虎徹と鳳巌は自分の耳を疑った。
哲郎は確かに『自分を連れて行け』と言ったのだ。
「何を言っておる哲哉!!!
主は自分が何を言っておるのか」
『分かってますよ。 もちろん。』
「!」
動揺する虎徹を哲郎は小声で窘めた。
その表情は落ち着いていた。先程の大それた申し出にもちゃんとした理由があると言外に語っていた。
『確かに、今ここで鳳巌を倒すのはやって出来ない事ではないかもしれません。ですがそれでは
『何が言いたいのだ!?』
『つまりこういう事ですよ。
敵の《転生者》は僕の存在を知っています。そして
『まさか……!!』
『そうです。
ここで僕が
『!!!』
哲郎の作戦はこうだった。
敵の《転生者》にとって最重要人物である自分を敢えて鳳巌に拉致させるという有り得ない行動によって《転生者》の動揺を誘い、無理に行動を起こさせるというものだ。
『自分自身を囮にするつもりか………!?』
『危険な事は分かってます。だけどこれが上手く行ったら事態は大きく動きます。もちろん、僕達の方に。』
「………………おい。」
『!!!』
話し込んでいる二人に対し、鳳巌が薙刀の柄の先で地面を震わせて威嚇した。虎徹の『脆』の字の影響は刃の部分にのみ向いている。
「一体いつまで待たせるつもりだ。
我はどちらでも良いのだ。過程が変わるだけで結果は変わらんのだからな。」
「話はつきました。
僕を連れて行きたいならそうして下さい。」
哲郎は両手を上に上げながら鳳巌の所へ近づいた。傍から見れば命を捨てるに等しい危険な行為だが、哲郎には一つの確信があった。
「童。名を哲哉と言ったな。
我等の怒りを買い、我らの元へ攫われる事。其れが意味する所は分かっておろうな。」
「…………もちろんです。まぁ、間違った事はやってないと思ってますが。
(違う。この人には僕をどうこうするつもりは無い。もしそうなら出てきた時に攻撃してる筈だ。
理由は分からないけど、とにかくそれは確かだ。それにメリットもある。)」
哲郎は既に頭の中で鳳巌に拉致される事で得られるものを二つ見付けていた。
一つは安全。
哲郎が鳳巌の手の内に居れば《転生者》は迂闊に手出し出来なくなるという安全だ。逆に無理に行動を起こす可能性もあるが、それを予測出来ていれば対策を立てることは出来る。
そしてもう一つは情報だ。
鳳巌が率いる組織がどのような存在か《転生者》は既に知っている可能性が高い。ならば自分もそれを知り、同じ条件になる事は勝利の為には必須と言える。
「其の覚悟と度胸だけは認めてやる。攫うからにはそれ相応の処置を取らせてもらう。」
「…………………」
鳳巌はそう言って懐から長い縄と大きな麻袋を取り出した。
「此の縄で手足を縛り、そして袋に詰める。」
「………場所を知られたくないからですか?」
「其れに答える必要は無い。
抵抗すれば容赦なくその首をへし折るぞ。」
「今さらそんな事する訳がないでしょう。やるなら早くやって下さい。」
「言われんでもやってやる」
「哲哉さん!!!」 「哲哉ァ!!!」
『!!!』
その時、闘技場に姿を現したのは彩奈と金埜だった。
「!!!? て、哲哉さん!!?
その人は━━━━━━!!!!」
「主等 動くな!!!」
『!!!』
不用意に近付こうとする二人を虎徹の一喝が止めた。それを見て鳳巌は以外そうに片方の眉を上げる。
「懸命な判断だったな。あと半歩でも其奴等が近付いていれば此奴の首をへし折っていたぞ。」
『!!!!
こ、虎徹さん!! どういう事ですかこれ………!!!』
『騒ぐな。下手に刺激してはならん。
彼奴の名は鳳巌。この国最悪の犯罪者じゃ。そして昨日 主が攫われそうになった山賊団の長じゃ。』
『!!!?』
『哲郎は奴の怒りを買い、奴はこの場に来た。そして哲郎は今、奴に攫われようとしておる。』
『!!!!?
じゃあなんで!! なんで止めないんですか!!!?』
『落ち着け!! ワシは止めようとした!!
だが哲郎自身が連れて行けと言ったのじゃ。』
『な、何の為に!!?』
『其れも奴から説明を受けた!! 其れは後で話す。兎に角今は大人しくしていろ!!』
『……………!!!!』
彩奈は虎徹に窘められ、その場に留まる事を選択した。自分の能力で哲郎の所まで移動し、救出する事を考えたが、それは却下された。
一瞬見せた哲郎の目に光が消えていなかった。
***
彩奈に一瞬 視線を送った後、哲郎の視界は闇に閉ざされた。しかしそれでも他の感覚を総動員させて情報をかき集めた。
手足に伝わる縄の締め付ける感触や耳に入ってくる麻袋が身体に擦れる音。そしてもう一つ重大な情報を得た。
それは身体に伝わる浮遊感、そして耳に入ってくる羽撃く音だ。鳳巌は大型の飛ぶ生物を移動手段に使っていたのだ。