哲郎は自分が何をやっているのかも、その行動がどれほど危険であるかも分かっていた。
しかしそれでも、その行動が自分が取るべき最善の選択だと信じて疑わなかった。
その理由は大きく分けて二つ、『この行動が帝国を救うカギの一つになるかもしれない』という希望的観測と『たとえ一人でも自分の周囲で死んで欲しくない』という正直な欲求からだった。
(……調べるなら、まずはこの机か。)
部屋の中央には、複数の引き出しが付けられた机があった。常識的に考えるならこの中に何かしら重要なものが入っている可能性が高い。しかし、それが楽観的な目測であることも分かっていた。
『ガチャッ!』
(! やっぱりダメか。)
案の定、引き出しには鍵が付けられており、引き出しを開けるという行為は閂によって阻止された。
漫画やテレビではこういう場合は細い棒か何かで開錠する場面が多々見受けられるが、それはまず不可能だと割り切った。
引き出しは無理だと割り切った哲郎は、次に部屋の隅にあるごみ箱に目を向けた。中を覗いて哲郎はそこに目当てのものがある事を瞬時に理解した。
丸められた塵紙や食べかすに交じって灰色の紙が捨てられているのを見つけた。
(あったこれだ!)
哲郎が拾い上げたのは丸められ、破られた新聞記事だった。丸められた破片を広げ、ジグソーパズルの要領で破り目を繋ぎ合わせ、ものの数分で記事を復元した。
記事の内容は一人の音楽学校の教師が生徒苛烈な指導を繰り返し、自殺に追い込んでしまった、
見出しの次の文章を読み始めてすぐに哲郎はその内容が先程の珂豚に関係している事を理解する。その教師を報道する為に、漢字表記の名前の直後に読み仮名を括弧で括る形で《鴻琴(ぐきん)》と記してあった。
(『ぐきん』って確かあの人が言っていたな。生徒が自殺するなんて、まるで学園ドラマみたいな内容だな。
でもなんで鳳巌の仲間(だろう)のあの人が
哲郎は様々な創作(現実との差異を考慮しつつ)から人が人を殺すのにも様々な理由がある事を理解していた。
(…………あの人、確か珂豚って呼ばれてたな。
あの人の必死さからして、理由があるとしたら
多分、あの人と鴻琴って人はどこかで繋がってて
!!)
哲郎の思考は半ば強制的に中断させられた。複数の足音が近づいてきた。
その音を聞いて記事を拾い集め、咄嗟に天井に張り付く。机の陰に隠れるのは論外であり、通気口に隠れる時間も無いと分かった結果の行動だ。
『次はこの部屋か!!』
『いや、この部屋ならさっきまで珂豚の兄貴がおったからここには』
『油断するな!! あの餓鬼は神出鬼没や!! 隅々まで探さんとあかん!!!』
『へ、へい!!!』
扉を開けて四人程の男達が入って来て、哲郎は扉の近くに移動した。そして新聞記事以外の痕跡は何も残していないと自分を安心させる。
そんな哲郎には気付かず、男達は血眼になって部屋中を探して回る。
しかし哲郎が隠滅した新聞記事以外の痕跡は無く、数分も経たないうちに捜索を止めて部屋を後にした。
(………ふぅやれやれ。天井を見られてたらまずかったな。)
咄嗟の行動故に仕方のない部分はあったが、危険な行動をとってしまった と、己の行動を省み、次なる行動に打って出る。
(………ゴミ箱は探したし、机の引き出しは開かないし、もうこの部屋から情報を探す事は出来ないな。だったら……………)
哲郎は部屋の通気口に潜り込み、部屋からしばらく離れて思考を実行に移した。
通気口の中で通話の魔法具を取り出し、彩奈との通信を試みる。
(…………もしかしたら、鬼門組の人と一緒に居て電話(?)に出れない可能性もあるけど、とにかくこの事を伝えないと………………)
『ブッ』(出た!!)
『て 、哲 郎さ ん です か ?』
「そうです! 僕です!!
今はどうしてますか!? 話せる状態ですか!?」
『い、 今 は部 屋で 一 人で い ます 。 何 かあ った ん で すか ?』
「話すと長くなりますから、要点だけを言います。
彩奈さん、《鴻琴》って人を知ってますか?」
『!!? ぐ、 鴻 琴!!?
そ、そ の人 な らさ っき 取 り調 べら れ てる (と言っていいのか分からないけど) の を見 ました けど 。』
「そうですか!! なら話は早いですね!」
『な、何 かあ った ん で すか ?』
「訳あって聞いておきたいんですけど、あの人について、公にされてない情報とかありませんか?」
『情 報? 確 か、ギャ ンブ ルを やっ て たと かで、 鳳 巌と の繋 がり を 疑わ れて まし たけ ど。』
「(!!! それだ!!!)
なるほど。それで分かりました。」
『?』
「彩奈さん、これから言う事をどうにかして誰かに伝えてください。
(おそらく)そのギャンブルを仕切ってた男の人が、誰かにその鴻琴って人を殺すようにお願いしてるのを聞いたんですよ!!!」
『!!!!?』
これ以上ないほど通信状態の悪い途切れ途切れの音声だったが、彩奈が驚愕する声を認識できた。
「でも安心してください。その人の話を聞く限りでは、お願いされた人が鴻琴って人を殺すのは夜になってからのようですから、今から何かしらの対策を取れば、暗殺を止める事は出来ますよ!
お願いしますね!!」
『(えっ!!!? ちょっと待)』
『ブツッ』
彩奈が聞き返そうとしている事など知る由も無く、哲郎は通話を切った。そうした理由は一つ、これ以上留まっているのが危険と判断したからだ。
(よし! これで一先ず安心だな。
でも、これからどうするか…………)
哲郎にとって、あのまま檻の中に留まっているのは論外的だった。自分が考えるべきはどうすれば鳳巌についての情報を得られるかという事だ。
***
《鬼門組 陸華仙》
彩奈は部屋の中央で呆然としていた。その理由は二つ、哲郎から唐突に告げられた情報を処理できていない事、そして哲郎が唐突に通話を切ってしまった事だ。
(て、哲郎さん、切っちゃった………!!
でも伝えるって言ったって、どうやって伝えればいいの………!!!!?)
彩奈がそう心の中で言ったのは、自分が会話が苦手だったからだけではなく、自分がこの情報を得ることが出来た理由がまるで思いつかなかったからだ。