鳳巌
それはここ数十年において悪虐の限りを尽くした鬼ヶ帝国における最悪の犯罪者である。そして無論の事、その恐ろしさは情報を文字を通してしか知らない哲郎よりも日常生活の中で幾度も知らされた帝国民の方が良く知っている。
実際に、鳳巌の姿を見た観客達はその事実を理解した瞬間に混乱に陥り、泡を食ったように逃げ惑う。武道場を警備していた人間は皆 逃げ惑う観客達を宥め、誘導する事に必死で現場である闘技場には目もくれない。それが無意味な行為である事を警備の人間達は知る由もない。
鳳巌がここに来た目的は
***
「………………………!!!!!」
「もう一度だけ聞く。
先刻 我等を出し抜いた愚者は貴様かと聞いている。」
「!!!」
鳳巌を目の当たりにした哲郎は無意識の内に透桃の前に腕を伸ばして庇い、そして喉に唾を通していた。そして目に映る鳳巌の
手配書で見た凶悪な面構えはもちろんの事、見上げる程の巨体を深紅の衣で包んでいる。そして一際 目を引いたのは背中に携えた巨大な薙刀だった。一目見て哲郎はその薙刀こそが新聞で読んだ事件の凶器なのだと根拠も無く直感した。
そして頭の中に
「!!」
ガキィン!!!!! 『!!!!』
突如、上空から一つの影が鳳巌目掛けて飛来し、その手に持っていた物を彼目掛けて振り下ろした。
「━━━━なんだ貴様は。」
「初めまして だよね。
あの時の事、覚えてる?」
『寅虎さん!!!』
上空から襲撃したのは寅虎、そして手に持っていた三節棍の刃物を振り下ろした。両親の仇を目の当たりにした彼女なら当然の行為と言える。それが叶ったのはそれを止める者が居なかったからだ。
しかし哲郎はそれ以上に異常な事態が目の前で起こっている事を理解した。
鳳巌は寅虎の刃を持っている薙刀では無く、指で彼女の攻撃を受け止めたのだ。そしてそれは即ち力が寅虎の刃と鳳巌の指に集中しているという事である。鳳巌が軽く指を傾けると力の拮抗は崩れ、寅虎の体勢は大きく傾いた。
鳳巌が指を振ると寅虎の身体は紙屑のように簡単に吹き飛んだ。
「………其の顔、其の武器、貴様もしや
「…………そうだよ。覚えててくれたんだね。嬉しいよ。
━━━このクズ野郎!!!!!」
「戯けが。」 「!!!」
飛び掛って振り下ろされた寅虎の刃を、鳳巌は指で挟んで軽く受け止めた。驚くべき事に、鳳巌はまだ武器を抜いていない。それ以前に刃物を生身で受け止めるなど普通では有り得ない事だ。
「━━━大方、我が何故 貴様の親を殺したのか、知りたいのだろう。」
「………………………」
「邪魔だったから死んで貰った。それ以上の理由などない。恨むならば無関係の者を危険に晒すという愚行に走った繪雅とかいう愚図を恨め。
尤も、其奴も既に我が殺したがな。」
「!!!!!」
自分の行為を棚に上げる鳳巌のあまりに傲慢な物言いに寅虎の怒りは臨界点を超えた。顔や腕の筋肉に筋が浮かび、鳳巌の顎目掛けて足を振り上げる。しかし、その脚が鳳巌のあごに届く事は無かった。
哲郎が彼女の首筋に一撃を見舞い、その意識を断ち切ったからだ。突然の事に一瞬 気を取られた鳳巌の指が緩み、その隙をついて寅虎の刃を抜いた。
透桃の方向に跳んで距離を取り、哲郎は彼女に指示を飛ばした。
「透桃さん!! この人を連れて逃げて下さい!!!
早く!!!」
「!!!」
目の前で立て続けに起こる出来事に圧倒されていた透桃は哲郎の一言で我に返り、気を失った寅虎を抱えて闘技場の方へと走り出した。
哲郎はその行動が理に適っていると直感していた。鳳巌の目的は自分一人だと予想していたからだ。
「…………彼の娘を助けたつもりか。」
「助けるも何も、寅虎さんをどうするつもりもなかったんでしょう? あなたの目的は僕一人。違いますか?」
「ならば認めるのだな。」
「そうです。ついこの前、荒河山賊団の人達を捕まえたのは確かに僕です。だとしたらどうだって言うんですか?
わざわざ僕を殺しに来たって言うんですか?
そんなにあの人達が大切だったんなら、こんな所に来ないで鬼門組の所にでも行って連れ戻せばいいでしょう。」
「………其の質問に答える理由は無し。
我の要求は一つ。我と共に来て貰う。」
「其れはならんな。」
『!!!』
二人が声の方向に視線を向けると、そこには虎徹が立っていた。彼女もまた寅虎と同じように鳳巌が現れた事による混乱の中、人混みの中を逆走してこの場に馳せ参じたのだ。
「…………貴様、王者の《虎徹》だな。」
「ほう。ワシの事を知ってくれておるのか。なんの知性も無い獣も同然の男と思っておったのだがな。
ま、貴様如きに知られていたとて何の光栄も無いがな!!」