哲郎は天井近くの空間で顎に指を置いて思考を巡らせていた。敵の根城に単独でいる以上、自分の一挙一動がそのまま帝国の明暗を左右すると分かっているからだ。
(………さて、出てきたは良いけど問題は山積みだ。一番危険なのは今すぐにここに人が来て僕が出たのがバレる事だ。
とにかく、僕がやらなきゃいけないのはまずこの根城の全体像の把握と、鳳巌がどこに居るか。それを知らない事にはなんとも━━━━━)
「あ〜~~~
ったくよォーーー」
「!!」
通路の奥から一人の男の声が聞こえ、哲郎は身構えた。目を凝らすと暗闇の中に人影が浮かぶ。盆を手に持った太った男だ。
「━━━━かったりぃなァ。ったく。
なんであんな糞餓鬼の為に貴重な食いもん割いて飯なんか作ってやんなきゃなんねぇんだよ。
生かしとく理由なんざねぇだろ。即刻処刑以外有り得ねぇだろうがよォーー!!」
(ハァ。言いたい放題だな。
ま、貴重な食べ物を使ってくれたって言うならありがたくいただくとするか。)
哲郎が捕らえた黎井と親しかったのか、男の愚痴はその類を超え、哲郎の尊厳を真っ向から否定するものだった。しかし男の
***
太った男はブツブツ愚痴を零しながらも哲郎が収監されて
「オラ糞餓鬼ぃ!!! メシの時間だぞォ!!!
残りの人生の数少ねぇ食事だ!!! せいぜい感謝と後悔しながら食いやがれ
ッ!!!!?」
男は檻の異常を認めるや否や盆を床に置き、檻の前へと駆け寄った。鉄格子が根元から断ち切られ、檻の中が空になっている光景を視認した男は檻の前で硬直する。その一瞬が男の明暗を分けた。
(今だ!!!)
「!!!? ナッ━━━━━!!!」
「もう遅いですよ!!!」 「!!!!」
男が硬直した一瞬の隙をついて哲郎は天井から強襲を掛けた。男は辛うじて反応したが、それ以上の事は出来なかった。
哲郎は両足を腰に巻き付けて組み付き、両腕を首に回して思い切り締め上げた。
数秒もしない内に男は白目を剥き、その意識を手放した。両膝を着いた事を確認してようやく哲郎は両腕を解いた。
(ふぅ。武道会の経験が活きたかな。ロープとかは持ってないからとりあえず檻の中に入れとくか(どうせ起きたら出てくるだろうけど)。
さて、)
哲郎は床に置かれた盆に視線を送った。そこには男の言った通り椀に盛られた白米と焼き魚、味噌汁、漬物、即ち一人分の食事が置かれていた。哲郎が考えていたのは果たしてこの食事に手を付けて良いのかと言う事だ。
(……………!!
ひ、久しぶりの
正直に言えば食べたい!! だけどそれで良いのか………!?
もしかしたら毒とかが入ってるかもしれないし━━━━━)
『グーーッ』「!」
自分の欲求と葛藤している最中、哲郎の内蔵は収縮して空気を押し出して音を鳴らした。それをきっかけとして哲郎は盆の前に腰を下ろした。食事に手を付ける事に決めた。
(うん。食べよう。
武道会後でかなり疲れてるし。エネルギーが足りてないと後々になって困る事になるかもしれないし。
それにもし毒が入ってたとしても僕には《
***
「━━━━━━ふぅ。ごちそうさまでした。」
哲郎は白米、焼き魚、味噌汁、漬物の全てを胃袋に詰め込み、箸を置いて両手を合わせた。しかし口から出た『ごちそうさま』とはこの料理を作った鳳巌達にではなく、この料理の為に命を落とした動物や植物に対してだ。
(━━━毒は、もう入ってたのかさえ分からないな。何も感じないなら大丈夫って事にしておこう。)
腹を拵えた哲郎は立ち上がり、奥に広がる通路に目を据えた。悠長に食事を取っていたが、残された時間が少ない事は分かっていた。いずれ食事を運びに来た男が全く来ない事を不審に思って様子を見に来る者が現れる。そうすれば哲郎が脱走した事が明らかになる事は目に見えている。
(そうなったらこの根城にいる人達は大パニックだろうな。まぁ、きっと鳳巌はこうなる事を見越して僕をこうしたんだろうけど。)
鳳巌の心中は全く分からないが、今の哲郎に出来る事は帝国の為に情報を集める事だけだ。既に《転生者》が動き始めている可能性が高い以上、事は一刻を争う。
***
哲郎が鳳巌の根城に居て、彩奈達が陸華仙にて保護されている頃、武道会にて帝国の重役に成り済ましていた《転生者》は鳳巌に対して毒を吐いていた。
「━━━━クソッ!!! 鳳巌の奴め!!!
寄りにも寄って《CHASER》を攫うなんて大それた真似をしやがって!!!
………こうなったら予定を早めるしかねぇな。