重を乗せた蹴りを放つ。
「はっ!!!」「!!?」
『すっ、透桃選手、蹴りを捌いた!!!』
実況の言う通り、透桃は灘馳の蹴り足に手を添えながら身体を並行に滑らせ、蹴りの力を下方向にずらした。そのまま足首を掴んで強引に地面に投げ付ける。
「!!?」
『せ、灘馳選手 受身を取った!!!』
灘馳は投げられる瞬間に手を付いて腕で衝撃を吸収し、投げを切り返した。足首が透桃の手から離れ、灘馳は逆立ちの状態で自由になった。
「おらぁっ!!!」
「!!!」
『灘馳選手の強烈な蹴り!! まともに入った!!!』
灘馳は地面に付いた両手を交差させてそれを戻す動きを回転に変え、遠心力を乗せた蹴りを透桃に放った。咄嗟の攻撃に反応しきれず、透桃は両腕で防御する。
しかし灘馳の蹴りは強く、踏ん張り切れなかった透桃は闘技場の端まで吹き飛ばされた。
『透桃選手、吹き飛ばされた!!!
実力が未知数の初出場の二人が相対するこの対戦、先手を打ったのは灘馳選手です!!!』
互いに有効打を打てずに膠着状態が続く対戦だったが、透桃にダメージが入り灘馳が一歩前に出た。しかし灘馳は勝利を確信していない。
(………今の蹴り、まともに入ったにしちゃ手応えが
まだ安心は出来ねぇな……………)
灘馳は透桃の射程の外に居る状態で巻物を広げ、大きな手裏剣を作り出した。透桃の戦意が途切れておらず、まだ何かを仕掛けてくるという確信があったからだ。
(……………つ、強い…………!! このままじゃ負ける…………!!!
そんなの、そんなのダメだよ…………!!! 負けたら、私が負けたらお姉ちゃんが……………!!!)
透桃が恐れた事。それは
「透桃さんよ。あんたも理由があってここに来たんだろうが、強くなけりゃ意味がねぇよ。
これは挑発じゃねぇ。俺も武道会に敗けて行く奴を沢山見てきた。だからこれから起こる事は単純だ。
俺かあんた、どっちかの
「!!!! (違う!! 終わるのは夢だけじゃない!!!)」
透桃の勝利に掛かっているのは姉の人生。それが自分の我儘である事は分かっていた。言うまでもなく八百長がまかり通る筈も無い。だからこそ姉を助ける方法は勝利しかない と直感で理解した。
透桃は立ち上がり、それを見た灘馳も苦無を握って備える。
『た、立った!! 透桃選手、立ち上がった!!!』
(これ以上長引かせるのは危険か。
地面に組み伏せて苦無を突き付け、負けを認めさせる。これで行くか。)
誰もが灘馳の勝ちが濃厚だと思っている中で、透桃の思考だけがその逆を行っていた。