「……………ふぅ。」
寅虎との試合を終えた哲郎は自分の控え室に戻り、そこでようやく一息ついた。
帝国の行く末を担っているという目的故に勝利した事に対する罪悪感は無いが、逆に勝った事に対する喜びも感じない。
(…………なんと言うか、変な感じだな。
コロシアムの時とも公式戦の時とも違う。
と言うより、僕はこの勝ちを
寅虎は言うまでもなくこの大会に自分の信念を賭けていた。仮に哲郎がこの国に来るのが一日でも遅れていたら、偶然 金埜と出会っていなければ、哲郎は武道会に出る事は無かった。
そういう意味では自分は寅虎(と鋼欒)の人生に大きく干渉してしまった と言える。
(…………まぁ、考えても仕方ないか。
僕には最早 勝つ以外の選択肢は無いんだから。)
そこまで考えて、哲郎は腰を下ろして寅虎から渡された新聞記事を手に取った。その行動にどんな意味があるのかと聞かれれば、この複雑な感情にこれ以上向き合いたくないという逃げの意味とこの記事から何か得られる情報があるかもしれないという使命感の両方だろう。
(……………特に何も無いな。
ハァ。)
新聞にはもう新しく得られる情報は無いと分かった哲郎は記事を置いて横になった。それは疲労からではなく自分の行動の意味を噛み締めているからだ。
後 小一時間もすれば自分は透桃と闘う事になる。そして哲郎が全力を出せばかなり高い確率で自分が勝つ。それの意味する所は必ずしも喜ばしいものであるとは限らない。
(……………
「ん?」
哲郎は床に置かれた新聞の切り抜きに再び視線を向け、直感的に変化を認識した。一秒と掛からずにその変化が記事が裏向きになったからだと理解する。
(…………裏か。
どうせやる事も無いし裏面でも読んで時間を潰すとするか…………………)
「!!?」
裏面に書いてある文章に目を落とした哲郎はそこに書いてあった単語に目を見開いた。切り抜きの左下端に「荒河」の文字が書いてあったのだ。
文章はその「荒河」の単語で止まっていて、詳しい内容は分からなかった。しかしその記事に書いてある内容が今の哲郎にとって有益である可能性は十分にある。
それを理解した瞬間、哲郎は行動を起こした。
立ち上がって控え室を飛び出す。直近の目的を達成する為には時間が無いからだ。
***
「すみません!! すみません!!!」
「はい。 どうかされましたでしょうか。」
哲郎は控え室を飛び出し、武道会の受付に駆け寄った。
「僕、この大会に出ている哲哉ですけど、寅虎選手は今 どうされていますか!!?」
「寅虎選手ですか!?
彼女は今なら控え室に居らっしゃると思いますが━━━━━」
「まだ外には出ていないんですね!!?
ありがとうございます!!!」
受付の返答を聞くや否や、哲郎は踵を返して走り出した。時間的な猶予はあるがそれでも気が逸っていた。
***
「━━━━━ここか……………!!!」
哲郎は受付に言われた番号の部屋の前に立っていた。参加者が他の人間の控え室に入る事は認められているが、それでも哲郎は一度 逸る気持ちを押し込めてから扉を叩く。
『━━━はい? 誰?』
「寅虎さん!! 僕です!! 哲哉です!!
ここを開けて下さい!!!」
『哲哉? ちょっと待ってて。』
十数秒後、控え室の扉が開いた。
扉の前に立っていた寅虎は腕や脚に湿布や絆創膏を貼っていた。哲郎との試合によって負った怪我だ。
「━━━で、何? 今更何の用?」
「折り入ってお願いがあります。
あなたが僕に渡してくれたこの切り抜き、これを切り抜いた新聞記事って今ありますか!!?」
「記事? それなら一応持ってるけど?」
「そうですか。 それを見せてもらう事って出来ますか!!?」
「………別に良いけど?」
「助かります!!」
哲郎に敗れた事によって憑き物が落ちたのか、寅虎は表情一つ変える事無く哲郎に従った。数分と掛からず寅虎は持っていた鞄から袋に仕舞われた紙を取り出して哲郎に手渡した。
「それが何だっていうの?
そこ以外はとっくに解決してる事件ばっかだよ?」
「いえ。僕が読みたいのはこれの裏側ですよ。」
「裏側?」
哲郎は寅虎から渡された穴の空いた新聞記事を床に置き、その穴に合わせて持っていた切り抜きを置いた。
(さてさて、鬼が出るか蛇が出るか…………………)
「!!!」
「えっ!!? これって━━━━━━━━!!」
結論から言うと、その記事に書いてあったのは今の哲郎にとって重要な内容だった。
そこには荒河山賊団の発足に関する内容が書いてあったのだ。