地図に浮かび上がった二つの円をその場に居た全員が凝視していた。
その二つの円が重なる一点が鳳巌の根城であるという確証は無いが、逆にこの地点が鳳巌の根城ではないという事も証明できない。
彩奈達の目には、この地図の点が中身の分からない宝箱の様に見えた。張り詰めたような沈黙が数十秒続いた後、口を開いたのは蕺喬だった。
「………万一此れが本当ならば、鳳巌の奴も随分と思い切った事をする男じゃな。
よもや敵地の真下に己の塒を構えようとは。」
「待って下さい蕺喬さん。まだこの情報を鵜呑みにする訳にはいきません。
そもそも拉致された哲哉という人が彼の根城に監禁されているとは限りませんから。」
「…………………!!
(や、やっぱり…………………!!!)」
凰蓮の極めて合理的かつ冷ややかな見解を耳にした彩奈は内心 圧し潰されそうになるほど追い込まれた。
その一方でこの情報だけで信用を勝ち取れない事も予測の範疇だった。
「…………とは言え、この情報から拉致監禁されている哲哉さんの場所が割り出せた(可能性が限りなく高い)のも事実です。
杏珠さん、心配しなくても早急に腕の立つ隊員をこの場所に向かわせます。もしそこが奴の根城だったならば、それは素晴らしい僥倖だと私は思いますがね。」
「!!!」
彩奈は凰蓮の言葉に素直な感謝の言葉を心の中で口にした。
規律を十分に重んじていながらも彩奈の気持ちを理解しているからこそ出せる言葉だ。
「杏珠さん。心配する必要は何もありません。私達は
貴方の大切な人を助け出す準備はいつでも整っています。」
「…………………
ありがとうございます!!!」
彩奈は目に涙を浮かべながら精一杯の感謝の言葉を口にした。
しかしそれでも凰蓮にとってはそれも見慣れた光景だった。
頭を下げる彩奈を凰蓮が強かかつ穏やかな視線で見つめる。そんな時間は扉を叩く音によって終わりを告げた。
「凰蓮総監! 蕺喬様! 苺禍です。
鴻琴被告の護送の準備が全て整いました!!」
「分かりました。
…………では杏珠さん。行きましょうか。」
「! は、はいッ!!!」
自分の名前を呼ぶ。凰蓮のその動作だけで彩奈は彼の真意と自分がこれから取るべき行動の全てを理解した。
そして同時に、自分がこれから取る行動とこの夜に起こる出来事の全てが帝国の運命を左右する事を理解していた。
***
(……ふぅ。この棚は収穫なしだな。(少なくとも僕にとっては)ガラクタばっかりだ…………………。)
倉庫の中に軟禁されてから(哲郎の体感時間で)約一時間。哲郎は壁沿いの棚をひたすらに調べていた。
現在は小一時間を掛けて一つの棚の中にあったものを全て調べ終えた。しかし出てくるのは使い古して埃に塗れた武器や道具ばかりだ。
(………多分この棚はもう使えなくなった道具を置いておくためのものなんだな。
へたに捨てようとしたら、そこから足がつくかもしれないからな。)
哲郎は埃に塗れた道具を見ながらかつて見たドラマの一場面を思い出していた。
その場面とはある刑事が捨てられていたゴミから手掛かりを見つけ出し、そこから事件を見事解決するという王道的なストーリーだ。
果たして鳳巌達がその危険予測の心理が働いたのかは分からないが、とにかくこの棚がゴミの温床となっていた事とこの棚から得られる情報が望み薄な事だけは確かだ。
しかしそれでもこのゴミの中に鳳巌達の手掛かりが埋もれているかもしれないという一抹の期待を拭い切れない哲郎は一応全てのゴミを調べてから次の棚の捜索にかかるという決断をする。
(ええと、紙切れに棒切れにナイフに
!!!)
紙切れと棒切れの次に手に取ったナイフは柄だけが見える状態で、哲郎が拾い上げて初めてその全貌があらわになった。
見えたその刃にはべったりと血がこびりついていた。
それを見ただけで哲郎の脳内にはこのナイフが誰かを殺傷し、血が付いたがために切れ味を失い、お役御免になったという事が鮮明に浮かんだ。
(…………………!!!
お、落ち着け!! 落ち着くんだ!!!
ここはこの国で一番の犯罪組織のアジトだぞ!! そりゃ見たくない物も見なきゃいけない!!!
きれいごとやわがままばっかり言ってられない
「ッ!!!!」)
目を固く閉じて心を落ち着ける事に没頭していた哲郎は不意に網膜を刺激した光に酷く驚いた。
その光は懐に忍ばせた通話の魔法具の光だった。その光は彩奈から通信を受け取った証拠だ。
一瞬迷ったが、小声で話せば問題ないと結論付けて哲郎は通話に応じる。
『彩奈さんですか? どうかしたんですか?』
『て、 哲郎さ ん 。 状 況が 変わ っ た ので、 報告 し よ うと 思い まし た。』
『? 状況が変わった? どういうことですか?』
『わ、私 は 今、 人を 助 ける 為に 、病 院 に向 かっ てま す…… …… …… !! !』
『!!!?』