当時の寅虎の視界を説明する言葉はそれ以外に無いだろう。
そして背中に痛みを感じた時点でようやく彼女は自分が
(…………………!!!
投げられた………!? って事はここは観客席………!!?
なんかうるさいし、ドダドダ逃げ回ってるし……………)
目を開けた寅虎の視界には混乱して逃げ惑う観客達の姿が映った。彼女は直感的に自分の身体が観客に衝突はしなかったと悟る。そしてそれを少しだけ喜んだ。
危険行為によって対戦相手が失格になるのは彼女の本意では無い。
(さて………、こっからどうする? あいつはどう動く?
悠長にあたしが戻って来るのを待つ? それとも観客席の階段を駆け上ってあたしの所まで来る?
いや!!!)
ドッガァン!!!! 「!!!!」
『うわぁーーーーっ!!!!』
『か、観客席最上階!!!
両者の戦場がそこに移ったァーーーー!!!!』
哲郎は空中を飛んで観客席に居る寅虎の所まで瞬時に移動し、攻撃を見舞った。観客への被害は無いが、混乱は更に激化する。
「哲哉選手!! 寅虎選手!!!
早急に闘技場まで降りて下さい!!! 観客への攻撃は過失であっても即刻失格処分となります!!!」
『………………』
哲郎と寅虎の耳には審判の男の警告が聞こえており、彼の言葉の意味する所を理解していた。
寅虎は
「…………ああ言ってますけどどうします?
律儀に中断して戻りますか?」
「冗談。要は人を巻き込まなきゃ良い訳でしょ?
なら!!!」
ガァン!!! 『!!!』
寅虎は武器を上に振り上げて哲郎を弾き飛ばし、それによって出来た時間を使って三節棍を束ね、背中にしまった。
「巻き込まないように素手でコンパクトに
「間違いありませんね。」
寅虎は武器を仕舞い、拳を構えて哲郎に向かい合った。観客席での試合の続行を宣言するも同然のその行動に審判や実況だけでなく観客達も困惑する。
「…………見てぇ。」
「えっ!!?」
しかしその困惑は観客席の最上段、哲郎達から少し離れた場所に居た男が零した一言によって一変した。
「………危ねぇけど、それでも見てぇよ。
こんなすごい試合をこんな間近で見れる機会なんてそうそうねぇぞ!!!」
『!!』
その男の呟きを起爆剤として他の観客の口からも彼の意見を肯定する声が聞こえ始め、それは次第に興奮へと変わった。
観客席に座っている彼等は凡庸な日常の中に試合という刺激を目当てに来ている人間であり、名勝負への好奇心は計り知れない。
それこそ自分の身を危険に晒してでも観たいと思うのが観客達の心情だ。
『こ、これは前代未聞の展開だ!!!
なんと観客席での試合の続行を宣言しました!!!
もはやこの試合、何が起こるか分からない!!! 果たして失格処分という結末は避けられるのでしょうか!!!』
本来なら割って入ってでも中断するべき状態だが、審判の男達は試合の妨害が出来なかった。観客達の熱狂は最早 『怪我をしてもそれは自己責任にしてやる』と言っているように感じられた。
そして哲郎と寅虎の下に居る観客達は走り出し、一人でも多く反対側に移動する事で観ようと試みた。奇しくもその行動が安全確保と一致した。
「………だけど大丈夫なんですか?」
「? 何が?」
「武器をしまっても大丈夫なのかと聞いてるんですよ。必要なら使えるようにしますけど。」
「…………君って動けるけど頭は足りないみたいだね。分からないの?あたしは武道家なんだよ?
武道家なら素手で動けなきゃダメでしょ!!!!」
「!!!」
『行ったァ!!! 先に仕掛けたのは寅虎選手だァーーー!!!』
寅虎は空中高く飛び上がり、身体を半回転させて仰向けの状態で哲郎との距離を詰め、振り下ろす蹴りを見舞った。
「!!」
『て、哲哉選手 躱した!!!』
哲郎は寅虎の蹴りが繰り出させる瞬間、後ろの足を前に出して軸足にして回転し、寅虎の蹴りを紙一重で躱した。そしてその回転の動きは回避だけでなく攻撃にも転じる。
蹴りを躱す瞬間、哲郎の手は持ち技である魚人波掌を打つ構えになっている。
魚人波掌
《
「!!!!」
『更に哲哉選手の反撃だァーーーー!!!!
なんという強い音!!! 一体この技はなんだァーーーー!!!?』
回転の遠心力を全て乗せた哲郎の渾身の掌底突きが寅虎に炸裂した。その攻撃を腕で受けた彼女が最初に感じたのは『痺れ』だった。
轟鬼族の寅虎の身体に魔力は無いが、掌底の衝撃は彼女の腕を震わせた。
そしてその攻撃の正体を試合を見ていた磯凪だけが理解していた。